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第11話  暗雲低迷




闘技場で、ジニア、サルセとの模擬戦を終えたアルテナとブラント。


アルテナは模擬戦の最中に、彼女の中で眠っていた精霊を介した術、魔術が発現し開花したのだ。


人族の血が流れているから可能性が無かった訳ではないが、側で見ていたロリエッタも、これには驚きを隠せなかった。


ブラントもまた、二刀流のサルセとの模擬戦で、ロリエッタから貰った刀に備わっていたものを偶然だが発見することができ、それはブラント自身が、これからもっと大きく成長できる可能性を示唆(しさ)している。


模擬戦でふたりとも負けはしたものの、いつも戦っている魔物とは違う対人戦は、ふたりにとって、とても大きな飛躍をもたらしたのである。


全てが思い通りの結果には至らなかったのだが、これ以上、王都に留まる必要もないことから、ペルムの森に戻ろうとしていたロリエッタ達であったが、ブラントは、やり残したことがあると言ってしばらくの間、王都に残ることを選んだ。


ブラントが王都へ残ると言った、彼の心理を確かめないままに、ロリエッタとアルテナは、王都を後にした。


だが、その直後、ペルムの家の周辺に張り巡らせてあった認識阻害の結界が破られたことを察知し、急ぎペルムの森へと戻ることに。


そして、家へと戻ったロリエッタとアルテナのことを、そこで待っていたのは―――、




少し開いた家の扉をゆっくりと開き、ふたりは中へと入った。


「あっ!おかえりぃ〜」


すると、椅子の上に立膝をしてだらしなく座る髪の長い女がいた。


「わしの結界を破ったから、どんなヤツかと思ったが貴様じゃったか、……ベルテス」

「なによ!やけにつれないじゃなぁい?」


アルテナ達が、いつも使っているテーブルに、我が物顔で座っている女は悪びれる様子もなく、そうこたえた。


「はぁ〜、ったく!人ん家で好き勝手しよって」

「だってぇ、せっかく遠い道を何日もかけて来たのに、ここに着いたら誰もいないうえに、いくら待っても帰ってこないから退屈で」


おそらく、家に置いてあった食べ物や飲み物をかき集めて食べ散らかしたのだろう、よく見ると、そこら中に食べ残しが散乱している。


「先生、誰?この人!ってか、ちょっとムカつくから、のして叩き出していいかな?」


大きくため息をつくロリエッタの後ろから、杖を構えたアルテナがそう言い放った。


「やめておけ。お前も相当、強くなったが精霊術を扱う者と戦ったことが、無いであろう?ましてや相手は精霊女王だ。今のお前では、歯が立たたん」

「せ、精霊……女王?!」


「ふむ、あ奴は、ハマン=ベルテス。精霊たちを束ねる(おさ)じゃ」

「こいつが?」


そう聞き返したアルテナがハマンから目を離した、ほんのわずかな間だった。


彼女はロリエッタをすり抜けるとアルテナの目の前に音もなく現れ、まるで品定めをするかのように、まじまじとアルテナのことを見だした。


「フェレーラ、あなた実に面白いものを飼っているわねぇ!ふぅ〜ん、……半魔かぁ」


目を細め、不敵(ふてき)な笑みを浮かべるハマン。


『何こいつ?!あの一瞬で私の間合いを抜けてきた!?』


杖を構えたまま一歩も動けず、まるで逃げ場を探すように身じろぐアルテナの周りを、ハマンはゆっくり周った。


「おい!まり調子に乗るでないわ!!さっさと要件を言え、無駄話をする為に来たのではなかろう?!」


ロリエッタは、ハマンに対し睨みを効かせた。


「おぉ、怖っ!まぁ、……。それもそうね!ねぇ、フェレーラ、―――」


今までと違い、話すトーンを少し下げたハマンは、杖を構えたままのアルテナに、くるりと背を向けると、さっきまでいた椅子へ戻り座った。


「ガブドルという名前に聞き覚えは、ある?」

「ガブドル?」


ハマンが唐突(とうとつ)に告げた、その名前にすぐピンと来なかったせいもあるが、あまり良いイメージを持っていなかったのかロリエッタは少し眉をひそめた。


「そう、ガブドル。歴代の魔王に使えてきた、あなたなら知っていると思ったんだけど?」

「ガブドルかぁ……ふむ、確か大昔、邪教の神で、その名を聞いたことがあったような気がするが……」


「さすがフェレーラ!無駄に何年も生きてないわ」

「無駄とはなんじゃ!無駄とは!!わしを年寄り扱いするでない」


ムッとした表情でロリエッタも空いている椅子へと腰を下ろし、アルテナも座った。


「ふふっ、そうね。さっき、あなたの言った通り、今はもう無いけど数百年前にあった邪教の神の名よ。ガブドルは自らを神と名乗り、魔力を持たない人族は、世界に対し暴利(ぼうり)(むさぼ)るだけで魔族よりも劣った存在だと意義付けたのだ。人族の尊厳(そんげん)など無視して、あろうことか聖戦と銘打ち、人族をこの世から根絶やしにしようと目論んだ中心人物。加えてガブドルが持っている特殊な能力だと思うけど、ガブドルに(かか)わった魔族は、どういうわけかヤツを信じて疑わなくなる。こんな風に表立った行動を起こしたのは、この時が最初で最後だったけれど、おそらくガブドルは表舞台に上がるずっと前から魔族のそれも発言力のある人物に、その身を移し暗躍(あんやく)していたんだと思うわ」

