2-3 よっしゃ!ラーメン作るぞ!
翌朝。
鉄を打つ乾いた音が響き、目を覚ました新見は体を伸ばした。
毛布を返そうと工房に入ると、ゴリオンがハンマーを振るう手を止めずに言った。
「よぅやっと起きたか、寝坊助め。」
「うっせぇ、こちとらまだ若いんだ。まだまだ睡眠時間が欲しいお年頃なんだよ。」
寝ぐせ頭のまま悪態をつきつつ毛布を返す新見(寝起きは機嫌悪いタイプ)。
ゴリオンはニヤリと笑って肩をすくめる。
「まぁ、昨日の話を聞いた限り、ここ数日いろいろあったらしいから多くは言わんわい。それよりいいのか?」
おやゆびを外へ向けてちょいちょいと動かすゴリオン。
耳を澄ませば、外からは町の喧騒が聞こえてきた。
「あぁ、そうだそうだ。思いのほか快適だったから危うく寝坊するところだった!」
そう言って毛布をその辺を通りかかったドワーフに渡すと、新見は軽く手を振り、工房を後にした。
新見は市場へ向かう道すがら、すでに作るラーメンの構想を練っていた。
(最初のラーメンだからな。もっともベーシックな醤油ラーメンにするか!)
そんなことを考えているうちに、活気あふれる市場の入り口が見えてきた。
朝の市場はすでに人で賑わっている。
そんな中、新見は頭の中で、必要な食材をひとつひとつ思い浮かべる。
(まずは煮干しだろ、香味野菜のネギ、生姜、ニンニク。あとは動物系の旨味を出せる肉系素材…後調味料もほしいな。)
しばらく歩き回るうちに、野菜を扱っている屋台を見つけた新見は足を止めた。
「お、これはネギ……っぽいな。こっちはショウガ、で、これが……ニンニクっぽい?」
ひとつひとつ鑑定などで確かめながら、使えそうな野菜をまとめて購入する。
煮干しも道中にある乾物屋で確保できた。
(さすがに鰹節はなかったが必要最低限のものは確保できた…!)
あとは、魚以外の動物系の旨味を取れる素材だ。
新見は市場を後にすると冒険者ギルドの買取エリアへと足を運ぶ。
魔物素材を売りに利用したことはあるが今度は魔物素材を買う立場として利用することになる。
どうやら魔物素材を買う場合はギルドカードの提示は不要らしい。そのままギルド直営の販売店へ足を運んだにいみ。
流石に王都のギルドだけあっていろんな魔物素材が解体されたそのままの姿で取り扱われていた。
ふと視線を向けると、店頭には元の世界の鶏の三倍はあろうかという巨大な丸鶏が吊るされていた。
「やすいよ~! なんとコカトリス丸ごとで4000ゴルドだよ~!」
威勢のいい店主の声が響く。
(けっこうするなぁ…でもそんなことよりでけぇ。)
そう思いながら、いつものように《鑑定》をこっそり発動させる。
【若コカトリスの丸鶏】
“まだ若いコカトリスの肉。肉質は柔らかく、臭みもなく美味で危険度も低い。換金率が高く繁殖力が高いため、食肉目的で初心者冒険者に人気の討伐対象。”
(なるほど…昔苦戦した危険度の高い大型のコカトリスは多分老齢だな。当時の鑑定先生は名前と危険度しか表示してくれなかったわ肉は硬くて噛み切れなかったわ臭みもひどかったわけだ。若い個体なら、まるで地球の鶏肉みたいな扱いができるかもしれないな。)
コカトリスのガラなら申し分ない。そう思った新見は「おっちゃん! 一羽丸ごとくれ!」
勢いよく声を上げると、店主が嬉しそうに笑って丸鶏を包み始める。
「毎度あり! 若コカトリスは今朝しめたばかりだよ!」
「助かる、これで決まりだな。」
新見は4000ゴルドを支払い、ずっしりとした包みを肩に担ぎ工房へと足を運ばせる。
(醤油はなかったけどドワーフの厨房ならさすがにあるだろ)
と味の決め手である醤油が売られてないことに楽観的にとらえた新見だが後に後悔する羽目になる…
工房に戻ると、ゴリオンが腕を組んで待っていた。
「おう、厨房は好きに使っていいぞ。お前さんが買い物してる間に、若いのに掃除させておいたからの。」
「助かる、ありがとな。」
新見は軽く会釈し、早速仕込みに取りかかる。
厨房は石造りの部屋で、壁際には大ぶりの釜つきかまどが二つに魔石コンロが贅沢にも五口、中央には年季の入った石をそのまま切り出した分厚い作業台。
シンプルだが、火力も設備も申し分ない。
「 よっしゃ!ラーメン作るぞ!」
早速新見はコカトリスの丸鶏をぶつ切りにしたのち、釜に放り込む、水をたっぷりと張り、薪をくべて火をつける。
水面が揺れ始めた頃、ネギの青い部分と、生姜を薄くスライスして投入する。
「よし、これでしばらく放置っと。」
火加減を調整し、次は麺の準備へ。
