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第8話   幸せの時間




「わしの背には、龍に付けられた呪い(ループ魔法)がある」


しかめっ面のままなアルテナを横目に見ながら、ロリエッタは話の続きを始めた。


「―――、お前も知っているじゃろうが、わしは眠ると、あの日の体に戻ってしまう。じゃから、印を結べたとしても、その後どうなるか予測がつかん。それはあまりにリスクが大きすぎるのじゃ」

「それじゃぁ、私にはその刻印の儀ってのは、無理ってことじゃん!」


「話しは最後まで聞け!わしとは無理じゃと言っただけじゃ。わし以外の者であれば試す価値はあるじゃろう」

「そんな、先生以外だなんて……」


言葉を詰まらせ、尖らせた口と膨らませた頬をアルテナは湯に潜り込ませた。


「何を言っておる。ほれ!あそこにいるじゃろうが、鍛錬の後でも十分に魔力を余らせた奴が、―――」


ロリエッタは、顎でブラントのいる方を指した。


「……!!ブラント?」

「ふむ。先ずは、あ奴に意思の確認をしてからの話じゃがな」


驚きを隠せずにポカンとするアルテナに、ロリエッタは指先で湯を弾きアルテナの顔にかけると、


「―――、よいか、アルテナ!この先、お前と関わりを持つ魔族など、たかが知れておる。それに互いの信頼が無ければ、刻印の儀は成功せんのじゃから、このままのんびり待つわけにもいかん。あ奴であれば、問題は無い。と、まあ言いたいところなんじゃが、」

「何?!まだ、何かあるの?」


「ブラントは、王族。第七とはいえ腐っても王子じゃ。加えてお前は、半魔。我々だけの問題で済む話ではない事は、理解できるな」


アルテナは、黙って頷いた。


「―――、刻印の儀をするにしても確認と許可は必要となってくる。早速、今夜にでもブラントには、打ち明けようと思うのじゃが良いか?」

「う、うん。……私が、その場に居てもいいの?」


「当たり前じゃ!むしろ、おらんでどうする?!自分から思いを伝え場合によっては、お前から頼まんといかんからな」

「……わかった」


アルテナは、小さくこたえコクリとうなずいた。


ロリエッタは、濡れた髪を乾かすから、もう出るとアルテナに告げ風呂場を出ていき、ひとりになったアルテナは、静かに夜空を見上げた。


「ブラントは、何て言うのかな?私のこと、どう思ってるんだろ?……。ってか、私は、ブラントのこと、どう思ってるの?……。自分の気持ちなのに、こんなにも……わかんないなんて」


これまで他者と接したことなど、数える程しかいなかったアルテナ。


半魔であるいじょう、他人から好かれるなんて皆無だ。


偏見の目で見ないのは、ロリエッタだけだった、と言っていい。


では、ブラントは、どうだろう?


この半年の間、一緒に生活をしてきた彼をアルテナは、目を逸らさずに話せる相手となったのは間違いない。


だが自分が、どう思われているか?


そんなの考えた事も無かった。


じゃあ、反対に自分はブラントのことを、どう思っているのだろう?


そんなふうに、自分を俯瞰的ふかんてきに見た事も無かった。


大きくため息をついたアルテナは、考えがまとまらないまま、湯船から立ち上がった―――。




ブラントが風呂から戻ると、三人は、いつものようにテーブルを囲んだ。


ブラントにせかされるまま、ロリエッタは、昔の自分に何があったのかと、今、アルテナが抱える問題について話した。


「―――、おババの呪いの話は、父上から聞いたことがあるけど、まさか、龍に付けられたものだったとは、知らなかった」


「わしとアルテナとで刻印の儀ができれば、問題はないのじゃが、わしは呪われておるでな。切った髪ですら元の長さに戻ってしまうくらいじゃから、おそらく上手くはいかんじゃろう」


ロリエッタは、つまんだ自分の毛先を見ながら、そう言った。


「なるほど、……。つうことは刻印の儀ってのが、オレとアルテナでできないか?って話なんだよな?」

「早い話が、そう言うことじゃ」


「え〜と、ブラントは、私とするの嫌じゃないの?」

「ん、嫌?何が!?」


アルテナの質問に、ブラントはキョトンしている。


「そ、その、私……、半魔……だから」

「なんだ、それか!嫌じゃないぞ」


間髪入れず、あっけらかんと返したブラントの言葉に、アルテナは、意外そうな顔をした。


「―――、オレにしか出来ないことがあるのなら、むしろ、……嬉しいかな。今まで誰かに頼りにされたことなんて一度も無かったからな。それより、低級魔法ですら、まともにできないオレが、成功例も少ない魔法が扱えるのか、そっちの方が心配だよ」