「発言力のある人物じゃと?」


「えぇ、これは、あたしの推測で、はっきりしたことは断言できないけど、多分、時には魔王やその王族達、時には英雄だったこともあるんじゃないかしら……」

「にわかには信じ(がた)い話じゃが」


「そうやって人族と魔族を巻き込んで始まったのが、約千年にわたる種族間での全面戦争だったってわけ。あなたが以前、言っていた『なぜ人族と魔族との争いが止まないのか?』その質問の解が、ガブドルによるものであるなら、あなたも合点がいくのではなくって?」

「・・・」


そんな彼女の問いかけに対し、ロリエッタは否定も肯定もせずに聞いていた。


ハマンの話では、ガブドルは肉体を必要としない精神生命体だという。


別に生まれた肉体にガブドルの精神が受肉(じゅにく)または憑依(ひょうい)することで、この世に顕現(けんげん)するのだと。


そういう意味では、多くの意思を持たない下位の精霊達が、長い年月をかけ依代(よりしろ)に集まり、人格を形成し肉体を得て進化をする上位精霊と似ていると彼女は言った。


だが、ハマンは精霊女王。


魔族と精霊達は敵対しているわけではないが、味方でもない。


だからこそ、敵虚実(きょじつ)の判別がつかず、ロリエッタも、そんな彼女の言うことを全て鵜呑みにできるはずもなかった。


それに彼女は元人族、その力と能力は愛する精霊王のアイギスの死と共に得たもので、興味のないものはどうでも良いいと思う性格だ。


例え、世界の崩壊が訪れようと、人の命に関わる事であろうと、彼女が関心を示すことはないのだ。


しかし、こと知りたいという欲求は異常なくらい執着している。


そんなハマンは、ドワーフ達が作り出す魔道具に精通していて、魔道具に刻まれた術式の解明をしてゆく中で、精霊王のアイギスと出会い、見初(みそ)められ彼の死を境に人でありながら精霊の女王となったのである。


アイギスは人族の願いに応えて、ガブドルとの戦いで命を落とした。


はじめは、壮絶な戦いの末にアイギスとガブドルと相打ちとなり、ガブドルは死んだと思われていたが、後に彼女はガブドルが精神生命体であることを知って、繰り返し転生していることを突き止める。


愛するアイギスの死の原因を作ったのが、そのガブドルであり、器を失ってもなお死なないガブドルをハマンは長い間、探していたのだ。


そんなガブドルの特性の全てを知っていた精霊王のアイギスは、死の間際にガブドルにマーキングをしていて、この世に現れ再び転生した場合、アイギスの首飾りが反応することを今の彼女はすでに解明していたのだった。




「―――まぁ、千年戦争の原因がガブドルだという仮説に辿り着いたのは、この首飾りのお陰で偶然なんだけどねぇ」


ハマンは手のひらの上の布に包まれていた、黒い大きな魔石が特徴的な首飾りを見せた。


すると、


「ん!光ってる?」


魔石が鈍く光っているのに驚いて、アルテナが思わず、そう口にした。


「ふふ、部屋が明るいのによくわかったわね、お嬢ちゃん!暗いともっとよくわかるけど、そうよ。あなた達がここへ着くほんの少し前から、偶然なのか?何十年かぶりに、また光りだしたわ。ねぇフェレーラ、これ憶えている?」

勿論(むろん)、憶えておる。アイギスの首飾りじゃな?!」


「そうよ。あなたがあたしに会いに来るきっかけとなった、アイギスが付けていた首飾り」

「あの時は結局のところ、わしが知りたかったループ魔法とその首飾りは無関係じゃったからな。しかし、その首飾りとガブドルとがどう結びつく?」


「これが光りだしたという事は、ガブドルが依代となる肉体を見つけ顕現したことを示しているわ」

「何っ!!それは本当なのか!?」


邪神の復活と聞き、それが人族との戦争の火種となりうるのではないかと、眉をひそめたロリエッタの脳裏をかすめる。


「ガブドルが自身の名を名乗ったのは、アイギスと対峙した一度きり。それ以外では、ひたすら自身を隠してきたの。ガブドルはただ転生を繰り返すだけの気が触れた戦闘狂じゃない。 狡猾(こうかつ)で知略に長け、冷静に世の中を見ているわ。そこから導き出される答えは、―――」

