第十二話 妹
第十二話 妹
「よろしくお願いいたしんす……」 三原屋に新しい禿が入ってきた。
玉芳が頭を下げる。 初めて自分より年下の禿が出来たことによりオドオドしていると
「この娘は芸子屋から買ったんだよ。 なんでも、お前に憧れて来たみたいだから面倒をみてやんな」
采が言うと、そのまま奥に行ってしまい
「ちょっと―」 玉芳が呼び止めても、無視して行ってしまった。
そこに新しい禿が頭を下げる。
「菖蒲と言います。 よろしくお願いいたします。 玉芳姐さん……」
この言葉に玉芳の全身が痺れた。
(なんて言葉……)
「も、もう一回、呼んでみて……」 少し馬鹿になった玉芳である。
「しかし、なんで私に? 綺麗な人は沢山いるじゃない?」
玉芳には理解できなかった。 花魁や妓女なら納得だが、まだ水揚げもしてない見習いに憧れることが不思議だった。
「玉芳姐さんは、いつ座敷に出るのですか?」 菖蒲が聞くと、
「わかんないのよ……準備はしているのだけど……」
こうして玉芳の禿生活は一区切りが出来た。 菖蒲は基礎から習い、掃除や妓女の世話などを積極的におこなっていた。
「菖蒲~ ちょっとおいで」 妓女が菖蒲を呼ぶ。
(うわ~っ、何かされるんじゃ……) 玉芳が心配そうに見つめると、
「はい。 姐さん、やっておきます」 菖蒲は無難にこなしていく。
「ははは…… 菖蒲は真面目だからな。 お前みたいに初日から逃げ出すことは無いだろ」 采は笑っていた。
「あははは……」 玉芳は顔を引きつらせ、
「ところでお婆……私は引込禿でいいの?」 唐突に言い出す。
「なんでだい?」 采は驚く。 直接、玉芳に言っていた訳ではないのに作戦を知っていたからだ。
「先に言っておくね。 これを教えてくれたのは定彦さん。 きっとお婆には作戦があるんだ……だから気を抜かずに準備をしておきなさい……って」
「あいつ……」 采が言葉を漏らす。
「私は、いつでもいけるわ。 ずっと三原屋にいるから」
玉芳の言葉は、親孝行なんて言葉じゃ足りないくらいの愛情を発していた。
「まだ、座敷にも出てないクセに涙を誘うんじゃないよ」
采はそそくさと奥に行ってしまった。
それから玉芳の仕事が決まり、采が伝えると
「はい?」 玉芳はポカンとする。
時間を戻すこと五分前、
「玉芳、お前に仕事を与える。 コレを着て仲の町を歩き、少ししたら三原屋に戻る。 これを毎日十回やれ!」
こういう仕事だった。
現代でもラッピングされたトレーラーが街を巡回していることがある。
大きな音を出し、注目を浴びる。 そして客や求人などを紹介していくものだ。
時代は江戸後期、采は宣伝用に玉芳を指名したのである。
「はい?」 当然ながら、見たことも、やったこともない玉芳には当然の返事だった。
「菖蒲、玉芳の衣装を手伝ってやんな!」
着替え始めて十分、玉芳は綺麗な衣装に着替えた。
土台が良い為、薄めの化粧をする。 目尻が下がっているので桃色のシャドウで上がって見えるようにすると
「よしっ! 行ってきな!」
玉芳は菖蒲と仲の町を歩く。 雰囲気で言えば禿を連れて歩く花魁のようである。
仲の町を歩いて数分、早速噂話が聞こえてくる。
「あれ、どこの花魁だ? 綺麗だな……」
「早速、きてますね。 姐さん……」 菖蒲が玉芳に耳打ちをすると、
“プルプル……” 玉芳は身悶えた。
「どうしたんです?」 菖蒲はキョトンとする。
着慣れない服。 耳慣れない声に玉芳は、押し寄せる快感に必死に耐えていた。
「ふぅ……じゃ、戻ろう」 玉芳は落ち着き、三原屋に戻っていく。
十回の宣伝が終わり、玉芳は疲れ果てていた。
「どうだったい?」 采はニヤニヤしている。
「なんか視線が痛いです……」
「これからは、もっと注目を浴びてくるんだよ」
後に、采の戦略は大当たりする。
昼見世の時間から三原屋には男たちが並んでいた。 張り部屋を覗き、品定めをしている。
お目当ては当然、玉芳である。 必死に探す男たちには悪いが、張り部屋に玉芳はいなかった。
それでも「いつかは玉芳に……」 と、言うようなことを思い、妓女を指名していく。
後に昭和でも、車のコマーシャルで「いつかはクラ○ン」というようなキャッチフレーズが生まれたくらいだ。
『男たちの夢』という希望を持たせた三原屋の宣伝は効果的であった。
(本当に凄い……) 菖蒲は、ますます玉芳に憧れていった。
三原屋は玉芳の宣伝効果で売上があがる。 玉芳の度胸と、菖蒲の繊細なカバーで勢いが増していく。
仲の町を歩き、表情を崩さない姿は花魁のようである。
(凄いよ、玉芳……) 遠目から見ている定彦は、妹を見るようであった。
「なかなか玉芳も良くなった。 礼を言うよ定彦……」
陰から見ていた定彦を見つけ、采が話しかける。
「いえ、とんでもない……これは采さんの采配です」 定彦が微笑む。
「上手いこと言うね~ 今度は私が客で、お前を指名してやろうかね~」
笑いながら話す采に、
「ま またご冗談を……」 定吉の額から汗が流れる。
連日の満員。 三原屋は大見世に届く勢いを持っていく。
それからも姉妹のように動く玉芳と菖蒲は宣伝部隊で頑張っていく。 すると妓女からも
「玉芳、菖蒲~ よくやってる~♪」 妓女も感謝するようになっていた。
しかし、そんな良いことばかりではなかった。
(なんなのよ……もし、玉芳が妓女になったら私は落ちるの?)
