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第三話 鳥かご

 第三話    鳥かご



 吉原という場所は閉鎖へいさてきであり、女性は外に出られない。 つまり外の情報が一切入らないのだ。


 (世間とは、どうなっているんだろう……?) そう思っても、妓女さえも知らない。 教えてくれる者がいないのだ。 客が話す程度なら知りえるが、これさえ正しいことか分からない。



 まさに鳥かごのように閉鎖された場所なのである。


 「姐さん、これ……」 玉芳が千扇に冊子を持ってくる。

 「なんだい? それ」 千扇が手に取ったものは【吉原よしわら細見さいけん】であった。



 「ととさまが姐さんに持っていけと……」 


 「ふ~ん」 そう言って、千扇が細見を覗き込む。


 【吉原細見】とは、江戸時代に蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろうが版元として売っていた吉原のガイドブックである。


 各妓楼の妓女や、料金などが書いてある本の事である。



 「ここ……これ、姐さんの名前ですよね?」 玉芳が細見を指さす。

 「そうだね…… って、私の値段って……?」 千扇が他のページをめくり、他の妓女と値段を比べる。



 (私、意外に安いのね……) 千扇は軽くショックを受けていた。 ただ、見比べていたのは大見世の妓女だったからである。



 ここでの料金の設定は主人とやり手婆が決めている。


 この時代、一両が現代にすると約十三万円。 

 酒宴代、引手茶屋の手数料、男性職員へのチップ。 そして揚げ代と言って、妓女の値段などの計算をすると七拾両はかかる。

 七拾両だと、現代の価格だと約九十三万円にのぼる。



 これが大見世の中級妓女から高級妓女の値段となり、花魁になると百五十万から二百万とも言われていた。



 三原屋は中見世であり、半額に近い値段であった。



 とにかく金の掛かるのが吉原である。 



 「そうなると、三原屋ここは頑張って大見世になってもらわないとね~」


 千扇が言うと、下から妓女たちの声が聞こえる。 それは下世話な話しばかりだ。


 「はあぁぁぁ……」 と、ため息をつく千扇であった。



 昼見世の時間。 

 昼見世の部屋は、通りから見えるようになっていて格子こうしの窓になっている。


 これを “部屋べや ”という。

 そして、気に入った妓女が居たら引手茶屋に予約を入れるようになっている。


 こうして顔を見せ、男性客にアピールをするのだ。 手を振ったり、流し目を送ったりして客引きを行う。



 玉芳は外に出て、妓女たちを見ていた。 その中には千扇もいる。



 (本当に鳥かごだな……)

 しかし、自分もいつかはやらないといけない。 玉芳はしっかりと勉強していく。



 玉芳が離れた場所から張り部屋を見ていると、

 「こら、お嬢ちゃん危ないよ! そんな所に立って……」 客の男性は玉芳に言う。


 「すみません― すぐどきます」 玉芳は頭を下げ、顔を上げると



 「あっ―」 二人が同時に声を上げる。


 客の男性は、玉芳に瓦版で文字を教えてくれた人だった。


 「こんにちは……」 玉芳がオドオドしていると、

 「君の見世は此処ここだったんだ! おすすめはいる?」 男性が聞いてくる。



 「お勧めですか……」 玉芳が悩みだす。

 「うん、お勧め……」 男性はニコニコしている。


 すると、玉芳が言う。

 「今はまだですが、本当なら私がお勧めなのですが……あと五、六年くらいしないと……」 そう言ってモジモジしだす。



 この場面で言ってのける玉芳は、後に花魁になる資質を持っていたようだ。


 「あはは……」 たまらず男性は笑いだす。

 吉原に来て半年、初めて異性にアピールをした瞬間であった。



 「僕は買いに来てる訳じゃないんだ。 実家が佃煮屋でさ……今、冷ましている時間で見にきただけなんだ……」 男性は笑って説明をする。



 「そうなんですね。 私、三原屋の玉芳って言います」 自己紹介をする。

 「わかった。五、六年後ね。 それまで居るのかな?」

 男性が言うと、


 「ここは……鳥かごみたいな場所です。 どこにも行かない……いえ、行けないのです。 だから待っていますね……」  

 ここで見せた笑顔は、『少女 玉芳』の最高の笑顔だった。



 玉芳が三原屋の中に戻ると、先ほどの会話を見ていた妓女が話しかける。

 「玉芳~ さっきの……あんな若いのじゃ、売り上げにならないぜ~」 そう言ってニヤニヤしている。


 「あはは……そうですね」 そう言って、玉芳も笑い返す。


 (私は、まだ子供。 これでいい……) 玉芳は自分を信じ、言い聞かせていた。



 翌週、玉芳が外に出ると……

 「あっ……」 また二人は出会ってしまう。 佃煮屋の青年である。



 「また冷やかしですか?」 玉芳が笑う。


 冷やかしの始まりとして、煮た佃煮を冷ましている時間は仕事がないのでブラブラして吉原などを見て回る。 決して女郎を買わないで見ているだけの者を『冷やかし』と呼んでいたりもする。


 「そうそう……僕の給料じゃ買えないからね」 青年は頭に手を置き恥ずかしそうにして笑った。


 「今はいいと思います。 私、まだ何年もあるし……」 玉芳は下を向く。


 「それまで金を貯めるよ」 青年はニカッと笑う。



 「おっと、時間だ……またな」 青年は走って戻っていった。 



 玉芳は、この時間を『ご褒美』としていた。 そして三原屋に戻ると、

 「玉芳― これやっときな!」 などと、妓女に雑な扱いを受ける。



 しかし、これは三原屋に限ってのことではない。 余所よその妓楼も同じである。


 昼見世が終わり、玉芳は勉強の為に吉原をウロウロする。 何か勉強になるものを探しているのだ。


 そんな時、人が多く集まっている場所がある。 好奇心で玉芳は足を進めると、


 (うげーっ) 玉芳に戦慄せんりつが走る。

 お歯黒ドブに妓女が浮いていた。 (どう見ても死んでるよね……) 玉芳は死体を初めて見てしまった。


 そして横を見ると、数名の妓女が手を合わせている。

 (ここの妓楼の人だろうか……?)



