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<EP_007>挑戦への条件

「リーザ、誰だったんだ」

ペイトが押しつぶされそうな肺により呼吸もままならず、背骨が限界に達しようかというころ、家の奥から野太い声が聞こえてきた。

リーザは抱擁を解くと「ちょっと待っててね」と言って奥へと消えていく。

ようやく解放された肺に息を吸い込みながら、鼻の奥に残っているリーザの香りにペイトは胸が高鳴っていた。

すぐにリーザが出てきてペイトを奥へと手招いた。

そのまま奥へ向かうと、そこには髪に白髪は混じっているが、精悍な顔つきに豊かな顎髭を蓄えた男が険しい顔でテーブルに座っていた。

「ヴォルクルスおじさん、お久しぶりです」

テーブルに座っているリーザの父ヴォルクルスにペイトは頭を下げる。

ヴォルスは無言のままペイトを向かいの椅子へ座るように促した。

ペイトが座ると、部屋に残っていたリーザを目で部屋から出るように促す。

リーザが部屋から出ると、ヴォルスはペイトをまっすぐに見据えた。

「久しぶりだな、ペイト。12年振りか?」

「ええ、学舎に入って以来ですから、そうなりますね」

そんな会話の後、沈黙が部屋を支配する。

実際、ヴォルスとペイトはそこまで良く知った仲ではない。

ヴォルスが兵舎から出るのとペイトが学舎へ入るのは入れ違いに近いので、こうやって面と向かって話すのは今日が初めてに近かった。

「こんな時間に訪ねてきたということは、そういうことなのか?」

スパルタの男らしく、ヴォルスは単刀直入に聞いてくる。

「はい……」

ペイトは一呼吸おくと、両手をテーブルにつき、深く頭を下げた。

「リーザを……娘さんをボクに下さい」

頭を下げ、ペイトは力いっぱいヴォルスへ頼み込んだ。

「ふむ……それは本気なのか?」

ヴォルスはペイトの言葉に顎に手を当て首を捻る。

「本気です。ボクはリーザを愛しています」

ペイトは顔を上げ、真剣な目でヴォルスをまっすぐに見つめた。

ヴォルスはペイトの真っ直ぐな目を受け止める。

そして、その言葉に嘘がないことを悟った。

「ペイト、お前の気持ちはわかった……」

ヴォルスは重々しくそう呟く。

「では!」

ヴォルスの言葉にペイトの顔が輝く。

「待て……まだ、リーザとの結婚を認めたわけではない」

ヴォルスの言葉にペイトの顔が曇ってしまう。

「ペイト、お前、軍に入ってどれぐらいだ?」

「まだ、2日です……」

「では、初陣はまだだな?」

「はい……」

ヴォルスの鋭い目と問いにペイトの言葉はどうしても尻すぼみになってしまう。

「ペイト、お前、人を殺した経験は?」

「学舎時代にヘイロタイ(奴隷)を一人……」

「一人でか?」

「はい……」

ペイトの答えにヴォルスは再び腕を組んで考え込んだ。

当時スパルタでは市民による奴隷への殺人が日常的に行われていた。

学舎の学生は空腹を満たすために奴隷を襲うことが日常茶飯事であり、兵士による軍事訓練という瞑目での辻斬りも頻繁に行われていた。

ペイトも例に漏れず、学生時代に、一人で農作業をしていたヘイロタイを襲い、大根数本を奪った経験があった。

「わかった……リーザとの結婚は認めん」

少しの沈黙の後、ヴォルスは重々しく言った。

「そ、そんな……」

ペイトの顔が絶望に染まっていった。

「そんな、父様、どうして!?」

部屋の外で聞いていたのであろう。リーザが血相を変えて飛び込んできた。

「お前は黙ってなさい!」

立ち聞きしていた娘をヴォルスは一喝すると、肩を落としているペイトに歩み寄り、肩を叩く。

「ペイト……ワシだって、お前の言葉は嬉しい。こんな行き遅れの娘を娶ってくれるならすぐにでも送り出したいのが本音だよ。しかし、お前は初陣も済ませておらんし、兵士を殺したこともない。そんな半人前の兵士に娘はやれんのだよ」

ヴォルスは静かにそう言った。

「だからな、今度メッセニア地方への遠征があるだろ。そこで、お前が無事に初陣をこなし、兵士を3人以上殺せたならリーザとの結婚を認めてやろう」

「わかりました……」

ヴォルスの言葉にペイトは頷くしかできなかった。

「あと、もう一つ条件がある」

「なんでしょう?」

「ワシを腕相撲で負かしてみせろ」

そう言うと、ヴォルスはニヤリと笑い、丸太のような腕をテーブルの上に置いた。

「わ、わかりました」

ペイトも立ち上がり、腕をテーブルの上に置く。

「ペイト、頑張って!」

後ろからはリーザの声援が飛ぶ。

二人は手を組み合わせ、腕相撲が始まった。

ミシミシとテーブルが軋む音が部屋に鳴り響く中、ペイトは全力でヴォルスの腕を傾けようとするが、その太い手はピクリとも動かなかった。

「どうしたペイト!そんなんじゃリーザはやれんぞ!」

「頑張って、ペイト!」

ヴォルスから檄が飛ばされ、背後からはリーザの声援も飛ぶ。

「うぉぉぉぉ!」

しかし、ペイトがどれだけ力を込めようともヴォルスの腕は動かなかった。

やがて、テーブルの軋む音が変わり、天板が反りそうになると、ヴォルスは手を離した。

「ふん、まだまだだな」

息を切らしているペイトに較べ、ヴォルスは息を乱す素振りも見せていなかった。

「だが、お前の戦士としての将来性は感じなくもない。俺を倒すのは後でも良い。だが初陣と兵士3人は譲れん。精進するんだな」

ヴォルスの言葉に後ろにいたリーザが喜びを爆発させる。

「やったわ、ペイト。今度は頑張ってよね。……私、待ってるから」

笑顔で横からリーザに抱きつかれ、ペイトの両肩が悲鳴を上げ始める。

ペイトは押しつぶされる三角筋と外れそうな肩関節の悲鳴を感じながら、リーザの鍛え上げられた大胸筋の感触に顔をニヤけさせ、埋めてしまうのであった。


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