サマータイムパニック
昔書いた小説を手直ししてみました。
簡単に読めますのでお楽しみに
サマータイム
ぴちゃっ⋯ちゅっ、ぴちゃっ⋯。
明かりを落とした室内に湿った音が響く。
くちゃっ。
「あん、調停者⋯んっ⋯こんなに⋯」
微かに甘えを含んだ息遣い。
電脳都市“アルハンブラ”の中枢管理ビル。
その中でも実務部門、調停委員会の執務室。
前夜遅くに業務を終えた私は、オフィスのソファーで仮眠を取っていた⋯はずだ。
「はぁっ⋯。」
甘い吐息を伴い、柔らかな肢体が身を預けるのを感じた。
「ああ、こんなに汁が⋯亜梨沙はもう⋯」
「ちょっ!」
気が付いた私は慌てて飛び起きる。
「あん」
オートライトが点灯した室内。
可愛い声を上げつつ、一緒に身体を起こしたのは東雲亜梨沙だった。
「な、何をしてるのかな?」
「調停者、すぐ起きました!」
屈託のない満面の笑み。その左手には⋯。
「アイスキャンディ?」
「はい、風子が調停者を起こすならこれが一番だと」
「これ?」
アイスキャンディを指さす
「はい、もし寝ていたら、耳元で舐めながら呼ぶと良いと⋯」
亜梨沙はニコニコと続ける。
「身体を預けて少し息苦しい雰囲気を出すと効果的だと教えて貰いました!」
「そ、そうなんだ」
風子、純真な亜梨沙に何を教えているのだ⋯。
いや、確かに飛び起きたけれども!
「いいかい、亜梨沙。この起こし方は⋯その、亜梨沙にはまだ早いんじゃないかな?」
「そうですか⋯あと3日位経ってからの方が良かったですか?」
怪訝な顔で頷く。
「いや、もっと⋯かな?」
「でもそれだと⋯夏休みが終わっちゃいます」
「⋯夏休み?」
「風子が調停者を呼んで夏休みの合宿がしたいと⋯」
卓上のカレンダー兼予定表を見る。
確かに夏休みは残りあと数日。
なるほど、それで亜梨沙を使って起こしに⋯策士め。
「行きましょう、調停者! 夏休みが終わる前に」
私は亜梨沙に手を引かれ、夏の日差し眩しい街に出た。
眩しい真夏の日差しがアスファルトにハレーションを起こす市街地。
何故にこうも暑い⋯私は汗を拭いながら、溜め息をついた。
“アルハンブラ”は全てが人口環境でシミュレートされた仮想空間だ。
ユーザーは潜在意識をアバター化する事で、この世界で怪我もなく、寿命もなく、病気もない真の自由な人生を過ごす事ができる。
当然、一年中、春のような快適な気候にする事もできるはず。
運営開始から内部時間で100年近く経ち、管理機構にもガタが来ているのかも知れないが⋯。
私はもう一度溜め息をつき、亜梨沙の後を追った。
「で、どういう事か説明してもらえるかな?」
私はやや怒気を含んで目前の風子を睨んだ。
ここはアイドル研究部⋯略してアイ研の部室。
ここにおなじみのメンバーと学園管理部のカスミが揃っていた。
「私も聞きたいわね。なぜこの部室は冷房が付いていないのか」
カスミが腕組みをしながら尋ねた。
冷房が全く効いていない部室は、真夏の茹だる様な熱気が立ち込めている。
いや、パソコン等が稼動している分、外よりも暑いかも知れない。
「エアコン、壊れちゃったんだ⋯」
俯く風子。
「訂正します。風子が出力を上げると言ってエアコンを改造、結果稼働しなくなりました。これは壊したと表現するのが⋯」
亜梨沙が真面目に訂正する。
「なんですって?!」
カスミの眉が吊り上がる。
「ち違う、寿命だったんだよ、寿命!」
抗弁する風子。
「と、ともかくエアコンが効かない部屋じゃとても部活は無理だよ」
アイ研もう一人の部員、明日香が慌ててフォローを入れる。
「確かに、それはそうね」
カスミは頷きながら額の汗を拭う。
ここでは会話してるだけでも厳しい。
「でも、夏休みは集中して時間が取れる貴重な時期だから休んでいられないよ」
私に向かって力説する風子。
アイ研は他校のアイドル研究部の様に、自分達でアイドル活動をする部活ではない。
