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第十一話 采の悩み

 第十一話    采の悩み



 それから月日は経ち、玉芳は十六歳になろうとしていた。

 大量に妓女を買い取り、三原屋は中見世の中ではトップクラスになってきていた。


 些細な妓女同士のイザコザもあったが、すぐに采や千扇が入り穏やかな日々が過ぎていった。


 一八五九年(安政あんせい六年)



 ここで頭角を現したのは春日である。 春日は二十四歳。 余裕と貫禄が備わってきていた。


 ただ、千扇が年季を明ける年になっていた。 無駄遣いもせず、三原屋だけで頑張った千扇には穏やかな日々を過ごしてもらう予定だったが


 「お婆…… 私、大見世になるまで見ていいかしら……?」 千扇から采に相談が出た。


 それは采にとっても嬉しい話だが、問題は客が取れるかだ。

 住んでいて妓楼にいれば金が掛かる。 また借金が出たら……と心配をしていた。



 「どうしてだい? 年季が明けるんだから外に出ていいんだよ?」

 采がキセルを吸いながら話すと、


 「実は……」


 「えーーっ!?」 采はポトリとキセルの灰を落とす。


 千扇は、千堂屋の主人と婚姻を結ぼうとしていた。

 「お前、いつから……」 衝撃すぎる内容に、采の手は震えていた。


 「それと……子が出来たみたいで……」 

 ダブルの衝撃に、采の気が遠くなる。


 「お前たち、いつの間に……」



 その後、采は文衛門に詳細を話す。


 「なんだって~?」 采と同じ反応だった。

 これには千扇も苦笑いしか出来なくなっていて



 「しゅ しゅ 祝宴だよ!」 もはや自分の事のようになっている文衛門だった。


 夜、千堂屋の主人が三原屋にやってくると、

 「三原さん、大事な妓女を済まない……」 頭を下げていた。


 「たまたま年季が明ける頃だったから……しかし、まだだったら身請けするつもりだったのかい?」 采が聞くと、


 「もちろん……吉原で商売しているんだ、当たり前だよ。 それで、いくらだい?」

 千堂屋の主人は息を飲む。


 「一両」 文衛門が言う。

 「一両?」 千堂屋の主人はポカンとする。



 安政の終わり、貨幣価値は下がっていた。 現在で言えば七千円ほどだ。



 「ただし、祝宴は三原屋ウチであげてもらう。 それも盛大にだ! 大事に育てた娘だから、必ずやってくれ。 それと、娘を泣かせたら全力で千堂屋を壊してやるからな!」 文衛門が言うと、ニヤッとする。



 「文衛門さん……」 千堂屋の主人は泣きながら頭を下げた。


 「とと様……」 襖の外で千扇も泣いていた。

 客が酔っ払い、寝てしまった隙に千扇は文衛門の部屋の前に来ていたのだ。



 玉芳が、そっと千扇の背中をさする。

 「おめでとうございます……」 玉芳も涙を流し、千扇に寄り添った。



 この話は、瞬く間に噂となる。


 『トップ妓女を一両で売った三原屋』の噂が派手に広まったのだ。


 これにより三原屋の株が上がり、連日の賑わいをみせるようになった。


 そして、結婚の儀。


 「父様、母様……お世話になりんした。 千扇はここを離れ、幸せになりんす……」 涙を流し挨拶をする。



 (でも、すぐそこなのよね……吉原の中だし……)