「まぁ、今日、明日の話じゃない。魔王であるグレンの許可も必要じゃし、するにしても、わしからの課題をクリアしてからじゃな」

『課題?!』


ふたりは、揃って聞き返した。


「ふむ、最近、この近くまで縄張りを広げてきたポートウルフの群れを、ふたりで追い払ってこい!」

「!!ポ、ポートウルフ?!」


先に声を上げたのは、アルテナだった。


「ん?ポートウルフ?強いのか?!」

「単体ならそんなに強くないけど、群れは厄介よ!しかも、森の中じゃ圧倒的に分が悪いわ!」


そう、ブラントに言ったアルテナに、少し焦りの色が見える。


「相手は、魔獣。話の通じる相手では無いからの。縄張りに入ってきたものに対しては容赦なく殺しにかかってくる。ひとりなら危険じゃが、お前達ふたりが互いの欠点を補いつつ協力すれば、……。まぁ、問題なかろう」


澄まし顔で淡々と話すロリエッタに、アルテナは嫌な予感がした。


「おババも協力すれば、何とかなるって言ってるし、大丈夫じゃないか?」

「先生の『まぁ』の付く『問題なかろう』は、当てにならないのっ!」

「まずは、互いのことをよく知るところから始めるんじゃな。それと課題がクリアできるまで、いつもの鍛錬は無しじゃ」


そう言って、薄っすら笑うと席を立ち、「―――じゃが、もたもたしてると、この辺りのバニラットが、おらんようになるぞ!」と、付け加えた。


そのことで、ふたりのやる気に火が付いたのは良かったのだが、やる気になった理由がバニラットだったことに、ふたりの師であるロリエッタは、残念そうに小さくため息をもらした―――。




