第4話 最悪の出会い
【魔王宮殿、執務室】
魔王が執務を行う部屋の扉を、騒々しく叩く音がした。
「グレン、わしじゃ!入るぞ」
開いた扉からロリエッタが幼さが残る、そのあどけない顔をひょっこりと覗かせた。
「おぉ!ババか?よく来た、入れ!」
グレンは執務の手を止め、椅子から立ち上がった。
「久しぶりじゃな、グレン。変わりないか?」
「ババも元気そうで―――と、ババにこの質問は、意味が無かったな」
グレンの問いにロリエッタは、フッと苦笑いを浮かべ部屋の中へと入ってきた。
ロリエッタは、ぺルムの森の異常を報告する為に、ここ王都の魔王宮殿に居るグレンを訪ねて来ていたのだった。
「―――、何?ぺルムの森で魔獣の活性化が頻発していると?!」
「うむ、ここ最近は、異常な感じじゃ。お前にも報告しておく方が良かろうと思ってな」
ふたりは、応接用のソファに向かい合って座りながら話しをしていた。
「そう言えばつい最近、単体の魔獣だが他国の村を襲った話を幾つか耳にした。偶然かと思っていたが、もしかすると何かしらの関連があるかもしれんな。近いうちにまとめてババにも知らせるとしよう」
「うむ、そうしてくれ。わしも活性化の推移をまとめておく。まぁ、原因究明にはならんと思うが、近いうちに、この手の事をよく知る人物に会いに行ってみるわい」
ロリエッタは、差し出されていた、久しぶりに飲む琥珀色の酒に舌鼓を打った。
「それは、助かる。時にブラントの様子は、どうだ?そっちに行ってまだ数日だから、―――」
「はぁ?何の話をしておる?」
「何って?ブラントが魔法を学びに、そっちに行ったであろう?」
「いや、来てないぞ。そもそも寝食を行う所には、認識阻害の結界をはっておるから、わしが解除しない限り未熟なブラントひとりでは絶対に辿り着けんはずじゃ」
「そんな、まさか?!ブラントの奴目、ババの許可を得たと言っておったのに、我を謀ったな!!」
計略にかけられた事を知り、グレンは怒りをあらわにした。
「ったく!ブラントの仕出かしはともかく、お前こそ何故わしに裏を取らん?!そういう詰めの甘いところは、お前の父親そっくりじゃな!」
「い、今、父上の話は関係なかろう!それよりどうすればいい?」
グレンは、慌てて自分に矛先が向かわないよう、呆れ顔のロリエッタに問題を投げかけた。
「で?それはいつの話じゃ?」
「五日前の早朝だったから、そうだな‥‥遅くとも昨日のうちには、そっちに着いていると思うが」
「入れ違いになったか?まったく、タイミングの悪い!」
「我の方で捜索隊を組んで向かわせようか?」
ロリエッタは考えを巡らせ、手にしていたグラスをテーブルに置いた。
「いや、それには及ばん。ペルムの森には、わしが探知結界を張り巡らせておるから大人数で森に入られると、かえってブラントを見つけづらくなる。ここはひとつ、わしひとりに任せてくれ」
「ババに頼めるのなら心強いが、良いのか?」
「致し方あるまい。やれやれ、帰りに美味いもんでも食って、ゆっくり帰るつもりでいたが、大急ぎで帰る羽目になってしもうたわい」
「すまない、おババ。この埋め合わせは必ずするからブラントを頼む」
大きく溜息をついたロリエッタだったが、親として心配し頭を下げるグレンの肩を、すれ違いざまに何も言わずポンと軽く叩いた。
ロリエッタは、グレンとの話しや別れの挨拶もそこそこに、早馬で魔王宮を飛び出して行った。
通常、王都からぺルムの森までは、馬を使っても三日はかかる。
しかし、早馬を乗り継ぎ、ぺルムの森に一番近い街へと半日で辿り着いたロリエッタは、この先を自身の身体強化で行けば日没までには、辿り着けると踏んでいた。
ぺルムの森へと向かう街道に入り、周りに人気が無いことを確認すると、「ここから先は、最速で行って良いじゃろう」と呟き、ロリエッタは呼吸を整えた。
その頃―――、
アルテナは、晩飯にする食材を探しに、認識阻害の結界が張ってある外へと来ていた。
