第7話 それぞれの悩み……
ふたりが出会ってから、季節は真逆になり、陽が沈むと肌寒さを感じるくらいになっている。
ブラントがぺルムの森に住み始めて、既に半年が過ぎようとしていた―――。
「せ、先生!もう限界かも‥‥‥、魔力切れを起こしそう」
鍛錬の手を止め、アルテナは、その場にへたり込んでしまった。
「今日は朝から上級魔法を組み込み過ぎたか……。仕方ない今日はこれまでとするか」
ロリエッタの言った言葉にアルテナは、安心したのか全身の力を抜いて大の字で仰向けになった。
「おい、ブラント!!少し早いが、今日は終いにするぞ!」
ロリエッタは、少し離れた所で剣技の鍛錬をしているブラントに声をかけた。
ブラントが立っている場所から、まるで真っ直ぐ伸びる一本道のように、木々がそこだけ切り取られている。
「閃光斬っ!!」
大きく足を踏み出すとブラントの剣筋に沿って、その衝撃波が一本道へと吸い込まれてゆく。
ブラントの剣技を見たロリエッタは、「技のキレはいまいちじゃが、まぁ、何とか様になってきたかの」と、ぼそり呟いた。
「ん?おババ、何か言ったか?」
「いいや。今日は、ちぃとばかり早いが、これで終いにする!帰るぞ」
「そっか、わかった!」
ブラントは、担いでいた剣を鞘に戻し、ふたりの方へとゆっくりと歩いて向かった。
「ふん、まだまだじゃが、良い面になってきたじゃないか」
ロリエッタは、薄着で冷えた体をグッとひと伸ばしすると、寝転んだままボーっとブラントを見ているアルテナをつま先で小突いた。
「―――いつまでそうしている?ほれ、さっさと体を起さんか!冷えてしまうぞ!」
「ねぇ、先生。今日は少し肌寒し、私、湯船に浸かりたいんだけど、……いいかな?」
「はん?かまいはせんが、確か汲み置きの水は、そんなに無かったはずじゃから汲んでこんといかんぞ」
「うん!大丈夫!!ほら、あそこにまだ鍛錬が足りてないひとがいるわ」
体を起こしたアルテナは、元気よくブラントを指差した。
「やれやれ、自分のわがままを他人に押し付けるとは、‥‥‥」
「だって、私、ほとんど魔力が残ってないから、身体強化が使えないもん!しょうがないじゃん」
「ったく、やりたくない事を都合よく出来ない理由にすり替えるでないわ」
呆れ顔のロリエッタをよそに、アルテナはブラントに水汲みを、お願いしに行った。
ロリエッタとアルテナが食事の支度をする間、ブラントが湯浴みに必要な水汲みをするのだが、水場から汲み置き場までは、満タンの桶ふたつを天秤につるして運んだにしろ、少なくとも三往復は必要だろう。
やや、不服そうなブラントに対し、満面の笑顔のアルテナ。
どうやら、アルテナの取引は成功したようだ―――。
魔獣の森と呼ばれる、おおよそ誰もが立ち入ることのない場所に、元師団長で宮廷魔導師のロリエッタ、魔族と人族とのハーフであるアルテナ、そして、この国の第七王子のブラント。
そんな三人が、ひとつ屋根の下で暮らしているとは、誰も想像つかないであろう。
ロリエッタの指導の下、アルテナとブラントの修行の生活が始まって約半年。
ようやく三人での暮らしにも慣れてきた頃合いだった。
アルテナは、半魔人でありながら魔法の扱いがとても上手く、天性の才なのか一目見た魔法は、模倣できるくらいにセンスがあった。
だが、体内で生成できる魔力量が少なく、すぐに魔力切れをおこしてしまう。
けれど、そのおかげで発動に必要な最低限の魔力をコントロールでき、精度の高い魔法を操れる。
一方、ブラントは底なしと思えるほど魔力を体内にためることができるが、アルテナと逆に必要以上の魔力を術に込める為に精度の低い魔法が発動してしまう。それ故、魔法の上達が遅い。
この両極端なふたりの弟子に、ロリエッタも少々、頭を悩ませていた―――。
家に戻った三人は、それぞれの準備に取り掛かった。
食事の準備が整い、ブラントの様子を見に風呂場へと向かったロリエッタとアルテナだったが、ブラントの姿は無かったものの、汲み置きのたらいには十分な水が既に張ってある。
陽が落ち、薄暗くなると気温もグッと下がってきてものだから、アルテナは早速、水を湯船へと移して入ることにした。
風呂場といっても、屋根があるだけの壁も無い所に体を浸かる為の湯船と洗い場だけの開放的?な、感じになっている。
普通なら考えられない造りだが、こんな魔獣がうろつく森のど真ん中で人目を気にする必要の無い場所であるなら、当然と言えるだろう。
森の木々に切り取られた少し小さ目の星空を見上げながら、ロリエッタより先に洗いを済ませたアルテナは、湯船に浸かりほっこりしていた。
「わしに何か聞きたい事が、あったんじゃなかったのか?」
ボーっと夜空を見ているアルテナに、ロリエッタは、体を洗いながらそう尋ねた。
「先生は、何でもお見通しか‥‥‥」
「何でも、ではない。お前が風呂に一緒に入りたがる時は、決まって何かある時じゃからな」
「てへへ、そうなんだ!我ながら知らなかった」
「で、なんじゃ?」
「うん!あのね、―――」
アルテナは、今までと違い魔法の鍛錬が嬉々として進まない事を吐露した。
