【36】嫁募集(条件:書類仕事ができる人)
「それは、なぜでしょうか? 僕はグレイスさんに伝えた通り、この異世界でのんびりと暮らしたいんです。──領主になったら、領民への責任が発生しますし、きっと凄く忙しくなりますよね。
それは僕にとっては都合があまり良くないといいますか…」
要は今みたいにダラダラしていたいのだが、流石に『ダルいから嫌です』とは、この場では言いにくい。
「あー…大丈夫! もちろん領民の意見の取りまとめは文官の方でやるし、今みたいに君は街に建物を作ってくれればいいだけだよ?
──まあ、もちろん、取りまとめたものくらいは読んで捺印してもらう必要があるけどさ」
「…その作業が、どうにかならないでしょうか」
俺の言葉にその場がシーンと静かになった。
そして、グレイスさんが「はぁ…」と溜息を吐く。
「セイン様。だからお伝えしたではないですか。以前私が同じお話をした時にお断りされた…と」
「えー、それは困ったな。でもカワグチ殿。
領主が他の人だと、君はその人の部下ってことになって逆に命令されたら色々君の意じゃないこともしなきゃいけないし、働かなきゃいけなくなるんだよ? そっちの方が嫌じゃない?」
困ったように眉尻を下げるセインさんの言葉に俺は考え込んでしまう。
(確かに! え、領主に命令されるってことはどっちにしても働かなきゃいけなくなるってこと? それは嫌だな)
「うーん…そうなんですね…。書類などの領主ならではの仕事は、やはり本人以外はやってはいけないんですか? 例えば、人を雇うとか…」
「そうだね…。流石に最終的な捺印くらいは領主がやる必要があるかな。
あとは、事情があればその領主の奥方くらい…」
途中まで言った後、セインさんはハッとしたように顔を上げた。
「──それだ! じゃあ君、結婚して奥さんに捺印とか任せればいいよ。で、君は建物を建てる実務担当をして! どうだろう?」
「えー…でもそれ。奥さんになる人に悪くないっすか? それに僕、結婚は好きな人としたいんですけど」
俺の言葉にセインさんは首を振る。
「大丈夫!! この街だったらきっと奥さんになりたい人がたくさん来るに決まっている。きちんと最初からその条件を伝えた上で飲んでくれる人を探せばいいじゃない! なるべく広く募集した上で、その中から好きな人を選べばいいよ」
(そういうもんだろうか…)
俺は少し悩んだ後、頷いた。
「わかりました。とりあえず、では結婚相手を募集してみます」
セインさんや後ろの国王陛下達はホッとした顔をする。
「良かった。じゃあそれで宜しく」
「あと、実は僕はこの街に大使でくる予定のナーミャのリオネル王子と友人でして。彼にもラングスチアの貴族令嬢を紹介してあげて欲しいのですが」
「え、うん。まあ、それも構わないけど…」
(よっしゃあああ!! リオネルさんにナンパしなくても良くなったって教えてあげよう)
俺は心の中でガッツポーズを取る。
「ありがとうございます!」
「──ちなみに爵位は男爵からスタートだから。でも、武功を立てたらどんどん君には爵位を上げてもらいたい」
俺は思わずキョトンとしてしまう。
「…それはつまり、僕、貴族になるってことですか?」
「うん、まあそうだね」
その言葉に俺は戸惑ってしまう。
「しがらみとか大丈夫ですか? あと、僕の妻になる方の相手の爵位は気にしなくていいんでしょうか」
「え? う、うん。一応男爵だからね。平民から娶ることも可能だけど…。あとしがらみとかは気にしなくていいよ。直接僕というか、国の後ろ盾がついているからね」
セインさんがそう言ってくれたのでホッとした。
「良かったです! では、結婚相手はどのような方が良いか募集要項だけ、僕の方で作成しても良いですか? 僕の妻となる方なので」
「募集要項? うーん、まあ、自由にしたらいいよ。あと、あとで地図を渡すけどこの街の近辺の国営になってる土地はどうせ持て余してたから自由に開発しちゃって構わないから。」
俺がお礼を言うと、セインさんは満足そうに頷いた。
