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第7.5話 閑話 【呪い ✕ 私 ✕ 龍】




これは、ロリエッタと幼いアルテナが、ぺルムの森に暮らしだして、まだ間もない頃だった―――。




「大きな傷!!どうしたの?先生!背中のその傷」


アルテナは、湯船にちゃぷんと浸かりながらロリエッタにそう尋ねた。


「ん?あぁ、これか?」


ロリエッタは、体を洗い終えると目線を自分の背中へとやった。


「―――これは、大昔、龍との戦いの時に刻まれた傷じゃ」

「りゅ、龍!?え~っ!!龍って本当にいるの?」


勿論(むろん)じゃ。じゃが、この話をしても、今となっては信じる奴など、もうおらんじゃろうがな」

「あれ?でもなんか、あんまり古い傷には見えないけど」


「そりゃ、その通りじゃ!今朝、付いた傷じゃからな」

「今朝!どういう事?!」


「そうよのぉ……どこから話そうか、バカ弟子よ。呪いは知っておるか?」

「呪い?」


アルテナは、首を(かし)げてから、横に振った。


「ならば、龍との戦いから話そう」


そう言って、ロリエッタは、龍と戦った時の事を話し始めた―――。




大昔、すでに魔族と人族とが種族間で全面戦争になっていた時代に、ロリエッタは名も無い平民の子として、この世に生を受けた。


ロリエッタは、若干13才でありながら、他に類を見ないほどの魔法の使い手で、当時知られていた全ての属性を扱え、発動スピード、威力、魔力量、種類、どれひとつをとっても彼女の右に出る者はいない。


その噂は、瞬く間に魔王の耳に届き、平民の子供にもかかわらず、王のひと声で近衛師団に抜擢されたのだ。


ロリエッタもまた年齢に似つかわしくないほど聡明かつ明敏(めいびん)であり、その期待を裏切らず、当時、戦の常識である数と戦術を、ロリエッタが根底から(くつがえ)す活躍を次々とみせる。


そして、わずか一年足らずで『魔法の申し子』『魔法に愛された少女』『完成された魔女』など、彼女を(たた)える言葉やふたつ名は、既に数え切れないほどであった。


そんな中、ある地で起きる奇妙な噂が王都にいる魔王の耳に届く。


それは、森の奥にそびえ立つ山の(ふもと)から、得体の知れない獣の咆哮(ほうこう)が時折、聞こえてくるというものだった。


だが、その時は、決まって森に住む魔獣が狂ったように暴れだし、森近くの村や町を襲ってくると、―――。




原因が分からないまま、魔獣の被害報告だけが、増える一方だった。


業を煮やした魔王は、強さに絶対的な信頼を置くロリエッタに、この一件の調査と解決を命じたのだ。


王の命により、約三千の兵士を引き連れ、騒動の森へと向かったロリエッタは、咆哮の報告があった山の麓近くに着き、調査を開始した。


しばらくして、森には珍しく広く開けた草原へと出ると、そこの辺り一帯には、何やら異様な雰囲気が漂っている。


ロリエッタ達は、警戒しつつ森を背に山の方へと進軍を続けていると、突如、上空から誰もが聞いたことのない大きな羽音がした。


皆、一様に薄暗くなり始めた空を見上げる。


すると―――、


ロリエッタ達の目に飛び込んできたものは、想像を超える大きな体に、爬虫類を思わせるような鱗と背には翼―――。




   それは、紛れもなく龍だった!!




龍は、地に舞い降りるなり、耳を塞ぎたくなるような大きな咆哮を上げた。


ロリエッタが率いていた三千もの兵達は、呆然と立ち尽くす者や恐れ(おのの)き逃げ出す者、悲鳴あげ泡を吹いて倒れる者など、一瞬で陣形は崩れた。


予期せぬ事態に、呆気にとられたロリエッタだったが、龍に膨大な魔力の流れを感じとり、大声で兵士たちに防御の体制をとるように指示した。


ロリエッタもまた、龍のいる方向に、二重、三重と魔法障壁を素早く張り、身をかがめた。


次の瞬間、物凄い地鳴りと爆音が、森に響き渡る―――。




しばらく経って静かになり、ロリエッタは障壁を解除して、静まり返る辺りを確認した。


すると、辺りは草木一本残っていない大地がむき出しになっていて、さっきまでそこにいたはずの三千もの兵士達も、その一瞬にして消え誰ひとり姿が見えない。


あの龍の一撃で残ったのは、彼女たったひとりだけだったのだ。


『ワタシの威嚇(いかく)にも動じることなく、一撃を耐えた?ほう、いいじゃないか!少し遊んでやろう』


龍の途轍(とてつ)もない存在感に圧倒され、ロリエッタは、身動きができないほどだった。


「くっ!何という威圧感!!それに、感じたことの無い恐怖。震えが……、震えが止まらない!か、格が違い過ぎる!!」


しかし、龍は、ロリエッタをジッと見据えたまま、尻尾をくねらせるだけで、何もしてこない。


「なぜ、攻撃してこない?!」


圧倒的な強者を前にしてもなお、ロリエッタは次の一手を考えていた。


だが、何もしていないのに、鼓動は早さを増し、息は肩でするほどになっている自分がいることに気づく。


不安と焦りから吹き出でる冷や汗。


彼女は、こめかみを伝う汗を、ゆっくりと袖で拭った。


雑魚(ざこ)だど思ってバカにしやがって!攻撃してこないのなら、出し惜しみなんてしている場合ではないな。詠唱に時間がかかるし魔力もゴッソリ持っていかれるけど、(おの)が最大火力でいくしかない!腹をくくれ!!ベルーデを直撃させることができたなら、まだ勝機はあるはず!!」


ロリエッタは、目を閉じ意識を集中して詠唱を始めた。


『ん?何をする気だ?、索敵、感知魔法の類か。障壁に土を重ねて、風…いや、これは補助だな。後は…、ふっ、全てを理解して使っているかは、はなはだ疑問だが全部で、7。ほぅ、七つ同時展開の魔法か―――、面白い』


横一文字に、杖を構えるロリエッタの周囲にドーム型の土壁とそれを覆うように魔法障壁が地面から現れ彼女を包み込み始める。


ロリエッタは、詠唱を終えると、目をカッと見開き、叫んだ!




