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第13話  決意




アルテナが住んでいる家の部屋へ陽の光が差し込んでくる頃になって、ようやく泥だらけでうつろな目をしたアルテナが帰ってきた。


家の扉の前で立ち尽くすアルテナに、扉をそっと開けたハマンが声をかけた。


「あ〜ぁ、なんて格好?泥だらけじゃない!みっともない」

「・・・・・・」


ハマンに目を合わせること無く、アルテナは黙ったままだった。


「その様子じゃ、どうしたの?と、聞くまでもないか」

「・・・・・・」


何を言っても反応のないアルテナに、痺れを切らしたハマンは、大きくため息をついた後、アルテナの手を引いて風呂場へと連れていった。


風呂場についても、何もしないアルテナの衣類を剥ぎ取ると、ハマンはアルテナの全身を優しく丁寧に洗ってやった。


体を拭き服を着せ、いつも食事をするテーブルの椅子にアルテナを座らせると、ハマンは、


「ほら!いつまでもボ〜っとしてないで、濡れた髪をそれで拭いて乾かしなさい。もう、知っているとは思うけど魔術で生み出した水は魔法と違って勝手に消えないんだから」

「・・・・・・」


アルテナは頭にかけられた布を目で見ると、ゆっくりとした動作で動かしはじめた。


しばらくして、ハマンが奥のキッチンから何かを手にして戻ってきた。


「どうせ一睡もせずに、昨日から何も食べてないんでしょ?これを飲みなさい。少しは落ち着くわ」


ハマンにそう言われ、目線を上げると目の前にはコップが置かれていて、ハーブのようないい香りが漂ってきた。


アルテナは、その香りに誘われるままコップを手にした時、コップの中に映る自分の顔を呆れた表情で見つめ、フッと自嘲(じちょう)気味に笑う。


「ひどい顔……」


思わずそう、もらした。


「本当に」


そう言ったハマンの方から暖かく乾いた風が、アルテナの髪を撫でるように吹いてきた。


ようやくアルテナは、ゆっくりとだが顔を上げてハマンを見た。


「やっと、あたしを見た。ねぇ、アルテナ。見えているのと見ているでは、全く違うのよ」


ハマンはアルテナの髪に風を当てながら、話しを続けた。


「―――いい?見えているって目に入って来た情報を単に受け流しているだけ状態の事。見ているは、その情報を自分の内面や現実に踏み込んでいる状態の事。このふたつの違いは、単なる視覚的な情報を『心でどう受け止めているか』という納得の差を生んでいるの。あなたが昨日の夜、見てきたのは、いったいどっちなの?」

「そ、それは……」


アルテナは、また言葉を詰まらせた。


「やっぱり、あたしとフェレーラの話しを聞いちゃったのね」


下を向いて、小さくうなづいたアルテナに、ハマンは、


「―――それで、事実を確かめたくなって、彼に会いに行った。だけど、あなたの不安な気持ちを彼は、取り除いてはくれなかった……」

「ハマン。私、……どうすれば、……どうすればいいの?!」


今にも泣きそうなアルテナの頬をハマンは両手で包むと、上を向かせた。


「どうすれば?……。その答えをあたしが出していいの?そんな男ことは、忘れてしまえばいいって言えば、忘れるの?」


その言葉にアルテナは、震える唇を内に噛んだ。


そんなアルテナを見たハマンは、「バカな子。誰よりも愛されたいくせに、愛することに怯えるなんて……」


そう言って、衝動的に優しく抱きしめた。


「ねぇ、アルテナ……。どうすればいいのかを他人に問うのではなく、どうしたいのかを自分の心に問えば、(おの)ずと答えが出るのではなくって?あなたが昨日見た彼は、あなたが知っているブラントだったの?首飾りが無くったって、あなたには―――、ううん。あなただからこそ、わかるはずよ!」


