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第十四話 水揚げ

 第十四話    水揚げ



 「玉芳姐さん、水揚げって まさか……」 菖蒲が聞くと、

 「そう。 私、まだなんだよ……」 玉芳から意外な言葉が返ってきた。



 菖蒲は十歳。 吉原には芸子で来ていたので情報は早かった。 勝来は当然、未知なるものだ。


 「玉芳、近々 水揚げ屋を呼ぶからな」 采の言葉を玉芳が遮る。


 「お婆、いいよ……客でいい」 

 「なんでだい? 最初は慣れている方が良いんだよ」 采がキセルを吹かせながら話す。


 「うん……そうなんだけどね」 玉芳は照れくさそうにすると、

 「まさか、誰かいるのかい?」



 「まぁ……」 

 玉芳は、采に大江の事を話した。 瓦版の文字を教えてくれた出会いから、元気を貰ったことなどを……



 「ふん……特別だよ」 采は目を瞑ることにした。



 それから玉芳は、仲の町で大江を待っていた。

 「玉芳……」 声を掛けてきたのが大江である。



 「……あの」 元気よく挨拶をしたのはいいが、肝心な事になると言葉に詰まってしまう。


 「どうした?」 大江が玉芳の顔を覗き込むと


  “カアァァ―” 玉芳の顔が赤くなる。


 それから無言の時間が流れ、「俺、仕事に戻るな」 大江が言うと、

 「待って!」 玉芳は大江の腕を掴む。



 「今夜、来れますか?」 玉芳が潤んだ瞳で言うと、

 「わかった―」 大江は走って仕事に戻っていった。



 三原屋に戻った玉芳の異変に気づく。

 (今夜か……) 采がニヤッとする。



 玉芳が二階に行くと

 「姐さん、ありがとうございます」 頭を下げた。 これは梅乃と小夜の乳を与えてくれたからである。


 「いいんだよ……私も生まれるまで乳は捨てないといけないからさ……飲んでくれるなら嬉しいよ」

 妓女はすっかり母の顔になっていた。



 夕方、妓女たちは引手茶屋まで迎えに行く。

 玉芳は赤子の世話をしていた。 菖蒲や勝来は、妓女と同行をして勉強をしていく。


 「さて、今日から私も妓女になりますよ……良い子で待っててね♪」 赤子を布団に入れ、玉芳が気を吐く。



 「では、お婆……行ってくる」 玉芳は気合いが入っていた。


 「そうだ、玉芳! その相手は引手茶屋に行かなくていい。 直接、連れておいで。 今回だけだからな」 采がウインクすると


 「お婆―」 玉芳は采に抱きついた。


 玉芳が仲の町を走ると、大江は待っていた。

 「お待たせいたしました」 玉芳が笑顔を見せると


 「じゃ、行こうか……」 大江は引手茶屋まで向かう。



 「何で知っているのよ? もしかして、遊び慣れてる?」


 「いや、大門から見ていたら男は茶屋に行くからさ……」 大江がキョトンとした顔で説明すると、

 「行かなくていい……今日は」 玉芳は大江の手を引いて三原屋に向かう。



 「お婆がいるから、使える金を先に出して」 玉芳が説明をすると、

 「この風呂敷に入れてきた」 そこには大量のお金があった。


 これは現代で言えば八十万ほどが入っていた。


 「こんなに……?」 玉芳が驚くと、

 「何年掛けたと思ってるんだい? 必死に貯めた金だよ」


 「……」 玉芳は言葉が出なくなっていた。

 薄ら涙を浮かべ、ただ大江に寄り添って歩いた。



 三原屋に入ると、采、菖蒲、勝来が入り口に立っている。

 「うっ……」 玉芳は驚きで、堪らず声を出す。


 采はニヤニヤして、

 「お兄さんかい? 初めてだね。 ゆっくりしていきな」 


 大江は初めてで緊張している。

 「じゃ、先に会計だ。 玉芳!」 采は目で合図する。


 「ここにある分……」 大江は五年ほど掛けて貯金した金を采に見せると、


 「お前さん……玉芳を永久指名するのかい?」 采が大江を見ると


 「も、もちろんです。 そのために五年余りの金を用意しました」 大江が説明する。



 「食事と基本だけでいい。 あとは、また貯めて来なよ」 采はニヤッとして、五万円ほどの料金を抜き取った。


 この頃の三原屋は中見世であり、玉芳は人気の為に五十万ほどで売り込み、 そして大見世になって百万を超える妓女としての算段があったのだ。



 今回は、玉芳が気に入った男性は無下にできない。 采は、粋な姿を見せたのだ。


 「お婆……」 玉芳が声を漏らすと、

 「ほら、客を待たせるんじゃないよ! 菖蒲、案内しな!」 そう言って采は手で払い、二人を玄関から追い出すように部屋に向かわせた。



 「こちらの間になります」 菖蒲が案内した部屋は、小ぢんまりした部屋だが立派な料理が並んでいた。


 玉芳は涙を流してしまう。


