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第9話   刻印の儀




刻印の儀、―――。


それは、古くから伝わる原初の魔法のひとつ。


魔法陣を使った儀式魔法と呼ばれていて、魔法を扱える者であれば、誰もが扱える低級魔法に属している。


だが、発動条件の難しさから成功例も少なく、魔族であっても刻印の儀を知る者は、そう多くない。


そんな刻印の儀を成功させる鍵の大半は、術者であるブラントにかかっている。


ふたりの意思を確認し、刻印の儀に挑戦し始めたアルテナとブラントだったが、ふたりの強い思いとは裏腹に失敗の連続だった。


ロリエッタの懸念(けねん)どおり、ブラントの魔力コントロールが一定でない事が、失敗に終わる原因だと思われるのだが、一週間、十日と日を追うごとにブラントの心に焦りと苛立ちが増してゆく―――。




幼少の頃からブラントは、できて当たり前のことが彼にとっては難しかった。


並み外れた魔力量を持って生まれたブラントに、寄せられる期待も大きかったのだが、肝心の魔法が上手く使えない。


周囲の期待の目と、それに応えることの出来ない自分。


何に対しても真っ直ぐなだけに、ブラントの心と自信は、時間と共にすり減ってゆき、ペルムの森へと逃げてしまった。


自分を変えたい……。


その一心で、飛び込んできたこの地で、少しづつではあるが彼は変われた気がしていた。


だが、今、刻印の儀を成功させなくてはいけないプレッシャーで、また、つまづいてしまい前へと進む一歩が踏み出せないでいた。


それでもアルテナと出会ったブラントは、彼女と共に高め合う存在になりたいと強く願い、ここへ来た意味を思い起こし諦めることなく、遠回りもしたけれど自分の気持ちにけりを付けることで、ようやく彼が望んだその時がやって来た。


ブラントは、刻印の儀を成功させたのだ。


喜び合うふたりに、安堵(あんど)の表情を浮かべるロリエッタだったが、ふたたび、ふたりに新たな試練を課そうとしていた。


それは、ブラントとアルテナの刻印の儀を許す代わりに、ロリエッタがグレンと交わした条件のひとつだったのだ。


やっとの思いで刻印の儀を成功させた時には、もう息が白くなる季節となっていた―――。




「どうじゃ?ふたりとも。魔力の流れや感じ方が変わったか?」


刻印の儀を成功させ、喜びはしゃぐふたりにロリエッタが声をかけた。


「そういえば、オレは、流れがスムーズになったような気がする。前までは、どれほど押さえつけても一気に流れてしまっていたのに、それを感じない。今まで感じていた魔力の流れとは、全く違ってる!」


「私は、―――」

そう、言いかけたアルテナは、突然、四つん這いになった。


「何か、……。吐きそう!気持ち悪い」

「えぇ〜っ!オレの魔力が流れてるんだよな?……オレの魔力って、そんなに気持ち悪いのか?」


口元を押さえ、段々とグロッキーになってゆくアルテナに、ブラントは、少しショックを受けている。


「多分それは、『魔力酔い』じゃな」


『魔力酔い?』と、(そろ)って聞き返したふたりに、ロリエッタは、


「―――、ふむ。普通、魔力を待たない人族やアルテナのように、あまり魔力を持たない者が、これ程の魔力を一気に流し込まれると体が受けつけず『魔力酔い』を生じると、言われておる。心配せんでもじきに慣れてきて治まってくるじゃろう」


