第八話 時代の変化
第八話 時代の変化
一八五三年(嘉永六年) 江戸の街では大きな騒ぎになっている。
それはペリー率いる黒船が到来したことである。 この噂は吉原でも広まっていた。
「なんでも黒船が来たんだってね~」 采が大部屋で話していると
「まぁ、お歯黒ドブには来ないわよね」 などと妓女もあっけらかんと話している。 吉原は政治とは遠い存在であり、特に気にする様子はなかった。
しかし、その後に日本は開国を余儀なくされ、多くの外国人が日本へやってくる。
徐々に日本は国際化され、接待などで吉原を使うことになった。
外国人が仲の町を歩くと
「大きいな……」 「髪の色が違うな……」 など、外見の違いに驚いていた。
そこに一人の客が昼間にやってくる。
「ご免……妓楼主はいらっしゃるか?」 客の男性は文衛門を頼んでいた。
「はい。 三原でございますが……」 文衛門が挨拶をすると
「これから商談が入り、接待で使いたいのだが予約は取れるか?」
男性は予約を入れたそうにしていたが、
「あいにく一杯なんです……部屋はあるのですが、妓女が誰も付けない状態でして……」 文衛門は断ってしまった。
「なんだい? せっかくの団体が勿体ないじゃないか!」 采は怒っている。
「まぁまぁ。 あの商人、わざわざ中見世の小さい妓楼に来るんだぜ。 きっと裏があるにちげぇねぇ……」
黒船の到来から文衛門は警戒していた。
それは梅毒や麻疹などの病気である。 馴染みの客とは違い、一見の客は見定めるのが難しいからだ。
ましてや接待となると、大人数になり妓女不足も露呈してしまう。 これは見栄もあり、文衛門は断ったのだ。
「今まで通り、参勤交代の武家さんの相手をしよう」
三原屋の営業は、昼見世での営業と参勤交代の武家を相手にしていく。
しかし、参勤交代の武家は門限が厳しく、夜遅くまで妓楼にいることはなかった。
吉原は女性を買う場所ではあるが、簡単に身体を許す訳では無い。
花魁クラスであれば、「嫌」と言ったら男は引き下がるしかない。 それで男は花魁を甘やかし、ゴマをする。
最初は指名しても口をきくどころか、目も合わせてもらえない。
三度目から微笑んでくれて、部屋に入れてもらえるくらいである。 それくらい妓女とは金もプライドも高いのだ。
妓女を抱くには線香で時間を計っている。 これを「線香代」として客は買い、一本が、十五文から五十文程度で買うことが出来る。
時間にすると三十分程度であるが、この時間を買って行為をすることになる。
江戸時代でも一両や一文、一匁などの価値が変わるが、おおよその値段である。
妓女としては線香を買ってもらい、早く済ませては次の客の所へ向かいたいのだ。 そのために、妓女はテクニックを磨いていく。
妓女は一日に何人もの相手をしなければ稼ぎにならないのである。
そこで采は悩んでいた。
「ねぇ、お前さん……今後の事は考えているのかい?」 采がキセルを吹かせながら聞くと
「何がだい? 今じゃダメなのかい?」 文衛門が不思議そうな顔をする。
「ここで団体客を取らないと、稼ぎにならないよ。 流行病を気にするようじゃ……」
采は団体客を断ったのが気に入らなかったようだ。
「今は我慢だ。 周りの妓楼をチェックしておいてくれ」 そう言って、文衛門は外に出て行った。
それから数日後、吉原に異変が起きる。
大見世、中見世が休業の看板が出ていた。 これは数店ではあるが、休みが無く営業している妓楼が休みなのには驚くしかなかった。
この噂は瞬く間に広がる。
休業した見世は、麻疹と梅毒のダブルパンチを受けていた。
「この前、異国の人が来て騒いでね~ それから具合の悪くなった妓女が増えて営業できないよ……」
大見世の主は肩を落としている。
玉芳は、近藤屋の富士静のお見舞いに向かっていた。
「ごめんください……」 玉芳が玄関で声を掛けると、
「はい……」 出てきたのは近藤屋の若い衆だった。
「富士静花魁のお見舞いに来ましたが、お元気でいらっしゃいますか?」
玉芳が声を掛けると、若い衆は 「お待ちください」 と、言って奥に向かった。
待つこと数分、富士静が玄関にやってきて
「ごめんね……中は大変なことになってて入れられないんだ……」 申し訳なさそうにする富士静も顔が青かった。
「はい。 またお元気な時にでも……」 玉芳は静に頭を下げ、三原屋に戻っていった。
「それで、富士静はどうだい?」 采が聞くと、
「顔も青く、大変そうでした……」
これには団体を断った文衛門の采配が光っていた。 如月を亡くしたが、被害は最小限で済んだのだ。
しかし、これには納得できていない者もいた。
三原屋の光代である。 光代は二十五歳。 年季が明けるまで、もう少しの妓女である。 しかし、流行病で馴染みの客足が遠のいたり、文衛門が団体客を断ったりして売り上げに響き、ストレスが溜まっていた。
