05 Win-Winな関係?
放心状態でもう脳内処理が追いついていない僕だけど、葛城くんはどんどん話を続けた。
なんだか、今までの経緯を色々と話してくれていたみたいだけど、僕の耳にはほとんど届いていなかった。そのあいだ、僕の頭の中で、さっきのグルグルがしばらく続いていたけど、やっと少しずつ落ち着いてきた。
あの幻聴は置いといて。葛城くんが僕を探していてくれて、潮の協力の元、がっつりストーカー行為をしていたというのは理解した。……理解したというか、無理やり納得させたというか。
「だから、子供の頃に会ったのが渚くんだと断言したのは、潮に聞いてたからなんだ。ごめん。……でも、今の潮と渚くんは見分ける自信はあるよ」
自信満々に言う葛城くんだけど、確かに陰キャ変装の潮のふりをしていた僕を、渚だと見破ったのはすごいと思う。本当に僕たちを見分けているのだと思う。ストーカーをしていたくらいだから、当然なのかもしれない?
「それに、潮から聞いてたけど、渚くんの推しは俺なんだろ? なら何の問題もないじゃないか」
「え、どういう……?」
「俺も出会った頃からずっと渚くんが好きだった。渚くんも俺のことを推すくらい好きなんだろ? Win-Winじゃないか」
「いや、推しはあくまでも推しで」
「じゃあ、俺のこと嫌いなのか?」
「まさか! そんなことあるわけ……!」
そう言い終わらないうちに、僕の口は言葉を発せられないように、何かでしっかりと塞がれた。
今日起きた出来事は何もかもが急展開すぎて、一年かけて起きるはずの出来事を、神様の手違いで、今日一日で僕の身に起こるように設定してしまったんだと思う。
今だって、僕の鼻先が触れそうなくらい目の前には、推しの顔。こんなにドアップで拝めて罰が当たらないのだろうか。僕はありえないことが起きていることに気付かず、葛城くんの前髪はねてて可愛い。……なんて、冷静に眺めていた。
「目、閉じないんだな」
口を塞いでいた何かが離れていくと同時に、葛城くんはそう言った。
え? 何が?
そう問い返そうとしたら、葛城くんが僕の頬に手を添えて、めちゃくちゃ嬉しそうに微笑んだ。
「俺のファーストキス。仕事でもしてないから、正真正銘の初めてだ」
「……っ!!」
「渚くんは?」
葛城くんがファーストキスと言ったけど、自分の身に何が起こっていたのか、瞬時に理解することはできなかった。キスって、漫画とかで恋人同士がするあれ? そう首を傾げていると、リプレイのように脳内でもう一度再生された。
……!!
僕は、葛城くんと……キスをした? そう認識した途端、顔が一気に熱くなった。え? なんでそんな事になってるの? やっと落ち着いたと思った心臓が、再びバクバクと音をたてはじめた。
そんな中、葛城くんは僕に「渚くんは?」って聞いてきたけど、「ハイ僕もです」なんて恥ずかしくて答えられない。今まで恋人になった人はいなかったし、好きになったのだって葛城くんだけだ。しかも、遠くから全力で応援する、推しへの愛だ。でも、頬に手を添えたままの葛城くんが、不安そうに瞳を揺らすから、僕はすごく恥ずかしかったけど、小さく首を縦に振った。
そしたら目の前の葛城くんは、ぱぁっと顔を明るくさせ、嬉しそうに微笑んだ。そして、僕の頬を撫でながら、聞いてきた。
「もう一度、キスして良い?」
引きこもりの僕にとって、こんなに親密なコミュニケーションは非常に難しい課題だけど、再び不安そうに揺れる瞳を見てたら、僕もちゃんと伝えたいって思った。でもやっぱり言葉にするのは恥ずかしいから、わずかに聞こえるような声で「うん」と返事をした。
するとその返事を待ってましたとばかりに、先程より力強く唇が当てられた。今度は何が起きているのかはっきり認識している僕は、ゆっくり目を閉じた。
そして先程より長いふれあいの後、離れていくぬくもりを追うように、僕はゆっくりと目を開けた、満足そうに微笑む葛城くんと目が合って、恥ずかしくて何処かに隠れてしまいたくなる。
ちょっと気恥ずかしくてどうしていいのか困っている僕に、葛城くんは「ありがとう、うれしいよ」と言って、僕をやさしく抱きしめた。
「あの頃は、本当に渚くんと結婚できるのだと思ってた。だから、いつ迎えに来てくれるのだろうって楽しみに待ってたんだ。けど、親の仕事の都合で引っ越してしまったと聞かされた時は、本当にショックだった。だから、今度は俺が渚くんを探そうと思ったんだ。芸能界に入って有名になれば、いつかきっと渚くんも気付いてくれるって」
葛城くんが今の俳優という仕事を選んだのは、僕がきっかけだったんだ。……その葛城くんに、画面の向こうから僕は励まされた。そして、潮を通して再び出会うことができた。これってすごいことじゃないか。
「渚くんと会ったあと、うちの両親は離婚したんだ。俺は祖母に引き取られ、祖母は優しくしてくれたけど、やっぱりさみしくて。そんな俺の支えになったのが、渚くんにもらったラブレターとプロポーズの言葉だったんだ」
「ラブレターとプロポーズ?!」
たしかに、子供心にゆうちゃんとずっと一緒にいたいと強く思った。遊んだのはほんの数日だったけど、離したくないって思ってしまったんだ。だから一生懸命考え、野花の花束と折り紙に書いた手紙を差し出し、『およめさんになってください』という言葉を伝えたんだ。ああ、たしかに完全にプロポーズだよな、あれは。
「だから、潮を初めて見た時はすごく嬉しかった。やっと見つけたって。でもまぁ、別人だったけどな。……でも、潮にこの話をした時、あいつは笑わずに聞いてくれたんだ。そして、応援するって」
「僕も! ……僕も、葛城くんの言葉が心の支えだったんだ」
「俺の言葉?」
葛城くんの熱い思いを聞いていたら、僕も伝えなきゃって思った。あの時、画面の向こうの葛城くんの言葉に、どれだけ救われたのかを。
「僕、中学生の頃いじめられてたんだ。でも、誰にも心配かけたくなくて、ずっと黙って我慢してた。そんな時、パソコンで配信ドラマを見てたんだ。画面の向こうから、『大丈夫だよ』って、たった一言だったんだけど、その言葉で僕の心はスーッと軽くなったんだ」
「それって……」
「まだ無名だった頃の、葛城くん」
「俺の初めてのセリフだ……。俺の一番会いたかった人に、俺の言葉が届いていたんだな……」
葛城くんの目尻に、かすかに光るものが見えた気がした。
何を言うわけでもないけど、二人で見つめ合っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「あれ? 事務員さんかな?」
葛城くんが来たときも事務員さんかと思ったけど、今度こそ事務員さんだろう。ここは特別教室だから、来る人は限られているはずだ。もしかしたら、逃げるように戻ってきてしまった僕を探しに来たのかもしれない。
「すみません、今から教室に戻ります」
そう言いながらドアを開けると、目の前にはにーっと嬉しそうにピースをする潮が立っていた。
「サプライズ大成功~!」
「「は?」」
嬉しそうにサプライズを告げる潮とは反対に、僕と葛城くんは意味がわからなくて、ちょっと不機嫌そうになった声を同時に上げた。