古くは50年位昔から今までの、アイドルの傾向やファン層などを真面目に研究調査している。
当然、集中して調査や資料作成ができる長期休暇は外せない。
「ふむ」
確かに一理有る。
「そこで、調停者なら良い方法を知ってるんでは無いかと⋯」
「なるほど⋯」
私は頷きつつ思案にくれた。
「いい場所あるかなぁ」
この“アルハンブラ”のアバターが、ほとんど学生になるのは、潜在的希望の反映として、必然だろう。
結果として“アルハンブラ”には生徒数一万人と言う巨大学園がいくつも林立している。
夏休みの終盤が追い込みなのはアイ研だけでは無い。
そのため、主だった合宿所は既に満員状態であり、それを各校争奪戦を繰り広げているのが毎年の状況なのだ。
「贅沢は言わないから! 冷暖房完備、タダで3食寝るとこが付いてお風呂は出来れば天然温泉、空気が良くて快適なら文句は言わないから!」
風子は力説した。
「いや、それかなりの贅沢⋯」
「ほら、亜梨沙からもお願いして!」
「調停者、亜梨沙は調停者と夏の思い出が作りたいです」
微妙に誤解を生みそうな発言だが、その気持ちは本物だ。
「分かった、探してみるよ」
私がそう答え、オフィスに戻ろうとしたところにカスミが口を開いた。
「アイドル研究部の本年度の予算は既に執行済みです」
「え? 知ってるけど」
キョトンとする研究部の面々。
「自分で壊した以上、修繕予算は認められません。夏休み明けにエアコンを使いたければ、修理費は自腹と言う事です」
「「ええーっ!!」」
風子と明日香がハモる。
どうも先の風子の抗弁は却下されたらしい。
「では」
いうことだけ言うと、カスミは部室を出て行った。
残されたのは縋る様な視線を送ってくる二人と、きょとんとした表情の亜梨沙。
「「「ちょ、調停者~」」」
三人分の視線を浴びながら、
「と、ともかく方法を探してみるよ⋯」
そう言って私は部室を後にしたのだった。
肉体から離れ、欲望と言う枷から解き放たれても、やはり利害の衝突は学校間に限らず発生する。
そのための仲裁役が私、と言う訳だ。
もちろん、そのために、この世界でのそれなりの権限も持っている。
と、言うのは建前で。
実際は困った時の何でも相談役だった。
仕方ない、心当たりを当たってみるか。
私はオフィスに戻り、パソコンで調査を始めた。
「何だか納得できないんですけど~」
真夏の太陽の下、風子が不満の声をあげた。
ここは南国リゾート。
青い海、照りつける太陽、真っ白な砂浜。
ヤシの葉が風にさざめき、水着の人々が思い思いに夏を満喫している。
軒先に置かれたラジオからはハワイアンミュージックが流れ、より雰囲気を盛り上げる。
当の風子と言えば紺色スク水にミニエプロン、両手にはトレーに乗ったトロピカルドリンク。
「どこが納得いかないの?」
アロハシャツの私は返した。
一応、引率の立場ゆえ、遊ぶことはできない。
そこで、服装だけは南国風にしている。
「せっかくのリゾートなのに遊ぶこともできないし、なぜにスク水なの?」
「今回は課外活動の一環だから、服装は学校指定の必要がある」
「ウチの学校って水着、これだっけ?」
しげしげと自らの恰好を眺める風子。
「と、当然です」
「じゃぁ、どうして亜梨沙はあの恰好?」
視線の先で客からメニューを取る亜梨沙を差す。
亜梨沙は白いスク水に色鮮やかなパレオを腰巻にしていた。
「手配の関係で、数が揃わなかったから⋯」
「本当に~?」
疑問の声をあげる風子。
と、ため息をつく。
「あの娘が楽しんでるみたいだから、良いけど⋯バイト代も稼げるし」
そう、私が見つけてきたのは海の家での泊まり込みのバイトだった。
10時から16時までの繁忙時間に手伝い、あとは自由時間。
ロッジでの宿泊で三食の賄いつき。風呂は温泉。
これでバイト代もそこそこだから、かなり破格の条件と言えた。
