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第十五話 花魁襲名

 第十五話    花魁襲名



 「いよいよ明日か」 采が大部屋で話す。 妓女たちは正座をして聞いている。


 「いいかい? 明日からは大見世になるよ。 しっかり頼むよ」 采が鼓舞していると、

 「わかりました」 大きな声がする。



 この日は引っ越し準備の為、三原屋は休業となっていた。

 玉芳は身軽だった為、簡単に済ませている。 菖蒲と勝来は妓女の世話に入る。



 「そうだ、定彦さんに報告しなきゃ♪」 玉芳は河岸見世に向かっていき



 「定彦さ~ん♪」 玉芳が戸を開けると、


 「玉芳か……」 定彦がニコッとする。


 「いよいよ明日、引っ越しになります」 玉芳が頭を下げると

 「いよいよ花魁ですね。 道中はいつ?」


 「明後日です。 その……よかったら傘持ちをして欲しくて……」 玉芳が言うと、


 「私が? こんな陰間の私がかい? 見世に泥を塗るよ……」 定彦は、やんわり断る。


 「いえ、これは私の師ですから 是非、お願いします」

 玉芳は畳に額を付けてお願いをすると



 「まぁ、そんなに言うなら……一応、采さんにも話しておくれよ! 後で叩かれても嫌だからさ……」



 玉芳は三原屋に戻ってから、道中の打ち合わせをする。


 「なんだって―??」 采が驚いている。

 「だーかーらー……」 玉芳は再度、定彦を道中に参加させることを頼んでいた。


 「随分な発想だね~」 


 「やっぱり派手にいかないとね♡」 玉芳は気合いが入っていた。



 引っ越し前夜、玉芳がソワソワしていると

 「姐さん、そんなにソワソワしなくても……」 菖蒲と勝来は苦笑いをしている。


 「菖蒲と勝来は横にいて、すました顔をするんだよ」 入念に打ち合わせをしていると

 (早く寝たい……) そんな顔になっていた。


 眠れない玉芳が布団に入るも、

 「ふんぎゃ― ふんぎゃ―」 赤子の小夜が泣き出す。


 「よしよし……」 玉芳は小夜を抱き、落ち着かせている。 玉芳は客と一晩をすることは無く、玉芳の部屋で赤子の二人は寝ていた。


 すると、「玉芳~ 乳、飲ませる?」 妓女がやってくる。

 「すみません、姐さん……お願いします」


 妊娠中の妓女は、小夜と梅乃と交互に授乳する。 二人は落ち着いて寝てしまった。


 「ありがとうございます……」 玉芳が礼を言うと、

 「こちらこそ、ありがとうだよ……売れない妓女の私が妊娠しても置いてもらってさ……明日、頑張ってね♪」 妓女は隔離部屋に戻っていく。


 妊娠した妓女は隔離部屋に移動させられる。 本来なら売り上げが悪く、妊娠した妓女は小見世に売られるのだが玉芳が引き留めた経緯がある。


 妓女は玉芳に感謝していた。



 翌日、ついに玉芳の花魁襲名の日がやってくる。

 出発前、三原屋には富士静がお祝いにきていた。


 「玉芳、おめでとう……」 「富士静花魁、ありがとうございます」

 二人が抱き合うと、三原屋では大きな拍手が響いた。



 「お待たせ……」 定彦がやってくる。

 「定彦さん、ありがとう」 玉芳が定彦にも抱きつくと


 「?? あれ?」 これには富士静も驚く。

 「私、陰間なのです……」 定彦が頭を下げる。

 「えーっ? 声は男だけど、綺麗ね~」 富士静は定彦の顔をマジマジと見つめていた。



 「さぁ、お時間ですよ」 橘が声を掛けると

 「行きましょう!」 玉芳の気合いが入る。


 これは大見世、三原屋の船出である。

 「玉芳――っ!」 先輩妓女たちの声で玉芳が玄関から顔を出す。



 大きな拍手、大きな歓声が新人花魁に降り注いだ。


  “カンッ カンッ カンッ……” 拍子木の音が響く。


