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第12話  RAIN




ガブドルの存在を知ってから、三ヶ月が過ぎようとしていた頃に、ようやくロリエッタが王都からペルムの森へと戻って来た―――。




久しぶりに家へと戻ったロリエッタは、アルテナの姿が見えないことに気が付き、部屋でひとりテーブルにある椅子に座り、お茶をすすっていたハマンに声をかけた。


「ん?ハマン、お前だけか?アルテナは、どうした?」

「あの子なら、まだ鍛錬をやってるわ」


「もう、日没だというのにか?」

「えぇ、あなたが出ていってからずっとこんな感じよ」


ロリエッタもカップにお茶を注ぎ入れ、ハマンの隣へと座った。


「そうか、まぁ、昔からそういうところは、あるがの」

「けど、あの子のあれは少し異常よ。必死に取り組むのはいいけど、あたしには、まるで何かの不安要素を払拭(ふっしょく)したいかのようにも見えたわ。教えるこっちが心配になるくらいに」


「あやつなりに、思うところがあるのかもしれんな。わかった、気にかけておこう」

「そうして、あげて」


「うむ。ところで、アルテナの精霊術、人族でいう魔術はどうだ?」

「そうねぇ〜。才能というかセンスというか、あの子、お世辞抜きで驚くくらい飲み込みが早いわ。何ていうのかな?まるで数式を解くように魔法や魔術を捉えている感じかしら。どれとどれを足せばどうなり、何から何を引けば結果がどうなるかを感覚なのでしょうけど、考えて操っているわ」

「ほぅ、それはわしが思わなかった見立てじゃな」


「ただ残念なのは、あの子は半魔だから百年程で寿命を迎えてしまうことかな。長寿の種族に生まれていれば、あるいは、それぞれの原初の領域に辿り着けたかもね」

「原初の……魔法の深淵(しんえん)……か、……。そうかもしれんの」


ロリエッタの表情は、どことなく沈んだようにも見えた。


「そっちは、どうだったの?」

「ふむ、不本意じゃが、お前の提言通りかもしれん。魔族も人族も公にはしておらんが、おそらく戦争に向けた準備をはじめておるな。商人の話しでは、地方都市でも戦争に関連した物が品薄で物価が上がっておるそうじゃ―――、」


ロリエッタは、この三ヶ月の間、王都で調べてきたことをハマンに話した。


ロリエッタ話では、王都では戦争に向けた準備が進んでいる事と、宮殿内にある禁書庫でガブドルに関する事を調べ、それと思われる記述をいくつか、見つけたという。


残念ながらガブドルらしき人物の特定は、できなかったものの違和感を感じた者がいたようだった。


それが―――、


「第七王子のブラント?」

「ふむ、王子にして、わしの弟子で最近までアルテナと共に、ここで魔法と剣術を磨いておった」


「なに?ってことは、あの子の刻印の相手じゃない!?」

「うむ、そうじゃ」


「なんの冗談よ……」

「冗談などではない。むこうで何度か話す時間があってな、鍛錬も付き合った。あやつにしては妙な落ち着きを感じたり、魔法を使う時の悪い癖が無くなっていたりと、まるで何年かぶりに会ったような妙な感じじゃった。じゃが、わしとブラントしか知り得ない事を知っていたりと、ブラント本人に間違いはないはずなんじゃ……」


「ガブドルは、憑依した相手のスキルや記憶すら取り込むことができるらしいから、ガブドルが憑依しているかどうかの判断は、非常に難しいわ」

「やはり、お前が持ってきた首飾りに頼る以外に方法は無さそうじゃな」


「どうするつもり?」

「貴様とアイギスの首飾りを餌にした情報を()いてきた。強さに自身のあるガブドルならきっと食いつくはずじゃ」


その撒いた情報とは、どうやら、ロリエッタとハマンがある場所で落ち合い、アイギスの首飾りをそこで貰うことになっているという事のようだ。


ロリエッタは、ペルムの森に一度立ち寄ってから約束した場所まで行くことになっていて、その前日には、ハマンがその場所で待っている手はずになっていると。


単純な策だが、強さに絶対的な自信のあるガブドルだからこそ、わずかでも負けるリスクがあるなら、ロリエッタの手に首飾りが渡る前に必ず阻止するのではないかとロリエッタは踏んでいた。


