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第十三話 梅乃と小夜

 第十三話    梅乃と小夜



 玉芳は毎日の酒宴に参加するようになっていく。 しかし客の指名は受けず、急に宴席に乱入するようにしている。


 そうなると、偶然でも玉芳見たさで客は集まる。 玉芳は演出をして、客に『ご褒美だよ』と、思わせる態度で宴席に入っていく。


 また、それが客にはウケていた。 世間を下に見るような態度が誇り高さを一層と引き立たせていたのだ。



 玉芳が吉原で有名になっていくと同時に、なかなか散歩も難しくなっていく。

 安物の着物を着て、髪をグシャグシャにしたりと変装をしてみたりする。


 「これならどうかな……」 なぜか、ほっかぶりをしていると、

 「それはちょっと……」 「姐さん、流石にダメだと思います……」


 菖蒲と勝来にダメ出しされていた。


 「う~ん……」

 玉芳は諦め、一人で吉原を散歩していく。 なかなか外に出られないのが苦痛だったようだ。



 そして江戸町に来ると、改装工事をしている場所を見つめる。 後に三原屋が入る物件である。


 「もうすぐね……」 玉芳の後ろから声がすると

 「富士静花魁……」 


 「これで、お前が花魁か~ あの殴られたり、大変だった玉芳がね~」

 富士静がクスッと笑う。


 「ずっと富士静花魁に憧れて頑張ってきました。 一緒に引手茶屋まで歩きたいと思っていたんです……」 玉芳が照れながら話すと、


 「そうだったのね……残念だな~」

 「えっ? どういうことですか?」


 「私、身請けされるのよ……」 富士静の言葉に、玉芳の目の前が真っ白になってしまった。


 「えと……それは」

 「お武家様のめかけなんだ……それでもいいかな~って」 富士静は薄らと笑みを出す。



 「そうですか……」 玉芳は寂しい気持ちになる。 (妾か……それでもいいんだ……)


 「じゃ、近いうちに会いましょ」 富士静は去っていった。


 普通の結婚なら花魁道中で華やかに行うのだが、妾であれば ひっそりと吉原を去らねばならない。 憧れた花魁の最後を飾れないことに寂しい気持ちになっていた。



 そこに一人の男性が声を掛ける。

 「玉芳」 そこには瓦版の文字を教えてくれた男性がいた。


 男性は佃煮屋で働いている。 煮たものが冷めるのを待つ時間に吉原で散歩をしていた。


 「最近、見なかったね……」 玉芳が微笑む。

 「ちょっと忙しくてな~」 男性が照れくさそうにしていると



 「今度、場所が変わるの……」 玉芳が工事の物件を指さす。

 「まさか……?」 男性は驚く。



 「しっかり貯金できてる? 私が花魁になったら払えないかもよ?」

 玉芳は、五年以上経っても約束を覚えていた。



 「頑張っているけど、そんなに高くなっちゃうとね~」 男性は苦笑いをする。


 「でも、貴方に救われた事は忘れない。 そういえば、名前を聞いてなかったわ」


 「あぁ、俺かい? 大江おおえ 辰二郎たつじろうって言うんだ」


 「大江様……待ってるから」 玉芳が小さく言うと、

 「おう、一番に行くよ!」 そう言って、大江は仕事に戻っていった。



  ●


「あのさ……まさか、その佃煮屋の人って……?」 恐る恐る鳳仙が聞くと

「あぁ、ウチの人よ♪」 玉芳はニコッと答える。


「そんな馴染みの人だったの?」

「そうよ。 最初に会ったのは十歳くらいだったかしら……」


「そんな男性が身請けしてくれるなんてね~♪」 鳳仙が嬉しそうに話す。



 ●


 玉芳は、花魁になるために禿の二人に作法を教えていく。 これは玉芳の経験からの教えばかりである。


 「……」 しかし、困ったことがある。 勝来である。

 真面目に吸収していく菖蒲に比べ、勝来は表情が乏しい。 何を考えているのか、教えを吸収しているのが分からなかった。



 「勝来、聞いてるのかい?」 玉芳の問いかけには反応して、言われたことは正確に答えられるのだが無反応の表情に近い。


 (綺麗なんだけど、能面みたいだな……)