「どうして、日持ちする食べ物って、あんなにも美味しくないんだろう?先生もまだ数日は帰ってこないって言ってたし、日没も近いから、別に必死になって探す必要もないんだけどな‥‥あ~ぁ、今夜もひとりか~」
辺りの様子を窺っていたアルテナは、森に溶け込むように草むらの陰に身を潜めていた。
すると、見覚えのある小動物が警戒することなくアルテナの前を横切る。
「バニラット!!ふふっ、ついてる~ぅ。あれ、美味いんだよな」
アルテナは、バニラットの味を想像しただけで出てきたよだれを、じゅるりとすすると袖で拭いつつ息を殺して近づいていった。
「食べちゃうぞ~~~~~っ!」そう言って、潜んでいた草むらから出た瞬間だった。
まったく同じタイミングで、向かいにある草むらの陰から人影が飛び出してきた。
互いの存在に気がついたふたりは驚き、すぐさま距離を取る。
「だ、誰?!」
危険を感じ、咄嗟に身構えたアルテナは、声を荒らげた。
草むらから飛び出したのは、アルテナと同じくらいの年頃の少年でオドオドしながらも剣を抜き、その剣先をアルテナへと素早く向けた。
「お、お前こそ、何者だ?!ぶ、無礼だぞ!!オレは、この国の第七王子なんだぞ!!」
少年は、身分をひけらかしたが、こんな誰も来ない森の中では何の役にも立つはずもない。
「……、第七王子?」
王子が護衛も付けずに、こんな森の奥深くまでひとりで来るなんて、胡散臭いと思った半面、着ている服は汚れてヨレてはいるものの、明らかに良い物だとアルテナでも分かった。
「ここへ、何しに来た?」
「何しにって、この森に住むロリエッタ=フェレーラに会いに来た」
「先生に?!」
「!、先生だと?」
ふたりは、互いの言葉を聞き、身構えていた姿勢を少し緩めた。
少年は、剣を鞘に戻し名前を名乗った。
「オレは、ブラント。カルヴィナ王国の第七王子で、ここへは、おババ‥じゃなかった!ロリエッタに魔法を習いに来た」
「嘘よ!そんなの先生から聞いてない!!」
「お前こそ!!ぺルムの森は、おババ以外に住む者など居ないと、父上から聞いたのに、なぜ、ここに居る?……ん?!その目、右目と左目で違う色?!もしかして、お前!……」
「ち、違う!!」
ハッとなったアルテナは、首を振りブラントの言葉を遮ると、くるりと背を向け立ち去ろうとした。
「お前、半魔だな?!」
ブラントのその言葉にギクりとなり、アルテナの顔は、みるみる青ざめ唇を震わせ始めた。
『フハハハハッ、やはり、その色違いの目。お前―――、半魔だな?!』
まだ幼かったあの時、アルテナの頭の中に刻まれたその言葉が、まるで呪いの様に甦ってきた。
「違う!!」
大きくそう叫ぶと、彼女は頭の中で聞こえてくる声に、必死で否定しだした。
「―――、違う、違う!!違う、違う・・違ぁぁぁぁぁぁうっ!!!」
何かに怯え、耳を塞ぎ、歯はガチガチと音を立てるくらい震わせ、とうとうアルテナは、その場に座り込んでしまった。
「お、おい!どうしたんだ?大丈夫か?」
ただ事でない様子に心配になったブラントは、フラフラしながらも、その場から立ち去ろうしていたアルテナの背中を追いかけた。
だが、自分を追いかける彼のその姿が、アルテナにとって逆に、あの日の夜の事を余計に思い出させてしまうことに、
家の外から聞こえる悲鳴と叫び声、―――。
血が滴り落ちる鉈を持った男、―――。
血溜まりに横たわる目を閉じたままの母親、―――。
耳を塞いでいるはずなのに、ハッキリ聞こえてくる。
目を閉じているはずなのに、鮮明に見える。
「あっ・・・・。あっ、あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!お、お前が……」
頭を抱え、叫び声を上げたアルテナは、ブラントを肩越しに睨みつけた。
悲しみと、怒りと、恐怖でアルテナは―――、
正気を失た!
