第6話 芽生えた知らない感情
「お、おババ、何を?!」
「‥‥‥」
黙って構えていた杖を下ろしたロリエッタは、倒れたままピクリとも動かないアルテナをそのままに、背を向けその場を立ち去ろうとしていた。
「何をしたのか知らねえけど、あのままでいいのか?」
部屋を出ようとするロリエッタに、ブラントは眉をひそめ真剣な表情で、そう問いかけた。
「わしの魔力をねじ込んだ。お前は知らんじゃろうが、枯渇した魔力を他人の魔力で補うと、腸を握り潰されたような痛みを感じて、普通はああなる。揺り動かせば起きるじゃろうが、今は、もう少し寝かせておく」
「魔力を流し込む?そんなことが出来るのか?!」
「魔力を使い切った後なら可能じゃ。まぁ、魔力は放っておいても数日あれば元に戻るもんじゃから、普通はせんがな。それより、ブラント!飯の用意をする。手伝え!」
「わ、わかった」
ブラントはそう言われ、部屋を出ようとした時、アルテナが古くなった布切れを胸のあたりでギュッと握っているのに気が付いた。
それが少し気になったものの、ブラントは何も言わずに部屋のドアを静かに閉め、ロリエッタの後を追った―――。
しばらく経ってアルテナは、薄っすらと目を開けた。
「気がついたか?」
アルテナは重いまぶたを開き、聞きなれない声がする方へと頭を向けた。
「おババ!目を覚ましたぞ!!」
ブラントの声を聞き、ロリエッタが腕をまくりながら、ひょいと顔を覗かせた。
「アルテナ、気分はどうじゃ?」
アルテナは、ゆっくりと体を起こしベッドに座った。
「良くはないけど、大丈夫」
「飯は食えそうか?」
ロリエッタに、そう聞かれたアルテナは、「うん。……、多分」と、小さく頷いたあと、部屋の端の椅子に座るブラントをチラリと見た。
「なら、火を起こしてくる。ブラント、しばらくアルテナを頼むぞ」
「わかった」
ロリエッタが部屋からいなくなると、またもや気まずい雰囲気がふたりの間に漂い始めた。
話すきっかけも話題もないまま、沈黙がさらに気まずさを増す。
互いを気にしながらも、目を合わせることも無かった。
「あぁ~、ん~っ、そ、その~」と、
まぁ、何とも歯切れの悪い感じで、どうやらブラントは、頭をかきながら話すきっかけを探しているようだ。
すると、アルテナがブラントの横に置いてある、水差しとコップを指差した。
「水、そこにある水。もらえないかしら?」
「あぁ~、これか?わるい!気が利かなかったな!」
ブラントは、コップに水を注ぐと、それをベッドに座るアルテナへと手渡した。
「ありがとう……」
そう言ってアルテナが、差し出された水を少し飲んだ時だった。
「す、すまなかった!!」
突然ブラントが、アルテナの目の前で深々と頭を下げてきたのだ。
「―――その、おババから、お前のこと色々聞いた!ここに住んでいる訳も、どうして魔法の鍛錬をしているのかも……。こんな風になったのは、全部オレのせい。父上に嘘をつかず、おババに話しを通しておけば、多分こんな事にはならなかった」
「‥‥‥」
「魔法を教わる為だなんて言ったけど、実は、オレ、……その」
「‥‥‥」
「本当は、逃げて来たんだ」
頭を下げたまま話すブラントをアルテナは、何も言わずに聞いていた。
「―――頭だって悪いし、剣の技術も才能もない!おまけに魔法は並み以下。出来のいい兄や姉達と比べられると、いつも自分が凡人だと思い知らされる。何をやっても上手くいかなくって、イラついて、そんな自分が嫌で……。だから、ここに逃げて来た」
「そう、だったら私には関係の無い話よね?」
うつむくブラントを横目にアルテナは、そう言い放ち、髪を束ねながらベッドから降りた。
「あぁ、そう、……だな。関係無い話だ」
「なら、もう行っていい?」
「‥‥‥」
うつむいたまま、返事をしないブラントにアルテはツンとした表情になっていた。
「先生!手伝おうか?」
食事の支度をしているロリエッタに、その場から声をかけると、アルテナは、何も言えずにその場に立ち尽くしているブラントを部屋に残し出ていった。
短くため息をついたブラントは、ぼそりとひと言、口にした後、ふたりのいるキッチンへと向かった―――。
食事の準備を終え、三人はそれぞれ席についた。
「飯を食いながら、これからの事を話そうか、―――」
そう、ロリエッタが切り出した。
内容はブラントを受け入れ、アルテナと共に魔法の鍛錬を、ここで一緒にすることだった。
アルテナは拒んだものの、ロリエッタとアルテナが、ぺルムの森で一緒に暮らす条件のひとつに、ブラントへの魔法の享受だという事を知り、この暮らしを続ける為には受け入れるしかなかった。
そもそも、アルテナに拒否権など有るはずも無かったのだ。
いつまでもこんな生活が続くはずも無い。
そんなことは、アルテナだって分かっていた。
あなたの知っている魔法使いの名前を教えて?
