【エガリテート】2 ~第2音楽室の場合~
[場所:第二音楽室]
[聖奈美]:「――ふう」
弾き終わった杠が鍵盤から指を離した。
[聖奈美]:「どうだったかしら? 二人とも」
[吹雪]:「お前、すでに通して弾けるんだな。あんな難しいのを」
[聖奈美]:「選ばれたんだから、全力を尽くすのは当たり前のことよ」
[吹雪]:「ひょっとして、家でも練習してるのか?」
[聖奈美]:「ええ、もちろん」
当たり前のように返答してきたな。
[聖奈美]:「この行事、失敗は許されないんだから。成功するためには日々の鍛錬が重要、あたしは当然のことをしてると思うけど」
[吹雪]:「すごいな、お前……」
[聖奈美]:「そんなことは別にいいのよ。それで、どうだったの? 今のを聞いての感想は」
[吹雪]:「あ、ああ」
[聖奈美]:「前にも言ったけど、遠慮は無用だからね。控えて発言をされてもあたしのためにはならないから。思ったことははっきりと言いなさい」
[吹雪]:「わ、分かった……」
はっきりと、ね。そうは言われても、俺はそこまでピアノのことは分からないんだが。
[聖奈美]:「じゃあ、ダルクから。どうだったかしら?」
[ダルク]:「そうだね。前よりも格段に上手になってると思うよ。でも、まだリズムが曖昧な感じがするかも。早くなったり遅くなったりすることがあったね。それと、やっぱり強弱が大事かな。もっとはっきりつけないと、何だか全てが同じような音程に聞こえてしまうわ」
[聖奈美]:「リズム、強弱ね。分かった、感謝するわ」
ダルクから受けたアドバイスを、杠は用紙にメモしていく。
[聖奈美]:「大久保はどうだった?」
[吹雪]:「え、ああ」
どうする、何て言ったらいいだろう。テキトーなことは言えないしな。
[吹雪]:「うーん」
[聖奈美]:「何? ないの? ないわけはないでしょう?」
[吹雪]:「う、うん」
[聖奈美]:「今さっき言ったばかりでしょう? 遠慮は無用だって。何でもいいから言ってみなさい」
何でもいい、か。なら――
[吹雪]:「すっごく上手かったと思う。その調子で頑張ってくれ」
[聖奈美]:「な――!? ちょ、ちょっと大久保、あたしがそういうことを聞きたかったんじゃないわよ。お世辞はいらないわ」
[吹雪]:「お世辞なんかじゃねぇよ。俺は本当に上手いと思ったからそれを正直に言ったんだよ。遠慮はもちろんしてない」
[聖奈美]:「む、むう……」
[吹雪]:「これが素直な俺の感想だ。こういう意見は受け付けてはくれないのか?」
[聖奈美]:「ん……。し、仕方ないわね、もう。う、受け取っておくわよ。でも、今回のような発言は制限しなさいよ。じゃないと、逃げの一手と見なすから」
[吹雪]:「分かった」
[聖奈美]:「…………」
[ダルク]:「聖奈美、顔、すごく赤いよ?」
[吹雪]:「そ、そんなことないわよ。気のせいよ、気のせい」
[ダルク]:「そっか、……ふふ」
[聖奈美]:「な、何笑ってるのよダルク」
[ダルク]:「何でもないよ、何でも」
[聖奈美]:「きゅ、休憩入れるわ。大久保、ジュース買ってきなさい」
[吹雪]:「ん? 俺?」
[聖奈美]:「そうよ、あなたハーモニクサーでしょう? ピアニストのアシストが仕事なんだからそれくらいしなさい」
理論が何だか捻れてる気がするが、まあいいか。
[吹雪]:「何がいいんだ?」
[聖奈美]:「何でもいいわ、あなたがセレクトしなさい」
[吹雪]:「文句付けるなよ? 何を買ってきても」
[聖奈美]:「分かってるわよ、ほら、早く」
[吹雪]:「わ、分かったって」
[ダルク]:「あ、吹雪、私も行くよ」
ガチャ。
[聖奈美]:「…………」
[場所:学食]
[吹雪]:「さて、頼まれて買いに来たわけだが」
何を買えばいいんだろう。というより、杠みたいな高潔な奴が自動販売機のジュースなんて飲むのか?