「おい!本当に大丈夫か?顔が真っ青だぞ?!」
尋常じゃないアルテナの様子に、手を差し伸べたブラントが、あの鉈を持った男と重なる。
「お前がぁぁぁっ!!お前が、お母さんをっ!!!!」
振り向いたアルテナは、憤怒の形相で今度は逆にブラントへと向かってきた。
ブラントの右頬を何かが、かすめ飛ぶ。
「!!っつっ!」
頬に痛みを感じたブラントは、アルテナに殺気の様なものを感じ、大きく間合いをとった。
「おい、待て!!オレに敵意はない!!」
咄嗟にそう叫んだが、怒りに囚われたアルテナに、その言葉は全く届かない。
まるで、髪を逆立てるかの如く、彼女の怒気を孕んだ、その表情にブラントは腹をくくるしかなかった。
「待てと言っている!仕方ない。オレだって、ここでなすべきことがある!だから黙ってやられる訳にはいかない!!」
そう言うとブラントは再び剣を抜き、その先をアルテナへと向け構えた。
ブラントには、勝算があった。
相手は、自分より少し背が高いが華奢で、同じくらいの年頃。
自分とは違い、戦う武器は持ってなさそう。
しかも接近戦。
どうやら、ロリエッタを先生と呼ぶくらいだから魔法使いに違いない。
それに、相手は半魔人。
大した魔法も使えるはずもない。
自分は魔剣士だから、こちらに分がある‥‥‥と、
しかし―――、
ブラントは、『一気に間合いを詰め、剣の手数で魔法を封じる』そう思い、アルテナがいる方へと地面を蹴り上げた時だった。
突然、土壁が覆いかぶさるように目の前に現れた!
「何っ!?」
行く手と視界を遮られ、咄嗟に剣で壁をなぎ払ったがアルテナの姿が見えずに焦るブラント。
右、左と視点を素早く移し見たが、アルテナを見失った。
「?!‥‥‥しまった!上かっ!!」
ブラントは、気配を察知し上を見上げると、大きな炎と共にアルテナが急降下してきている。
空から迫り来るアルテナに、ブラントは攻撃どころか防戦に転じるしかなかい。
慌てて魔法障壁を全面に張り、後ろへと飛び退いたが、アルテナが繰り出したフレイム魔法とブラントの魔法障壁がぶつかり合い物凄い勢いで爆散した。
ブラントは再びアルテナを見失ったのだ。
「クッ!どこに行った?!」
相手の行動が予測できずに焦ったブラントは、感知魔法でアルテナを捕捉しようとした。
元々、ブラントは、さほど魔法が得意ではなく、それに今更の感知魔法は、展開スピードも感知精度も低い。
だから、アルテナを捉えた時は、既に後ろを取られていた。
「!!しまっ―――」
焦って繰り出した剣は、大振りとなって空を切り、アルテナをかすめもせず、反対に大きな隙ができてしまった。
その隙をアルテナが見逃すはずもない。
すかさず、ブラントの横っ腹めがけて風切り弾を放った。
障壁も張れず、まともに喰らったブラントは、受け身すらとれずに吹き飛ばされ、その身を大木の幹へと打ち付けた。
「グハッ!」
ブラントは、大木からずり落ちると、打ち付けられた衝撃の痛みで剣を構えていられず、たまらず地に刺した。
「な、なんて奴だ!こんなにも多彩な属性の違う魔法をいとも簡単に、ランクは下級魔法ばかりだが精度が物凄く高く、おまけに早い!」
じりじりと近づくアルテナに対し、距離を置きたかったブラントは、激痛が走る腹を押さえながらも、地面と空中から無数の氷槍が襲い掛かる術、アイスランス放った。
しかし、直線的な攻撃魔法のアイスランスをアルテナは自分に当たりそうなものだけ、その軌道に合わせ魔法障壁で防ぎ他は無視して更に間を詰めて来る。
「格下だと思っていたのに、これでは‥‥‥。手加減なんて言ってる場合じゃないな。殺すつもりでいかなきゃ、こっちがやられる!」
アルテナを睨み、ブラントは、痛みに顔を歪ませながらも、アイスランスで牽制しつつ、剣を真っ直ぐに構え呼吸を整えた。
アルテナは、生気を失った目で歩みを止めることなく、右手にベルーデを練りこみながら、真っ直ぐブラントへと向かっていく。
ブラントは、右足を引いて腰を落とし、「死んでくれるなよ!」と言って、放つ剣技の間合いにアルテナが入って来るのを待っている。
少しづつ、縮まるアルテナとブラントの距離。
日没前の森の木々たちが風に揺れ、まるでふたりの戦いを見て興奮する観客の様に、大きくざわつき始めた―――。