この問いに、ロリエッタの名前を出さない者などいないだろう。
それほど彼女は、この国にとって宝と言える存在。
そんな彼女の貴重な時間を、あの日から自分が独り占めしてきたのだ。
しかも、誰もが嫌う半魔の小娘に―――、
納得はいかないが受け入れる他、無いとアルテナは、そう思った。
「私、鍛錬してくる。先生、折角作ってくれたのに残して、ごめんなさい。ごちそうさまでした」
アルテナは、自分の皿に乗せてあった食べ物には、ほとんど手をつけることなく、さっさと席を立った。
「あぁ、わかったよ。行っといで」
ロリエッタは、意外にも関心が無い表情でそう言った。
ふたりの会話を黙って聞いていたブラントは、部屋を出ていったアルテナを心配して席を立とうとしていた。
だが、そんなブラントの行く手を遮ると、ロリエッタは、目を閉じ静かに首を横へと振った。
「久しぶりに、わし以外の他人と対面したんじゃ。顔に出してはおらんかったが、おそらく気持ちの整理ができず、混乱してるんじゃろう」
「本当にいいのか?飯だってほとんど食べてないぞ」
ブラントは、浮かせた腰を再び下ろした。
「心配せんでも行先は分かっておる。今はひとり、考える時間が必要じゃろうて」
「ならいいけど」
「それより、お前も早く食え!食事が済んだら早速、稽古をつけてやる。先に言っておくが、わしの鍛錬は甘くはないからな」
ロリエッタはそう言って、切り分けていたバニラットの肉を口へと放り込んだ。
アルテナは、いつもロリエッタと一緒に鍛錬をおこなっている場所で、ひとり黙々と魔法の練習をしていた―――。
ふ~っと、大きく息を吐き呼吸を整えるアルテナ。
「覗きなんて、あまりいい趣味じゃないわね!」
横目でチラリと草陰に隠れているブラントに声をかけた。
「何だ、気づいてたのか?!」
息を殺しそっと身を潜めていたのに、あっさりアルテナに見破られたブラントは、少し苦笑いを浮かべ草むらから出てきた。
「―――鍛錬の邪魔をしちゃ悪いと思ってな。ひと息つくまでここに隠れているつもりだったんだけど。―――に、しても姿が見えないのによく分かったな!」
「探知魔法は、常に展開して呼吸と同じくら自然にならないと意味が無いって先生に言われてる。だから、一定の範囲なら目をつむっていたって周囲の状況はわかるわ!」
「ふ~ん、?!!ちょっと待て!ってことは、今、三つ同時に違う魔法を操っていたのか?!」
「正確には、四つ。でも、四つ目の魔法障壁は、まだ未熟で上手く展開できないから出来たとは言えないかしら」
「四つ?!す、凄いなお前!!オレと変わらない歳なのに」
「歳は関係ないわ!繰り出す魔法を理解し、イメージできていなければ、どれ程時間をかけたって無駄!上達なんて絶対にしない!」
アルテナは、鍛錬の手を止められ、少々イライラしてきた。
「そうなんだ。そんな事、全然知らなかった。けど、自分を更なる高みへと日々の鍛錬を怠らないその姿勢は、やはり凄いよ!おババに認められるだけはあるな。オレも見習わらないと」
「フン!私は、そんなんじゃ……」
そう言いかけたアルテナは、少し戸惑う。
そんな彼女にブラントは、屈託のない笑顔をむけると、
「いいや!努力を続けるって、頭では分かってはいても、そう簡単な話じゃない。それって、どんなことがあっても諦めずに、しっかり前を向き自分の信じる道を歩き続ける事だろ?そんな事、誰にだってできることじゃない。オレは、そういう泥臭いやつ、結構好きだな!オレは、それができなかった。尊敬するよ」
「は、はぁ?!!何、言ってんの?」
ブラントの言葉をアルテナは、全く理解できなかった―――。
生まれてこの方、他人から疎まれ、蔑まれてきたアルテナ。
そんな自分に笑顔をむける者なんて、母とロリエッタ以外に記憶がなかったからだ。
半魔だと、自分を忌み嫌う者はいても、認めてくれた人など、今の今まで母とロリエッタだけだったのに……。
ブラントは、魔族で、しかも、……王子だ。
好きだ?尊敬する?
言葉の意味は理解できるのに、ブラントがどうして、そう言ったのか?
全く理解できない。
けれど―――、
「お前……じゃない。アルテナ!私は、アルテナ!!」
アルテナは、初めてブラントの目を見て喋った。
半魔の特徴的な目を正面から彼に見せたのだ。
「……うん!そうだったな」
恥ずかし気に自分の名前を言ったアルテナを、少し間があったがブラントは、そう言ってフッと笑った。
「あの事だって、別にあんたのせいじゃない。自分の心の有りようで整理ができていない私の問題だから……」
少し言葉を詰まらせた彼女を見てブラントは、
「わかった。なら、これであの事は終いだ!オレもあんたじゃなくブラントだ!よろしくなアルテナ!」
と、言って今度は二ッと笑った。
「そっ、そうね……。分かったわ。とは言っても、よろしくするつもりなんて無いけどね!」
そう言い放ったアルテナだったが、彼女の口元が、ほんの少し緩んだことに、当の本人は気づいていなかった―――。
こうして、普通なら絶対に会うことも、まして、言葉を交わすことも無かったはずのふたりが、出会ってしまった……。