「──じゃあ、君の名前は今日から『ナツキ・カワグチ・アルカディア男爵』だ。 これから男爵夫人を娶ること。そして、ショッピングモールの本格オープンを成功させる事。それだけ宜しく頼むよ」
そう言われて、俺は思わず目を見開く。
(ナツキ・カワグチ・アルカディア男爵か…。なんか日本語と混ざると微妙にパッとしない名前だな。ま、いっか)
「──はい。わかりました」
その瞬間、部屋に盛大な拍手が響き渡る。
「静粛に!! 今日この場をもって、新たにアルカディア男爵が誕生した! ナツキ・カワグチ・アルカディア男爵にこの勲章を授ける」
皇帝陛下が叫ぶと同時に勲章が渡された。
(なーんだ…結局最初から俺が受ける前提で最初から色々用意されてたんかーい。…ま、しょうがねぇか)
隣ではペロがパタパタと尻尾を振っている。
こうして俺はこの地『アルカディア』の男爵となる事が決定した。
◇◇
「よし! 出来た!」
きゅっきゅっと油性ペンが音を立てた。
──翌日。俺はショッピングモールで購入してきた紙に、なるべく綺麗な字で手書きのチラシを作っていた。
(パソコンがあればいいんだけどな…)
ちなみに、プレオープンで来た貴族達はお昼ご飯を食べたら帰るようだ。あとで、フィオナさんと一緒に見送ることになっている。
隣ではペロがフンフン息を吐きながらチラシを覗き込んできた。
「おお、ワシのことまで気遣って貰って悪いな」
…………………………………
アルカディア男爵婦人、大募集!
・採用人数:一名(女性)
・お給料:要相談
・一日三食、マンションの部屋付き(家具付)
・爵位、身分不問
・デスクワーク、捺印作業、書類を読むのが苦じゃない方
※歓迎する条件
・犬が好きな方(重要)
・執務経験
・政治に興味のある方
・めんどくさいことを丸投げされても大丈夫な方
・揉め事を起こさない方
我こそは!という方は、是非アルカディア役場にお申し出下さい。
やる気のある方、お待ちしています。
…………………………………
「ひとまずこれを、グレイスさんに見せてこようと思うんだよね」
俺の言葉にペロがパタパタと尻尾を振る。
「おお、そうじゃのう」
恐らく仕事中なので、ペロと一緒にエレベーターを降りて、地下から役場のグレイスさんの執務室に向かう。
他の文官にグレイスさんに用がある事を伝えると、快く通してくれた。
「グレイスさーん!」
「あ、おはようございます、カワグチ様。どうしましたか?」
俺が満面の笑みでチラシを差し出す。
「これ、早速なんですけど、作ってみました! ただ、直接僕のところに男爵夫人希望の人に来られると困ってしまうので、出来たら役場の方で取りまとめして頂けますか?」
グレイスさんは、穴が開くほどじっとチラシを見つめた後、ため息を吐いた。
「カワグチ様。これじゃダメです」
「…へ? なんでですか?」
すると、彼は大袈裟に「はぁー」っと溜息を吐いた。
「こんなの、変な人、来放題ですよね?! 爵位、身分不問だなんて! 下手したらよく分からない貧民街の平民や、犯罪に手を染めているような方が来たらどうするんですか?!」
そう言われて、俺は目を見開く。
「…あー、そうっすよね。盲点でした」
「下手したら孤児院から逃げ出した孤児とかもたくさん来ますよ?! いいですか、これは絶対にばら撒かずに、私と一緒に作成して下さい。
それと、セイン様にも、この紙を見せて一度改めて条件を伝えて下さい! わかりましたか?!」
そう言われて、俺は渋々頷いた。
「わかりました。…それまではじゃあ、領主の仕事は無しということで! 文官さんや各住宅街の村長が取りまとめをしてくれるってことでいいですか? 困った事とか必要なものがあったら作りますんで」
出来るだけ俺は、細かい仕事をやって貰える方向で誘導する。
「──まあ、もちろん書類にして残してはおきますが、捺印はとりあえず奥様が決まってからで大丈夫です。まだそこまで人口も多くないですし」
こうして俺は、代わりに執務をやってくれる男爵夫人を娶る事になった。
※タイトルの数字が33話以降ずれてたので修正しました。