「もしかして、魔族と人族の対立を、そのガブドルとやらが(うなが)しているという事なのか?!」


「察しのいい、あなたは好きよ!ガブドルの思惑までは分からないけど、このまま放っておけば、間違いなく人族と魔族の間で、また戦争が起きるわ!」

「……今、言ったことが全て真実なら捨て置けん話なのじゃが……。しかし、なぜじゃ?!、この世がどうなろうと、どうでもいいはずのお前が、それをわざわざ、わしに伝えに来た?」


「そうね、おバカな人族と魔族が戦争を起こそうと死に絶えようと興味はないわ。でもね、……あたしから愛するものを奪い、あたしに悲しみと怒りと苦しみを与えたガブドルは絶対に許せない!だからあなたに見つけ出し彼奴(あいつ)を殺してほしいの……このアイギスの首飾りで」


ハマンはテーブルに首飾りを、そっと置いた。


「その首飾り、わしが知りたかったループ魔法とは違うが、条件を満たせば反応する点では呪いに近いようじゃな。それを、どう使う?」

「魔族でいうところの詠唱を唱え固定できれば自動的にガブドルを結界の内部に閉じ込めて、依代となった肉体を崩壊させるの。そして彼奴にとって命と言える存在の力を断ち、消し去ってくれるわ。ただし……、詠唱者も巻き込まれガブドルと一緒に消えてしまうけどね」


「何じゃと?!」

「そ、そんな……」


ロリエッタも一緒に聞いていたアルテナも言葉を失った。


「もともと肉体を必要としない、あたし達精霊も自然の力の供給が無ければ、消えて無に還るのと同じで、いくら精神生命体であっても、存在の力からの供給が無ければ、やがて消滅するはず。けれどガブドルは強さも化け物級、並の魔人では太刀打ちすらできないわ。加えて首飾りの詠唱には少し時間がかかるうえ、とてつもない魔力が必要となってくる」

「待て待て、お前が言っている事は、無茶苦茶ではないか?!」


「無理なお願いをしていることは、あたしもわかっているわ!けど魔力を持たないあたしに、その首飾りを発動させることはできないの。それにあたしはアイギスの全てを得たとはいえ、戦う力、能力は、それを越えられない。ガブドルを打ち負かすには、あたしより強い存在でなけれはダメなの。だからお願いフェレーラ!!あたしよりも強い者をあなた以外にあたしは知ないから……」


ロリエッタは目を閉じ、しばらく黙ったまま考えを巡らせている。


「―――、あたしの言う事が信じられないならそれでもいいわ。でもね、人族との争いを避けたいのなら早くガブドルを見つけ出した方がいいわ。ガブドルを特定するには、この首飾りが役に立つから、これはここに置いていくわね。どうせ、あたしには使うことができないし、ガブドルもおそらく、この首飾りの存在は知っているだろうし、狙っているわ!だから気を付けて。それを使うかどうかは、あなたに任せるわ」


ハマンはテーブルに手を付き、おもむろに腰を浮かせた。


「まぁ、待てと言っておる。それを使うかどうかは分からん。じゃが、見た目に分からないガブドルを見つけ出すには都合が良さそうじゃ」

「それじゃ、願いを聞いてくれるの?」


「お前の復讐劇に加担するつもりはないが、真実を確かめ、裏を取る必要はある。(ゆえ)に時間をくれ!」

「あたしは、彼奴(あいつ)の邪魔ができて、この世からいなくなってくれるなら何年何十年、いえ、何百年先だってかまわないわ……」


快諾(かいだく)とはいかないまでも、思い通りになったはずのそんな彼女の顔は、なぜだか少しばかり物憂(ものう)げに見えた。


ハマンの話しを受け確証を得るために王都へと再び戻ることにしたロリエッタ。


ロリエッタは、自分がペルムの森にいない間、留守をアルテナに任せ、ハマンには、精霊術をアルテナに享受して欲しいと頼んで王都へと向かっていった―――。




長きに渡って続いていた魔族と人族との戦争。


停戦協定から既に十数年の時が過ぎようとしている。


まだ安定と呼ぶには程遠いものの、一部の地域を除いて両者とも国力が戻りつつあった。


だが、停戦状態とは言え、魔族と人族との国境付近では互いを良く思わない住民達の小競り合いが絶えず起こり、緊張状態が今も続いている。


平和を望む多くの者達がいる一方、各地では、きな臭い事件が増え始めているのも事実だった。


そんなさなか人族の村を何者かが襲い、村人全員が皆殺しにあう事件が起こった。


魔法が使用された痕跡があり足跡もあったため、はじめは魔獣の仕業とも思われたが、武器によるものもあったため、魔族の仕業ではないかと噂され始めたのだ。


真実の確証がないままに人族側は停戦状態の中だというのに、あろうことか、その村から一番近い(とりで)へと軍を配置させたのだ。


その事で、魔族側の緊張状態が高まり軍を国境付近へ配備する事となり、平和のふた文字に陰りが見え始める。


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