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第十話 あの娘

 第十話    あの



 玉芳が吉原の実情を知ってきた十一歳。 午後になれば散歩をしたり、稽古を始めていた。


 「今日は稽古もないし、ゆっくり定彦さんと……」

 玉芳は、やっと出来た友達の定彦に懐いていた。



 「ごめんください……」 玉芳が小さい声で陰間茶屋の戸を開けると、


 「う……うん……」 営み中であった。



 そっと戸を閉め、足早に去って行く玉芳。

 (あんな声だったんだ……) 少し恥ずかしさを知ってしまった。


 ブラブラしていると 「あった♪」 颯爽と紙を拾う。

 物を無駄にしない江戸時代、何にでもリサイクルが当たり前であった。



「あっ! あの人……」 誰かに気づき、玉芳は三原屋に走っていく。



 戻ってくると、 「橘さーん、金物屋がいましたよー」と、声を掛ける。


 「ありがとう、玉芳。 これ、お願いな」 橘は玉芳に壊れた鍋や土瓶を渡す。


 「いってきます」 玉芳は金物屋に持っていき、修理を頼んでいた。



 「よく働く子だね~」 橘は、玉芳の頑張りをよく観ていた。



 金物屋に修理品を出した玉芳が

 「おじさん……お願いします」 と、言うと

 「はいよ。 お嬢ちゃんは綺麗な顔しているし、きっと売れる妓女になれるよ」


 金物屋の人は、金平糖を小さな紙に包んで玉芳に手渡す。

 「少しだけど、食べな」 


 小さな優しさに触れた玉芳はご機嫌になっていく。



 その足で散歩を続けると、小さな少女の姿があった。

 その少女は泣いていた。 まだ玉芳よりも幼く、吉原に来たばかりのようにも見えた。



 「どうしたの?」 玉芳が声を掛けると


 「え~ん え~ん……」 少女は泣いたままであった。


 この状況を見ると、『犬のおまわりさん』を思い出してしまう光景である。



 玉芳は、しゃがみ込み少女に視線を合わせる。

 「大丈夫? どうしたの?」


 「知らない所さ来て……お家に帰りたいだ……」

 玉芳の言葉に、なまりを持った少女が理由を話す。


 (随分、田舎から連れてこられたのね……私も田舎だったけど……)


 吉原では専門のくるわ言葉ことばがある。 これは地方から売られた少女たちに訛りがあって、隠す為に出来た言葉と言われている。



 「そっか……でも、吉原に来たら出て行くことは出来ないわよ。 それより名前は?」 玉芳が優しい口調で聞くと、


 「益代ますよ……本当はさだなのに……」 



 「みんな名前が変わるのね……私は玉芳。 本当は つるよ」

 そんな自己紹介をしながら、益代は泣くのが治まってきた。



 「よし! 泣き止んだから、ご褒美をあげよう♪」 玉芳は、金物屋から貰った金平糖を益代に分けてあげると、


 「美味しい~ お姉ちゃん、いいお菓子さ持ってるんだな~」

 益代のご機嫌は治ったようだ。



 益代は、後に鳳仙楼の花魁となる。 最後は二代目、鳳仙と名乗るようになった。


 これが玉芳と鳳仙の出会いなのである。



 それからも仲の町を歩くと、益代を遠目で見かける。 益代は先輩の禿に連れられて買い物をしていた。



 (どこも禿が多いんだな……) 

 玉芳が見かける禿のほとんどが大見世だ。


 小見世は禿を扱っていない。 そんな余裕がないからだ。 買う金もなく、妓女は安い。 見世の儲けなどないのだ。



 三原屋も小見世からスタートしている。 文衛門と采は貯金をし、少ない妓女を上手に扱っていた。


 経営の才覚があったのだろう。 普通なら小見世から這い上がれる見世は少ない。 そのまま小見世を続けるか廃業となっている。


 そこから吉原を出られずに残った者が河岸見世を始める程度であった。



 少数精鋭……聞こえはいいが、実際には大見世に辿り着くのは厳しい現実だった。


 「ただいま戻りました……」 玉芳が静かに三原屋に戻ってくると


 「どこ行ってたんだい? やること多いよ。 早くしな!」

 采はバタバタしていた。


 「お婆、どうしました?」 玉芳が妓女に聞くと、

 「これから、妓女が三原屋で働きたくなるような見世にするんだって」

 妓女が説明すると、玉芳は目をパチパチさせる。



 (何があったのよ……?)