まずそこがちょっと気になる。
[ダルク]:「それは吹雪の偏見だと思うよ」
[吹雪]:「やっぱりそうか?」
[ダルク]:「そうだよ。確かに聖奈美は高潔かもしれないけど、ジュースだって飲むしファーストフードだって食べるよ」
[吹雪]:「そうか、俺の単なる思いこみか」
[ダルク]:「聖奈美も、吹雪たちと全く同じだよ。むしろそういうの大好きだよ、聖奈美は」
[吹雪]:「そうなのか?」
[ダルク]:「うん、特に甘いものが大好きだよ。チョコレートとかクッキーとか」
[吹雪]:「へー、何か意外だな」
随分女の子してるじゃないか。
[ダルク]:「聖奈美も女の子だから、吹雪も覚えといたほうがいいかもね」
[吹雪]:「そうだな、忘れないでおこう」
ダルクのおかげでジュースのチョイスを間違えなくて済みそうだ。
[吹雪]:「甘い飲み物っと」
これでいいかな? いちご牛乳。何かあんまり想像つかないが、甘いものが好きって言ってたし、大丈夫だと思うけど。
[吹雪]:「どうだ? ダルク」
[ダルク]:「うん、ばっちりだと思うよ」
小さな指でグッドのサインを出してくれる。
[吹雪]:「お前は何がいいんだ?」
[ダルク]:「え? 私はいいよ。聖奈美に分けてもらうから」
[吹雪]:「遠慮するなよ、金なら心配いらないぞ?」
[ダルク]:「そうじゃなくて……ちょっと、容量オーバー」
[吹雪]:「……なるほど」
ダルクの体で、この量のジュースは飲みきれないってわけか。確かに、こんなにたくさん飲んだら、宙に浮けなくなるかもしれない。
[ダルク]:「気持ちだけで十分だよ」
[吹雪]:「……、前から思ってたんだけど、使い魔って大体どれくらいの質量によって保たれてるんだ?」
[ダルク]:「それって、人間で言うところの体重ってこと?」
[吹雪]:「そんなところかな、ダルクがメスだということを分かっていながら失礼な質問だとは思うが、もし差し支えなければ参考までに教えてくれると嬉しいな」
[ダルク]:「それは別に構わないけど、……使い魔にも色々種類があるから、それぞれにはっきりとした差があるんだよね。吹雪も、私以外の使い魔って見たことはあるでしょう?」
[吹雪]:「ああ、鷹とか猫とかなら」
[ダルク]:「私はその中の小竜、ドラゴンの一種なんだ」
[吹雪]:「ドラゴン……」
見た目でそれっぽいとは思ってたが、やっぱりそうだったのか。
[ダルク]:「このとおり、私は小さいから、質量は10キロにも満たない。でも、ドラゴンにも種類があって大きなドラゴンだったら普通に100キロを越えるものもいるよ」
[吹雪]:「マスターを軽く上回るのか」
[ダルク]:「ドラゴンだからね、単純に考えればそれが普通のことではあるんだけど」
[吹雪]:「じゃあ、ダルクみたいな種類は珍しいのか?」
[ダルク]:「そう、なのかな? 大半のドラゴンは中か大の部類に入るから、小って部類のドラゴンはあんまり見たことないね」
[吹雪]:「じゃあ、ダルクは希少価値が高いということに?」
[ダルク]:「んー、そう、なるのかな?」
[吹雪]:「今のうちにサインをもらっておいたほうがいいのか?」
[ダルク]:「私は未来のスターにはなれないよ」
[吹雪]:「努力次第でどうにでもなるじゃないか。やる前からあきらめてはいけないぞ」
[ダルク]:「あ、あきらめてはいないけど、芸能関係の仕事には就けないから」