「風子の希望通りだと思うけど」
「そうなんだけど⋯」
風子は言葉を濁しながら続ける。
「でも何か変なんだよね、ロッジのがやたらごっついエアコンで、設定温度が―10度から+40度っておかしくない? ちゃんと効いてるから良いんだけど⋯」
風子は何か引っかかるものを感じているらしい。
『すいませーん、注文お願いしますー』
「はーい!」
客から声をかけられ、風子は向かった。
入れ替えに駆け寄ってきたのは亜梨沙だった。
「調停者、注文はいかがですか?」
「いや、今は引率だからいいよ。調子はどう?」
「任せて下さい! 亜梨沙はここにきてから、接客のスキルがかなり上がりました」
「それはすごい」
「はい、でも⋯」
と、顔を曇らせる。
「亜梨沙の現在の仕事はアイドル研究部の部員です。その道は厳しく、亜梨沙は未だ道半ば⋯」
「なんか後半、武道の修行みたいになってるけど⋯?」
「ここで接客業にチェンジすると研究部のみんなと活動できなく⋯」
しょぼんと、めげる亜梨沙。
なるほど、そんな心配をしていたのか。
「亜梨沙に良いことを教えてあげよう、その名は⋯セカンドワーク!」
「な、何ですか、それはっ?」
「余った時間を使って、本来の役割以外に新しい能力を獲得できるんだ」
⋯別名アルバイトという。
「ほ、本当ですか! 亜梨沙もメイドさんとかできますかっ?」
キラキラと目を輝かせて聞いてくる。
「もちろんだよ、そうやって様々な仕事に挑戦して、スキルを伸ばすことができるんだ」
少し大げさに言ったが、嘘ではない。
アルバイトから新しい道に興味を持ったり、仲間との関りから視点が広がる事も多い。
研究部以外の世界を知る事は、亜梨沙にとってもプラスになることは多いだろう。
「すごいです! ぜひやってみたいですっ」
「この活動が達成出来たら、詳しく教えてあげるよ」
「はいっ、頑張りますっ!」
私は張り切ってフロアに戻って行く亜梨沙を見送った。
実は今回のバイト、紹介してきたのはカスミだった。
口ではあんなことを言っておきながら、ツテを辿って何とかこの仕事を見つけ、お手上げ状態だった私に連絡してきたのだ。
『調停者が見つけたことにしてください』
通話モニターの向こうで少し照れた様子のカスミは言った。
『いや、ほら、あの娘達お金の事になると無茶するし⋯』
それは誰の事かな⋯会計担当のカスミさん?
巨大なブーメランが飛んでる気がするのは私だけだろうか。
にやにやしている私を見て、
『リゾートに行くからといって⋯亜梨沙ちゃんに不埒な事したら許しませんよ!』
カスミは言い捨てて通話を切ってしまった。
⋯そんなことする訳がないだろう⋯と言い損ねてしまった私だった。
それから数日、開発部の皆のおかげもあり、海の家は盛況だ。
「いやー、本当に助かるよ。これはバイト料弾まないとなぁ」
店の大将も大喜びだ。
フロア周りを亜梨沙、明日香が担当し、風子は主に店頭で呼び込み。
しかも研究部の面々のチームワークは息ぴったりで、
見ていても気持ちよく接客できているのが分かる。
仕事後も泳いだり、花火をしたり、夜店を回ったり、
この体験を部活に生かせないかと話し合ったり。
充実した夏休みが過ぎてゆく。
そんな日々もあと僅か。
時刻は昼過ぎ。
客の入りがピークを迎え、店内も大忙しだ。
「ねぇ、盛況なのは良いけど⋯忙しすぎるよぉ⋯」
オーダー取りの合間に明日香がこぼした。
「明らかに初日より客が増えてるじゃん」
確かに、初日には8割の入りだったが、今では入店待ちの列ができている。
どう見ても他の店より客が多い。
「メニューとか、どの店も同じ様な物なのに⋯」
手持ちのメニューを見ながら明日香が言う。
メニューに並ぶのは大たこ焼き、焼きそば、ソフトドリンク⋯。
「この、大たこ焼きっていうのは?」
「ものすごく大きなタコの身が入ってるたこ焼き。この辺の名物らしいよ」