ポートウルフ撃退の課題に取り掛かって、数週間。


アルテナとブラントは、毎日、別々におこなっていた鍛錬を、互いのことをもっと知ることや、今のふたりにできる連携の確認に当て鍛錬のメニューを大幅に変更した。


そうやって準備をし、万全の体制で臨んだものの、一度目は失敗に終わり、二度目にして、ようやく達成することができたのだ。


どうにかポートウルフの撃退に成功したふたりに、ロリエッタは、王都へ出かけ、知人に会いにも行くから半月ほど家を空けると告げた。


それは、アルテナとブラントの刻印の儀の準備と、許可をもらう為と、魔獣の活性化について調べる為だったからだ。


「よいか、ふたりとも!後戻りの出来ない刻印の儀を本当にするのか?わしが帰るまでの間、ふたりでしっかりと話をしておけ!」


そう言って、ロリエッタは先ず王都へと出かけて行った―――。




ロリエッタが王都へ向かってから約半月が過ぎ、そろそろ、ロリエッタが用事を済ませ、今日か明日にでも帰ってくる頃だった。


アルテナとブラントは、ロリエッタがいつ帰ってきてもいいように、多くの食材を求め、いつもより少し遠出をしていた。


「結構、獲れたなアルテナ!」

「うん、寒いのにごめんね。腰まで濡れちゃったんじゃない?」 


「大丈夫!今日は暖かいし、結構歩いた後だったから逆に気持ちいいくらいだ」

魚を入れた籠を抱えブラントは、湖から岸に上がってきた。


「―――ほら、こんなに大きのが!」

「ホントだ!ここ穴場かも!」


大きな魚を得意げに見せるブラントに、アルテナも笑顔をこぼした。


「そうだな!けど、水に瞬間的な強い振動を与えて魚を気絶させて獲るなんて、思いもつかなかったよ」

「実は、これも先生に教えてもらったんだけどね」


「ふ~ん、しかし、おババは何でもよく知ってるよな」

「そうね。これって魚を獲る道具もいらないし簡単なんだけど、川だと流されていちゃうし、湖は浅瀬に大きいの、あまりいないから今までこの方法で獲ったこと無くって」


思わぬ大漁に、ふたりは満足して湖畔を歩く足取りも軽く、楽し気に話しをしながら帰路に就いた。


途中、沈みゆく太陽の光に静かな湖面がキラキラ反射しているのを見つけ、ふたりは、その美しい風景に足を止め腰を下ろした―――。




「決めた!」


突然ブラントが、立ち上がった。


「何?!どうしたの突然」

「刻印の儀、絶対にやってやる!たとえ、父上が許可しなかったとしても」


「嬉しいけどそれは、ダメよ」

「いいや、堅物な父上が許してくれるとも思えない。それに、いずれだなんて言いたくない!オレは、アルテナと……、君と、もっと一緒に互いを高め合う存在になりたい!!」


「何言ってんのよ?!私、嫌われ者の半魔よ。魔王様がダメと言ったら、諦めるしかないわ」

「そんなの関係ない!」


ブラントは、強く言い放った。


「いいの?本当に私でいいの?」

「あぁ、他の誰かに言われたからじゃない。オレが決めた!」


夕日を見つめるブラントの真剣な眼差(まなざ)しに、アルテナはそれ以上何も言えなくなってしまった。


黙ったまま、抱えた膝に顔を載せアルテナも夕日を見つめた。


そんな夕日に照らされ、オレンジがかったアルテナの横顔に、いつの間にかブラントは目が離せなくなっていた。


「でも……、本当にそうかしら?」


アルテナはオレンジ色に染まる顔を、いたずらっぽく笑ってみせると、その表情にブラントは一瞬、息をのんだ。


「ど、どう言うことだ?」

「とある半魔の娘が魔王子に言いました!あなたが私を選んだのではなく、あなたは自分では気付かないうちに、魔法にかかっていて私を選んだ……。そう言うことよ!」


互いに視線を交わすと、どちらからともなく小さく吹き出した。


「ハハッ、何だよそれ?!」

「フフフ」


アルテナの色の違う瞳を見つめたままブラントは、「じゃ、‥‥‥」と言って、


突然アルテナに顔を近づけ、唇を重ねてきた。


「!!!?」


思いもしなかったブラントの行動に、アルテナは、わけがわからず色んな感情が一気に彼女の頭をめぐりはじめ、ぐるぐると回りだす。


わなわなと体を震わせると、とうとうアルテナの思考回路は完全に停止してしまった。


「今のは、オレが選んだ事‥‥‥。それとも、今のもオレが気付かないうちに、アルテナの魔法にかかっていたのか?」


恥ずかし気に、指で頬をポリポリかきながら、今度はブラントが、いたずらっぽく笑った。


「そ、そんなわけ‥‥‥」


と、言いかけたアルテナだったが、黙ったまま優しく見つめるブラントに、


「―――、そんな魔法、知らないわよ!……バカ」


そう言って、視線を泳がせながら、くすぐったそうに笑ったアルテナは、今度は彼女からブラントに顔を近づけ、


ふたりは、もう一度、唇を重ねた―――。




湖から戻ったふたりが家に着くと、ロリエッタの方が先に家へ戻っていた。


久しぶりに三人が(そろ)い積もる話しもあったが、ブラントは開口一番に、刻印の儀をすることをロリエッタ告げた。


ロリエッタもまた、 ブラントの予想に反して、ふたりの間で刻印の儀をする許可を、魔王グレンに取り付けてきたところだった。


「―――、ほぉ〜!あの湖か?!」

「うん、少し奥に山の方から川が流れ込む所があるじゃん、あそこ!結構かたまって大きいのがいるよ」


テーブルの上にずらりと並ぶ魚料理。


三人は、それらを思い思いに頬張(ほおば)った。


「それは、知らんかった。そう、そう!湖と言えば、わしは、あまり夢を見んのじゃが、昔、美しく広がる湖面に立つ夢を見てな。あれは実に幻想的な夢じゃった!じゃが、朝起きると足元近くに、こ奴がおっての。わしの寝床で寝しょう––––「わーーーーーーーーっ!!ちょっと!先生っ!!」––––台無しじゃ」


アルテナは、ロリエッタがこの先何を言い出すのかを悟り、大声で言葉を被せた。


「ん?何じゃ、アルテナ。ここから話が面白くなるところじゃったのに」

「先生、その話は、もういいから!話さなくていいから!!」


「?何だよ!よく聞き取れなかった。面白いなら、オレも聞きたいんだが」

「面白さなんて、これっぽちも無いから!聞かなくていい!!」


アルテナは、顔を真っ赤にしてブラントに詰め寄った。


「え~っ、何だったか、気になるじゃないか!聞きたい!!」


面白い!という前振りがあった分、ブラントは、食い下がった。


しかし––––、


「い・い・わ・ね?!」


アルテナは、更にブラントへと詰め寄った。


「あ、あぁ、……はい」


アルテナの迫力に押され、ブラントは、渋々頷いた。


ロリエッタは、片手で頬杖(ほおづえ)をつくと、(たわむ)れるふたりを視界の端で意識しつつ、町で買った酒をちびちびと飲んだ―――。




ロリエッタとアルテナのふたりだった時より、ブラントが加わって一緒に生活をするようになってからの方が、食事の時間が長くなり、少し騒がしくなったのは間違いない。


幸せの形に、正解なんてない。


そんなことは、ロリエッタも知っている。


だが、ロリエッタがアルテナことを思い返す時、いつも想う。


この時のアルテナが、彼女にとって最も幸せだったに違いないと―――、


それは、彼女の母が残した最後の言葉を、アルテナが、あの幼い時の胸に、しっかり刻んでいたのだと知ったからだ。


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