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第二話 背負うもの

 第二話    背負うもの



 「おはようございます」 脱走から翌日、つるは元気に挨拶をする。


 妓女たちは、つるを白い目で見る。 昨夜、足抜をしたからだ。

 「お前な……足抜なんてしやがって! 何だと思ってるんだい」 一人の妓女が強い口調で言うと



 そこに文衛門が割って入った。

 「そんな怒鳴るな……まだ来たばっかりだ。 お前たちも、穏やかに」

 優しい口調の文衛門は、つるを庇った。



 「……」 采は無言で二人を見ている。



 しばらくの時間が過ぎ、つるは積極的に仕事をしていく。


 「お前、何やってるんだい!」 妓女の一人が怒鳴ってきても、

 「すみません、姐さん……」 笑顔を見せ、謝るつるだが足は震えている。



 そんな時、千扇が現場を見ていた。


 その後、千扇が采に話しをする。

 「お婆、つるの名前を変えてみない? もしかしたら運命が変わるかも……」


 采はチラッと つるを見る。 つるは汗を流して働いていた。



 「まぁ、名前くらいならな……」 采が承諾すると、早速考える。



 采は文衛門、千扇、つるの三人を呼び寄せて名前決めをする。

 「う~ん……」 いきなり名前を決めろといわれても、簡単には出てこないものである。



 沈黙が進む中、つるは困った顔をして

 (ここに私は必要かしら……) そんな事まで考えてしまっていた。



 そこに文衛門がチラッと、つるを見て  

 「お前、よく見ると綺麗な顔をしているんだな……」 と言い出す。



 つるは、普段は下を向いて仕事をしている。 妓女と視線が合わないようにしていたからだ。


 「そう言えば……」 これには采と千扇も納得する。


 「せっかくの禿だし、可愛い顔だから『玉芳たまよし』なんてどうかしら?」

 千扇が名前を言ってみると


 「玉芳? なんで?」 采がキョトンとする。


 「ほら、玉って綺麗とかの意味でしょ。 芳は、ほまれ高くなるように♪ それに、シャボン玉のようじゃない」

 千扇が説明すると、


 「そうか♪ 将来が楽しみだな。 よし、今日からお前は玉芳だ! どうだ?」

 文衛門が笑顔で話す。 


 これに、つるは

 (なんか盛り上がってるし、断っても悪いか……) そんな程度の思いから

 「はい。 玉芳です。 よろしくお願いします」 と頭を下げた。



 翌日、

 「おい、つる……髪結いを手伝いな!」 いつも冷たくしている妓女が呼ぶと


 「……」 玉芳は無言で通り過ぎる。


 「おい、つる―」 強い口調で言われても無視をした。



 それを見ていた采は、

 (アイツ……結構、気が強いのな……) 玉芳の子供とは思えぬ態度に驚いている。



 「玉芳~ ちょっと」 二階から千扇の声がすると、

 「は~い 姐さん♪」 明るい声で玉芳は二階に向かった。



 「どうだい? 名前は気に入ったかい?」 千扇が聞くと、

 「はい♪ 千扇姐さんが付けてくれた名前ですから♪ 少し名前が長いけど……」 そう言って、ニコニコしている。


 (そりゃ『つる』だったもんな……) 千扇は苦笑いをする。



 それから玉芳が名前を変えたことにより、表情が明るくなっていった。

 また、妓女も悪い扱いをする事も少なくなっていく。



 ただ、良く思わない妓女もいた。

 「チッ―」 と、舌打ちをしながら睨んでいる妓女もいるのだ。



 数日後、玉芳は采の元に行く。

 「お婆……教えてほしいのです……」 正座をして采に頼んでいる。


 それは、客の取り方である。 まだ玉芳は八歳。 早いと思った采は、やんわり誤魔化していく。


 「まだ、その……掃除とか環境からの方がいいんじゃ……」



 「あの……もう準備したいのです。 私は菩薩にならないとダメなのです」

 玉芳は、真っ直ぐ采を見つめると


 (コイツ、なんて眼をしているんだ……)



  ●


 「玉芳って、とんでもないガキだったのね♡」 鳳仙は驚いた割に、ニコニコしていた。



 「そうね~ 梅乃なんて、虫ばかり集めていたわ」 玉芳も笑う。


 「私は、先代の鳳仙花魁に付いてからは真面目にこなしていたわよ……花魁になる自覚なんかなかったし……」 鳳仙は ため息をつく。




  ●


 それから玉芳には、雑用の後から特別授業が待っていた。


 「ここから人の流れを見るんだ。 どの妓女が多く引手茶屋に行くかを……」

 采に言われ、玉芳は引手茶屋を見ている。



 それは、顔、髪、仕草などである。 人気のある妓女とは、どんなものかを研究していく。


 (ふむふむ……) それを見た玉芳は、三原屋に戻ってから研究をする。



 これは何も外だけの話ではない。 生きた教材は三原屋の中にもあった。

 例えば、千扇である。 千扇は三原屋のエースであり、ここから学ぶものも多い。 しっかりと吸収していく。


 「姐さん、それで……」 玉芳が懐いていた千扇は、惜しみなく玉芳に教えていった。



 「でも、それだけじゃダメだよ。 教養、芸もしなきゃな……」 

 これは文衛門の言葉だった。


 (そうだ……ただ抱かれるだけなら誰でも出来る。 もっといい客を掴まないと花魁にはなれないんだ……)