 そして高下駄を履いた玉芳が外八文字で歩く。 その横には菖蒲と勝来が同じ歩幅で並んで歩いている。


 後ろには大笠を持った定彦がいて、周囲からは紙吹雪や拍手が華を添えての道中となっていった。


 「玉芳、立派だよ……」 そう言うのが千扇である。 千扇は引手茶屋、千堂屋の女将になっていた。



 玉芳の花魁道中に集まった人は数百人にのぼる。 その門出を静かに見守っているのが大江である。

 (玉芳、綺麗だ……) その姿を見て涙が溢れていた。



 先頭を外八文字で優雅に、そして舞っているかのように仲の町を進んでいく。



 「うわ~ この前の玉芳さん……素敵~」 こう呟くのは益代であった。


 「いつか、こうなってみせる……」 その横で気を吐くのは長岡屋のさとである。 まだ禿であるが、その数年後に里は喜久乃という名前で花魁になる。


 ●


 「あの時のことは鮮明に覚えているわ。 綺麗で、少し人を見下した様な視線が好きだったの~」 鳳仙は、当時を思い出しウットリした顔をしている。



 「あれも全部、定彦さんが教えてくれたのよ。 舞台子だったから、上手だったのよ」 玉芳は照れながら話す。



 「それでさ。金の扇子って持っているの?」

 「あるわよ……これ」 玉芳は、飾ってある金の扇子を指さすと


 「これか~ 采さんから受け継がれたのよね~♪ 今度、誰かに渡すの?」

 鳳仙はワクワクしている。



 「どうでしょう? 禿だった四人のうち、最初の花魁かしら……」


 ●


 「玉芳―っ!」 大きな歓声が仲の町に響く。 十八歳での花魁襲名は珍しいので、それだけ世間が騒ぐのが当然だ。



 仲の町の中央、玉芳が立ち止まる。 そして周りを見て微笑むと、歓声があがる。 手を開き、空に向かって紙吹雪を投げると、また歓声があがる。



 左右の引手茶屋に向かい、頭を下げると 引手茶屋から身を乗り出した客が手を振る。



 「そろそろ戻るよ」 采が小声で伝えると、玉芳が頷く。

 こうして玉芳の花魁道中が終わった。



 見世に戻ると、「玉芳~ 良かったよ~♪」 妓女たちは喜び、玉芳を迎えた。


 「姐さんたち、ありがとうございます…… これからも、よろしくお願いいたします」 静かに頭を下げると、


 「コッチこそ、よろしくだよ! どんどんオコボレちょうだいね♪」 妓女が言う。


 「お前たち、自分で努力するんだよ! ったく―」 采も呆れて苦笑いになってしまう。



 「さっそくです。 玉芳花魁の酒宴がワンサカ入っていますよ」 橘がスケジュール管理をしていると


 「はいさ! ようやく妓女として働けるわね♪」 玉芳が身体を動かしながらストレッチをする。



 「ようやくだね……妓女と花魁が同時にくるなんて、お前だけだろうな……」


 「お婆……本当にありがとう……」 玉芳の目が潤む。


 「もう泣いてどうすんだい! これからだよ。 しっかり稼いでおいで」

 采が玉芳の両肩を叩くと、


 「はい。 しっかり稼いできます」 そう言って、玉芳は座敷に向かった。




 それから各部屋を回り、玉芳は息を吐く。

 「はぁ……ほとんど私の指名……こりゃ大変だ」


 「はっはっは これが花魁だよ、玉芳……」 采が言葉を掛けると、

 「なかなか大変なのね~」 玉芳は初日からため息が出てしまう。



 「さ、次は息抜きしておいで。 楓の間だよ」 采が玉芳の背中をポンと押す。


 「楓の間……どんな客だろう? 失礼しんす」


 玉芳が伏せていた目を上に上げると、客は大江だった。

 「遅いぞ、玉芳……春日さんに乗り換えようかと思ったわ~」 大江は冗談を言い、玉芳の気をほぐそうとしていたが、


 「ほう……」 ギラッと睨む玉芳の眉間に力が入る。


 「玉芳……?」 春日が恐る恐ると声を出すと、

 「はい? どうしました?」 玉芳は真顔に戻り、キョトンとしている。


 (あれ、見間違いだったかしら?) 