「ど、どうなんだ?アルテナ」

「うん、多分そうかも?段々マシになってるような気がする……かな?―――!!あれっ?」


アルテナが、そう返事をした後、ふと自分の左手が目に留まった。


「!!先生、見て!!ここに黒い模様が浮かび上がってる!」


「んっ、黒い模様なら、それが、お前たちの刻印の(しるし)じゃ!!」


「こ、これが、私達の……印」


アルテナは、自分の左手に浮かび上がった黒い模様を、今度は、天に手をかざしまじまじと見ている。


「刻印の模様は、それぞれじゃと聞くが……どれ、よく見せてみぃ」

「オ、オレも見る!」


アルテナの左手を中心に、三人で頭を突き合わせたのだが、三人共まるで苦いものを飲んだかのように眉間にシワを寄せた。


「ふむ、何じゃろうな?この模様」

「ん〜?黒い線の丸だよね?!私には、わかんない」

「でも、何か、よく見ると紋章とかでよく見る植物のシルエットにも見えるぞ。おババならこんな感じの家紋とか見たことがあるんじゃないか?」


「確かに。言われてみれば、そうじゃのう」

「ふふっ!何か、ちっちゃくって可愛い!!ねぇ、先生、ブラント!今夜、三人でお祝いしない?」

「おっ!それいいな!!」


さっきまで気分が悪くなっていたはずなのに、足取りも軽く跳ねて歩くアルテナ。


そんな嬉しそうにしている彼女の後ろ姿を見ていたロリエッタとブラントは、目が合った瞬間ふたりの間に柔らかな笑みがこぼれた―――。




一夜明け、昨日夜遅くまでバカ騒ぎをしていた三人だが、鍛錬は、いつものようにすることにした。


だが、その前に、ロリエッタは大きく鍛錬の内容を変更すると、アルテナとブラントに告げる。


その内容とは、アルテナとブラントのふたりだけで魔獣討伐ができるようになる為のものだった。


ロリエッタは、刻印の儀をする許可をもらう際、魔王グレンと交わした約束が、ふたりだけで魔獣討伐を行なえるようになること―――、それが条件だったのだ。




「よいか、ふたりとも。魔獣討伐と一言で言っても規模や場所、時間、魔獣の種類それから条件は、その時々で違ってくる」


「先生、条件って何?」


「ふむ、活性化をおこした魔獣どもが鎮静(ちんせい)するタイミングのことじゃ。対象となる魔獣の三分の一を減らしたところで、鎮静化する時もあれば、最後の一匹まで治まらない時もある。解かりやすく言うとじゃな、活性化した魔獣を一匹の魔獣に例えるなら、大きく強い個体もおれば、小さくひ弱な個体もおり、足を切り飛ばして逃げるヤツもおれば、頭を吹き飛ばしても向かってくるヤツもいるということじゃ。加えて、急所は無く弱点も無い。そんな有象無象(うぞうむぞう)のヤツらが一丸となって、まるで意思を持っているかのように襲ってくる」


「数が多いうえに統率がれているのは、厄介(やっかい)だな。……ん?これは、何だ?おババ」


ロリエッタは、一本の少し反りのある剣をブラントに差し出していた。


「お前が使っていた剣は、この前、折れてしまったからの。これをやる!刀身が少し短く反りのある片刃で、クセが強めじゃが、クソが付く程の魔力量を持つお前との相性は良いはずじゃからな」

「おっ!今までの剣と違って、意外と軽いな」


刀を手にして感触を確かめると、ほんの少し(さや)から引いた。


すると、「オレの魔力が吸われた!?」


ブラントは、一瞬で表情を凍りつかせた。


「そうじゃ!その刀は魔法をまとわせることができる武器。異国の鍛冶師が特殊な製法で魔石を練り込ませるのに成功した一品なんじゃが、使用者の魔力の消費量が半端ないから、これまで誰にも扱えんでいた。名は、なんと言ったかの?ヨ、……ヨウ…トウ、なんじゃったかな?これを手に入れたのが数百年前じゃったから忘れてしもうたわい。確か(なかご)(めい)が彫ってあるはずじゃが―――、まぁ、見たところで、どうせ東方の文字じゃから、わしには読めんしな。どうじゃ?ブラント、そのじゃじゃ馬をお前は使いこなせるか?」


ブラントはゴクリと唾を飲み、鈍く光る刀を鞘に納めると、両手で刀を持ち片膝を付いた。


そして、自分の胸の辺りでロリエッタに掲げた。


「有り難く、ちょうだいする。魔力を吸う片刃の刀か、……。必ず使いこなしてみせるよ!おババ」


ブラントの自信に満ちた顔つきに、小さくうなずいたロリエッタだったが、アルテナから刺さるような視線を受け少し苦い顔した。


「ブラントだけ、ズルい!」


アルテナが、ぷ〜と頬を膨らませた。


「わかった、わかった!まったく……。ほれ、お前には、これをやる」


ロリエッタはそう言って、手にしていた杖をアルテナに渡した。


「えっ?!これって先生が使っている杖じゃん!いいの?」

「あぁ、わしはチェリの前に使っていた杖があるからの」


「チェリ?」

「その杖の名じゃ」


「これ、チェリっていうの?」

「そうじゃ。そいつは杖だが、意思が備わっておる」


「!!意思?!杖に??」


アルテナは、驚きの表情で渡された杖をじっと見つめた。


「うむ!故にわしは、チェリと呼んでおるがな。術者の意図をくみ取り、発動の手助けをしてくれる。気難しいところがあってな、誰にでも触らせないのじゃが、この前、掃除をするのに動かしたと、言っておったからの。そヤツを持てたのであれば、お前にやる」

「?、どういうこと?杖なんだから、ふつうに持てるわよ!」


肩をすくめて笑ったロリエッタにアルテナの疑問は解けなかったが、初めて手にした魔法の杖にアルテナの心は踊った。


「ん〜っ、まぁ、今言わんでも、そのうちわかるじゃろう。ふたりとも、よく聞きな!ブラントに渡した刀がくせ者ならチェリは変わり者じゃ!使いこなすには相当の修練が必要じゃと覚悟せい!それに、これだけの一級品を与えたのじゃ。後戻りも言い訳もできんぞ!」


ロリエッタは、少し浮ついたふたりをジッと見据えた。


「―――、魔獣討伐の失敗は、即、死を意味する。勢いや運では、いずれ破綻(はたん)するじゃろう。魔獣一体一体は弱かったとしても数による暴力は(あなど)ってはならん!その事をしっかり肝に銘じ、これからのおのが鍛錬と向き合え!よいな!!」


気分が浮き立っていたふたりだが、ロリエッタの真剣な表情に、大きくうなずき気を引き締めるのであった。


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