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第十六話 言霊

 第十六話    言霊ことだま



 初日から大忙しだった玉芳は、昼近くまで寝ていた。

 「花魁、そろそろ……」 起こしにきたのが菖蒲である。



 「う~ん……」 玉芳が返事だけする。

 「梅乃と小夜も起きていますよ」 菖蒲が伝えると、


 ガバッと起き上がり、寝姿のまま物置部屋に向かう。


 「おはよう……お腹空いたかな?」 玉芳が声を掛けると、

 「先ほど済ませましたよ♪」 そう答えたのが妓女の夕月ゆうづきである。 夕月は妊娠しており、もうすぐ出産となる。 よく母乳も出て、梅乃と小夜に分けていた。


 「姐さん、いつもありがとうございます」 玉芳は感謝を言うと、

 「そんなこと……花魁になった お前の役に立てて嬉しいよ」 夕月が微笑む。 三原屋では三人の妓女が妊娠している。 本人の希望を聞き、出産する者と堕胎をする者に分かれていく。 


 夕月は出産を選んだ。 ただ、妊娠や出産の期間は働けない。 その期間は借金として残っていく。 出産したら妓女として戻り、子供は女の子であれば妓女に、男の子であれば若い衆か子供の出来ない夫婦に売られたりする。



 言い方を悪くすれば奴隷契約である。

 それでも妓女に断る選択肢がない。 ただ、受け入れるのみである。



 こうして過酷な毎日を送るなか、玉芳の花魁襲名は明るい材料だった。


 「姐さん……食事でありんす」 物置などで隔離されている妓女に、玉芳自ら食事を運んだりする。 先日の客の残り物さえも手を付けていなければ禿や隔離されている妓女に分けたりするのだ。



 「玉芳、いつもありがとう……」 涙ながらに礼を言う妓女もいる。


 「いいんですよ。 梅乃や小夜に乳をくれているんですもの……栄養を摂ってくださいね」 まさに玉芳は菩薩になっていた。



 昼見世の時間、玉芳が一階に降りてくると


 「なんだい? こんな時間に…… 花魁なんだから休んでいればいいのに……」 采が声を掛けるが、


 「お婆……大見世や、私の道中で金を使い過ぎたでしょ? 私も稼ぐわよ。 年季もあるし……」


 玉芳が支度をする。 派手な衣装に身を包み、張り部屋の外に出る。



 「お兄さん、どうだい?」 玉芳が伏せがちな目を上げ、客を見ると、

 「いいね~」 客は喜び玉芳の方へ歩み寄る。



 張り部屋を指さす玉芳が、

 「好きな女を選んでくんなんし……」 ニコニコして客の方に手を乗せると



 「えっ? 君じゃなく……?」 客が春日を指さす。

「春日姐さん、指名でありんす~♪」 玉芳が声を張り上げる。



 これを繰り返し、三原屋は昼見世から活気に満ちていく。


 「玉芳……」


 昼見世の時間、玉芳は明るく気さくに話す。 しかし、夜になるとガラッと様変さまがわりをし、花魁の風格を出していく。


 その後も昼見世に顔を出しては妓女のサポートをしていく。

 それには妓女も、年下である玉芳に頭が上がらなくなっていき


 「玉芳~ いつもありがとう……」 いつしか三原屋は、玉芳という輪の中での結束が出上がっていく。



 そして、ある程度の売り上げが安定した頃には顔を出さなくなっていく。

 そうなると妓女のモチベーションと共に売り上げが下がっていったのだ。



 玉芳の昼時間は子育てでいっぱいだった。

 「小夜……梅乃……」 二人は乳をよく飲み、すくすくと育っていく。


 「玉芳~」 采の呼ぶ声が聞こえると、

 「勝来、菖蒲 お願いね」 二人の赤子を渡し、采の元へ行く。



 「お前、段々と昼見世に来なくなったね……妓女が不安になっているよ」

 采が言うと、玉芳の目が鋭くなる。


 「お婆……不安になっているのはお婆なのじゃ……?」


 「なんで? どういうことだい?」

 采が取り乱すように玉芳に言葉を被せる。


 「私が昼見世にいれば安泰だけど、居なくなったらオロオロしているのはお婆なんじゃない?」 


 「……お前、なんて言い草をするんだい?」


 「言霊ことだまでありんす……私は花魁になる為に努力をしてきました。 定彦さんに習ったり、外で紙を拾ってまで勉強をしました。 しかし、他の方はどうでしょう? 同じことをしろとは言いません、しかしあまりにも不抜けています」