 そんなある日、采が江戸町に向かい工事の状況を見に言っていた時に大門を見ると四郎兵衛会所の者が困った顔をしている。


 「どうしたんだい?」 采が会所の者に話しかけると、

 「まいったな~ 大門の前に捨ててあったんだよ~」 会所の者は、大門の横に捨ててある赤子を指さす。


 「おやおや……可哀想に……間引きかね?」 采は一歩、大門の外に足を出す。


 間引きとは、裕福では無い家庭が子供を多く作ってしまい、面倒を見きれずに捨ててしまうこと。 



 「ちょっと、出てはダメ……って言っても妓女じゃないしな……」


 「当たり前だ。 それに、赤子を助けるのに馬鹿なことを言ってるんじゃないよ」 采は当然のことを言っているだけである。


 「よしよし…… お前、捨てられちまったか~ ウチに来るかい?」 采が赤子を抱くと、


 「三原屋さんで育てるのかい?」 会所の者が聞く。

 「仕方ないだろ。 じゃ、アンタが育てるかい?」 采が凄むと、

 「い、いや~」 笑って誤魔化すしかなかった。



 「よしよし……じゃ、行こうかね~♪」 采は赤子を抱いていく。 仲の町には大きな桜の木と 梅の木がある。 それを赤子に見せながら歩いて行く。



 「もう春で良かった……梅の花が咲いているよ~」 采は優しい目で赤子に話しかけていた。



 そして三原屋に戻ると、

 「大変―」 妓女が騒ぎ出す。 赤子を抱いた采に、妓楼の中はパニックになっていた。



 そこに玉芳がやってくる。

 「お婆……いつの間に産んだの?」 玉芳の言葉に、全員が沈黙になる。



  “ポカンッ ” 采が玉芳の頭を叩く。

 「私が、この歳で産める訳ないだろーがっ! 大門の前に捨ててあったんだよ」


 采が説明すると、妓女たちは赤子を囲んだ。

 「可愛いね~♪」 いくら妓女と言っても、若い女の子たちである。 いつかは結婚を夢見ることもあるだろう。


 采は服を直しながら身体をチェックすると、 「おや、女の子だね。 将来は妓女になれるな」 采はニヤッとする。



 「そうだ、名前はどうするの?」 妓女が聞くと、

 「名前か…… そうだ! さっき梅の花が咲いていたから、『梅乃うめの』なんてどうだい?」 采が名付けると、全員から納得されていた。


 「よし、今日から梅乃だな」 そう言って、三原屋には新たな妓女候補が誕生した。



 それから数日後、「三原屋さん……まただよ……」 会所の者が、また采を呼び止める。


 「なんだい? また捨て子かい?」 


 幕末、幕府の弱体化により経済状況は悪化。 民の多くは飢饉となっている者も多かった。 それにより地方から働きに出たものが江戸に集中し、人ばかりが溢れかえっていく。


 また、地方から出てくる若者は次男から下ばかりである。 長男は家業を継ぐ為に家に残り、次男からが江戸で働くというものだ。


 すると、江戸の街は男性社会となっていた。 当時の比率では女性の倍で、男性が多い社会となっていたのである。



 今回、会所から渡された赤子も女の子だった。

 「男だったら断ろうと思ってたけど、女の子だからウチで引き取るけど……もう要らないからね」 采は会所の者に釘を刺し、赤子を連れて帰ってきた。



 すると、 「また~?」 妓楼では大騒ぎになっていく。


 「まぁ、女の子だしな。 可哀想だったからね~」 采はニコニコしていた。


 それから、次に拾った赤子は『小夜さよ』と名付けられた。



 それから三原屋は活気が出てくる。 妓女たちは交代で赤子を抱き、面倒をみていった。



 数日後、赤子が泣き止まないでいると

 「困ったね……お腹が空いているのかね……」 ここには母親になった者がいなかった。


 そこに、一人の妓女が手をあげる。

 「どうした?」 采が聞くと、

 「お乳……あげれます」 妓女が申し訳なさそうに話す。


 妓女は妊娠していた。 吉原で怖いのが病気と妊娠である。 この妓女は妊娠を隠して働いていたのである。


 「お前……」 「すみません、お婆……」


 「仕方ない。 こんな商売だ」 そう言って、二人の赤子の乳をあげていくのである。


 本来、妊娠した妓女は隔離されて働けない日々を借金として残す。 そして出産して女の子なら妓女に、男の子なら若い衆か男の子供が出来なかった家に売るのが当たり前となっていた。


 この妓女は二人の赤子に乳をあげる期間の借金は免除とされた。 なんとも懐の深い采である。



 玉芳が江戸町を見ると、大見世の完成まで少しとなっていた。


 ここで采が妓女に発表をする。

 「まだ、お前たちに話してないことがある……」 


 すると、妓女たちがザワザワし始める。


 「もうすぐ完成するが、三原屋は大見世になる」

 この言葉に妓女たちの歓声があがる。


 これを聞いて、気を吐く者も出てくる。 春日である。 最初の花魁を狙うべく、今まで以上に気合いが入っていた。



 大見世となれば、揚げ代が上がる。 揚げ代とは、妓女が付く基本料金である。

 この金額が上がれば年季も早くに払えることになるのだ。 多くの妓女は年季が明けるのを心待ちにしているのである。



 昼見世の時間、春日のアピールが凄かった。 昼から客を取り、稼ぎを優先させていく。



 「お前、そろそろ妓女になっておくかい?」 采が玉芳に聞くと


 「そうですね。 やっとです」 玉芳がニヤッとする。


 (やってやる……)

 玉芳は赤子を抱き、気合いが入れていくのであった。



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