22 雑草たちの謀略 II
「サクラ!!」
「ユヅル!!」
エルトラム中心街・総督府のフロアに響き渡る名を叫ぶ声。それも複数人がそれぞれ違う名を呼んでいる。その声には、焦りや不安を感じさせる主の感情が混ざっている。
「サクラ…!!!」
総督府2階、『GIVE!』という店名で沢山の武器・防具の販売・生産を行う事ができる巨大マーケットの出入口前、駆け足で相棒の名前を呼び続けていたライトが立ち止まり、辺りを隈なく見渡し、遠くからでも目立つピンク色の装いの少女・サクラを捜す。
時刻は10時40分。集合時間から40分が経過した。だが、集まったのはライトとレオの2人だけ。残るサクラとユヅルは、この時間になってもまだ姿を現さない。
ライトとレオは一緒に総督府3階を捜したが見つからず、今は1階をレオ、2階をライトが担当し、手分けして2人を捜している最中だ。
「ライト!いたかい!?」
総督府のエントランスホールに来たライトは、待ち構えていたレオに声を掛けられる。ライトは彼の問いに首を横に振り答えると、
「そっちは?」
と訊き返す。レオはライトと同じように首を振ると、周囲の
「2人の家に行ってみよう。俺はサクラの家に行くから」
レオはコクっと頷き、ライトの向かうサクラの自宅とは方向が逆のユヅルの家へと向かって行った。
ライトも積もる雪を踏み固めながら、人通りの多い中心街の大通りを、黄色いロングコートを靡かせて走った。たまたま見つけたレンタル四輪駆動バギーに飛び乗り、アクセル全開でエルトラム裏町を目指す。フル回転する四輪が、辺りに雪の飛沫を巻き散らかしていく。
アクセル全開の暴走ドライビングは、サクラの自宅があるアパートの前に来たところで終了。今度はバギーから飛び降りると、サクラの部屋がある2階に駆け上がり、サクラの部屋のドアをドンドンドン、大きなノックをする。だが、中からの応答はない。
ライトはドアの横にあるインターホンの下、不在確認の『色』を確かめる。
在宅の場合は『青』、不在の場合は『赤』を示すことができるこのシステムによって、室内に家主がいるかどうかを一目で確かめることができる。
現実世界のテレビ番組で、ノックしたが応答がなく、ドアノブを捻ってみるとドアが開いた…なんてシーンをよく見かけるが、さすがに今ここでそれをやるわけにはいかないし、システムにブロックされるだろう。
『赤』、不在を確認したライトは、諦めて2階から降りていく。システムは正確だ。誤報をしているなんてことはまずないだろう。
ライトはレオ宛に『サクラ、家にいなかった』と本文を打ちメッセージを飛ばし、借りているバギーに乗り、裏町の商店街に向かうった。
聞き込みをするためだ。人が集まる商店街なら、何か情報を得られるかもしれないと思い、商店街にやって来たのだ。
「あのー、すいません」
ライトは買い物客のおばさんに声をかけた。おばさんは「んー?」と言いながらライトの顔を見る。
「あの、派手なピンクのセミロングコートを着た女の子と、白ずくめの弓持った女の子、見ませんでしたか?」
「ピンクの女の子と白ずくめの女の子?んーー見てないなぁ」
おばさんは真剣に記憶を洗い出してくれたが、どうやら知らないようだ。
ライトはおばさんに頭を下げると、「ありがとうございました」と礼を言った。
その後も何人もの買い物客に同じ質問をしたが、帰ってくる答えはどれも同じだった。
これだけ捜して聞き込んでも手掛かりは一切なし。捜し始める前にサクラに送ったメッセージの返事もない。フィールド上なら、メインウィンドウのフレンド確認ページから、居場所を確認できるのだが、ライトがいるのは町。ここではサクラがフィールドに出たのか、それとも町にいるのかすら解らない。
徐々にライトの不安が募りに募り、ライトの心にのしかかる。こうしている今も、サクラやユヅルが危険な目に遭っているのではないか、と思うと、慌てずにはいられなくなる。
32人目の買い物客。ライトは早口で、今までと同じ質問をした。「知らない」が帰ってくるのを覚悟で返答を待つライト。だが、買い物客の口から帰って来たのは、
「見た見た、その2人〜」
というものだった。
ライトはようやく得た有力情報に心を躍らせながら、さらに質問を投げかける。
「どこで…?どこで見たんですか!!?」
