<EP_007>挑戦への条件
「リーザ、誰だったんだ」
ペイトが押しつぶされそうな肺により呼吸もままならず、背骨が限界に達しようかというころ、家の奥から野太い声が聞こえてきた。
リーザは抱擁を解くと「ちょっと待っててね」と言って奥へと消えていく。
肺に息を送り込みながら、鼻の奥に残っているリーザの香りにペイトの胸は高鳴る。
リーザが出てきてペイトを奥へと手招いた。
髪に白髪は混じっているが、精悍な顔つきに豊かな顎髭を蓄えたリーザの父ヴォルクルスが険しい顔でテーブルに座っており、無言のまま椅子へ座るように促す
「ヴォルクルスおじさん、お久しぶりです」
「久しぶりだな、ペイト。12年振りか?」
「ええ、学舎に入って以来ですから、そうなりますね」
ヴォルスとペイトはそこまで良く知った仲ではない。
ヴォルスが兵舎から出るのとペイトが学舎へ入るのは入れ違いに近いので、こうやって面と向かって話すのは今日が初めてだった。
「こんな時間に訪ねてきたということは、そういうことなのか?」
「はい……リーザを……娘さんをボクに下さい」
ペイトは、両手をテーブルにつき、深く頭を下げる。
「ふむ……それは本気なのか?」
「本気です。ボクはリーザを愛しています」
ペイトは顔を上げ、真剣な目でヴォルスをまっすぐに見つめた。
ヴォルスはペイトの真っ直ぐな目を受け止め、その言葉に嘘がないことを悟った。
「ペイト、お前の気持ちはわかった……」
「では!」
「待て……まだ、リーザとの結婚を認めたわけではない。ペイト、お前、軍に入ってどれぐらいだ?」
「まだ、2日です……」
「では、初陣はまだだな?」
「はい……」
「お前、人を殺した経験は?」
「学舎時代にヘイロタイを一人……」
「一人でか?」
「はい……」
ペイトの答えにヴォルスは再び腕を組んで考え込んだ。
当時スパルタでは市民による奴隷への殺人が日常的に行われていた。
学生は空腹を満たすために奴隷を襲うことが日常茶飯事であり、兵士による軍事訓練という名目での辻斬りも頻繁に行われていた。
ペイトも例に漏れず、学生時代に、一人で農作業をしていたヘイロタイを襲い、大根数本を奪った経験があった。
「わかった……リーザとの結婚は認めん」
「そ、そんな……」
ペイトの顔が絶望に染まり、部屋の外で聞いていたのであろう。リーザが血相を変えて飛び込んでくる。
「そんな、父様、どうして!?」
「お前は黙ってなさい!」
立ち聞きしていた娘をヴォルスは一喝すると、肩を落としているペイトに歩み寄り、肩を叩く。
「ペイト……ワシだって、お前の言葉は嬉しい。こんな行き遅れの娘を娶ってくれるならすぐにでも送り出したいのが本音だよ。しかし、お前は初陣も済ませておらんし、兵士を殺したこともない。そんな半人前の兵士に娘はやれんのだ。だからな、今度メッセニア地方への遠征があるだろ。そこで、お前が無事に初陣をこなし、兵士を3人以上殺せたならリーザとの結婚を認めてやろう」
「わかりました……」
「あと、もう一つ条件がある」
「なんでしょう?」
「ワシを腕相撲で負かしてみせろ」
ヴォルスはニヤリと笑い、丸太のような腕をテーブルの上に置く。
「わ、わかりました」
「ペイト、頑張って!」
後ろからはリーザの声援が飛び、腕相撲が始まった。
「どうしたペイト!そんなんじゃリーザはやれんぞ!」
「頑張って、ペイト!」
「うぉぉぉぉ!」
テーブルが軋み、どれだけ力を込めようともヴォルスの腕は動かない。
テーブルの軋む音が変わり、天板が反りそうになると、ヴォルスは手を離した。
「ふん、まだまだだな」
息を切らしているペイトに較べ、ヴォルスは息を乱す素振りも見せていない。
「だが、お前の戦士としての将来性は感じなくもない。俺を倒すのは後でも良い。だが初陣と兵士3人は譲れん。精進するんだな」
ヴォルスの言葉に後ろにいたリーザが喜びを爆発させる。
「やったわ、ペイト。今度は頑張ってよね。……私、待ってるから」
笑顔で横からリーザに抱きつかれ、ペイトの両肩が悲鳴を上げる。
押しつぶされる三角筋と外れそうな肩関節の悲鳴を感じながら、リーザの鍛え上げられた大胸筋の感触に顔をニヤけさせてしまうのであった。