すると、アルテナの記憶にあるブラントの表情が、声が、手の温もりが―――、


沈んでしまっていたアルテナの心に一気に溢れ出し、満たしてゆく。


「―――うつむいたまま、ここで結果を待つのか、前を向いて歩き出すのか。小さかった、あなたから今のあなたまで、いったい誰の何を見てきたの?あなたが、心から尊敬する先生は、目を逸らさず夜明けとともに出ていったわ!」


ハッとなったアルテナは、ゆっくり息を吸いそれを一気に吐いた。


「ありがとう、ハマン……。もう、大丈夫。だから、お願い!先生の行き先を教えて」


今まで精彩(せいさい)()いていたアルテナの色違いの瞳は、そのどちらも輝きを取り戻した―――。




山を背にロリエッタはひとり、腰掛けるのに丁度いい岩の上に座りながら、(ふもと)に広がる深い森に彼女は目を向けていた。


既に太陽は一番高いところを過ぎ、地に向かいはじめているのに、ロリエッタは、ここに着いてから、まるで人形のように動きを止めたまま、そこにじっとしていた。


そんなロリエッタの視線が何かを捉えた。


ロリエッタは、「来たか!」と言って、腰掛けていた岩から降りると立て掛けてあった杖を手に取った。


振り返る彼女の目線の先には、真っ直ぐと近づいてくるブラントの姿があった―――。




「やはり、お前じゃったか!」


ロリエッタは眼光(がんこう)を鋭くした。


「ん?あいつ来てないんだ。(だま)すなんて(ひど)いじゃないか!お、バ、バ!」


ブラントは薄ら笑いで、そう言った。


「フン!首飾りで確かめるまでも、無かったな……」

「アイギスの首飾り、あんたが持ってるんだ。ふ〜ん」


「お前の目的は何だ?ガブドル!!」

「おや?オレ様を知っているのか?」


「あぁ、ベルテスから、ある程度は聞いて知った」

「なるほど、そういう……。では、取引だ。このまま、首飾りを置いて帰れば、殺さずに見逃してやる。それにオレ様が魔王になれば、師団長として再び使っててもいい―――、どうだ?」


戯言(ざれごと)を言うでないわ!貴様こそブラントを元に戻すなら、今回だけは見逃してやる」

「何を上から目線で……調子にのるなよ、このクソがっ!!この世でただひとり、あのお方の寵愛(ちょうあい)を一身に受けておきながら……。ムカつくんだよ!!お前っ!!」


「はん?あのお方?何の話じゃ!」

「はぁ〜?!、これだから、糸を切っって歩き出した人形は―――、無自覚で、無謀(むぼう)で、無作為で、無邪気(むじゃき)で、無垢(むく)で、無学で、無知で、無頓着(むとんちゃく)で、無関心で、無意識!!……もういい、死ね……」


冷ややかな目でガブドルが、そう言葉を吐き捨てた直後だった。


「うぎゃぁぁぁぁっ!!」


悲痛なロリエッタの声が、荒れた大地に響き渡った。


それは、あまりにも一瞬だった―――、


突然、ロリエッタの左腕が、切り飛ばされたのである。


「つっ、あ、あ奴め。わしの左手に仕込んでおいた、要撃(ようげき)魔法に気付いておったのか?!」


ロリエッタは、苦痛に歪む顔をしながらでも、冷静に自分の切られた腕を治療しながら苦笑いを浮かべる。


「―――じゃが、(ことわり)を無視して、わしの腕を切り飛ばした、あの刀は少々厄介(やっかい)じゃな!……さて、どう、戦おうかのぉ……。フッ、敵を目の前にして震えるのは、久しぶりじゃわ!中身が違うとはいえ、自分で育てた弟子と本気で戦わねばならんとは、何とも皮肉(ひにく)なもんじゃな」