春日である。 小見世から成り上がってきた春日は、危機感を持っていた。
夜、この日の菖蒲は春日に付いた。 引手茶屋に向かい、春日が客と話している時間は廊下で待っている。 これは逢瀬の邪魔をしないようにである。
菖蒲は外を眺め、時間を潰していると芸子の二人がやってくる。
「朝陽姐さん、夕陽姐さん……」 菖蒲が頭を下げると
「お前、三原屋の禿になったんだって? いつまでもつやら……」 朝陽が鼻で笑うように行ってしまった。
朝陽と夕陽は芸子である。 双子の姉妹で三味線や和歌などに秀でていて、菖蒲が芸子に売られた時からの指導をしていた。
それを菖蒲が玉芳を気に入り、二人の期待を裏切るかのように三原屋に行ったのだ。 これには二人も怒っていたという。
玉芳は夜見世の時間は仕事がない。 まだ客に顔見せすらしていない、完全な客寄せ係である。
これには采の戦略があった。 玉芳は歩くだけ。 男たちとは口もきかない、色目も使わないのだ。 どうしても話したければ見世に行くが、玉芳は接客をしない。 謎の妓女ということで値段はつり上がっていくのだ。
早くに妓女となって稼ぐか、値段をつり上げてから稼ぐかの戦略であるが、大体は早くに稼ぐようになっている。
つまり、引込禿とは見世が自由に操作できる隠し球である。
『チラッ』 玉芳が引手茶屋を見ると、菖蒲を見つける。 笑顔で手を振ると真顔に戻り、仲の町を歩く。
男たちには『笑顔が欲しけりゃ、見世に来い!』 と、言わんばかりの仕草だった。
このスタイルを続けて半年、三原屋は中見世ではトップクラスの妓楼へとなっていく。
妓女も稼ぎ、少し年季明けが早まったようだ。
「おーい、玉芳……ちょっといいかい?」 文衛門が声を掛ける。
「はい。 父様、どうかされましたか?」
「ちょっと、一緒に行こう」 文衛門は、玉芳と采を連れて江戸町を歩く。
「ここなんてどうだい?」 文衛門が聞くと
「まさか……?」 玉芳の目が大きく開く。
「その、まさかだ……お前は、本当に頑張ってくれたな。 本当なら早くに妓女になって年季分を稼がないといけないのに、よく耐えてくれた」
文衛門の言葉に涙が溢れてくる。
「もうすぐだよ……」 采が小さい声で言うと、玉芳は手で顔を仰ぐ。
年季より、金の扇子が欲しかったようだ。
「ぐっ……」 采は言葉に詰まった。
文衛門と采は大見世を夢見て頑張ってきていた。 それは全ての妓楼主の夢でもあったのだ。
「まだ、見世の者には内緒な」 そう約束をし、過ごしていくのであった。
数日後、采は大見世になる為に動きだす。
「新しい禿だ。 よろしく頼むな」 采は武家の娘を禿として招いた。
女衒からの紹介で、金は高いが話題になると踏んで買った娘である。
(この娘、綺麗な顔立ちしている。 勝てるな……) 玉芳は思っていた。
「お婆、菖蒲同様 この子も私が面倒をみます」 なんと玉芳が立候補した。
「そうかい? あまりにも大変だったら春日に任せてもいいんだよ」 采が言うと、玉芳の目は輝いていた。
(随分と気合い入って……)
それから新しい禿の名を、勝来と名付ける。 これは玉芳が付けた名前だ。
「お前は、勝てるよ。 それを呼び込む為の名前だよ」 玉芳が微笑む。
「い~な~ 私も玉芳姐さんに名前を付けて欲しい……」 菖蒲はヤキモチを妬いていると
「お前は芸子の時から菖蒲なんだから、そのままでいいわよ」
こうして二人の禿を育てることになった。
数日後、
「そろそろ座敷に出てみるか?」 采の言葉に
「うひょーーっ!」 玉芳は飛び跳ねて喜んでいた。
(そんなに出たかったのかい? 普通なら嫌がるか緊張するのに……)
喜ぶ玉芳を見て、采は苦笑いをするしかなかった。
これには禿の二人も驚いている。
「菖蒲姐さん、これは……?」
「勝来、玉芳姐さんは少し変わっているというか……」 菖蒲も困っている。
(ここは慎重にいくか……)
夜見世、妓女の宴席に采が入ってくる。
「失礼するよ~」 采は客の前でも堂々としている。
「おや、どうしたい? お婆……」 客がキョトンとしていると
「今日の初出しだよ。 手を出すんじゃないよ!」 采は客に釘を刺すと、玉芳が宴席に入ってくる。 少し恥ずかしそうにしていると
「おおぉ……」 客から歓声が上がる。
玉芳が一回の酌をすると、客は満足そうだ。
徐々に宴席に慣れさせ、価値を高めていく作戦だ。
こうしてお披露目を終えた玉芳は、熟睡するのであった。