[吹雪]:「そうか? ドラゴンユニットとか組めれば売れそうな気がするんだが」
[ダルク]:「で、できないよ。その前に使い魔がマスターから離れることはできないから」
[吹雪]:「そうか、もったいない」
[ダルク]:「吹雪って、そんなにアイドルが好きなの?」
[吹雪]:「いや、別に」
[ダルク]:「あ、そう……」
[吹雪]:「じゃあ、俺は……コレにするか」
テキトーにボタンをプッシュして飲み物を選んだ。
[吹雪]:「じゃあ、そろそろ戻るか。待たせるとお怒りに触れてしまう」
[ダルク]:「うん」
俺たちは音楽室へと戻る。
……………………。
[場所:第二音楽室]
[吹雪]:「ほら、どうぞ」
[聖奈美]:「ええ、いただくわ」
すっかり杠の表情は戻っていた。杠はストローを刺していちご牛乳を飲んでいく。
[聖奈美]:「んっ、んっ……」
[吹雪]:「…………」
何だか、イメージにそぐわない光景が目の前に広がってるな。杠が紙パックの飲み物を飲んでいるとは。勝手なイメージで、ティーカップに注がれた飲み物しか興味がないように見えるんだよな、どうしても。俺の偏見にすぎないんだが。
[聖奈美]:「何よ? 人のことジロジロ見て」
[吹雪]:「いや、飲み物、それでよかったか?」
[聖奈美]:「ええ、別に問題ないわ。選ばせたのはあたしなんだから」
[吹雪]:「そうだけど、やっぱ気になるだろ?」
[聖奈美]:「大丈夫よ、甘いものは基本的に好きだから」
[吹雪]:「そうか」
ダルクは微笑んで見せた。
[吹雪]:「よかった」
[聖奈美]:「変ね、文句を言うなって言っていたのに」
[吹雪]:「いや、買う側としてはなるべく不味いものは飲ませたくないだろう」
[聖奈美]:「ふーん、なかなかいい心がけじゃない」
[吹雪]:「そりゃどうも」
[聖奈美]:「とりあえず、甘いものは基本好きだから、覚えておくといいわ」
[吹雪]:「ああ、そうする」
[聖奈美]:「あなたは何が好きなのよ?」
[吹雪]:「え、俺?」
何だろうな……。
[吹雪]:「基本何でも好きだぞ」
[聖奈美]:「何よ、その返答。答えになってないじゃない」
[吹雪]:「いや、だって」
[聖奈美]:「その中で、特に何が好きなの?」
[吹雪]:「うーん、ハンバーグとかカレーとか?」
[聖奈美]:「随分子供っぽいものが好きなのね」
[吹雪]:「いいだろー? すっげぇ美味しいじゃないか。子供にも大人にも愛される料理だぜ。お前、嫌いなのか?」
[聖奈美]:「そういうわけではないけど」
[吹雪]:「じゃあいいじゃないか。答えになってるだろ?」
[聖奈美]:「まあ、いいわ。誰が何を好きだろうと否定はできないものね」
そう言いながら杠はパックに口をつける。
[聖奈美]:「ふう、さて、再開しましょう」
[吹雪]:「もう休憩終了か?」
[聖奈美]:「ええ、あんまり休むと、時間がもったいないもの」
[ダルク]:「無理はダメだからね? 聖奈美」
[聖奈美]:「ええ、分かってるわ」
杠はイスに腰を下ろす。
[聖奈美]:「大久保」
[吹雪]:「何だ?」
[聖奈美]:「今回は、何でもいいから気づいたことを言ってちょうだい、いいわね」
[吹雪]:「ああ、善処する」
[聖奈美]:「じゃあ、弾くから聴いててちょうだい」
杠は鍵盤に指を置いた。