「確かに他の店のメニューにもあるね」
並ぶ海の店の店頭看板を見ながら、私には繁盛の理由が分かっていた。
「どうも、可愛い店員さん達が居る店って、話題になってるらしいよ」
「可愛い店員さん?」
明日香はフロアを駆け回る亜梨沙に視線を送った。
真夏の太陽のような笑顔で、てきぱきと接客する亜梨沙。
これほど海の店に似合った店員もそうは居ない。
「⋯道理で」
軽くため息をつく。
「明日香も含めて、だよ?」
「え? 私も?」
「既に客の中には、風子派、亜梨沙派、明日香派の勢力争いが始まってるらしい」
「え、で、でも、それじゃ私たち自分で自分の首を絞めてるようなもの?」
「大将も喜んでバイト料ボーナスするって言ってくれてるから、頑張って」
「が、頑張るけどぉ~」
言いながら、少し照れ気味の明日香もフロアに戻って行った。
店の外に目をやれば、エメラルドグリーンの海が夏の陽光に眩しい。
カモメが青空に線を引く様に飛んでいく。
と、突然、海面に巨大な水柱が上がった!
『どぉーーーーん』
一瞬遅れて爆音と衝撃波が襲う。
もうもうと立ち込める水煙。
一瞬視界が奪われた刹那、誰かが叫んだ。
「暴れタコだぁーーー!」
「大きいぞ、逃げろぉー!」
⋯⋯暴れタコ? とは?
「一体、何が??」
私は水柱の上がった海岸に駆け寄る。
アイドル研究部の面々と海の家の大将も続く。
目前に現れたのは巨大なタコ様の生物だった。
タコ、とは言いつつも明らかにタコではない。
光る紋様が浮かんた足、トゲ様の物が生えた体。
しかも全長はゆうに30mを超え、小型の客船ほどもある。
「あれは⋯?」
「くそっ、まさか、まだ生き残りが居たとはな」
隣の大将が呻く。
「あれが暴れタコ⋯昔、この辺りを荒らし回った海の怪獣だよ」
「か、怪獣?」
「知っての通り、タコってのは意外と知能が高いんだ。それに手足が取れても復活する位、再生力も高い」
大将は続ける。
「それをどっかの部のマッド・サイエンティストが兵器に応用しようと生み出したのがあれだ」
「生物兵器ってことですか?」
「ああ、それが逃げ出し、この海の沖に住み着いた⋯そして時に浜に現れて暴れ出す。そのたびに浜は大騒ぎだ。怪我人も出た」
「た、大変だ。このままじゃ⋯」
言う間にも怪獣は近づいてくる。
巨大な触腕が海を叩くだけで激しい波が打ち寄せる。
大将は力無く首を振った。
「もう何十年も昔の話だ⋯とっくに滅びてたと思ったんだが。とても勝てる相手じゃない、逃げるしか」
「そ、そんな」
「せっかく、お嬢ちゃん達のお陰で良い夏だったんだが、ここまでだな」
大将はため息をつく。
“アルハンブラ”内部では既に創立から100年近い時間が経過している。
アバター達は歳を取らないが、この世界自体には100年分の変化が蓄積されている。
その中には滅んだ都市も有れば、噂でしか聞かない様な都市伝説の類も存在する。
管理部でもそう言った異常現象に対応を進めているが、“アルハンブラ”の莫大なデーターからそれだけを発見、調整する事は不可能に近い。
結果的に、実生活に支障の少い問題は放置されている状況だ。
「いいえ、まだまだですっ」
亜梨沙が叫んだ。
「調停者、武装許可を下さい!」
「⋯わかった。亜梨沙、明日香、風子に今から10分間の武装の許可を執行。動作解析速度を150%アップします」
私の声と共に3人の手にそれぞれ愛用の武器が現れる。
これが私のこの世界での権限、と言う訳だ。
同時に彼女達の周囲に微かな光のベールの様な物が現れる。
動作速度を上げた彼女達の周囲の時間歪を、光として消費する事で解決しているのだ。
「皆、気をつけて。危険だと思ったら直ぐに撤退するからね」
「はいっ」
亜梨沙が巨大なミサイルランチャーを構える。
「私達のバイト先にカチ込むとは良い度胸じゃない」
マシンガンを両手に風子が続く。
「こんなことで楽しかった夏休みが終るなんて嫌だよ」
