プロローグ めくるページのその先に‥‥‥
「ブリィ~!」
いつもなら、すぐに見つけることができるのに、セシリアは、そう思っていた。
我が子の好き嫌いくらいは、充分に分かっているからだ。
なのに、今日は、見つからない。
いや、見つけられなかった―――。
「もう~っ!あの子ったら、何処に行ったのかしら?ブリィ~!!」
何度、名前を呼んでも返事がない。
午前中に大聖堂で行われた洗礼式に、祖父と一緒参加していた娘のブリトニーは、昼食の後、今度は父親と一緒に昼からの式典に参加する予定だった。
ブリトニーのような人族の子は、七歳になると全国にあるパルテール教会の各聖堂で洗礼式を受けることができる。
娘は、まだ六歳で来年には洗礼式を受けるのだが、ブリトニーの祖父が教会の枢機卿である影響で洗礼式を見に行くのが、娘が三つの時からの恒例行事になっていた。
毎年、何だかだるく少し疲れた様子で帰って来るのに、今年は、どういうわけか目を輝かせて帰って来た姿を見て、こんな事は初めてだとセシリアは驚いた。
これは、何かあったに違いない!
そう、思ったセシリアは訳を聞こうとしたのだが、少々、興奮気味だったブリトニーは、帰ってくるなり慌てた様子で何処かへ行ってしまったのだ。
もうすぐ昼になるから、食事の時にゆっくり話しを聞けばいいと彼女は思っていた。
だが、昼食の時間になってもブリトニーは顔を見せないし、外に行った様子もない。
心配になったセシリアは、使用人と共に部屋の隅々まで見て回ったが、まだ見つけられないでいたのだった。
すると、使用人が慌てた様子で、セシリアを呼びに来た。
「奥様!いらしゃいました。書庫です!!」
「しょ、書庫?!まさか、読書の嫌いなあの子が書庫にいるなんて!!どうりで見つからないわけだわ」
セシリアは、娘を見つけられなかった理由に、ようやく合点がいったようだ―――。
書庫の扉をバンッと、勢い良く開けると、セシリアは淑女として似つかわしくなくドスドスと音を立てて、部屋の中へと入って行き、
「ブリ!!」
「あら、お母様。どうかなされましたか?」
騒々しく書庫に入ってきた母親に対し、ブリトニーは、読んでいる本から目を離すこと無く返事をした。
「どうかなされましたか?じゃ、ありません!!あなた食事を終えたら、お父様と一緒に式典のパレードに同行するのではなくって?」
本の世界に引き込まれていたブリトニーだったが、セシリアの言葉で一気に現実へと引き戻され青ざめた。
「!!まぁ、大変!そうでしたわ!!」
「そもそも、あなたからお父様に、お願いしたことでしょう?しっかりなさい!」
娘が見つかってホッとしたのと、約束をすっかり忘れていたブリトニーにセシリアは、少々呆れ顔で小言を言った。
「申し訳ありません。すぐ準備をいたしますわ!」
ブリトニーは、急いで椅子から立ち上がると、慌てて本を片付け始めた。
その様子を見てセシリアは小さくため息をつくと、ブリトニーが読んでいた本を一緒に片付けようと手に取った。
「まったく、この子ったら―――、あら?何を真剣に読んでいるのかと思ったら、プルーバーの『魔王子と半魔の娘』じゃない」
「えっ?お母様も読んだことがありますの?!」
セシリアの言葉に、ブリトニーは、意外そうな顔をした。
「当然です!これでも、女神アルテナ様に関する著書は、ほぼ全て目を通しているのよ」
「さすが、お母様ですわ!」
「パルテール教会に身を置いている者としては、当たり前の事です!にしても懐かしいわねぇ。子供の頃読んだきり、だったから所々内容は忘れちゃったけど、何度も夢中になって読み返したのを憶えているわ!」
セシリアは、パラパラとページをめくりながら、そう言った。
「ねぇ、ブリ、知ってた?この本の作者プルーバーって人、作品は300年程前だったかしら、突然世界のあちらこちらに現れたんだけど、作品は、この『魔王子と半魔の娘』のみで、実は性別ですら謎なのよ」
「へ~っ」
「作品自体は、よく知られているのに、プルーバー自身に関することは、ほとんど知られていないのよね」
「そうなんですの?!」
ブリトニーは、読み散らかした本を棚に戻しながら、セシリアの話に耳を傾けていた。
セシリアは、椅子に座り片肘とつくと、開いたページの文に少し目を通しては、次のページをめくる動作を繰り返した。
「本の構成も地の文が少なくセリフばかり。ちょっと子供っぽい表現ながらも登場人物が生き生きとしていて、一般ウケが良かったせいか、魔族寄りの伝記ものなのに人族側でもよく読まれている珍しい作品なのよね」
「ふ~ん。そう言われてみれば、本嫌いのわたくしでも結構、読み易ったかもしれませんわ」
「でしょ!!人族と魔族の争いが長年にわたり続いてた時代、人族と魔族の間に生まれたアルテナ様のような半魔人は、差別の対象。そんな中、世界に平和を取り戻そうと、ひとり邪神に立ち向かっていくお話!子供心にワクワク、ドキドキしながら一気に読んだ記憶があるわ」
「えぇ、わかります!わたくしも自分の部屋でゆっくりと読むつもりでいたのですが、数ページ読んだら止まらなっくって、つい」
「そういえば、読書嫌いのあなたが突然興味を持つだなんて、どういう風の吹き回し?しかも、この手の作品は、書庫にも沢山あるでしょう?なのに、何故『魔王子と半魔の娘』なの?」
「そ、それは、……」
ブリトニーは大好きになった、ひとつ年上の女の子シャロンと魔族の男の子が、この本の事で楽しく語り合ってるのを羨ましく思い、悔しくって読み始めた!なんて言えず、目を泳がせた。
コン、コン、コン
「失礼いたします。奥様、ブリトニー様、旦那様が急ぐようにと」
使用人の言葉に、ふたりは、本来の目的を思い出し目を見合わせ、大慌てで書庫を出ていった。
誰もいなくなった書庫は、とても静かになった―――。
しばらくして、ブリトニーが開けたままにしていた窓から風が、時折カーテンを押し退けふわりと入って来る。
そして、風は机の上に置き去りになった本のページを、次々とめくってゆく。
それは、まるで―――、
やがて訪れる未来をなぞるかのように‥‥‥。