「中心街の入り口辺りだったかな〜。アンタが言ったような2人組の女の子が中心街に向かってんの見たよ」
ピンクと白ずくめの女の子2人組など、中々いるものでもないだろう。おそらくその2人組がサクラとユヅルだ。
「あの…それ見たの何時ごろでした?」
ライトの3つ目の質問。これで午前10時よりも前の返答が来れば、ほぼ間違いなく、目撃された2人組はサクラとユヅルということになる。
「9時ころだったよ〜」
サラッとした回答に、ライトは確信を持った。お辞儀をして買い物客と別れると、四輪バギーに乗り込む。そして、発進する前に、『サクラとユヅルの目撃情報GET。総督府エントランスで合流しよう』と入力したメッセージをレオに送信、四輪を激しく駆動させて、バギーを急発進させる。
サクラとユヅルは遅刻などしていなかった。集合時間よりも早く着くように自宅を出て、2人仲良く総督府内のクエストカウンターを目指していた。そして案の定早めに着き、ライトとレオの到着を待っていた2人に何らかの事象が発生し、移動しなければいけなくなった。メッセージを送る暇すらなかったのかというのが、まだ不明なのだが。
「ライト!!!」
色々考えながらアクセル全開暴走ドライビングをして、あっという間に総督府に到着したライトの耳に、レオの名を呼ぶ声が入ってくる。
「で?目撃者はどこで2人を見たんだい?」
ライトがバギーから降りるなり訊ねてくるレオ。妹が行方不明なのだ、無理もないが。
「中心街の入り口ら辺で、2人歩いてたって。今朝の9時ころ」
商店街の買い物客が話してくれた事をしっかりと漏れなく伝えるライト。だがレオは疑問そうに首を傾げて、
「ちょっと待ってくれ。僕とユヅルの自宅は中心街にあるんだ。なのに何故ユヅルが裏町から来たん
だ?」
そういえばそうだな、と思うレオの疑問を聞いたライトは、混乱で忘れていた事を思い出す。
「ああ、サクラの家にユヅル泊まるって昨日言ってた。すげぇ楽しみにしてたみたいだったな」
「ライト…それをもっと早く思い出していたら、僕はユヅルの家に行かなくて良かったんじゃないかな?」
「いや、帰ってるって可能性は否定できないだろ?ていうか、なんでレオはユヅルから泊まりの話聞いてないんだよ?」
「…………」
正論を述べられ、妹に隠し事をされた事に黙りこくるレオ。だが、そんな事にいつまでも付き合っている暇はないので、
「とにかく、サクラとユヅルは中心街に来たって事はわかった。よって今から中心街を聞き込みしながら捜そうと思うけど、その前に」
先が気になるところで言葉を切ったライトの方を、俯いていたレオは顔を上げて見る。
「2人が何かのクエストに出たかどうかを調べよう。クエストカウンターの看板娘なら、クエストの受注状況とかわかるだろうし」
正しい選択だと、レオは頷く。中心街を捜してから、2人はクエストに出ていましたなんて知ったら、街を歩いた時間が悔やみきれないほど無駄になる。
ライトとレオは総督府のエントランスホールを抜け、エスカレーターの通して3階へ。クエストカウンターの看板娘に声をかける。
「あの、『Sakura』と『Yuzuru』って女の子のハンターが、何かクエストを受注しませんでした?」
看板娘は慣れた手つきでウィンドウを操作し、今日のクエスト受注状況を確認する。
「はい。『Sakura』様と『Yuzuru』様は、『幻鳥の唄』という討伐クエストを受注されております」
「『幻鳥の唄』……」
サクラとユヅルが受注したのは、『幻鳥』とも呼ばれる複合鳥型ボスモンスター・シグフィールの討伐クエストだ。特殊な声帯を持ち、聴く者を惑わす唄を唄うとされるシグフィールの討伐は、遠距離戦闘スタイルのハンター2人でどうにかなるものではない。
「受注した時間は?他に同行者とかは?」
レオの追加質問。看板娘は、一度にされた2つの質問に、一文で簡潔に答える。
「クエスト受注完了時間は9時42分、同行者は『乙女を護る者たち』と名乗る男性ハンター7人です」
子ども向けの正義のヒーローの戦隊名のように思えるほど幼稚なネーミングセンスと、男性7人という事に、ライトとレオは更なる不吉な予感を覚える。
午前11時27分、サクラとユヅルがクエストを受注してから1時間45分経過。