25 雑草たちの謀略 V
クエストカウンターにあるラウンジの休憩スペース。総督府3階、数字でイメージすれば、あまり高くないような感じがするが、総督府は各階の天井が通常(って大体何mかわからないが)よりも高く設計されており、結構な高度になっている。
そのラウンジから街を見渡せば、綺麗な雪景色を見る事ができるのだが、今いちばん外側に座る2人の少年は、その絶景に興味はない。
カタカタカタカタカタ…
貧乏揺すりをする1人の少年の靴底が地面を打つ音が、総督府建物内に流れるBGMに混じって、やや不快な物に変えてしまっている。まあ、それぞれ会話をしている他のハンター達は、そのBGMの僅かな変化に気付いてはいないのだが。
「どうするんだい?このまま彼らが帰還するのを待つかい?」
「いや、正直言って、俺はサクラ達と同行している『乙女を護る者たち』の連中のことは信じられない。なんとかしてサクラ達と合流しないと」
「会ったこと、あるのかい?彼らと」
レオの問いにライトはNOと首を振る。
「俺さ…極度な人間不信でな、あまり人の事信じられないんだ。こうして話したりするのは、全然平気なんだけど」
「ああ、その事ならもうサクラから聞いてるよ」
「…は?」
ライトは一瞬ばかり眼を点にした。
「サクラ…あいつ案外口軽いんだな…できればレオ達には言いたくなかったんだけど」
「…なぜ?」
「そりゃあ…俺だってお前らの事は信頼してるつもりさ。でも、心の何処かで、裏切られるんじゃないかって、怯えてるのも事実なんだ。それが知れたら、仲が悪くなるかもしれないし、狩りでの動きに支障が出るかもしれない。メリットなんかない」
ライトは重い口調で言った。だがレオは、ふーん、といった感じで、語るライトを眺めている。
「でも、人間不信の原因は君の辛い過去なんだろう?人生いろいろあるんだ。そんな事をいちいち気にしていたら、誰とも関わりが持てなくなってしまうよ?」
「………」
レオの述べる正論に、ライトは返す言葉を見つけられない。口を閉ざしたまま、視線をレオから外す。
「それに、君にはそういう一面があるって知れたんだ。少しの間でも、パーティーを組む以上、お互い隠し事は無しで行きたいじゃないか」
「そっか…そうだな」
ライトは頷く。そして、少し頬を綻ばせると、
「じゃあ?レオの秘密も聞きたいかな?」
なんて冗談を抜かしてみる。
「僕に隠し事や秘密なんて無いよ」
「ふーん?俺らの前ではクールな公爵気取りだが、ユヅルと2人になると甘えん坊になるっていうのは、君の秘密じゃないのかなぁ?」
「なっ!?だ、誰から…」
「ユヅルしかいないだろ」
「ユヅル…後でお仕置きだな…」
一刻を争う状況である事を忘れて、くだらない話をしていた2人は、ユヅルの名前が出た事でそれを思い出し、
「とにかくどうする!?『自由狩猟』で乱入するか?」
「でも、ユヅル達がいるフィールドに必ず行ける訳じゃない。一体どうすれば……」
『自由狩猟』は、クエストを受注せずにクエスト出発口から出陣、現在クエスト進行中のフィールドにランダムで転送され、そこで自由に狩りができるというシステムだ。クエスト中のハンターの討伐対象も狩る事ができるため、極めて迷惑な行為と、好んで行う者は少なく、できれば転送されて来て欲しくないハンターだ。好んで行うのは『雑草たち』くらいだろう。
サクラ達がクエストに出た後、幾つかのパーティーがクエストを受注して狩りに出掛けた。今、『自由狩猟』システムでフィールドに出ても、そこに必ずサクラ達がいるとは限らないのだ。
「『自由狩猟』のランダム転送は、確率性があるって聞いた事がある。今現在クエスト中のパーティーの数分の1、この確率でフィールドに転送されると」
「確率性……」
重要な情報だが、100%サクラ達を助けられる策は見つからない。
カウンターにあるクエストボードには、10枚以上のクエスト契約書が貼り付けられている。この時点で確率は十何分の1。極めて低い確率だ。
「くそっ…どうしたらいい…」
ライトがグシャグシャと髪を掻き毟る。レオも頭を抱え込み、テーブルに頭をつけている。
雑草たちは、獲物が潜入したクエストに乱入して、金銭やアイテムをかっさらい、討伐対象まで奪う事ができるという。しっかりと、狙った獲物がいるフィールドに行く事が……
雑草たちに出来て、俺たちには出来ないのか……
ライトとレオは、的確に乱入する手段を、術を、脳が焼き切れんばかりに思考を張り巡らせて考える。
だが、思い付かない。時間ばかりが刻々と過ぎていく。
わからない-----2人は、闇の混沌の中で、途方に暮れている………
「諦めるのか…?」
『…………?』
誰だ?彷徨うライトとレオの耳に、聴き覚えのない男声が、何処からか聴こえてくる。声の主を目視するため、ライトとレオは辺りを見る。
「なっ……!!?」
「だ、誰だ!!?」
ライトとレオの目の前に立っていたのは、フードを深々と被り、完全に顔を隠した黒ローブの男。武器はオブジェクト化していないようで、なにが主武器なのかはわからない。だが、黒ローブの男が醸し出すオーラは、この男が屈強なハンターだと、充分すぎる程に物語っている。
「大切な相棒を助けに行きたいが、行く手段が無く途方に暮れている…そうだろう?」
「……………」
「アンタ…何者だ……?」
まるで会話を聞いていたかのように事情を把握しているこの黒ローブの男に、ライトは問いを投げつける。
だが、黒ローブの男はライトの質問に答えようとはせず、逆に質問を返してくる。
「知りたいか…?相棒を救う方法を」
ライトとレオは眼を大きく見開く。点になる黒眼が、「そんな方法があるのか」と、そう黒ローブの男に疑問を訴えている。
「ああ、知りたい」
「当然だ」
2人の答えは当たり前に一致。答えを聞いた黒ローブの男は、フードの中で満足げに鼻を鳴らす。
「いいだろう、教えてやろう。私としても、君たちにこんな早くに死んでもらっては困るのでね」
「…は?」
黒ローブの男の二言目に疑問を抱いたライトが敏感に反応する。だが、そんなライトを気にする事なく、黒ローブの男は続ける。
「これを使えば、君たちは君たちが望む所に繋がる道が開ける」
黒ローブの男がウィンドウを操作し、アイテムをこちらにギフトしてくる。開かれた受け取りウィンドウを見た2人が、声を揃えて同音を奏でた。
『なんだ…これ…』
ライトは、送られたアイテムをオブジェクト化し、手に取る。
それは、何の変哲もない、一見普通の鍵だった。