 玉芳が毅然として話す。 これには采も何も言えなくなっていた。


 「大見世が目標だったのは分かります。 達成したじゃないですか。 次の目標を立てておくんなんし……」

 玉芳は、そう言って二階へ上がっていった。



 その後、采が文衛門と話をする。


 「……なるほど。 玉芳の言うことが正しいね。 私たちの気が緩んでいたな」

 文衛門は、全てに納得をしていた。


 「次の目標と言っても……」 采が不安そうな顔をすると、


 「そうなったら大見世の一番を目指したらどうかな? もちろん、大見世になったばかりだから難しいことだけどさ……」


 その横で玉芳は盗み聞きをしていた。

 「フッ…… やってやろうじゃない」


 翌日、玉芳が張り部屋に入る。


 「えーーっ? どういう事?」 妓女の全員が驚く。 中級妓女の春日も張り部屋で営業しながら驚いていた。


 「いや~ まだ花魁の実感がなくて、みなさんと一緒にやれたらな~と思って」

 玉芳がニコニコして言うと、妓女が小刻みに震えだす。


 「おや? 姐さんたち、どうしました?」


 「お前、「どうしました?」じゃねーだろ! こんな所に花魁がいたら、私たちの仕事が無くなるじゃねーか!」

 結局、妓女たちに怒鳴られて玉芳は張り部屋から追い出された。


 それを見ていた采はケラケラと笑っている。


 結局、仕事が出来ない玉芳は二階で子育てをする。


 「夕月姐さん、おしめって どうやるのです?」

 「いいのよ……玉芳は花魁なんだから、ゆっくりしていれば……」 夕月が梅乃たちのおしめを替え始めると、



 「ダメです。 この子たちは私の娘なのですから! 花魁とか関係なく教えてください!」


 玉芳の勢いに負けて夕月は替え方を教えていく。


 「なるほど…… こうですか?」

 「ちょっと、きついかな…… 股が赤くなってる」


 「本当に花魁なのかしら? って思うくらい一生懸命よね……妓女、いや、女の鏡よ。 玉芳は」 夕月が玉芳に言うと、


 「そんな事ないです。 夕月姐さんも子供をお腹に置いて、頑張っているじゃないですか」 玉芳は微笑んだ。



 そして濡れているおしめを持って下の洗濯場に持っていき、ジャブジャブと洗い出す。


 「ちょっと、花魁……私たちでやりますから―」 慌てて菖蒲が止めに入る。


 「なんで?」 玉芳がキョトンとした顔をすると、

 「花魁なんですから……」


 「花魁ね~ でもね。 この子たちは私が育てるって言ったからさ……お前たちも同じ、私の子。 私は母親になりたいのさ……」


 そう言って、玉芳はおしめを洗う。



 (玉芳……) 陰で聞いていた采も心を打たれたようだ。



 それから三原屋では昼見世の時間から繁盛していく。 妓女の全員にも玉芳の頑張りが乗り移ったように働き出す。



 夜見世が始まると

 妓女たちは引手茶屋に向かい、客と落ち合う。 大見世になった三原屋は、引手茶屋なしでは指名が出来ない。


 妓女は引手茶屋まで行き、そこで食事をする場合と見世で酒宴をする者とで分かれる。 値段を安くしたい場合は引手茶屋で食事をしてから見世で床入りをする。


 これは並の客であり、遊女から気に入られたければ見世で酒宴をする。

 花魁ともなれば酒宴を開かなければ顔さえ見せてくれないほどだ。


 そして、多くの妓女が客を連れてくる。 中には 「これ、土産なんだけど……」 そう言って粉にした乳を持ってくる客がいる。


 妓女は梅乃と小夜の事を客に話していたのだ。



 「ありがとう♪」 妓女が客の頬に口づけをすると、客も笑顔になる。


 こうして、妓女のご機嫌取りも様々な形で繰り広げられていく。

 妓女は若い衆を呼び、粉ミルクを渡して酒宴となる。



 妓楼の裏では、「すみません、姐さん……」 玉芳が妓女に頭を下げると、

 「いいのよ。 梅乃と小夜は私たちの娘でもあるんだし……」


 赤子の二人は、見世全体が親となり元気に育てられていくのである。



 玉芳は忙しく、数多くの部屋に回る。 それだけ指名が多いのだ。


 (えっと、この客は二回目か…… 次に来たら部屋に入れて……)



 花魁になると、二回目までは笑顔を見せない。 客間で待たせ、少しの時間だけ顔を拝ませる程度である。


 会話もしない、食事に箸も付けずに座っているだけである。 勝手に客がもてはやし、花魁にゴマをする。


 三回目の酒宴からは『馴染み』として花魁の部屋に通されるのだ。

 それまでに使う金額は三百万を超える。


 そこまでして、やっと花魁の笑顔を拝めるようになるのだ。



 酒宴が続き、疲れが見え始めると

 「部屋で少し休んで……」 橘が声を掛けると

 「ありがとう……」 玉芳は自分の部屋に入っていく。



 「良い子にしていましたか?」 梅乃と小夜は玉芳の部屋で寝ていた。

 頭を撫で、寝ている顔を眺めている。



 すると、「そろそろ行けますか?」 橘が襖の外から声を掛ける。


 「はいさ♪」 玉芳が元気な声で返事をする。

 こうして多くの酒宴に顔を出し、売り上げを順調に稼いでいく。



 次第に三原屋の名声が噂となり、大見世の中でもトップクラスとなっていくのであった。



 「今月も凄いな~♪」 采はご機嫌だった。


 「目標にすれば頑張れたでしょ?」 玉芳が采に笑顔を向けると、

 「お前にはかなわないよ……」 采は目を細める。


 こうして軌道に乗った三原屋だが、徐々に時代は変わっていくことになる。




 「これじゃ……商売にならない……」 赤子を抱く玉芳の手に力が入っていく。



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