第四話 あの影を追って
第四話 あの影を追って
富士静との出会いにより玉芳の行動に変化が生まれる。
「もっと、髪を伸ばさないとな~」 鏡を見つめ、自分磨きを始めていた。
玉芳は昼見世が終わると千堂屋に向かう。
『キョロキョロ……』 富士静を探して店内をうろつく。
「これ、お嬢ちゃん。 誰を探しているんだい?」 千堂屋の主人が話しかけると
「―っ」 玉芳は驚きながら 「富士静花魁……」 小さい声で言う。
「それなら近藤屋に行ってごらん。 富士静花魁がいるよ」 千堂屋の主人が話すと、玉芳は頭を下げる。
「それで、近藤屋はどこにありますか?」 玉芳はソワソワする。
「江戸町二丁目だよ」 場所を聞くと玉芳は瞬間技のように走っていった。
「なんだか元気だね~」 千堂屋の主人は笑顔で見送る。
玉芳は江戸町にやってきた。
「なんか見世も豪華だな…… 三原屋とは違うな~」 目に入る見世の入り口は豪華であり、提灯や花が多く飾られている。
「この辺かな……」 玉芳は江戸町を歩き、近藤屋を探している。
すると、「あった!」 玉芳は近藤屋を見つけると、外観をマジマジと見ていた。
(大きいな……ここの花魁って、カッコイイな)
玉芳は何故か近藤屋の前で深呼吸をする。 この大見世の空気を吸い込んで満足していた。
「んっ? この前の……」 玉芳が深呼吸している姿を二階の窓から見ていた富士静であった。
それから玉芳は、時間が空けば江戸町に顔を出していた。
「今日は、どこの花魁が見れるかな~♪」 まさに遠足のようである。
「あんれ? 千堂屋さんで会った禿じゃないか?」
玉芳に声を掛けてきたのは富士静である。
「あ、あの……こんにちは」 玉芳は小さな声で挨拶をする。
「お前は、どこの禿だい?」 富士静が聞くと、
「……です……」 玉芳は聞き取れないくらいの声で返事をする。
「……えっ?」 富士静が聞き直す。
今度は富士静が玉芳の口元に耳を寄せると、
「三原屋です……」 これまた小さい声だが、なんとか聞こえたようだ。
「そうかい。 三原屋の禿か~ それで江戸町に何の用だい?」
「あの……富士静花魁を見に……」 玉芳が答えると、富士静は吹き出す。
「ぷっ― 私も有名になったんだね~♪ 余所の禿が見にくるとは……」
富士静はご機嫌になっていた。 しかし、玉芳は身震いをしている。
「んっ? どうした? 小用か?」 富士静が玉芳の顔を覗き込む。
二回目の至近距離で玉芳の気が遠くなっていくと、
「しょれじゃ!」 玉芳は豪快に頭を下げ、急いで走っていった。
「吉原には変わったのがいるね~ 三原屋か……」 富士静が呟き、妓楼の中に戻っていった。
“ポワ~ン ” 玉芳は三原屋に戻ってきても富士静の事を考えていた。
「おい、玉芳! 夜見世の準備を手伝いな!」 妓女がボーッとしている玉芳に仕事を言いつける。
髪結い、着付けなどを手伝いながら覚えていくのも禿の仕事である。
「これで最後は簪を挿して……よし」 妓女が簪を一本、横に通して満足している姿を見て
(フッ……青二才め……) 玉芳は花魁を見ただけなのに、自分が花魁になったような気になっていた。
また、それを不思議そうに見ていたのが采であった。
玉芳が江戸町を散歩していると、多くの高級妓女を見る。
その度に玉芳の雰囲気が変わっていく。 それは九歳の女の子の雰囲気ではなく、立派な妓女になったかのようであった。
そこに采が、 「おい玉芳! それは何の真似だい?」
「いえ、お婆……何の真似と言われましても……」 玉芳はモジモジしている。
「まだ早い」 采は玉芳の頭をポンと叩き、奥に行ってしまった。
それから玉芳は、拾った紙で文字の練習をする。
「ふぅ……」 そして練習をしていると紙がなくなる。
「すみません、お婆……少し出掛けてきます」 玉芳が声を掛け、外に出て行くと
(アイツ、毎日どこに行ってるんだ?)
