【37】アルカディアを狙う影〜セイン・ラングスチア視点
◇◇セイン・ラングスチア視点
「なるほどねぇ。…アルカディアの男爵夫人になる人だったら、まず、ラングスチア在住、そしてラングスチア語以外に、今回招待したナーミャ、トライデン、サビーニャ、そしてヴァラの言葉が話せないと論外だね」
帰る前に役場にグレインと共に顔を出すと、グレイス・ニコラスとカワグチ殿に男爵夫人チラシを見せられた。
(…うん、犬が好きな人…とかさ。そんなのいくらでも誤魔化しようがあるに決まってるよね)
僕は心の中で苦笑いしてしまう。
「あー…なるほど。そうですよね。ショッピングモールもあるし、これから色んな国の人が来るんですもんね」
彼は隣の神獣、ペロの耳毛を触りながら頷いた。
「そうそう。あと、最低でも高等教育を受けていないとまずいかな。外交の時にマナーがなかったりしたら困るからね。きちんと学校を出ていないと無理だと思うよ?
あと、出自がわからないのはまずいから身元もきちんとしている人かな。実は妻になった人が敵国のスパイだった…なんてことがあったら寝首をかかれるかもしれないだろう?」
要は僕としては、カワグチ殿にこの国の貴族令嬢、しかも爵位が高い家の娘と結婚して欲しい。
この五カ国語以上話せるという条件が当てはまるのは、実はラングスチアでも伯爵家以上の名家の令嬢だけである。
──僕は、彼がこの国から出ていかないようにしたいと思っている。
(…まあ大丈夫だと思うけど、一応ね)
「なるほどぉ…まあ、そりゃそうですよね。うーん…、どうすればいいですかね。
皇都なら条件に当てはまる人は結構いる感じですか? でも、貴族って皆、婚約者が昔からいたりするんじゃないんですか?」
その言葉に僕は首を振る。
「んーん、我が国では幼い頃から婚約者がいるのは3割程度の限られた人間だけだよ? それに、爵位が上でもまだ嫁ぎ先が決まっていない令嬢だっているしね」
ちなみに僕の婚約者はつい先日決まった。
結局我が国の侯爵家の令嬢になった。
婚約者候補には公爵家の令嬢もいたが、『権力が集中し過ぎるのはまずい』という理由で彼女と婚約した。
「え、セイン様の婚約者候補だった人? セイン様を好きだった令嬢なら僕のあっさり顔じゃ嫌なんじゃないですかね」
カワグチ殿が不安そうな顔をしたので僕は首を振る。
「大丈夫だよ。皆、家と家の繋がりを考えて僕の婚約者候補になっていただけだから」
中には確かに僕の事を慕ってくれている素振りを見せる令嬢もいた。だが、演技か本気かは定かではない。
「んー…わかりました。ただ、さすがに『この人にして下さい』ってピンポイントで決められちゃうのは嫌ですね。何人かとお会いして、最終的に自分と相手と相談して決めてもいいですか」
そんな彼の言葉に僕はほくそ笑む。
「大丈夫だよ。ショッピングモールの宣伝と一緒に、アルカディアで領主夫人を募集していることも広めておくよ」
僕としては、国内の貴族令嬢とカワグチ殿との縁談が決まれば喜ばしい事この上ない。
僕は満足して頷くと、皇都に帰ることになった。
◇◇
(アルカディアは素晴らしかったが、少し疲れたな)
ナーミャから、今回タロウを含め5匹程度友好の証としてドラゴンが寄贈された。
その為、僕とグレインと騎士団の数名は一足先に皇都に到着した。
(カワグチ殿の婚約者探しもそうだけど、早速ラングスチアに牙を剥いた不届者について調べなきゃな…)
魔力が検知されたのもそうだが、実際にトライデンのマキシム王子もその不届者を目撃したらしい。
「黒装束…ねぇ」
僕は湯浴みをした後に、執務室の自分の椅子に腰掛けながら、溜息を吐いた。
──僕には思い当たる国が一つあった。
それは西の大国である、セイワ共和国だ。
国の規模としては、ラングスチア帝国と同等…あるいはそれ以上だ。
(参ったな…どうやって彼らはアルカディアの場所を知ったのだろう)
周辺五カ国は今のところ目立った動きはない。
