第九話 陰間
第九話 陰間
一八五四年(嘉永七年) 玉芳は十一歳となっていた。
午後、いつも通りに吉原を散歩していると
“キョロキョロ ” 男性が周囲を確認して小見世の一角に入っていく。
(なんかあったっけ?) 玉芳は小走りで男性が入った場所に向かうと
(確か、この辺だったような……) 見世の看板を見ながら歩いていく。
「あんれ? 可愛い娘さんだこと……」 話しかけてくる一人の女性がいた。
(あれ? 見た目は女性だけど、この声……)
玉芳は不思議に思っていた。
玉芳は看板の文字を見て覚える。
三原屋に戻り、看板の文字を紙に書いて二階へ向かった。
「千扇姐さん、失礼しんす」
玉芳は千扇の部屋に行き、紙を出す。
「この文字なのですが……」
「あぁ、陰間茶屋を見たのかい?」 千扇がクスッと笑う。
「これは、どういう意味で……?」
「陰間は男性が女装をして相手するのさ……」
「……??」 千扇の説明に、玉芳の脳が追いついていなかった。
(どうして女郎がいるのに、わざわざ男を……?)
過去で言えば、戦国時代。 男色家と言われた武将は数多くいる。
戦などで女性を連れていけない場合は、美形の小姓などを相手にしていたという。
仕方なくと言えば そうなるのだが、それから男性にハマっていく者もいたそうだ。
人の癖とはそうなのであろう。
「そうなんですね……」 玉芳は十一歳。 軽くショックを受けていた。
歌舞伎で女形をやる舞台に、まだ出ていない修行の身を『陰の間』と呼んでいた。
それから陰間とは色を売る少年と呼び、舞台には出られない修行中の若い男性を舞台子と呼んでいた。
舞台子は収入が無い為、芸の練習として陰間茶屋で働くことがあった。
ただ、天保の改革により不浄との理由から廃止になったが、隠れるように店舗が存在していたのである。
「もし、勉強したいなら見てみるといいわよ♪」 千扇が笑った。
それから玉芳は、陰間茶屋の近くをウロウロする。 珍しいもの見たさである。
そこに一人の陰子が声を掛ける。
「あんれ、また来たのかい?」
「すみません……なんか興味があって」 玉芳がモジモジすると
「そうかい。 どこかの禿かい?」
「はい。 三原屋の玉芳です」 小さく頭をさげた。
「そう。 私は定彦っていうんだ。 よろしくね。 って、幕府は、陰間を禁止しているから内緒ね♪」 定彦がウインクをする。
(よく見ると綺麗な顔……本当に男性なの?って思うけど、この声は男よね……) 玉芳に複雑な感情が流れる。
「私は陰の間ですから修行中なので、男に抱かれて色気などを勉強しているのです」
「そういうものなんですね……今は何歳なのですか?」
「はい、十五になります……」
「えっ?」 玉芳は、また驚いている。 玉芳は十一歳、たいして変わらないくらいの年齢の子が頑張っていることに意識が遠のく。
(なんかマジマジ聞くと、コッチの方が恥ずかしくなる……)
玉芳は、定彦に綺麗でいられる秘訣を聞いてみた。
「そうですね……肌を美しく保つ為、ザクロの葉で作られた粉で磨いたり……鼻筋が通っている方が美しいと言われれば、板で挟んだりもします♪」
「結構、苦労しているんですね……」 玉芳は頭に叩き込んでいく。
「背も高くなると良くないので背伸びも禁止です。 あとは……子供に話していいのかな……」 定彦は悩んでいると、
「どんどん仰ってください」 玉芳は前のめりに聞いてくる。
「私たちの場合……その……お尻を使うので鍛えることも重要になるんです」
確かに妓女でも股を強くした方が、男は早くに果ててしまう。 そうした方が次々と客の相手が出来る。 そのために、股を鍛える体操があると言う。
「なるほど……」
「さっき話したように、色を売るだけなら男の格好でもいいのですが、私たちのように舞台子や陰の間は女性の格好をして相手をするのです」
「すっかり女なのですね……」 玉芳は、最初の偏見の目から羨望への目に変わっていった。
「はい。 女の格好をするなら島田髷も当然だし、振り袖も着ています。 歩く姿ひとつ取っても美しくいるように気を付けているんです」
島田髷とは、日本髪のひとつで、江戸時代に未婚の女性に結われた代表的な髪型である。