明日香も大型のライフルを構える。
「分かった。皆で浜を守ろう!」
私達は海に向かい、駆け出した。
〝バッパッパッパッ〟
〝バーン〟
銃声が響き、グレネードの爆音がこだまする。
怪獣に対し風子達はいつものフォーメーションで応戦した。
明日香と風子がヒットアンドアウェイで敵を分断殲滅し、そうして作った隙に亜梨沙が一撃を決める。
「3⋯2⋯1⋯」
亜梨沙の武器は発射までの時間はかかるが、威力は絶大だ。
「0⋯ファイヤ!」
〝キュ ドーン〟
電磁ランチャー独特の発射音が響く。
同時に激しい衝撃波。
大型の弾体が音速を超え飛翔する。
これを受ければいかに巨大な怪獣と言えども⋯。
〝バキーンッ〟
着弾の直前、八角形をした無数の光の盾が怪獣の前面に展開、砲弾を受け止める。
激しい轟音、飛び散る光の破片!
爆発的なエネルギーに海面は激しく波打ち、飛沫を上げる。
だが、立ち込めた水蒸気の奥から姿を現した怪獣は⋯。
「む、無傷⋯だと?」
思わず呟く。
あり得ない。あり得ないが、着弾直前に現れたあれは⋯。
「電磁バリアだよ」
大将がぽそりと言った。
「奴の足には発電組織があって、それを瞬間的に励起させて強力なバリアを作る⋯。あれのせいで銃器は皆無力化されちまう」
目を閉じ、俯く大将。
「言っただろう。叶わない⋯と」
あのタコ、バリア持ってるのか?!
「それでは、あの怪獣には対抗策は無いと?」
大将に尋ねる。
「昔は⋯あそこに学生部謹製の陽電子砲が据え付けられてて、それで迎撃したんだが」
岬の高台を指差す。
そこには確かに何かが据え付けられて居たような、コンクリートの基礎があった。
「もう何年も前に撤去されちまったよ」
「ほ、他には??」
「それまでは強化服を着た若い衆が⋯そこにある出刃で直接切り込んだ物だが。もうそんな装備、とっくに捨てちまった」
浜辺に立ててある巨大な鉄の塊を振り返りながら、大将は言った。
よく見ればそれは確かに巨大な出刃包丁だった。
刃渡りは5m近く。
余りに巨大で何かのモニュメントだと思っていたが⋯。
「あの包丁なら?」
「海から奴のバリアの内懐へ入り込めば、物理攻撃は有効だ。だが、今更あんなものどうやって扱うってんだ」
確かに巨大な包丁は重量500キロを優に超えるだろう。だが⋯。
「亜梨沙」
傍らの亜梨沙に問い掛ける。
「はい、調停者」
「今の話を聞いていた?」
「もちろんです」
「浜を守るなら今はこの方法しか無い。だが危険な方法だ⋯無理をする事は⋯」
「亜梨沙、やります」
私の言葉を遮って言った。
「タコさんは私が止めます」
真剣な表情で浜辺の出刃包丁に向う亜梨沙。
「おいおい、嬢ちゃんそれは無茶⋯」
言いかけ、巨大な出刃包丁を引き抜く亜梨沙の姿に、言葉を失う大将。
「⋯あんた⋯一体」
「ウチの学生は優秀なんで⋯風子、明日香、援護を!」
今一度、私達は怪獣に向かい駆け出した。
〝ズバーン〟
風子のスモーク弾で張られた煙幕を隠れ蓑に、怪獣に接近した亜梨沙が出刃を振るう。
巨大な触腕が切り飛ばされ、浜に落ちた。
だが怪獣は素早く対応、亜梨沙目掛け次の触腕を振り下ろした。
間一髪で出刃で受け止める亜梨沙。
「こっちだよっ」
声と共に風子が催涙弾を怪獣に撃ち込む。
亜梨沙は素早く海中に逃れガスを避けた。
痙攣性のガスを含む催涙弾はタコには効果覿面のようだ。
『グギャオオ〜』
動きが止まった隙をついて亜梨沙が更に数本の触腕を切り飛ばす。
水際にうずくまる怪獣。
最早、勝負は決まったと思ったその時。
『ピッピー』
私のスマートフォンの呼び出し音が鳴った。
画面にはスマートフォンのAIオペレーターの姿が浮かんでいる。
「調停者、通信が入っています」
「この非常時に? 一体誰から?」
「それが、その⋯眼の前のタコさんからです」
「え?」
タコから通話されるのは世界初なのでは?