トライデンは中立的な立場だが、恐らく無理矢理カワグチ殿を誘拐したり武力行使に出ることはないだろう。
小国であるサヴィーニャ公国も恐らく動かない。
今回招待した国で一番怪しいのはヴァラ共和国である。
──おまけにセイワ共和国とヴァラ共和国は隣り合っている。知らないうちに仲を深めていても、何も不思議ではない。
(うーん…組まれたら厄介だな)
僕はショッピングモールを見て、驚いて目を見開いていたヴァラの二人の王女の顔を思い出す。
実はショッピングモールの話が出てからすぐに、僕はヴァラに偵察の魔法が使える魔導士を何人か紛れ込ませていた。
するとタイミングよく、コンコンと執務室のドアがノックされた。
「入っていいよ」
僕は口の端を上げながら答える。
「魔術師団長のシュガルツです。お戻りになられたばかりなのに申し訳ありません」
「ああ、いいよ。偵察結果が出たんだろ。──で? どうだった?」
するとシャガルツが顔を曇らせる。
「はい。ヴァラ共和国に関してですが、残念ながら、非常に怪しい動きをしております。先程偵察していた魔導士から映像が届きました」
「ふーん、見せて」
僕が映像を再生させると、セイワ共和国の使者が貢物だと思われるものを何度も運び込んでいる。
だが、よく映像をアップで見ると、絹織物に偽装されているのは──。
「あー…魔導銃か」
僕の言葉にシュガルツが頷く。
その他にも青果品と偽って弾薬などが運び込まれていたらしい。
「──これは、十中八九ヴァラ経由でセイワ共和国が攻め込んでくるつもりだね」
「はい。恐らく。本当に手を組んだのか、脅されたのかはわかりませんが。
ですが、今回アルカディアの存在がヴァラ経由で漏れているのは間違いないでしょう。
そして、侵攻してくるとしたら、ルート的にも確実に最初の地はアルカディアになるかと」
(だがそれなら、セイワの黒装束の者達は何故昨日、アルカディアのホテルの壁によじ登っていたんだ?
魔導銃や弾薬は隠して運んでいたのに、まるで、今度は自分達の存在をわざわざ我が国にアピールしにきたようなものだ。
──考えがよくわからない…)
僕は溜息を吐くと、シュガルツに指示を出す。
「とりあえず偵察を引き続きよろしく頼むよ。あと、例の異世界人のカワグチ殿と僕が進めているショッピングモール計画だけど…。念の為魔導士も10人くらい行ってもらってもいい? 僕からグレイスとカワグチ殿には伝えとくから。
怪しい動きをしている者がいないか、街全体を偵察魔法で見てほしい。騎士は常駐しているけど、魔導士はいないからさ。
広範囲をチェックするなら魔導士の方が効率がいいし」
するとシュガルツがお辞儀をした。
「わかりました。では、そのように指示しておきます」
「ああ、頼んだよ」
彼が退出するのを確認してから僕は溜息を吐く。
「…はー。多分戦争になりそうだな。やれやれ、準備しないと」
僕は魔道具を起動してグレインに連絡する。
『──はい、グレインです。セイン様。どうかなさいましたか?』
「んー、今シュガルツと話したんだけどね? セイワ共和国がどうやらヴァラを経由して我が国に侵攻しようとしている可能性が高い。
──多分、最初に狙われるのはアルカディアだ」
僕の言葉にグレインがひゅっと息を呑んだのがわかった。
『ショッピンモールの本オープンはどうしますか?』
「うーん、流石にあと二日でオープンするのはまずいかな。とりあえず、三週間伸ばそう。僕からグレイスには連絡しておくよ。
今回プレオープンに来た上位貴族にも侵入者がいた事は伝えてあるし、察している者は多いだろう」
『かしこまりました』
僕はふぅーっと息を吐く。
「オープン日には周辺五カ国全ての貴族が来る。流石に相手も無差別に攻撃するような真似はしないと思う。
出来たらオープン前にカタをつけてしまいたいね。
まずは武器と共に兵を早急にアルカディアに派遣して、こっちも戦闘の準備をしておこうか。」