勿論、師であるロリエッタもその事に対し解決策を模索していたところで、原因は、やはりアルテナの魔力量にあると、ロリエッタは告げた。
「やっぱり、そうなんだ‥‥‥」
アルテナは、結った髪が浸からないくらい口元まで湯に沈めると、ブクブク音を立ててため息をついた。
「わしも入るから端に寄れ」
ロリエッタは洗いを済ませると、そう言って湯船に入って来た。
湯に浸かり、冷えた体を伸ばすと、ロリエッタは浮かない顔のアルテナに、
「魔力量を増やす方法じゃが、まぁ、無くも―――」と、言いかけた途端だ。
「えっ!!あるの?!!」
アルテナが狭い湯船で突然立ち上がったものだから、ロリエッタは頭からずっぽり湯を被ってしまった。
「ったく!これでは、髪を乾かさねばならん!」
そう言って愚痴をこぼすも結論を急ぎ聞きたくって、うずうずしているアルテナに、やれやれといった表情でロリエッタは話しを続けることにした―――。
「コクイン?!」
「うむ。刻印の儀と言う、魔法陣を使った儀式魔法じゃ」
「儀式魔法?何それ、聞いたこと無い!」
「儀式魔法は、対象者を魔法陣に置いて、魔法を発動させ永続的に効果を発揮させる魔法のことじゃ」
「ふ~ん。じゃぁさぁ!それをすれば、私の魔力量を増やせるの?」
「成功例は極めて少ないが、刻印の儀なら可能じゃ!この刻印は儀式を交わした者同士の契りを意味する。術者が受ける側に印を施し、互いを結ぶ。この魔法は精神的な契りの一種じゃから、互いの信頼関係で成立するんじゃ。勿論どちらかが拒絶すれば術は失敗するし、術が成功すれば互いの魔力回路が繋がり、両者で魔力が行き来するようになる。元は、魔法を使えない者や開花できていない者に施し、使えるようにしたのが始まりらしいが、実は目的がよくわかっていない魔法のひとつなんじゃが、―――」
「へ~っ、それって凄いじゃん!!」
「慌てるな!説明はまだ済んでおらん!!さっきも言ったが、この魔法の成功例は、けっして多くなく制約も多い」
「制約?」
「うむ。例えば、一度結ばれた印は、どちらかが命尽きるその時まで決して切れることはないし、切ることができない。しかも刻印を受けた者、それから授けた者は、他者から再び受けたり授けたりは出来ないのじゃ。加えて体の一部分に黒い模様が浮かび上がり、これはけっして消えることは無い」
「な~んだ、それだけ?!だったら、先生と私でやれば成功するんじゃないの?」
「多分、無理じゃな!」
間髪入れずに答えたロリエッタの真剣な眼差しに、アルテナの表情は硬くなった。
「どうして?!他の者にできるなら、先生にできないはずないじゃん!!そ、それとも私が、―――」
思わず立ち上がり、そう言いかけた不安そうなアルテナの言葉をロリエッタは、そうでないと遮った。
「慌てるでない!お前も知っておろう。わしの背中の傷の事を」
「あの、龍との戦いで受けた傷の事?」
湯船の外へと両腕を垂れ、ほてった顔を外に出していたロリエッタの背中には、一目でわかる大きな傷跡がある。
「おババ!!龍って、おとぎ話とかで出てくる、あの龍のことなのか?!」
そう言って、ふたりの会話に割って入ったのは、ふたつの桶に天秤をかけ、ひょいと器用にその上に座ったブラントだった。
湯船の淵に腰かけていたアルテナは、ブラントの存在にようやく気づき、小さく悲鳴を上げながら慌てて湯に入ったものだから、またもやロリエッタは頭からずっぽり湯を被ってしまった。
「何で、そこにいるのよっ!!」
「何で?って、アルテナが水を汲んでこいっていったからだろ!それより龍と戦ったって本当なのか?」
恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤にしてブツブツ文句を言っているアルテナを見て、ロリエッタは怒る気が失せてしまい、無言のまま手で顔をぬぐい濡れた前髪をかき上げた。
「お前の言っている龍かどうかは知らんが、戦った事があるのは事実じゃ。しかし、えらく水汲みに時間がかかったのう?」
聞けば、最後の一回はトレーニングの為に、どうやら身体強化無しで運んだようだった。
「―――そんなに鍛錬が足らんのなら明日から、もう一段階キツさを上げてやるから覚悟しておけ」
ニヤリと笑うロリエッタを見て、ブラントは嫌な予感がして焦りだした。
「いや、待ってくれ!今日は早く終わったからで、―――」
「フッ。わかったから、さっさと水を汲み置き場に移せ。今、アルテナと大事な話をしておるから、龍の事は後で聞かせてやる」
ブラントは、そう言われ慌てて水を担いで行った。
ロリエッタがアルテナを横目で見ると、しかめっ面でワナワナと体を震わせながら、「それよりって何よ!」と、また何やらブツブツ言っていた。
「悪気があった訳じゃ無い、わかってやれ!あ奴は、まだガキなんじゃよ」
ロリエッタは、窘めるように、うつむくアルテナにそう言った。
「さっきに続きじゃが、―――」
ロリエッタの表情は真剣さを増し、途中だった話しをそう言って切り出した。