そうなると、妓楼全体にも悪い空気が流れる。
「おい、玉芳……お前は売り上げが関係ないからいいよな……ボケっとした顔しやがって!」 光代は玉芳の頭を叩く。
「痛い― 姐さん、すみません……」
玉芳は叩かれる意味が解らずとも、とにかく謝った。
そんな日が何日も続いた時である。
「よさんか! 光代、何をしている―」 文衛門が大声をあげる。
「コイツめ― コイツめ―」 光代が執拗に玉芳を叩いている。
叩かれた玉芳は呆然としていた。 光代は文衛門によって離され、隔離されたが 「出せー 出せー」 と騒いでいる。
「これじゃ、客に出せないな……」
文衛門と采は肩を落とす。
後に、光代は河岸見世に売られていった。 心配もあり、玉芳は河岸見世の周りを歩く。 光代が売られた見世の周りを歩いていると
「玉芳……」 小さい声がする。
振り向く玉芳が見たものは、今までの姿から想像できないほど変わり果てている光代だった。
髪はボサボサ、何日風呂に入っていないか解らないほどの汚れよう。 それに、光代は梅毒に感染していた。 顔の片方が腫れ、たれ落ちている。
「姐さん……」
「ふんっ― 哀れなものだろ? これが吉原さ……」 光代がそう言い残し、背を向けると
「姐さん……」 玉芳はそっと頭を下げた。
三原屋に戻ると、采は渋い表情をしていた。 それは中見世としては妓女が足りなかった。 如月が亡くなり、光代の失墜が三原屋の経営を圧迫していた。
「また女衒に頼むしかないか……」 采が言うと、
「小見世から引き抜くのはどうですか?」 玉芳が提案する。
「お前……」 采が目を丸くする。
吉原で働く女郎は、自分から志願する者はいない。
実家が貧しく、売られてくる者ばかりである。 女衒、口減らしからの紹介が殆どと言っていい。
「私を買った時の大半は女衒に行っていますよね? それを省けば……」
「しかし、買い取るのも大変だぜ。 小見世だって、いい女郎は出したくないだろうし……」 文衛門は悩んでいた。
(そういうものなのか…… 簡単に言ってしまった)
玉芳は、まだ十歳。 世間や近隣の付き合いなどは教育されていなかった。
三原屋は妓女が五人、禿が一人である。 もう小見世に戻るような状態であった。
(私が何とかしないと……) 時代の変化により、玉芳の心に火がつく。
「お婆……私に何が出来ますか?」 突然、玉芳が采に言い出す。
「お前……まだ子供だ、いいから勉強しな」 この言葉に玉芳は考える。
昼見世の時間、妓女は全員が張り部屋に入る。 雰囲気が暗く、活気が見られなかった。
「よいしょ……」 玉芳は二階の物置にいた。 そこで花笠を取りだし、外に向かって行く。
「??」 張り部屋にいた妓女たちは不思議そうな顔をしている。
そこで玉芳が花笠を広げ、張り部屋の横で叫んだ。
「三原屋、開店でありんすっ―」
そして花笠を回し、舞踏を始める。 仲の町から小路を歩く客は、足を止めて玉芳に見入った。
「ありがとうございます……こちらですよ」 玉芳は男性を連れて三原屋の張り部屋に客を引っ張ってくる。
「やるよ!」 ここで千扇が息を吐く。 そして立ち上がり
「いらっしゃいませ」 千扇は出来る限りの笑顔を客に見せたのだ。
中には参勤交代の武家もいる。 きっと交代で非番になったのであろう。
「線香代、少しまけとくよ」 そんな言葉まで出し、妓女たちもアピールする。
そして夕方、 「指名が入ったよ」 引手茶屋からの連絡により、三原屋は大忙しとなる。
中には酒宴も入り、妓女はバタバタと妓楼内を駆け回る。 これは床入りだけが吉原じゃない。 現代で言えばキャバクラなどとも言える。
急に忙しくなったせいか、 「玉芳、松の間に酒を……」
などと、玉芳までもが運びに借り出されることになった。
夜も遅くなり、玉芳はお役ご免となる。
大部屋は一杯となり、玉芳の寝る場所がなくなった為
「コッチにおいで」 文衛門は、玉芳を自室に案内する。
「父様……すみません」 玉芳が頭を下げる
「いいんだよ……しかし、よく思いついたな」 文衛門が感心していると
「明るく、笑顔でいれば きっと良くなると思ったのです。 私も、ここに来た時は笑えることなんてなかった……でも、父様や千扇姐さんが笑顔をくれました。 そうなると、いいことが起きるのです……」
玉芳の言葉に、文衛門は何度も頷いた。
これにより文衛門の態度が変わった。 今までは厳しく接していた妓女にも優しく、柔軟に対応するようになった。
ただ、采に関しては妓女あがり…… 今までの習慣が抜けずに困っていた。
「はぁ……」 それにより、采のため息が目立つようになると
「お婆……」 玉芳が声を掛け、ニコッとする。
「そうだね……」 采にも、ようやく笑みが出たのであった。