「これで、どうだぁぁぁぁぁぁっ!!」




すると、龍の目の前に一点の(まばゆ)い光が出現したと思いきや、捉えきれないほどの速さで龍を直撃した。


次の瞬間、その点を中心に一瞬にして、無音と衝撃波が、同心円状に広がってゆき、その後を追うように、もの凄い爆音と共に爆風が走る! 


爆心から距離があったにもかかわらず、その威力の凄さで、ロリエッタが作り出した障壁の一部が崩れる程だった。


ロリエッタは、膝をつき、肩で息をしながら防御魔法を解除した。


「よし!手ごたえはあった!奴の防御魔法の気配も無い!!」


もうもうと立ち込める砂煙が、辺りの視界を遮っている。


しかし、山から吹き下ろす風が徐々にそれらを押し流してゆく。


「フン、雑魚(ざこ)だと油断したからだ!ざまあみろ!完全に直撃だ!!」


―――だが、


「!!」


視界が白々と明けていく開けてゆく中に、音も無くゆらりと影が見えた。


「そ、そんな……」


ロリエッタの握っていた杖が、ガランと音を立てて地面へと落ちた。


魔法は完璧だったはず、間違いなく全力の一撃を龍に当てることができた……。


しかし、龍はまるで何事もなかったかのように、微動だにしていない。


致命傷どころか(うろこ)一枚を()ぎ取っただけで、その体からは、一滴の血すら流すことができなかったのだ。


「う、嘘だろ?!」


彼女の瞳は、生気を失った。


呆然となっているロリエッタに、龍は言葉ならざる言葉を発した。


『お前達に、この世の理を曲げる魔法と理を見つけ出す知恵を与えたが、未だワタシと対等となる者は、現れない。魔族には魔法を、人族には知恵を、……。この相反する玩具を与えたが、両者共、使うだけで探究する事をしてこなかった。だから、ワタシは一計を案じ、発展を促した。だが今、相手の技量も計れず、案ずることなく愚かにもワタシに挑んできた。それは、無知と傲慢(ごうまん)。では、その身とこの世界に罰を、―――』




「それから、どうなったの?」


洗い場から湯船へと移ったロリエッタは、夜空を見上げ目を閉じた。


「龍は、そう言たんじゃが、わしには言葉の意味が理解できんかった。その後、龍はわしの、衣服を全て剥ぎ取って吊るし上げると、完全回復の治癒魔法をわしにかけてから、『その身に呪いを刻む』と言って、その鉤爪を恐怖に震えるわしの背中に突き立て、大きく一筋の傷を残した。それがこれじゃ、―――」


傷跡の真相を知ったアルテナは、眉をひそめた。


「―――良いか、バカ弟子。魔法の使い手が最も恥ずべき傷跡、それが背中の傷じゃ。それは、相手に気づかずつけられたか、恐れをなして相手に背を向けたかのどちらかじゃ。(あいつ)は、わしにこうも言った。『目が覚めるたびに何も出来なかった己の無力さを思い起こすがいい。だが、世に生れ落ち、たったの十年程でワタシの(うろこ)()がせたお前には、褒美(ほうび)を、―――。剥ぎ取った鱗とお前に傷をつけたこの指をくれてやる。ワタシの体は、その全てが生命体の根源で命そのもの。ワタシから切り離してもそれは、変わらない。どう使うかは、お前次第』だと、―――」


ロリエッタから龍の話を聞いていたアルテナは、まるでお伽話を聞いているかのようにしか思えなかった。


「―――わしは、薄れゆく意識の中じゃったから夢か現実かは、はっきりしないが龍の最後の言葉を聞いた。『ワタシは、この地を去り、命ある者が決して辿(たど)り着けない極寒の地へとこの身を移す。人族と魔族に投げた課題の答えと、お前に与えた課題の呪い(ループ魔法)の答えをワタシは、その地で待つとしよう』と、最後に龍はわしに、こう告げたんじゃ。『答えをみつけた時、ワタシの元に来て、魔道の深淵(しんえん)を覗くがいい』とな……。背中に激痛を感じて気がつくと、わしの横に龍の鱗と指が転がっており、それが、夢でなかったことがわかったんじゃがな、―――」


ロリエッタは、ほてった顔を湯船の外へと出した。


「―――その時から、わしの体は、時を止めた。『眠る』という、条件を満たせば、どんな傷を負っても目覚めれば、あの日、龍との戦いを終えた状態に戻される。それが、わしに刻まれた呪い、奴はループ魔法と呼んでおったがの」


「ループ魔法?」

「ふむ。ある条件で同じことを繰り返す魔法のことじゃ。今のわしですら、まだ理解できんがの」


「ふ~ん。そんな魔法があるんだ!」


アルテナは湯の中で揺らぐ、ロリエッタの背中の傷をジッと見ていた。


「わしは全能と呼べる力を持ちながら傍観(ぼうかん)を決めこんでいる、あ奴が気に食わん!わしをこんな体にしたあ奴が憎い!!じゃが、……。魔道に関しては、敬意を表するに値する」


ロリエッタは、くるりと向きをかえると、遠い目で夜空を見上げ―――、




「憧れが、あるやもしれんな……」


そう、つぶやいた。


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