「高速のモールス信号の様です。翻訳します⋯」
オペレーターが言うと、端末からタコの声(を模した音声)が流れる。
「コウフク、スル。タタカイヲトメテ ホシイ」
「そちらが攻撃してきたから応戦したまでだ。今更なぜその様な事を」
「コウゲキハ モウシナイ」
攻撃しないと言うのは本当だろうか⋯。
「ねえ、調停者どうする??」
傍らの風子が尋ねる。
「怪獣の言う事なんて、信じて良いのかな?」
明日香も疑問を示す。
確かに人語を解する知能が有るなら、嘘をつく可能性はある。
それに例え今は撤退したとしても後日、と言うこともある。
「なぜ攻撃した?再び攻撃しないと言う保証は?」
目前の怪獣に問う。
「888MHzノデンパヲ トメテクレレバ コウゲキハシナイ」
「なぜ、その電波が問題なのだ?」
「ソノ、シュウハスウハ コウゲキメイレイ」
攻撃命令? つまり、生物兵器として行動するキーに成っていると言うことか?
「では、それが無ければ二度と現れない?」
「ヒトニツクラレタ ワレハ シソンモ ノコセヌ。タダ、シズカニイキルコトヲノゾム」
つまり、仲間も居ないし後は静かに生きたいと⋯しかし、このまま逃すのは⋯。
「助けてあげて、欲しいです」
声を上げたのは亜梨沙だった。
「亜梨沙」
「闇に生まれた者は闇に滅ぶサダメですか? 幸せを求めるのは⋯間違い⋯でしょうか」
涙声に成りながらも亜梨沙は続けた。
「風子や明日香、アイドル研究部の皆と出会わなければ、きっと亜梨沙も⋯同じに⋯」
実は亜梨沙だけはアバターではない。
彼女はこの世界そのものから生まれた、100%バーチャルな存在だ。
当初の彼女は敵も味方も分からず、ただ暴れるだけの存在だった。
その彼女を風子や明日香は仲間として迎えたのだ。
だからこそタコが人を傷つける前に止めたかったのか⋯。
考え至らず、辛い思いをさせてしまった自分を後悔する。
「分かった、今回は手打ちにしよう。電波の件は対応すると約束する」
「カンシャ、スル」
怪獣は身を引きずり、海にもどって行った。
夕日の海に消える姿を見送るアイドル研究部の面々、海の家の大将。
「タコさん、幸せに成れるでしょうか」
亜梨沙が問う。
「あれだけの巨体だ、腕も回復するだろうし、大丈夫だよ」
「調停者、亜梨沙の願い聞いてくれてありがとうです」
まだ少し涙目の亜梨沙。
「私こそ、辛い思いをさせて済まなかった」
「いえ⋯でも一つ聞いて良いですか?」
涙を拭いながら言う。
「なんだい?」
「タコさん、子孫を残せないって悲しそうでした」
「まぁ、生物の究極目標は種族繁栄だし⋯それが出来ないとなると、生きる意味を失うかも⋯」
「亜梨沙も子孫を残せませんか?」
「はいぃ??」
予想外の方向に話が飛ぶ。
「それって悲しいですか?」
「い、いや、そうと決まった訳では⋯」
そのあたりは私も詳しくない。
だが、亜梨沙にも遺伝子に相当する何かの因子が内包されている可能性はある。
「もしかすると、亜梨沙も子孫を⋯将来には」
「本当ですか、調停者! 約束、です!」
不安が晴れたのか、亜梨沙は微笑んで言った。
私は気まずい話題を逸らそうと辺りを見回した。
幸い、砂浜は荒れているが海の家は無事。
この騒ぎの後だから、即日は難しいかも知れないが、営業再開は可能性のようだ。
だが⋯。
「これ、どうするんだ」
見やった先には、亜梨沙が斬り落としたタコの足が数本波打ち際に浮かんでいた。
いずれも全長は10m近い。
片付けるのも大変そうだ。
「もちろん、食うのさ」
海の家の大将が当然の様に言った。
「食べる?? 怪獣の足を?」
「美味いんだぞ。身は締まってシコシコ、旨味が強くてコクがある⋯」
「ええっ、もしかして⋯昔から?」
海の家に並ぶ、大たこ焼きの看板を片目に大将にたずねた。
「そうよ! 昔から暴れタコを退治する度に足を皆で分け合ってな」
懐かしそうに大将が遠くを見る。
「一度には食べ切れないから、冷凍庫も作って⋯ああ、今は改装してあんたらが泊まってるとこな」
私達はタコの冷蔵庫に泊まってたのか!?
