第10話 憤り(いきどおり)
活性化した魔獣の討伐。
それも、たったのふたりで。
それがアルテナとブラントに与えられた、新たな課題であった。
刻印の儀を成功させ、それぞれ新たに杖と刀を手にしたアルテナとブラントは、それらを使いこなすために、さらなる厳しい鍛錬を、ここ何ヶ月もの間、繰り返し続けてきた。
はじめは、ふたりとも慣れない武器に苦戦していたが、辛抱強くロリエッタの教えに従い、さらなる高みを目指していた。
その甲斐あってか、ふたりの成長は著しく、強さに関しては、すでに魔王軍の強者幹部であっても太刀打ちできないに違いないと、ロリエッタは思っていた。
こと、ふたりでの連携でいえば、ポートウルフの時とは比べ物にならないほどで、ロリエッタですら目を見張るほであった。
ふたりの強さに確信を得たロリエッタは、次に起こった魔獣活性化の時、鎮圧することをふたりに命じた―――。
一時、減ってきていた魔物の活性化だったが、また、ここ数年で上昇傾向にあり、さほど日を待たずに中規模な活性化が起こり、三人は集団となった魔獣達の進行方向の手前へと先回りした。
少し緊張気味のふたりにロリエッタは、「わしもおるから、思う存分戦ってこい!!」と、ふたりの背中を叩き送り出す。
ふたりは少し言葉をかわし、ブラントが差し出した右手の甲に、アルテナは、ちょこんと刻印のある左手の甲を当て、迫り来る魔獣の大群を前に、アルテナとブラントは、怖気付くこと無く走り出した。
そして、ロリエッタの予想に反して、魔獣の活性化は早く治まり、ふたりは、見事、魔獣討伐を成し遂げたのである―――。
魔王グレンとの約束を果たしたロリエッタ達三人は、報告を兼ね一路、王都へと向かう。
途中、町に寄ってから王都へと入ったロリエッタ達は、早速、魔王宮殿に行き、魔王グレンとの謁見を控室で待っていた―――。
「大変お待たせしました。それでは、ブラント殿下のみお入りください。ロリエッタ様、アルテナ殿は、しばしこの場にてお待ちを」
謁見の間につながる扉を開け、そう言ったのは、グレンの側近で女性のクルエラだ。
ブラントが、謁見の間に入ると、扉は静かに閉まった―――。
「久しいな、ブラント」
「お久しゅうございます。陛下」
「あの難しいと言われる原初魔法の『刻印の儀』を成功させたのだな」
「はい、それと、お約束どおり中規模ではありますが、魔獣討伐も刻印の儀の対象者とふたりで果たして参りました」
「ん、大儀であった!その刻印の相手が、例の半魔だったな」
「はい、名をアルテナと申します」
「名など、どうでもよい」
「……」
アルテナに興味のないグレンに対し、誇らしげに話をしていたブラントは、一転して表情を曇らせた。
グレンは、玉座の傍らで待機していたクルエラに何やら耳打ちをすると、クルエラは控室へと向かって行った。
「それはそうと、ロリエッタに魔法の享受を頼んでから十年足らず、よくぞここまで成長できた。では、そろそろお前もこちらに戻り、これからは王道を学び兄達と同じく我の後継者を目指すがよい」
「お言葉ですが、陛下。わたくしは、このままロリエッタの下、アルテナと共に研鑽を積み魔獣の討伐の役を全うしたいと存じます」
「ならん!第七といえ、お前は、王子。いつまでも、そんなことが許されると思うのか?魔獣討伐に関しては、ロリエッタひとりで充分。ましてやその半魔がおれば何の問題もなかろう?!それともまだ何かあるのか?」
「……わたくしは、アルテナをわたくしの妻に、と考えております」
「何だと?!」
「それが叶うのであれば、王位継承権を放棄してもかまわないと存じます」
「愚かな……。人族の血が混じった者との婚姻を望むとは、……。人族と和解したわけではないぞ!!」
「おっしゃるとおりです。今、人族とは、あくまで停戦の状態。互いの国力が戻れば、何れ何処かで戦の火種が狼煙に変わり、また憎しみの螺旋へと転がってゆくでしょう。しかし、陛下。人族との真の和平を望むなら、相手を受け入れ、わたくし目がその象徴となることで、長きにわたったこの戦争に終止符を打つ足掛かりとなりましょう」
「それは、お前でなくてもよい!なぁ、ブラントよ。その件に関しては、ひとりで世界が変わるほど甘くは無い……」
「分かっております。ですからこうして刻印の儀を執り行い我々魔族と半魔との間にもの刻印を結ことできた事は、紛れもない信頼の証。更に婚姻を結べば、平和への第一歩と、―――」
グレンは、玉座の肘掛けをバンっと叩き、立ち上がった。
「えぇぇい!!哀れみでババを篭絡しただけでは飽き足らず、今度は、息子にまで色仕掛けか?!フン、汚らわしい!!お前には、お前の!王子としての役目がある。絶対に許さん!!」
「陛下!」
「もう、よい!お前の妻は我が選ぶ!」
