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09 屋上の約束

 事務所の公式発表のあと騒ぎは収まるかと思ったのに、SNSでは面白おかしく記事にされ続けていた。人気俳優と話題の女優ということもあって、話題には事欠かないのだろう。ドラマの撮影現場の隠し撮り写真や、番宣での様子など、あたかも恋人同士かのように煽ったネット記事が溢れていた。


『事務所否定も、隠れて交際は続いていた!?』

『実は事務所公認だった!!』

『独占インタビュー! 友人Aからの証言!!』


 結斗(ゆうと)くんと恋人になったあとも、僕の引きこもりは相変わらずだった。だから情報源も変わらずネット記事だ。情報操作が溢れていると分かっていても、どうしても見てしまう。そして一度落ち着いたはずの心が、グラグラと揺れ始めてしまう。

 はーっと大きくため息をついた僕に、後ろから声がかけられた。


「なぎ? またこんなの見てたの?」

「しお……」

「声かけても返事がないから、部屋に入らせてもらったよ」

「うん……」

「編集してたんじゃないの?」

「そうなんだけど……」


 (うしお)は芸能の仕事、僕は高校時代から続けている、ゲーム攻略サイトの運営。それに加え最近は動画配信も始めた。もちろん顔出しせずに音声のみだ。声だけでもドキドキしちゃうけど、編集してから公開するからどうにかやっていけている。


「休憩しようと思って……」

「まぁ、気になっちゃうのはわかるけど、また結斗が心配するぞ?」


 ああ、潮はきっと、なかなか会えない結斗くんの代わりに、僕の様子を教えてほしいとかなんとか言われたんだろう。潮だって忙しいのに、申し訳ないなぁって思っちゃう。


「今、俺に悪いなーとか思ったろ?」


 僕の頬をぐにーっと引っ張り、潮が笑いながら言う。


「大事な双子の兄のことを心配するのは当然なんだから、気にしない!」

「いひゃい……」


 引っ張ってぐりぐりされて、パッと勢いよく離された。僕はヒリヒリするほっぺを触りながら、口をとがらせた。


「もー! しおったら! 痛いよ」

「そんなしけた顔してるからだよ。結斗を信じるって決めたんだろ?」

「うん……。もちろん、結斗くんのことを信じてる。だけど、こんな記事が溢れてると、胸が痛んで……」

「芸能界はどうしても、ネット記事や週刊誌報道とは切っても切れない関係だから、仕方がないと割り切るしかないかな」


 潮はモデルとしてスカウトされ、アイドル活動をすることになった時も、色々と噂されたり叩かれたりしてたっけ。そんな潮を間近で見て知っている僕だから、仕方がないって流せるはずだったんだ。

 だけど結斗くんのこととなると、平常心ではいられず、どうしても心が揺らいでしまう。結斗くんを信じていないわけじゃないのに……。


「まぁ、あんな記事が出回ってたら、心配だよなぁ。……でも大丈夫。結斗のTitter個人アカウント見てみろよ」

「え? 結斗くんの?」


 潮はうんと言って、パソコン画面を指さした。その顔は、なんだかニヤニヤと笑っている。僕の気持ちがちょっと落ちてるのに、なんで笑うんだよって思ったけど、潮の言う通りにTitterを立ち上げた。

 先程見ていた結斗くんに関する記事が再び目に入る。ちょっと顔をしかめたあと、結斗くんの個人アカウントに飛んだ。


「あっ……」


 画面を見た途端、僕の口から小さな声が漏れた。

 

『ファンの皆さん、いつも応援ありがとう。

最近も憶測の記事や噂が飛び交ってるみたいだけど、気にしないでほしい。

ドラマの撮影は順調で、星野真衣さんを始めスタッフ皆と最高の作品を作ろうと頑張ってるよ。

仕事が楽しくて毎日充実してる。恋愛はまだ先の話かな。

引き続き応援よろしくお願いします』


 一文字一文字に、結斗くんのファンへの思いが伝わってくる。熱愛報道を否定してもなお続く報道に、心を痛めているファンも多いだろう。

 でも一番は、僕への優しさだ。潮から僕の様子を聞いていて、励まそうとしてくれたに違いない。まだ噂の火種になるかもしれない、恋愛の話題をあえて含めたのも、僕への気遣いなんだと思う。僕という恋人を守るため、結斗くんなりに考えてくれたんだ。


「しお、教えてくれてありがとう。……僕、今すごく結斗くんにありがとうって伝えたいよ。LIMEしようかな」

(なぎさ)のこと心配してたし、電話してあげたら喜ぶんじゃない? ……あ。伊藤(いとう)さんに相談してみようか」


 潮はなにか思いついたように、ポンっと手を叩くと、スマホを取り出しどこかに電話をし始めた。


「あ! もしもし。今大丈夫ですか? 実は……」


 誰かに電話しているけど、相手が誰なのかはわからない。けど、何やら約束を取り付けているようで、しばらく会話をしたあと、「はい、じゃあお願いします」そう言って電話を切った。


「何の電話してたの?」

「んー、明日の夜、撮影の合間に、結斗に会えるように時間調整してもらった」

「……えっ!?」

「しばらく会えてないんだろ? あんまり長い時間は無理だけど、少しくらいならなんとかなりそう」

「え、でも、こんな大変な時に……」

「大変なときだからこそ、愛する渚に会えば、元気をもらえるさ」


 想定外の出来事にオロオロし始める僕に、潮は背中をバシッと叩いて言った。


「何オロオロしてんだよ? もっと恋人らしく自覚を持てよ。結斗の元気の源は、渚、お前なんだぞ?」

「で、でも……。もし見つかったら、結斗くんの足を引っ張っちゃう……」

「何かあったら、おれがちゃんと話を合わせるから大丈夫だって」


 いじめというトラウマによって、自己肯定感の低くなった僕が、そう簡単に前向きになれるわけがない。結斗くんのおかげでだいぶマシにはなったけど、またふとした瞬間に後ろ向きになったりと、まだまだ不安定だ。


「明るいうちに普通に会わせてやりたいけど、まだ報道が完全に下火になったわけじゃないし、マスコミにまた何を記事にされるかわかんないからな」

「それなら、やっぱり会わないほうが……」

「大丈夫。この前みたく、俺のフリして会いに行けばいいさ」

「あ……。知ってたんだね」

「結斗から事情は聞いてるよ。ほんと、律儀なやつだよな。俺に黙ってたってなんてことないのにな」


 潮は、くくくっと楽しそうに笑うと、「任せとけって」と言って、軽くウインクをした。


「うん……。ありがと」

「スケジュールの調整してくれたの伊藤さんだし、レストランも伊藤さんの身内が経営するところで、融通を利かせてもらったみたいだから、お礼しとかないとな」

「そうなんだ。伊藤さんが……」


 伊藤さんは、僕たちの行動に違和感を覚えていると思う。見つかると面倒くさいからと言い訳はしてるけど、芸能人同士ならもっと普通に会えるはずだ。なのに、こんなにコソコソ隠れるようにして。何度も伊藤さんに協力を仰ぐというのは不自然過ぎる。けど、詮索せずさり気なくサポートしてくれる。さすがマネジメントのプロだと思う。でもそれ以上に、デビュー当時からずっと一緒に頑張ってきた結斗くんが可愛いんだと思う。本当に良い人に恵まれたんだね。


 僕はその後、当日の詳しい段取りなどを潮から聞き、寝る前に結斗くんへメッセージを送った。まだ撮影中なのか返事はなかったから、僕は結斗くんに思いを馳せながら、そのまま眠りについた。

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