火のついていないほうのかまどから灰を拝借しコップに入れる。水を入れてかき混ぜていき、灰を沈殿させる。
上澄みの部分だけを起用に別の容器に入れると【かんすい】の出来上がりである。
(鑑定をかけっぱなしにしてかんすいの表記に変わったところを取り出せばいいから楽ですわぁ)と新見は鑑定先生に感謝の意を込めた。
かんすいができたところで麺を茹でる用の釜にも水を入れ火を入れる(お湯にするのに時間がかかるからここらあたりが妥当かな)
お湯が沸くまでの間、麺づくり本番。
袋から小麦粉を取り出し、卵と一緒に木鉢の中へ、そして井戸水とかんすいを混ぜた水を少量ずつ加えながらかき混ぜる。
だんだんと生地が黄色くなり、次第に弾力を帯びてくる。
ひとまとめになったら、麺棒で板状に伸ばし、何層かに折りたたんで再び伸ばす。
これがかなりの力作業だ。
(製麺機なんてないからここだけはどうしても人力なんだよな…)
二度、三度と繰り返し、伸ばした麺生地に滑らかな艶が出たところで、麺棒に巻き付けると布巾をかけて寝かせる。
「さて、スープの様子はっと…」
釜の中を覗くと、湯気の向こうに黄金色の脂が浮き始めていた。
香味野菜の香りと鶏の旨みが溶け合い、湯気だけで腹が鳴りそうになる。
新見は麻布の袋に煮干しを詰め、口を縛って釜へ。
「これでしばらくしたらスープのベースは完成だな。」
次にフライパンを取り出し、菜種油を垂らす。
油があったまったらスープ用に切ったねぎの残り部分を焦げ目がつくまで焼く。
ねぎの香り油に移させる。
その香りに釣られたのか、ちょうど調理担当のドワーフ職人たちがぞろぞろと顔を出し始めた。
「お、なんじゃこの匂い…?」
「なんか、腹が鳴る匂いだ…!」
「お、ちょうどいいところに、しょうゆって知ってる?あるなら欲しいんだけど」と新見が問うと
「ショーユですか…あまり知られてない調味料をよくご存じで。」
「ん?」と新見が?マークを頭に浮かべた。
前に料理を代行したときに鍋に醤油の焦げ付いた匂いがしてたのでまさかとは思ったが醤油がこのメシマズな異世界に本当に存在することに感激するが、この世界の醤油は貴族御用達で民間には出回らない調味料だということを後に知るのだが当時の新見は知る由もなかった。
「非常に申し上げにくいんですが…ショーユはずいぶん前から切らしておりまして…」と調理担当のドワーフが気まずそうに答える。
完全に誤算だった。
前回この厨房を借りた時には醤油について触れなかったが完全にあるものだと思っていた。
「ショーユがないとラーメンは作れませんか?」と新見の表情を覗いて心配する調理ドワーフ。
「心配すんな。ここからなら挽回はできそうだ。」
急遽醤油スープから塩ベースにシフトした新見。
ネギ油が完成し、火を止める。
寝かし丸めていた麵生地を広げ、三つ折りにするとスープと絡むように中太で切り出す。
一人分の麵を切り出すとお湯が沸いて水面がぐつぐつしている釜に入れる。
2分ほどで麺をざるで掬い、両手で湯切る。(あー、テボが恋しい…)と無いものねだりするが
どんぶりはないので大きめの椀に塩、スープ、麺の順に入れ麺を菜箸で整える、そこにネギ油を少々かけて完成!
メシマズな異世界での最初のラーメンが生まれた瞬間だった。
「……よしっ!」
胸の奥から自然と声が出た。
本音を言えば、具材はもう少し欲しいところだ。けれど、今はこれで十分だ。
新見は達成感に満ちた笑みを浮かべながら、ゴリオンを呼ぼうと入り口へ向かうと。
「どぅわっ!? び、びっくりした~!」
入口には、鼻をひくつかせながら覗き込んでいる十数人のドワーフたちがぎっしり詰まっていた。
どうやら、香りに釣られて厨房まで来てしまったらしい。
「わ、悪いけど、親方呼んでくれないか?」
新見が戸惑いつつも頼むと、一番後ろの若いドワーフが「へいっ!」と返事をして駆けていった。
やがて、笑い声とともにゴリオンが姿を現す。
「がっはっはっはっ! 気になるか! そうかそうか!」
見物しているドワーフたちの肩を押し分けながら厨房に入ると、作業台の横の椅子にどっかと腰を下ろした。
湯気の立つお椀を前にして、しばし無言。
スープの香りを鼻いっぱいに吸い込むと、ゴリオンの眉がぴくりと動く。
「…ええ匂いじゃのう。」
そして、箸を手に取ると力強く言った。
「では、いただくぞい。」
そう言ったゴリオンの表情はまるで鍛冶と向き合うような真剣さがあった…。
魔石あるのに薪?って思うところもあるのですが魔石は単価が高くコンロでの調理向けで長時間稼働するとすぐ壊れるのでコスパが悪いっていう設定です。