 少し、冷ややかな玉芳であった。



 千扇は白い着物を着て外に出る。

 そこには見物人が多く、歓声があがった。


 妓女は吉原を出ることに憧れる。 吉原を出るには方法が二つしかない。


 身請けされること、それと 死ぬことである。

 結果として千扇は吉原から出ることはないが、年季などの縛りはなくなった。



 かごの中の鳥ではなくなったのだ。


 「おめでとう。 千扇姐さん……」 玉芳は姉のように慕い、優しくしてくれた千扇を涙目で見送った。



   ●


 「その千扇さんは千堂屋にいた訳?」 鳳仙が聞く。 鳳仙は千扇を知らなかった。


 「しばらく吉原に居たのだけど、子供を産んで少ししたら亡くなったのよ」

 玉芳が話す。 結婚してからも千扇とは交流があった。 しかし病気がちになってから会うのも少なくなったのだ。


 「そうなんだね~ そのお子さんは?」 鳳仙は何も知らずに過ごしていたようだ。


 「お子さんって……何度も会ってるでしょうが!」 玉芳が声を荒げる。


 「えっ? もしかして……」

 「そうよ。 野菊さんよ」 玉芳が言うと、鳳仙が納得する。


 千堂屋では、千扇が亡くなった後は娘の野菊と働いていた。 しかし、その野菊を父親が頼みこんで三原屋に入れたのだが、梅乃が説得して帰したことがあった。



「いい人なんだけど、ちょっと抜けているのよね~」 玉芳は笑って話す。



   ●


 千扇が去り、トップには春日がなった。

 しかし、十六歳になる玉芳は妓女どころか新造にもなれずにいた。


 「ね~ お婆……私はいつになったら……」 玉芳が采に訊くと、

 「まだ水揚げもしてないだろ? まだだ」


 【水揚げ】 遊女として働きだすにあたり、初体験のことを水揚げと言う。

 いずれは経験しなければならない。


 未婚で経験が無い場合は、いきなり客と経験するより手慣れた者に経験する方が良いのだ。


 下手な扱いをされて、妓女がトラウマになってしまうと仕事にならないからである。


 見世は、この水揚げの仕事人をやとっている。



 「お前、どうする?」 采が聞くと、

 「お婆に任せます」 玉芳は外に出て行った。


 「水揚げね~」 玉芳は悩んでいた。


 しかし、未知なることを考えても仕方ないので

 「定彦さんに聞いてみよう!」 玉芳は河岸見世に向かう。



 ここで玉芳が何故に男に聞くかは誰にも理解できなかった。



 「定彦さん~」 玉芳が陰間の戸を開ける。


 「おや、玉芳……どうしたの?」 

 定彦は二十歳となり、綺麗な盛りであった。



 「あのさ……水揚げの事なんだけどさ……」 玉芳はモジモジしていると

 「なんだか難しい話をもってきたね~ 一応、私も男なんだけど……」


 正直、定彦は困惑している。



 「私、十六歳なのに新造にもなれなくて……」 落ち込む玉芳を見て、定彦が驚く。


 「まだ? まさか、三原屋さん……」 


 「んっ? 何かあるの?」 玉芳が目を丸くすると、

 「いい、玉芳……これからの為に秘術を教えるよ」 定彦はニヤッとする。



 それから玉芳は、女形おやまの稽古のように練習をする。 定彦の稽古は厳しく、それでも玉芳は食らいついていった。



 その後、玉芳は花魁のような仕草を手に入れた。

 歩き方や仕草など、あらゆる要素を押し込んだ姿に変えていったのだ。



 定彦は、自信たっぷりの顔で采に話す。

 「一応、私ながらのやり方ですが仕込んでおきました」


 「悪かったね~ 恩に着るよ」 采は定彦に金を払った。

 「いいんですか?」 定彦は驚いている。


 どう見ても百両ほどの金がある。 勝手にやった事なのに報酬があることに感謝しつつ、頭をさげた。



 そして玉芳が歩けば男が振り返る。 そこいらの妓女では勝てないほどであった。



 ある日、玉芳が千堂屋に入っていくと、男たちは目を奪われる。


 「どこ見てんのさ!」 客が玉芳を見ると、指名の妓女がヤキモチを妬く。

 こんなことが当然に起きている。



 「玉芳ちゃん、本当に綺麗になって……千扇にも見せてやりたかったよ」


 千扇は娘を産んですぐに亡くなってしまった。 妓女として育った者は早くにして死んでしまっている。


 千堂屋の主人は、幼い娘を抱きながら仕事をしていた。

 「おいで♪ 野菊」 玉芳は娘の野菊を抱き、妹のように可愛がっていた。


 それを一人の少女が見ていた。 益代である。

 遠目ながら玉芳を見つめ、憧れを持っていたのである。



 「ねぇ、お婆……私はいつ新造になれる?」


 「んっ……あぁ……」 采の誤魔化す日々が続く。 これには玉芳自身が存在意義を失い始めてしまう。


 (本当は私、要らない子……? 吉原でも実家でも要らなかったのかな……)



 ある日、春日が話しかける。

 「玉芳って十六歳よね? まだなの?」 こんな言葉が出てきた。 これは春日だけでなく、妓女たちも思うことであった。



 「分からないんです……お婆に言っても誤魔化されたり、はぐらかされたりするので……」 玉芳は不満を吐露するように話す。


 陰で采が聞いていた。

 (まだだ……玉芳を出すのは今じゃない) 采には作戦があったのだ。



 不満が溜まっている玉芳は、定彦のいる河岸見世に向かった。


 「定彦さ~ん」 玉芳が声を掛ける。

 「玉芳ちゃん……」 定彦は、少し寂しげな表情を浮かべている。



 玉芳は気晴らしの様に不満を定彦にぶつけるが、

 「玉芳ちゃん……采さんは玉芳ちゃんに賭けているんだよ……」


 「私に? なにを?」 玉芳は首を傾げる。



 「最近は貨幣価値が下がり、稼ぎが少ないのが現状さ。 どの見世も早くに妓女にして稼がせるんだけど、玉芳ちゃんには【引込ひっこみ禿かぶろ】をせているんだよ……」


 引込禿とは、新造出しをせず花魁の教育をさせる『見世の隠し玉』である。


 一般の妓女から花魁になっても、元を知っている客から見たら値打ちが知れ渡っている。


 一般の客では手が出せないからこそ、花魁の値打ちが出る。

 これは三原屋が赤字を我慢して、時を待った秘策なのであった。



 「私が……?」 玉芳は、驚きを隠せなかった。 采からは何も言われず、ただ『不要な子』だと思っていたからだ。



 「凄いよね! このご時世に引込禿なんて……」

 定彦は舞台子あがり。 役者の世界を知っているだけに、博打を打った采の凄さに驚いている。


 「まぁ、采さんから直接聞いた訳じゃないから……だけど、常に用意しておくんだよ」 定彦が笑顔を見せると


 「でも、いつくるか分からないのに用意と言われても……」



 「あのね、玉芳ちゃん……練習や稽古は、舞台が決まってからじゃ遅いんだよ! いつ来るか分からないから、常日頃から稽古をしておくんだ。 そうすれば、いつ来ても完璧に力を出せるから」


 定彦自身も、舞台の為に男に抱かれて女という役を磨いてきていた。 だからこそ言える言葉だった。



 玉芳は頷き、自分磨きに精を出していく。 



 その頃、三原屋に動きが出てくる。

 「よろしくお願いいたしんす……」 ある少女の声が聞こえてくる。


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