第3話 魔獣の森
ここは、ぺルム大森林のほぼ中央に位置していて、近くには小さな川も流れている。
深い森の中なのに、ここだけは地面に陽の光が十分な広さで当たる程、開けていた。
時より、遠くから獣らしき鳴き声が聞こえてくるが、ロリエッタとアルテナは、ここで毎日の日課である魔法の鍛錬をおこなっている―――。
「は~あぁぁぁぁぁぁっ!!」
アルテナは、少し距離のあるふたつの岩に付けられた印、目がけて火と水の魔法を放った。
「やった!」
アルテナの放った魔法は、見事にどちらの印にも当たり、アルテナは右手をグッと握ると、得意気に鼻を鳴らした。
「何がやった!じゃ?このバカ弟子が!!」
ロリエッタは、アルテナの頭を杖でポカリと叩くと、軽く首を振りながら溜めていた息を一気に吐いた。
「痛っ!えぇ~?でも、ちゃんと当たったじゃん!」
「わしは、同時に出せと、言ったんじゃ!今のは、素早く、ひとつずつ出しただけじゃろ?!それに、魔力も無駄に使いよって。なってない!もう一度」
アルテナは、ぷ~っと、頬を膨らませはしたがロリエッタの言ったことに間違いがなく、それ以上、言い返すことはしなかった―――。
ふたりの生活は、ここ数年あまり変化が無い。
当前だが、こんな魔獣の多く住む森の奥深くに来る者など、いるはずも無いうえに、やることと言えば魔法の鍛錬のみ。
朝日が昇れば起き、食料を森に入って、とって来る。
それが終われば、天候に関係なく魔法の鍛錬を日が暮れるまでおこなう。
陽が落ちれば、家で教養に磨きをかける為の時間にしている。
そして、眠くなったら寝る!
―――を、繰り返しているのだ。
一見すれば、規則正しい生活を送るっているようにも思えるが充実とは程遠く、単純で退屈この上ない。
けれど、アルテナにとっては、そうでなかった。
ぺルムの森という柵に守られ偏見など一切ない、この世界では、自分が半魔であることですら忘れてしまうほどだったからだ。
ロリエッタとの生活は、それは厳しもので、毎日が修行と言っていいだろう。
いや、苦行と言ってもいいかもしれない。
けれど、アルテナは、そんな彼女との生活を辛いと感じたことは、一度もなかった。
アルテナは、魔族と人族とのハーフ。
半魔人と呼ばれ、魔族からも人族からも忌み嫌われる存在なのだ。
そんな彼女をロリエッタは、蔑視することなく、逆に守り受け入れてくれた。
今でこそ、しなくなったがアルテナが小さい時は、よく夜中に起きては、こっそりロリエッタのベッドへと潜り込むくらいに、彼女を信頼している。
それは、アルテナにとって安心という生活する上で最も重要なものを彼女から貰っていたからだ―――。
『私だって、集中すれば!』
そう思い、印のついた岩の正面に立つと、アルテナは、静かに目を閉じ呼吸を整えた。
『感知魔法を展開しつつ、ふたつの属性が違う魔法を同時に、―――』
カッ!っと目を見開き、アルテナが、まさに打ち放つ瞬間だった。
「アルテナ!少し待て!!」
突然、ロリエッタが森の奥を見つめたままアルテナに声を掛けた。
「えっ??ちょっ!!」
術に集中していたものだから、アルテナは、その言葉に混乱した。
すると、火と水の魔法を同時に撃ち放とうした時だったものだから、火魔法はその場で暴発し、水魔法もその場で弾けてしまった。
ボンと鈍い音を放ち、集中して作り上げたアルテナの魔法は、無残にも目の前で爆散した。
「あっ、あっち!!やだもぅ!びしょびしょになっちゃった〜。何よ、先生っ!!」
「シッ!静かに」
いつになく真剣なロリエッタの言葉に、アルテナも周りの森が静寂に包まれていて、雰囲気がどことなくいつもと違うように感じられた。
「!!先生、これって、もしかして……」
「うむ、活性化じゃな」
「えぇ~!!また?!」
「ふむ、前回からさほど経っていないのに―――、中規模か?じゃが、わりと近いな!」
「どうしよう?先生!私、いつもみたいに家に戻っておこうか?」
そう聞かれ、ロリエッタは、顎に手を当て杖を担ぐとアルテナの方を見た。
「いや。中程度の身体強化ならどのくらいの時間使える?」
「私?ん~、10分程度かな?」
「なら問題ない。いい機会じゃ、ついてこい!」
こんな時、いつもならロリエッタが魔獣の活性化を鎮圧するまでの間、アルテナは、家でじっとしているように言われていたが、今日は違った。
アルテナは、困惑したものの、ロリエッタが使う練習とは違う魔法を初めて見ることができるとやや興奮してきた―――。
鍛錬を行っていた所から魔獣の一群が見渡せる場所へと移動したふたりは、岩陰からその様子を窺った。
「なんだ。思ってたよりも大したこと無さそうじゃな」
「えっ?!でも、凄い数じゃない?まだ、集まって来てるよ」
「まぁ、そこからよ~く見ておれ。ただし、空にいる鳥獣には、気をつけろよ!あ奴らは目が良いでな。―――、身体強化!」
ロリエッタは、徐に立ち上がると、そう言って岩から飛び降り走り出した。
ぐんぐんスピードを上げると、あっという間に魔獣の一群へと近き、ロリエッタは、音と光で魔獣達の気を引き付ける。
「あれが、ヘイト魔法なの?!初めて見た!!」
次々と繰り出される見たことない魔法は、アルテナを釘付けにする。
群れた魔獣は一丸となり、ロリエッタの方へと向かってゆく。
だが、ロリエッタは、突然立ち止まり、杖を横に向け構えた。
すると、地面から杖の高さまで、丸みを帯びた土の壁がせり上がり、それを覆うように魔法障壁が現れてきた。
「えっと、2、‥、5?ううん、違う!もっとだ!!先生は、一体いくつ同時に展開してるの?!」
時間を要さず、ロリエッタから凄まじ閃光が放たれた。
カアァァァァァァッ!!