采は、興味で隠れて玉芳の後を尾行していく。
玉芳は水道尻から吉原の端へ向かい、下を眺めて歩いている。
「あった……」 玉芳は紙を拾うと袖にしまった。
(アイツ、紙を拾って字の練習をしていたのか……)
これには采も驚いている。
玉芳は限られた時間の中、小走りで吉原を歩き回る。 こうして紙を見つけて三原屋に戻っていった。
「玉芳~ ちょっと―」 妓女が呼ぶと、
「はーい 姐さん」 玉芳はすぐに妓女の元へ行く。 こうして玉芳は波風が立たぬように振るまい、目立たぬように自身を磨きあげていった。
ある日、采が玉芳を呼びつける。
「おい玉芳……最近は真面目に取り組んでるね。 ほれ、ご褒美だ」
采が遣り手の机に束になった紙を置く。
「お婆……」 玉芳が目を丸くする。
「お前が真面目にやっているのに協力しないでどうする……勉強したいのに紙が無いのが不憫でならないからな……思い切り勉強しな!」
采はキセルに火を付け、煙を玉芳に吹いた。
「ゲホッ― お婆、ありがとうございます」 玉芳が頭を下げる。
紙が増えた玉芳は、ご機嫌で仕事に勉強にと打ち込んだ。
そして翌日、采が玉芳に買い物を頼んでいる。
「これと、これを千堂屋で買ってきておくれ」
「わかりました……」 玉芳は急いで千堂屋に向かうと
「はっ―」 そこで会ったのは富士静であった。
「こんにちは……」 玉芳はチラッと富士静を見て頭を下げる。
「あんれ……この前の三原屋の禿じゃないか。 買い物かい?」
玉芳はモジモジしている。
「可愛いね……」 富士静がクスッと笑うと、
「あの……私、花魁になりたいのです。 どうやったらなれますか?」
玉芳は大胆にも、余所の見世の花魁に聞いてしまった。 まだ九歳の行動には富士静も面食らっている。
「それはね、神様が選ぶのさ……花魁とは菩薩と言われててね、神様が与えてくれた称号なのさ」
富士静は優しく玉芳の頭を撫でる。
「わかりました。 私も神様に認めてもらえるように励みます」
玉芳は真っ直ぐな目で富士静を見つめた。
「じゃね……」 富士静は見世を出ていく。
「はい。 品物だよ」 千堂屋の主人が玉芳の頭を撫でると、
(花魁の後に触るな!)
“パッ―” と、またも無意識に主人の手を払ってしまう。
(なんなんだ、この娘……) 流石に、二度目は主人も傷ついていた。
数日後
「玉芳、今日は私の酒宴に入りな!」 妓女の一人が話してくる。
この妓女の名前は如月である。 まだ十八歳の新人妓女であった。
「如月姐さん、よろしいのですか?」 玉芳は目をキラキラさせている。
「いいよ。 お婆に話しておくから」
夕方になり、夜見世の準備を始めると
「玉芳、しっかり勉強してくるんだよ!」 采が玉芳の両肩を掴み、言ってくると
「はい。 行ってきます」 玉芳は真剣な目で頷き、三原屋を出た。
玉芳と如月は引手茶屋に向かう。
「姐さん、ここはアピールが必要でしょうか?」 玉芳が真剣な眼差しで如月を見ると
「三原屋の如月が通りまーす」 大声で叫んだ。
「ちょっと―」 如月は慌てて玉芳を制止する。
「どうしました? 姐さん……」 玉芳はキョトンとしている。
「「どうしました?」じゃないわよ。 花魁でもないのに、そんな大声で―」
如月は慌てて言うと
「これはアピールが必要ですよ! 三原屋の如月が……んぷっ―」
堪らず如月が玉芳の口を塞ぐ。
「すみません……私が浮かれてました……」 玉芳が頭を下げると
「まぁ、いいわよ……でも、ありがとう♪」 如月はニコッとする。
こうして玉芳と如月は引手茶屋に入ると
「はい。 三原屋の如月様ですね。 こちらです」 引手茶屋の若い衆は、奥の間に案内する。 そこにはニコニコした中年の男性が座っていた。
「ご指名ありがとうございます……」 如月が頭を下げる。
「お~ 来た来た♪ 待っていたぞ」 男性はニコニコして座敷に如月を中に入れる。
そこに玉芳が一緒に入ると
「玉芳、お前は外で待ってて」 如月が手で払う。
(あぁ……そうなんだ) 玉芳は禿の仕事を一つ理解する。
部屋から出た玉芳はキョロキョロして時間を潰していた。
そこに拍子木の音が響いてくる。
「通ります。 近藤屋の富士静花魁が通ります―」
この声に、玉芳が反応する。
二階の廊下には窓があり、そこから玉芳は身を乗り出す。
そこに映る姿は、まさに菩薩であった。
(これが神様に選ばれた人……)
花魁道中をする富士静は、昼間に会った時と違った。 昼間の時も派手で貫禄はあったが、花魁道中の富士静は神々しかった。
(かっこいい……) 玉芳は目をキラキラさせている。
若い衆を外に待たせ、富士静が同じ引手茶屋に入ってくると
(心臓が爆発しそうだ……) 玉芳は興奮しながらも、富士静の元に歩いてしまった。
「あんれ? 三原屋の……?」 富士静が目を丸くする。
「はい。 神様に選ばれた人を見にきました」
「そう♪ 名前は?」
「三原屋の玉芳です」 玉芳は名乗ると、頭を下げた。
「そう。 私は……」
「富士静花魁ですよね」 玉芳は、富士静が名乗る前に言ってしまった。
「面白い娘……」 富士静はクスッと笑う。 これには玉芳は照れていた。
「さっ、仕事しなきゃ― じゃね」 富士静が手を振り、奥の間へ入って行く。
そんな姿を玉芳は目に焼き付けていた。
その頃、引手茶屋の廊下では
「玉芳~ どこ~?」 如月が玉芳を探していた。
当然ながら、玉芳は采と如月に怒られていた。
「お前、居なくなるって どいうことだい!」 采の言葉が玉芳の脳に響く。
それでも玉芳は、あの影のように黒い着物の富士静の姿を追っていくのであった。