 玉芳は決心する。 “花魁になる為の全てを手に入れるんだ!” と、誓った八歳の最後の時であった。



 九歳になり、玉芳は教養と芸を身につけていく。

 一人で仲の町に出向き、瓦版かわらばんを見る。 そこで解らない文字があると、


 「すみません……この字を教えてもらえますか?」 玉芳は誰構わずに話しかける。


 当然ながら、「なんだよ、ものいか? あっち行けよ」 と、言われてしまう。

 最初は(なんだ? 吉原の人は冷たいんだな……) そう思っていた。



 数日、繰り返していると

 「君、いつもいるけど物乞いなら妓楼に行きなよ……」 そう話す男性がいた。



 「いえ、物乞いではありません……この瓦版が読めるようになりたいのです」

 玉芳は男性を見つめて言うと、


 「そっか……じゃ、これを見てごらん」 そう言って、男性は丁寧に文字を教えていく。



 「ありがとうございます……」 玉芳は深々と頭を下げた。


 「いえいえ。 それで、君は何処の見世なんだい?」 男性が聞くと

 「三原屋です。 私はつる……いえ、玉芳です」



 それから数日後、仲の町で顔を合わせるたびに文字を教えていくことになる。


 これは、玉芳の運命を変える歯車のひとつになっていくのであった。




 玉芳は、仲の町など吉原全体をウロウロすることが多くなった。 それは看板である。 瓦版は毎日の更新がある訳ではない。 変わらない文字では飽きてしまい、色々な見世の看板を見ては勉強をしていく。



 それと、 「あった……」 


 玉芳は吉原に落ちている紙を集めていた。 紙を集めては文字の練習をする。

 この時代、紙は貴重である。 それに現代でいうリサイクルが特化した時代であった。


 鍋などの調理器具も壊れてしまっても修理をして何年も使う。 紙などがあれば玉芳のように練習で使ったり、火を起こす為に使ったりもする。


 排泄はいせつぶつさえも売れるのだ。


 物のすべてを無駄にしないのが江戸時代であった。



 持ち帰った紙は、着替えなどが入っている風呂敷に入れる。 こうして大量に保管しては勉強に使っている。



 (この子……) これには采や文衛門も驚いていた。



 子供の時であれば、つい親にねだってしまうが、玉芳は采に頼らずに調達してしまう。 そんな時、采が言う。



 「玉芳……何か欲しいものはあるかい?」 優しく聞いても、

 「お婆……ありがとうございます。 とりあえず調達していますので」

 玉芳はニコッと答えると、風呂敷の中にしまっていく。 こんな事の繰り返しであった。



 文字の練習や、人の観察をしていくうちに感触を掴んでいく。

 ついには仲の町で実践していく。 身体をじり、見返りのような姿を見せている。 ただ子供だったので誰も相手にはしないが、人前で出来る度胸を身につけていた。



 中見世であると、酒宴が少ない。 芸子からも教わりたいが、呼べないことには見る事も出来ない為


 「千扇姐さん……琴や三味線は、どこで勉強できますか? 呼べる時があったら私も見たいです」 このように、貪欲な玉芳になっていく。



 少々、貪欲すぎて千扇からも

 「まぁまぁ、落ち着いて……」 なだめられてしまい



 こんな状態が続いていると、

 「お前、そんな勉強がしたかったら教えてやるよ」 妓女の一人が玉芳を睨む。



  “パチンッ―”

 玉芳は頬を叩かれていた。


 「えっ? あの……」 玉芳は頬を押さえ、茫然ぼうぜんとしている。


 「お前、九歳だろ? 黙って言われた通りにしていればいいんだよ!」

 妓女は、上から玉芳を睨みつけた。



 ここ最近、玉芳は先を見過ぎて手前にある現実を見ていなかった。

 身体が震え、忘れていた恐怖を思い出す。



 これにより、玉芳の成長スピードが落ちてしまった。



 「最近、玉芳は外に出ていないのか?」 文衛門が心配して菜に聞くと、

 「妓女と何かあったのかね~?」 采はキセルを吹かしている。

 采は、このことを黙認していた。



 翌日

 「玉芳~ ちょっと……」 千扇の声がする。

 「はーい」 玉芳は返事をし、二階に上がっていく。



 そこには、神妙な顔をした千扇が待っていた。


 「ここに座りな」 千扇が言うと、玉芳は正座をする。


 「そんなに急いでどうするの? これで中がギクシャクしたら、お前が損なんだよ?」 千扇が言うと、玉芳には理解できていなかったが



 「姐さん、すみませんでした……」 玉芳は頭を下げる。

 「えっ?」 千扇が驚く。 頭を上げた玉芳の目はキラキラしていた。



 「お前、なんで、そんな顔を……?」 千扇が聞くと

 「それは姐さんが目標であります。 だから、勉強の大変さも目標も全部背負いたいのです」 玉芳の目に曇りはなく、野心というより純真というものに見えていた。



 「ふふふっ……やっぱり玉芳で正解だったね♪」 千扇は、玉芳の頭を撫でて笑った。



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