 春日と交代した玉芳は、大江に酌をする。



 「本当に来てくれたんだね」 ニコッとすると、

 「そりゃそうさ! 中見世の最後と、花魁の最初は必ず来るって言ったじゃないか」 そう言って、大江はもうひとつのお猪口を玉芳に持たせる。



 そして少量の酒を入れると


 「弥栄いやさか~♪」 と声をあげる。


 弥栄とは『万歳』『繁栄』などの意味をし、後に『乾杯』という言葉になった。



 玉芳はそっと大江の肩に寄りかかっていく。 大江の顔も満足そうだったが、

 「時間だよ、玉芳は次!」


 「はいっ―」 玉芳は慌てて次の部屋に向かっていく。



 今日の玉芳の仕事は顔見せである。 一緒に飲むこともしないし、話もしない。 本当の顔見せだけである。


 「お前さんは泊まりだろ? ゆっくりしていきな」 采が大江に酌をする。


 「あ、どうも……」


 「これでも二十年ぶりかね……客に酌をするのは」 采はキセルに火をつける。


 「しかし、よかったよ。 お前さんが玉芳を元気にしてくれたからさ……」 

 「いえ……」 采の言葉で大江が恐縮してしまう。



 「テキトーに妓女を当てておくからな……」 采が言い残し、部屋から出て行くと、

 (こんな俺でも、役に立ったんだな……) 大江は一気に酒を飲み干す。


 深夜、妓女たちは床入りとなる。 玉芳は大江との予約がある為、妓女はオコボレを貰い、床入りをする。


 翌朝、玉芳が大江の衣服を整えていると、

 「玉芳……ありがとう」 大江の声がする。


 「あら、大江様は早起きなんですなぁ」 そう言って茶の準備を始めた。



 「美味い……」 大江は満足する。


 玉芳が部屋の窓を開けると、そこには眩しい陽の光は差し込んでくる。


 「私は、この陽の光が大好きでありんす……朝の光は心も体も温かくしてくれる」

 玉芳が大江を見てニコッとすると


 「玉芳……」


 「これから私の花魁人生の始まりでありんす…… しっかり見ていておくんなんし……」 


 「わかった。 俺も頑張るよ……」 大江は笑顔でお茶を飲み干す。



 そこに勝来の声がする。

 「花魁、そろそろ後朝の時間です」 


 この日、泊まった客のほとんどが玉芳の客である。 見送りは共にした妓女と玉芳がおこなう。


 「ちょっと行ってくる」 玉芳は玄関で後朝の別れを済ませてくる。


 「また会えますね……」 玉芳の細い指が客の顔に触れると、

 「今度は頼むよ……」 客は上機嫌になって帰っていく。


 これを数人に済ませると、最後が大江となった。



 「大江様……今度はいつ?」 玉芳が優しい目で大江に言うと、

 「ちょ、貯金します……」 返答に困る大江であった。


 玉芳はクスッと笑い、

 「本当に誠実でありんすな~♪」 大江の手を握り、少女の微笑みを見せる。



 「また、会えますね?」 玉芳の言葉に

 「玉芳……」 大江は玉芳を抱きしめた。


 「さ、今日も頑張ってね」 玉芳が大江を見送る。



 そして玉芳が妓楼の中に戻ってくると、


  “パチ パチ パチ……” 大きな拍手が起きる。

 「??」 玉芳が目を丸くすると、


 「花魁、初日のお勤めご苦労様でした♪」 妓女全員が笑顔だった。


 「ありがとうございます……」 玉芳が涙ぐむと、そこからは普段通りに戻る。

 「良かったよ、玉芳。 本当にお前が花魁で良かったと思うよ」

 「姐さん……」



 大体の妓楼では、花魁襲名に揉めることが多い。 妬み、嫉妬が渦巻く妓女の世界である。 しかし、三原屋では玉芳を拒む者がいなかった。



 玉芳を叩いたり、意地悪をする妓女は転落し、小見世や河岸見世に下賜かしされていったのだ。


 采の経営戦略により、三原屋の大見世デビューは申し分なかった。


 「よし、やっていくぞ……」 玉芳は目を輝かせていく。



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