 「玉芳??」 大江が焦っていると


 「玉芳姐さん、今日が初めての座敷にありんす……良い夜にしてください」

 菖蒲は正座のまま深々と礼をして部屋から出ていった。



 「菖蒲姐さん、コレって……」 勝来が聞くと

 「これから伝説が始まるのよ。 玉芳姐さん、これが初めての座敷だからね」

 菖蒲は妓女の世界を説明していく。



 玉芳が大江に酌をすると、大江は緊張から手が震えていた。



 そこに采が部屋に入ってきて、

 「大江さん、妓楼はどうだい?」 と、聞いてきた。


 「緊張しますが、夢のようです」 

 「そうかい。 なら、これはどうだい? 菖蒲、おいで」


 菖蒲が部屋に入る。 その手には三味線を持っていた。

 続いて勝来も入ってくる。


 「みんな、コレが初舞台さ。 みんな初めて同士、仲良くやんな」

 采が部屋から出て行くと、


 「玉芳姐さん、やりましょう」 菖蒲が言い、三味線を弾き始める。

 「よっしゃ!」 覚悟を決めた玉芳が踊り出す。 そして勝来が酌を始めた。



 すると、 『グスッ……』っと大江が泣き出してしまった。

 「クスッ」 玉芳が笑うと、踊り続けていく。



 こうして夢の宴が過ぎていき、初めての床入りとなる。


 「大江様……私の初めてでありんす……」



 「玉芳……」


 二人は重なり、夜も更けていく。


 朝になると、玉芳が茶を淹れている。

 「どうぞ」 大江に差し出すと、お互いに照れた顔で下を向いてしまう。


 そして、後朝の別れとなり


 「また、会えますね」 玉芳の指が大江の頬に触れると、

 「次は花魁の初めてを貰いたい……」 そう言葉を交わして口吸いをする。

 これは現代でいう口づけである。



 玉芳は入り口まで大江を見送り、見えなくなると妓楼の中に戻る。



 「どんなだった?」 「ひゃい―??」 玉芳が身をすくめると、采がニヤニヤして立っていた。


 「お お お お婆……何って、何がでしょう?」 玉芳は、人生でここまで慌てたことがないくらい慌てている。


 「なんだい? ここまでサービスしたんだから、少しは教えたらどうなんだい?」 采はニヤニヤが止まらなくなっている。



 すると妓女からも

 「玉芳~ 水揚げの話し~♡」 三原屋は野次馬ばかりとなってしまった。 



 それから玉芳は座敷には出るが、身体を売ることはなかった。

 これは、采が禁止をしていたのだ。 大見世になる為である。


 最初に身体を売れば安い金額が知れ渡る。 そこで花魁になってしまえば高い金額になった途端に客が逃げてしまうからだ。



 花魁になってから本人に選ばせようとしていたのである。



 「春日、玉芳……ちょっと来な!」

 采は、二人を連れて江戸町に向かうと、新しい妓楼を目にする。


 「うわ~♡」 綺麗な内装、綺麗な畳が広がる大見世は二人を感動させていた。


 三人で二階にあがると、

 「お前たちの部屋を決めな!」 采がニコニコしながら言う。



 「玉芳は? どこにする?」 春日が聞くと、

 「姐さんから決めてくださいな……」 玉芳は遠慮している。


 「でも、お前が花魁になるんだろ?」 春日がキョトンとした顔でいると


 「なんで? 姐さんの方が長いですし、私なんか……」


 「馬鹿ね……私は小見世から拾われた身だよ! 生え抜きのお前が選ばなくてどうするのさ……」 春日が微笑む。


 「じゃ……」 玉芳は、ある部屋を所望した。


 「姐さん、ありがとうございます」 玉芳が頭を下げると、

 「いいのよ。 こちらこそ、ありがとう」 二人は抱き合った。



 「じゃ、これから頼むわね。 玉芳花魁♪」 春日は玉芳の両肩を叩き、励ましていく。


 こうして大見世、三原屋の組閣が誕生したのだった。



 「引っ越しまで、頑張りますか~」 

 三原屋は引っ越しまでの間、爆発的に稼いでいく。


 玉芳は客と寝ない代わりに、座敷回りをしていた。 

 橘からは「玉芳、松の間に行ったら次は……」 念入りに予定を言われる。


 空いた時間には二階に行き、

 「あ~ 泣いてたか。 小夜~ 泣かないよ~」 抱きかかえ、静まらせるが泣き止まない。


 「すみません、姐さん……お乳出ますか?」 聞きながら赤子の面倒を見ていく。



 (つ、疲れた……) 玉芳は布団に倒れ込み、熟睡してしまう。

「姐さん……風邪ひきますよ」 菖蒲が布団をかけ直す。



 朝になると勝来が赤子を抱き、妓楼内を掃除する。 こんな毎日を過ごしていく。


 「大江様……次はいつ……」 玉芳は寝言で大江との一夜を語っていた。


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