そう、自らに言い聞かせるように口にし、意を決して震える右手で杖をギュッと強く握った。


だが、震える拳とは裏腹に、(りん)としたその表情は、彼女の覚悟の現れだった。


「ふふふっ、どうした?震えてるじゃないか!」


ガブドルは、あざ笑うかのように、(あわ)れみと(さげす)みが混ざった薄ら笑いを浮かべている。


「ぬかせ!貴様など、この片手で十分じゃ!!」


ロリエッタがそう言って杖を構えた、その時だった―――、


「?!!ん、何じゃ?!」


ロリエッタが、突然その場にバタンと倒れ込んだ。


「―――、こ、拘束(こうそく)魔法?!このわしが、気配を察知できなかったじゃと??」

「ごめんなさい。先生……」


背中方から、その聞き覚えのある声に、ロリエッタは振り返ることなく眉をひそめた。


「アルテナ!なぜここに?」


仕掛けたのは、アルテナだった。


「ハマンが教えてくれたわ」

「チッ!あのおしゃべりめっ!!」

「何だ?アルテナか、今からそいつを始末する!オレ様の邪魔をするなら、お前も容赦(ようしゃ)しない」


ロリエッタとの戦いに水を差されたガブドルは、怒りの形相で顔を歪ませアルテナを睨みつけた。


「その顔と声で私を呼ぶなっ!!」


アルテナは、視線を鋭く尖らせ、宙に浮いたガブドルに杖を向けた。


「―――ガブドル、今度は私が相手をしてあげる!」


アルテナがいた所に粉塵(さじん)が舞った。


「!!」


その瞬間、ガブドルは地面に叩きつけられ、坂を転がる小石の様に遠くへと転がってゆく。


アルテナは、無言んのまま切り飛ばされたロリエッタの腕を回収し、ロリエッタに腕を付け治癒(ちゆ)魔法を始めた。


「何をやっておる?!それは、後でいい!!時間と魔力の無駄使いじゃ。今すぐこの拘束を解け!!」


アルテナは、首を横に振りながらロリエッタを起こし座らせた。


「これを飲んで。ハマンに作ってもらった。少しだけど魔力が回復するから」


そう言ってアルテナが、瓶に入った液体をロリエッタに飲ませるとロリエッタの視界がグラりと歪んだ。


「!!お、お前、いったい何を飲ませた?!」

「これで、先生は、全回復する」


「……ま、まさか!!」


アルテナの言葉と薄れてゆく感覚にロリエッタは全てを悟った。


「私の大好きな人……」


アルテナはそう言って、ロリエッタとおでこを合わせた。


「あなたは、私を死なせないようにしている」


そして、ロリエッタの首にかかっていたアイギスの首飾りを外し、自分にかけた。


「先生、これは(もら)っていきますね」

「この馬鹿弟子っ!!何を血迷っておる?!今すぐ術を解け!お前には、絶対に無理だ!わしがやる!!」


「いいえ、その役目は、あなたではなく私です!先生、この先の未来……。魔族と人族、そして、その間の私のような半魔人を導くのは、あなた役目」


そう言って、アルテナはロリエッタの口に封印の魔術を(ほどこ)し、口をきけなくした。


「―――、私に生きる道を示してくれたように……」

「んっ、ん〜〜〜〜っ!!!」


ロリエッタは、力の限り暴れたが、口を封じられた為、解除魔法の詠唱できない。


『この馬鹿は、いつもこうだ!出来もしないことを失敗すると分かってるくせに、やろうとする大馬鹿者だ!いつも、いつも、いつも、いつも……』


ロリエッタは、小さい頃から過ごしたアルテナとの日々を、段々と遠のいてゆく意識の中で思い返していた。


アルテナは、ゆっくりロリエッタに近づき、彼女をまるで風に舞う木の葉のようにその場から吹き飛ばした。


『なぜじゃ?なぜ、互いを大切に思い合う、あやつらが傷つけ合い、戦わねばならんのじゃ!?わしが、……わしが、止めんで誰が止める?!!』


転がる体を止めることもできずに、薬のせいで力なくだらりと腕を地に付けた。


そして、ガブドルの元へと向かう、にじむアルテナの後ろ姿を、ただ、その場から見ていた。


そして、向かい睨み合う(まな)弟子ふたりを見て思った。




刻印で結ばれたふたりを戦わせるこの世の神は、なんて残酷なのかと―――。


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