定彦の言葉に唖然とする玉芳。
(妓女以上に女じゃない…… 負けるわ~) などと思ったりもしていた。
「私たちは男ですから、華奢で上品で柔らかくしていなくては女性のようになれませんからね~」 定彦は手を口に当ててクスッと笑う。
(笑い方まで上品……)
「でも、年齢的なものは……?」 玉芳が疑問を出してみると、
「こんな話があるんです…… 十一歳から十四歳は『つぼめる花』。 十五歳から十八歳は『最も美しい盛りの花』 十九歳から二十二歳は『散る花』って言うんです」
「まだ二十二歳で散る花って……」 玉芳は、妓女になって少ししたら終わると思ってしまったが、
「これは身体の成長で、色を売るには適さなくなってしまうからなんですよ」
「そうなんですね。 定彦さんは盛りの花なんですね♪」 玉芳はニコッと笑う。
「そうですけど、年齢が過ぎると方向を変えなくてはいけなくなるのです。 舞台などに出られなくなったら、男の姿になって安い金額で女性を相手にしたりするようになりますね」
「なんか、大変なのですね……」
「こんな時代ですから、みんな大変ですよね♪」 定彦は上品な笑顔を出す。
陰間茶屋で働く男性も必死なのだ。 床入りの際、おならが出てはいけないので芋などの食事は出来ず、客に食事の音を聞かせるのもいけない。 なので、とろろ、蕎麦などの食べ物も禁止となっている。
(私、豪快に食べているんですけど~) 玉芳は自分を恥じた。
「今日はありがとうございます。 また教えてもらってもいいですか?」
玉芳が嬉しそうに定彦を見つめると、
「うん。 いつでもおいで♪」 定彦は笑顔で応えた。
定彦に言われたように、三原屋に戻った玉芳は美容に目覚める。
(私は花魁になるんだから、誰よりも美しくしなきゃならないんだから)
十一歳の玉芳の意識が高くなり、歩く姿ひとつでも気をつけるようになった。
木の枝を禿服の中で股に挟み、姿勢を正しくしていく。 同時に落とさないように歩く為、股に力が入り鍛えられるようになっていく。
髪や所作も気を使っていった。
「なんだか玉芳のヤツ、妙に色っぽくなってない?」 妓女の噂が耳に入ると
(おっ! よくぞ気づいてくれました♪) ご機嫌になっていく。
数日間のトレーニングを行ったある日、
「玉芳、コレを持っておくれ」 采が言う。
「はい。 お婆……」 玉芳が箱を持ち上げると
『ポトリ……』 玉芳の股から木の棒が落ちる。
「あっ―」 玉芳が慌てて棒を拾うと、
「お婆……?」 采の顔が青ざめている。
「お前……なんで水揚げを待たなかったんだい……」 采の声が震えだすと、
「はい……?」 玉芳は首を傾げる。
「お前、なんで木の棒が最初なんだい?」 采の震えた声に、やっと意味を理解した玉芳は
「まさか……」
そして、しっかり説明をした玉芳と采は笑い合っていた。
それから玉芳は、定彦の元に通うようになっていた。 すっかり二人は仲良しになり、采から渡された菓子折を持って行く。
それは授業料という名目のようだ。 親公認で楽しくできると、友達のいない玉芳は嬉しくなっていく。 そして色気の勉強にも身が入っていった。
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「そっか…… その色気は陰間仕込みだったのね……」
鳳仙は、玉芳の圧倒的な色気の訳を知れたのだが、
「現役の時に聞きたかったわよ~」 そう言って足をバタバタさせていた。
「結局、定彦さんは舞台に上がることが出来たのよ。 流石に吉原から出られなかったら観に行けなかったんだけどね~」 玉芳は懐かしい話をしていた。
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玉芳が大部屋で美しく歩く練習をしている。 それを後ろから采がチェックをしていた。
「玉芳、膝が外に向いているよ! もう一回」 何度も練習していると、徐々に色っぽい歩き方がサマになってきた。
禿の仕事、所作、勉強や芸、全てを吸収しようと毎日をこなす玉芳。
そこには、花魁という未来だけを見据えていた。