地鳴りと共に爆風が後を追うようにして、遠く離れたアルテナの所まで届く。
アルテナは、その風圧に思わず身を屈めたが、ロリエッタが気になり再び覗き込んだ。
爆心の中央は、地形が変わるほどに抉れている。
あまりにも強烈だったために、死骸すら残っていないが、おそらく最初の一撃で魔獣の数は、元の三分の一以下になっただろう。
ロリエッタは、自身を包んでいた障壁を取り払うと、再び魔獣の群れへと走り出した。
ジグザグに進んだと思いきや、くるりと反転したりと、その動きに迷いは無い。
それは、まるでステージで舞う踊り子の様だ。
その素早さは、獲物を目がけ急降下する鷹の様に―――、
その身のこなしは、しなやかに動く猫の様に―――、
その力強さは、猛牛の様にと、次々魔獣をなぎ払ってゆく―――。
少し離れた小高い丘にある大きな岩の上から、覗き込むように見ていたアルテナは、その舞踊るかの様なロリエッタの動きに目を奪われた。
「す、凄い!これが、世界一の魔法使い……。ロリエッタ=フェレーラ『魔法に愛された少女』と呼ばれる先生なんだ!」
ロリエッタが、戦いをしかけてから、あっという間だった。
すでにロリエッタの近くで動く魔獣はいなくなり、遠くから様子を窺っていた魔獣達も、まるで蜘蛛の子を散らすかのように森の奥へと逃げていく。
ロリエッタも、その状況を把握し、それ以上の深追いはせず、岩陰から大きく手を振るアルテナの方へと、ロリエッタは歩みを向けた。
魔獣の活性化は、治まったのだ―――。
家に戻ったふたりの態度は、やや興奮気味のアルテナに対し、ロリエッタはいつも通りと、実に対照的だった。
すっかり陽も落ち、ふたりは、少し早めの夕食をとることにした。
「おい、アルテナ!干し肉の時は、ククカの実もしっかり食べんか!!」
「え~、でもこれ凄く酸っぱいから嫌だ~」
アルテナは、あからさまに嫌な顔をすると、ククカの実が乗せてある皿をツンとひと押しして、自分から遠ざけた。
「それよりさ~。最初に放った、光がこうカ~っと、なって飛んでいったあの魔法。めちゃくちゃ凄かった!!あれ何て言うの?」
「鱗剥がし(ベルーデ)の事か?あんな魔法のどこが凄い!?」
「そんなこと無い、凄かったよ!!他にもキラキラしたのとか、土がグググ~って盛り上がってきたのとか、さぁ」
「フン!どれも、つまらん魔法じゃ!!」
ロリエッタは、ツンとした表情で咀嚼していた干し肉を野菜のスープで押し流した。
「そうかな~」
「そうじゃ!それより早く食え!今夜は数式をやるぞ」
味気ない干し肉にアルテナは、お腹が空いていたものの喉を通りにくそうにしている。
「ねぇ先生、あんな凄い魔法、今は無理でも鍛錬を続けていれば、私も使えるようになるのかな~」
考え無しに言った弟子の言葉にロリエッタは、軽くため息をついた。
「良いか、バカ弟子!何かを壊したり誰かを傷つけたりする魔法は、ときに自身の心をも削ってしまう。その覚悟と責任がないのなら絶対使ってはならん!間違ってもむやみやたらにひけらかしたり、ましてや自分が強くなったと勘違いするでないぞ!前にも言ったじゃろ?幻影残滓の法則。魔法の基礎の基礎じゃ!それは、自分の心にも当てはまる」
「……?どう言う事??」
「魔法というのは、誰かを傷つける為に作られた剣ではなく、便利な道具のナイフじゃ。じゃがその使い方を間違ったら、自身を傷つけたり他者を傷つけ命すら奪ってしまう。本当に大切なのは使えるかではなく、使う心構えが必要ということじゃ」
「……。ん~、うん!よく分かんないけど、憶えておく」
少し間があったものの、ロリエッタが想像していた返事ではなかった。
幼い頃に、あんな事があったアルテナになら理解できると、勝手に思っていたロリエッタは、少し面食らった。
「じゃさぁ、先生の好きな魔法って何?どんな魔法なの?」
「わしの好きな魔法?」
ロリエッタは、暫く考えた後に、「これじゃ」と言って、
ククカの実が乗せてある皿を自分の方へと寄せると、
「―――、食べ物を甘くする魔法じゃ!」
そう言って、ニヒっといたずらっぽく笑い、ククカの実を口いっぱいに頬張り美味しそうに食べた。
「!!!!」
その衝撃の言葉と行動に、アルテナは唖然となり開いた口が塞がらなかった。
あの酸っぱいククカの実を、今まで何食わぬ顔でひとりで甘くして食べていたロリエッタに、アルテナは大人のズルさを感じずにはいられなかった。