 玉芳も一緒になり、手を合わせた。


 そして噂が後からやってくる。

 「近藤屋の妓女が死んだのを知ってる?」 などと三原屋でも噂になっていく。


 当時の玉芳は、妓女が死んでいく理由を知らなかった。


 「お婆……お歯黒ドブで死んでいるのを見ちゃった……」 玉芳が言うと、


 「そんなの普通だよ。 今年だけで何人が死んでいるやら……」 采は首を振る。



 後に、吉原で人が亡くなる者の説明をしてもらう。

 梅毒などの病気、足抜の失敗、心中などが多いこと。 

 「つまり、病気か色恋なのですね……?」 玉芳は気に掛けるようになるが…… 



 「う~ん…… あれはどうなんだろう?」 玉芳は考えている。


 あれ……とは佃煮屋の青年である。 会うのを楽しみにしているのは確かだが、これを恋と言うのには玉芳には早すぎる。


 しかし、『当たらずとも遠からず』 複雑な感情を張り巡らせていく玉芳であった。



 『かごの中の鳥』は、大空に憧れを持つ。 ただ、かごを出ると敵や食料困難などが待ち受けている。 そんな苦難をかえりみずに多くの妓女は命を散らしていく。



 運命とすると皮肉だが、結果は残酷なものになっている。 そんな玉芳が思う今の現状だ。 いつか報われる日が来ると待っているしかないのである。



 ●


 「確かに、多くの人が亡くなったわよね……病気や心中など、本当に私たちは運が良かったのね……」 鳳仙は、しみじみと語るが


 「アンタは病気で吉原から出れたんだけどね♪」 玉芳が笑う。


 「そ、そう言われると……」 鳳仙はショボンとする。


 「でも、赤岩先生に助けられたから……」 鳳仙の目に涙が浮かぶ。

 「本当に惜しい人を亡くしたわ……」



 「玉芳は、「いつか外に出てやる!」って思わなかったの? 私は、身請けでしか出ないって決めてたのだけど……」


 「不思議と無かった。 このまま三原屋で生涯を終えてもいいと思っていたのよ」

 玉芳はニコッとする。




 大体の妓女は、外の世界に憧れを持つ。


 妓女は借金を抱え、過酷かこく労働ろうどう環境かんきょうの中で働かなくてはならない。



 そして年季が明けるまでは吉原から出る事が許されないのである。



 妓女が吉原から出られる方法は二つ。


 身請けをされて、身請け人が借金を払うのがひとつ。

 もう一つは、死ぬことである。



 病気が重く、死ぬ間際になれば実家に帰らされることはあるが、だいたいは命を落とすケースが多い。


 借金を抱え、身請けが出来ない妓女は吉原から出る事が出来ないのである。


 歳を重ね、三十を過ぎると小見世や河岸見世などに移っていく。こうして生涯を終えていくのも妓女の運命とも言える。



  ●


 「玉芳、これを買ってきておくれ」 采に言われ、引手茶屋に買い物に行く。 大きい茶屋は指名だけでなく、物販などもしている。


 玉芳は仕事の中で、買い物を頼まれる時が好きだった。 それは引手茶屋に行くと妓女が近くで見られるからだ。 昼見世が終わると花魁クラスは部屋で休むか買い物など、客と引手茶屋に行ったりもする。


 (こんな近くで勉強できるなんて……♪) 玉芳はニコニコしていた。



 「ごめんください……」 玉芳は引手茶屋の千堂屋に入る。

 「はいよ。 ちょっと待ってな―」 千堂屋の主人は、忙しそうにしていた。

 玉芳は軽く頭を下げ、主人の手が空くのを待っている。



 そこに一人の妓女が入ってくると


 「うわ~ 綺麗……」 玉芳は目を輝かせた。 入ってきた妓女は、大見世の近藤屋。 花魁の富士ふじしずかである。


 富士静は、黒い着物で大きな髪結い、そこには簪が多く挿してある迫力のある女性だった。


 客の誰もが振り返り、それを横目で一瞬だけ見渡すような仕草が印象的であった。 玉芳は釘付けになっていく。



 すると、店の対応を待っていた玉芳の方に近づいてくると

 (うわっ― コッチ来る―) 


 「お嬢ちゃん……買い物、偉いね」 富士静が玉芳の頭を撫でた。



 玉芳の顔は真っ赤になり、体が硬直してしまう。 富士静の手が頭から離れると、そこから蒸気が出てしまうほどの興奮を覚える。



 (花魁が私の頭を……)


 吉原での花魁は天上人であり、菩薩である。 そんな人から頭を撫でられた玉芳は、頭が真っ白になる。



 「お待たせ、お嬢ちゃん……」 千堂屋の主人は、待たせた玉芳の頭を撫でると、


 (花魁の後に触るな!)

  “パッ―” と、無意識に主人の手を払ってしまう。

 少し、千堂屋の主人には同情してしまうほどだ。



 この出会いにより、玉芳の決意がより固まっていくのである。


 「絶対に花魁になろう……まず、一流の妓女になろう」

 玉芳は心に誓っていくのであった。



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