「陛下!お待ちを!!」
ブラントは切実な声をグレンへと投げかけたが、彼は背を向けたまま振り返ること無く、謁見の間から出ていってしまった―――。
一方、その頃、ロリエッタ達は、
「はぁ〜っ?!帰れじゃと?」
「はい、我が王は、そう仰せです」
「チッ、あヤツめ!直前で逃げおったな。なんて度量の狭いヤツめ!!」
「ロリエッタ様、若い衛兵がいきり立ちます。できればそういうことは声にださず、心の中でお願いします。この中にもロリエッタ様を存じ上げない者も、おりますので、……」
ロリエッタのことをギロリと睨む衛兵の様子をうかがいつつ、クルエラは、耳打ち気味に彼女にそう告げた。
「フン!では、魔王様に、東方の美味い酒が手に入ったから、今宵、一緒に飲むつもりで持ってきたが、帰れということなら、ひとり飲むことにする!と、伝えてくれ!」
側近のクルエラは、苦々しい顔で笑みを浮かべ「承知いたしました。では、お預かりいたします」と応じ、扉の前で深々と頭を下げた。
「ったく!!帰るぞ!アルテナ」
ロリエッタは苛立ちを隠せずにドスドスと音を立て、まるで怒りを撒き散らすように歩いた。
「う、うん・・・・・・町で買ったドレス、無駄になっちゃったね」
と、口にして取り繕った笑顔のアルテナを見たロリエッタは、立ち止まると謁見の間の扉を無言で見返した―――。
グレンが立ち去った後、ブラントは伏せた姿勢を解き、おもむろに立ち上がるとブラントも謁見の間を後にした。
ひと気の無い廊下に差し掛かると、ブラントは、ふらりとなって壁に肩を付け下唇を噛んだ。
そして、自分の腕を壁へと強く打ちつける。
バン!と、大きな音が、静かな廊下に響き渡る。
すると―――、
『悔しいか?』
ブラントの耳元でささやく声。
いや、声ではない!
「だ、誰だ!?」
思わず振り向き、辺りを見渡したが自分以外誰もいない。
「―――、声が聞こえたのに姿が無い?どこにいる出てこい!!」
ブラントは、背中を壁に付け注意深く辺りを見渡す。
『ブラントよ……次期魔王よ!』
「次期魔王だと?」
『そう』
「世迷言を……オレは、第七王子。オレと違って兄達は皆優秀だ!そんなことは天地がひっくり返ってもありはしない!!」
『いや身体的な能力、技量に関して今のお前は、どの王子よりも優れている。その器となり得るにふさわしい』
「オレが?」
『その膨大な魔力。何百年もの間いろんな奴らを見てきたが、お前ほどの逸材は、そうはいない。ただ、お前に足りていないのは、強い心と……野心だ』
「貴様はいったい何者だ?!」
『我が名は、ガブドル。古より魔族を導く者』
「導く?……だと?」
『そう、我を受け入れ、その身に取り込め。そうすれば、世界が変わる!』
「……」
『我を取り込めば、お前が苦手とする魔力のコントロールは思いのまま。そして、我が有する、カリスマと絶対支配があれば、王となったお前に、もはや反対する者などいなくなる。自分の意を通したいなら、その手に権力を握れ。今のままでは、叶わぬが我と共になら……フフッ、雑作もない』
「おれが、王に?……」
『そう。カリスマを持つ我が声に耳を貸さない魔族は、いない。故に、絶対支配に抗える魔族がいないのも然り。ブラントよ、我が力を貸そう。あの娘が、……半魔の娘が欲しいのだろう?』
「うっ!オ、オレは、―――」
頭を抱えグラりとなった歪む世界に、ブラントは立っていられなくなり、床に手をついた。
「オレは、……オレは……オレ…」
ふらりと、なりながらも立ち上がろうするブラントの背後に黒い霧のようなものが、うごめきゆっくりと近づいてくる。
「ブラント!!」
その聞き覚えのある声に、ハッとなったブラントは、ゆっくりと顔を上げた。
彼の眼の前に現れたのは、肩で息をしながら不安そうに自分を見つめるアルテナだった。
「ア、アル…テナ……?!」
「大丈夫?ブラント!顔が真っ青よ!!」
「どうして、君がここへ?」
「この後、ここの師団長達と闘技場で模擬戦をすることになったの。で、あなたを待っていたら左手の刻印からの流れてくる魔力が段々と弱々しくなったから、何だか胸がざわついて……」
「そうだったのか、すまない。心配をかけた。少し疲れがでたのかもしれない……。けどもう、大丈夫だ!」
「それならいいけど、本当に大丈夫?」
ブラントは、うなづくと曖昧な笑みをアルテナに返した。
そして、差し出された彼女の手をとって立ち上がった。
「あぁ、問題無い」
「じゃぁ、早く行こ!先生が待ってる」
そう言って笑顔を見せたアルテナは、ブラントの手を少し強引に引っ張った。
肩を並べ、楽しげに歩くふたり。
だが、こんな風に楽しそうに歩くふたりの姿は―――、
これが最後となってしまった。