 采も外に出た時に、禿の多い見世が目に入ったようだ。 この先に大見世を目指すのであれば、若い力が欲しくなるものだ。


 三原屋では、エースの千扇が二十三歳。 これからの歳ではあるが、妓女の平均寿命は二十三歳と言われている。 それに如月も十八歳で命を落としている。


 見世に余裕などなかった。



 采は妓楼の中を気にし始める。 仲の良い妓女と悪い妓女などのチェックをしていく。


 「玉芳、ちょっとおいで」 采が呼びつける。

 「なんでしょうか?」


 「お前を一番 叩いたりするヤツは誰だい?」 采が聞くと、玉芳は固まったように前を向いている。



 「……?? なんだい? 言いにくいかい? もちろん、誰にも言わないよ」


 采が改めて聞くが、玉芳は正面を向いたままだ。



 「……」 お互いの間に沈黙が流れる。


 「ハッ― まさか、お前……」 采が何かに気づくと、玉芳はニヤッとする。



  “バコンッ―”

 当然ながら玉芳は頭を叩かれた。


 そう、玉芳が正面を向いていたのは、采が一番叩いていたからである。



 「言い直そう……」 采は咳払いをして、妓女の中で……を入れ直した。



 「う~ん……」 玉芳は静かに考えている。


 (夜になりそうだな……) 采は諦めてしまった。



 光代が三原屋を去ってから、あまり玉芳は叩かれなくなっていた。 それで答えにくかったようだ。



 そこから三原屋の噂が広まる。

 「あそこの雰囲気は良いみたいよ~」 そんな声が聞こえるようになっていた。



 井戸で洗濯をしている玉芳に、「ねぇ、アンタ三原屋だろ? 環境はいいの?」 と、聞いてくる妓女もいた。


 「まぁ、悪くないですね……」 玉芳が答えると、

 「私なんか、毎日 叩かれてさ~」 と、ボヤく妓女まで出てきた。


 (そう言うけど、姐さんは叩いてないですか?) なんて思いながらも、口には出せずにいた。



 そして采の『イメージアップ作戦』が功を奏する。


 ある妓女が三原屋にやってくる。

 「すみません……ここで雇ってもらえませんか?」


 これは同じ中見世の妓女であった。


 「ちょっと待ってな」 采は、妓女の見世に行き、交渉をする。


 「よし、成立だ」 采は満足そうに戻ってくる。


 「今日からウチで働きな! ただ、借金は自分で返すんだよ」

 念を押すと、妓女は笑顔になっていく。



 (売られた身だってのに、いい顔するじゃないか……)



 その後、三原屋は三人の妓女を引き取った。

 中には小見世の妓女も入っていて、これが三原屋の進化の立役者になっていく。



 「春日姐さん……」 半年後、小見世から引き取った妓女は中級妓女となる。

 玉芳とも相性が良く、春日は千扇と三人で笑い合っているほどだ。



 (このままいけば……)


 春日は十九歳。 しっかり千扇の後釜の候補となっていく。



 “ギリッ―” 陰で見ていた小見世の主人が、嫌な顔をして三原屋を見ていた。


 春日を売った見世の主人である。



 ある日、春日は玉芳と買い物に出ていた。

 「玉芳、少しだけど給金が出たから団子でも食べよう♪」

 「やったー」 玉芳は、春日の言葉に飛び跳ねて喜んでいると



 そこに小見世の主人が現れる。

 「春日……随分と売れっ子になったじゃないか。 もう帰っておいで」


 主人は、春日の腕を掴むと、

 「嫌です― 私の事は、三原屋が買い取ったじゃないですか」

 春日は泣きながら抵抗している。



 周囲がザワザワと春日たちを見る。 それでも小見世の主人は

 「お前が嫌がるなら、この禿と交換だ!」 主人は玉芳を指さした。



 「なんで玉芳を……」 春日は唖然とする。


 「どっちにする? お前が戻るか、この禿をよこすかだ」 主人が凄む。


 これは大人同士で交渉したものだ。 一介の妓女が選べるはずがなかった。



 春日は震え、困っていると玉芳が一歩前に出て

 「おじさん……私、花魁になりたいのです。 おじさんが大見世になったら良いですよ。 でも、三原屋の方が先に大見世になったら私は花魁になっちゃうけど……どうします?」



 玉芳は、子供ながらに大人に立ち向かった。


 すると、主人は

 「見てろよ……約束だからな」 そう言って去っていく。


 「玉芳……」 春日は玉芳を抱きしめた。



 多くの野次馬の中、玉芳は喝采を浴びていた。

 そこには、益代も見ていた。


 「かっこいいな……」

 ●


 「あの時を思い出すと、今でも痺れるわよ~」 鳳仙は、かなり昔の事だがウットリして話し出す。


 「まさか、あの時に鳳仙がいたなんてね~」 玉芳は照れくさそうにしている。



 「その後、その小見世はどうなったの?」

 「もちろん潰れたわよ」 玉芳は笑ってしまう。



 「それから三原屋が一気に伸びたんだよね~」


 そんな二人の思い出話しは続いていくのであった。



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