「食べて大丈夫なんですか?」
「もちろん、成分も味も普通のタコと変わらないぞ。自然の恵みは大切に使うべきだろう?」
「は、はぁ」
そのタコと会話した身としては食べるのにはいささか抵抗が有るのですが。
「今夜はタコパーティーだな!」
張り切る大将を残し、我々は浜辺を後にした。
数日後。
冷房の効いたアイドル研究部の部室でカスミに事の顛末を説明する。
「なるほど、そんな事が⋯」
「ホント、ものすごく大変だったよ~」
嘆息する明日香。
「まぁ、おかげでエアコンも直せたし、良いけどね」
風子が言う。
残念ながらバイトはあの日で打ち切りとなった。
浜の復旧に数日かかりそうだったし、取材なども来て、しばらくは海の家どころではなかったからだ。
だが、暴れタコの足を手に入れた海の家の大将は大喜びで、約束の倍額近いバイト料を払ってくれたのだ。
「亜梨沙も接客のスキルが向上しました!」
嬉しそうに報告する亜梨沙。
「そう、良かったわね」
微笑むカスミ。
なぜか亜梨沙の事は猫可愛がりなのだ。
「スク水ウエイトレスは接客スキルのトレーニングに最適です」
にっこりと微笑む亜梨沙。
「はぁっ? スク水⋯なんですって??」
ぴきっ! とカスミのこめかみに血管が浮き出るのを感じた。
「い、いや、決していかがわしい物では無く⋯」
私はカスミに弁解する。
「いかがわしくない、スク水ウエイトレス⋯とは?」
厳しい声色のカスミ。
「それに、調停者は亜梨沙と子供を作る約束をしてくれました!」
純真な笑顔で話す亜梨沙。
「そ、そう、それは⋯よかったわね」
作り笑いが崩壊寸前のカスミがこちらを振り向く。
「どういう事か説明して頂けますか、調停者?」
「い、いや違っ! 誤解だから」
「調停者は亜梨沙と⋯子孫を作るのです」
何故か少し恥ずかしそうな表情で語る亜梨沙。
い、いや、亜梨沙、その言い方は正しいけど間違ってる。
正しいのだけど!
「ちょ、ちょと別室で詳しくお話を聞かせて貰えますか? そう、5,6時間ほど⋯」
いや、その別室って尋問室の事でしょ。
「ま、待て。話し合えばきっと」
「問答無用!」
私はカスミに首根っこを掴まれ、アイドル研究部の部室を後にした。
作者のやる気は イイね や 感想 で出来てます(笑)
ここまで読んだらもうひと手間、評価をポチっと!
宜しくお願いします。
ぜひぜひ御意見、お聞かせ下さいませ。
気に入った部分だけでは無く、ここが“読みにくかった”“分かりにくかった”も、とても参考に成ります。
感想書いて下さる人には本当に感謝です。
また、連載形式で数日ごとアップしますので、読み逃し無いようお気に入り登録も宜しくです。
他にも小説家になろうに色々作品アップしてますので、良かったら見てみて下さい。
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