約束の地は、ここからそう遠くない場所を選び、念の為ハマンには、ガブドルの戦いが終わるまでこの森から出ないことを約束させた。


「勝算はあるの?」

「無くはない。極めて難しがの……。なに、無理ならこれを使うだけじゃ」


ロリエッタは、ジャラリと首飾りをつまみ上げ、ハマンに見せた。


「―――、数日経って、わしが戻って来ぬなら、その時はアルテナのことを頼む……」


ロリエッタは目を伏せ、ほんの少しだが頭を下げた。


ハマン自身が(はか)った事だといえ、ロリエッタの覚悟を知ったハマンは、


「い、嫌よ、あたしに厄介事を押し付けないで!勝算があるなら……帰ってきなさいよ」


、と(とげ)のある言い方をした後、頬を赤らめ目線をそらした。


そんな、ハマンの態度にロリエッタは、鼻で笑い、


「フン!どの口が言う?!」と、言いつつ、彼女の口角は少し上がった。


話しに気を取られていたせいか、辺りがすっかり暗くなっているのに、まだアルテナが帰ってこないことに、ようやく気がついたロリエッタとハマン。


だが、いくら待ってもその日、アルテナは帰ってこなかった―――。




その頃、アルテナはペルムの森を抜け、森から王都へと繋がる街道へと既に辿り着いていたのだった。


「嘘よ!絶対に嘘!!そんなのあるはずない!!」


身体強化の全力で森を駆け抜けたせいで、呼吸も絶え絶えになったアルテナは、近くにあった大木へとその身を寄りかけた。


あの時、ふたりの話しを立ち聞きするつもりはなかった。


だが、『ブラントが、ガブドルに憑依されているかもしれない!?』


その言葉がアルテナを突き動かし、気がつけば家を飛び出していた。


信じたくない気持ちと不安にかられ、つい自分の口を突いて出た言葉に彼女は唇をかむ。


ブラントに会って確かめたい!


でも、会ってどうする?


答えが無いことがわかっているのに、何度も、何度も、何度も、繰り返すその声がアルテナ心を揺れ動かす。


月明かりに伸びた彼女の影が、ぼんやり薄くなって消えていった―――。




その日の真夜中、ブラントが眠る部屋のテラス窓にかかる薄いカーテンが揺らいだ。


眠りに落ちていたはずのブラントだったが、スッと目を覚ましガウンを羽織ってテラスへと向かう。


「こんな時間の訪ねてくるとは、君はそんなにも情熱的だったかな?アルテナ」


テラスで立っていたアルテナに、ブラントは、フッと笑みを浮かべる。


「冗談はやめて」


肩で息をしながらも精霊術で回復をしていたアルテナの体は、ぼんやりと光を放っていた。


「じゃあ、何をしに、ここへ?」

「そ、それは、……」


薄いカーテン越しに話すブラントに、アルテナは出かけた言葉を飲み込んだ。


「それ、精霊術?この短期間に、もう、そこまで使えるようになるなんて、やっぱり君は凄いや」


そう言われて、本当は嬉しいはずなのに、どうしても素直に喜べない。


アルテナは、下げた目線の先に見えた自分の手の甲に浮かぶ、刻印をジッと見つめた。


彼に、話したいこと聞きたいことが、山のようにある。


なのに、なにひとつ口から出てこない。


長い沈黙の後、術が解け、ぼんやり光っていたアルテナの体は元に戻った。


アルテナは、覚悟を決めた。


「ブラント、あなたは一体何を、―――」


確信に触れる言葉を言いかけたが、その先が言えずにアルテナは、唇を強く噛み締め、語るべき言葉を飲み込んだ。


その質問に、ブラントは不遜(ふそん)な笑みを浮かべると、


「何を?そんなの決まっている!オレは次期魔王となる」

「ま、魔王?!」


驚きを隠せないアルテナにブラントは、


「そうだ!今はその前段階。おれが魔王になって、ここに君とおババを向かい入れる。そしたら、また前みたいに、―――」


ブラントは、くるりとアルテナに背を向けると、ベッド脇に置いてあった刀を手にとり、部屋の扉へと向かって歩き出した。


「―――けど、今は、その時じゃない!君はまだ、我々魔族に認めてもらえていない、半魔だ。こんなところを誰かに見られたなら、ただでは済まされないだろう。だから今日は、邪魔をせず森にお帰り。なに、心配はない。そうなるのも遠くない話だ。おババにも君がうまく言っておいてくれ」

「ま、待って!ブラント……、」


駆け寄ろうとしたアルテナを無視して、ブラントは、刀の(さや)を投げ捨てると部屋の扉をひと太刀で両断した。


そして―――、


「衛兵っ!!侵入者だ!!テラスに逃げたぞ」


扉が大きな音を立てて崩れると、慌てた様子の大人数の足音と声が聞こえてきた。


呆気(あっけ)にとられるアルテナの顔にポツ、ポツリと雨が打ち付け始める。


考える間もないままに、アルテナはブラントに背を向け、テラスから飛び降りた―――。




宮殿内を逃げ惑う中、行く先に衛兵の姿を見つけ、くるりと向きを変えた際に、アルテナは足を滑らせ転んだ。


「何で?ブラント……私、そんなの望んでない……」


手を付いて立ち上がろうとする彼女の前髪に雨が伝い落ちる。


「私は、どうすればいいの?……私は、あなたをまだ……」


そう言って言葉を詰まらせると震える肩を抱きしめ、アルテナは叫びたい衝動を必死にこらえた。


そして、顔を上げると、そこはアルテナが幼い時、衛兵ふたりに刃を向けられた場所だと気づいた。


「あぁ……。あの時と同じだ……。全てを失ったあの時と……」


力のない、かすれた声でそう言い、ダラリと体から力が抜け、アルテナは座り込む。


遠くでは、侵入者を探し警戒を強める衛兵たちの声が、あちらこちらから聞こえてくる。


そんなアルテナを冷たい雨は、容赦なく打ち付け、彼女の心までをも濡らしてゆくのだった。


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