23 未来への約束
「ノヴァリアって、ほんとうに星が綺麗に見えるよね……」
僕が勇気を持って一歩踏み出す宣言をしたあと、約束通り、二人でレストランに来ていた。丘の上に建つ小さなレストランで、昼間は青空の元、夜は星空を眺めながらの食事ができるということで人気のお店らしい。記念日のお祝いや、特別な演出を求めて予約する人、他にはレストランウエディングも行えるお店なんだそう。
「ここはとても人気のあるお店で、一日に一組限定だから、予約できてよかったよ」
「一組だけなの?」
「そう。貸し切りにして、お客の要望を丁寧に聞いてくれる、素敵なお店なんだ」
「だから予約を取るのが大変なんだね」
「料理もとっても美味しいと評判だよ」
二人で店内に足を踏み入れると、「ようこそいらっしゃいました」と温かな声で出迎えられた。店内ではピアノの柔らかな音色が流れ、二人を優しく包む。テーブルの並んだ部屋を抜け、星空の元のテラス席へ案内された。
「前に、星の見える場所に旅行しようって約束しただろ?」
「うん」
「ノヴァリア旅行でその約束はもう叶えられたけど、今度は星空を独占できる場所で、ふたりきりの食事を楽しみたいと思ったんだ」
「ふふ。贅沢な夢だね」
「日本では叶わない夢も、ここでは叶えられるんだ」
「ここでは、叶えられる……」
結斗くんは、僕の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「さぁ、食事にしよう。……すみません、よろしくお願いします」
結斗くんは手を上げると、店員さんに食事の用意をお願いしたみたいだ。メニューを持ってくるのかと思っていたけどその様子はない。一日一組と言っていたから、コースメニューなのかな。僕はテーブルマナーとかわからないからドキドキしてしまったけど、それ以上にこれから出てくる料理へのワクワクした気持ちが大きかった。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったね」
「うん、僕、もうお腹いっぱいだよ。ごちそうさまでした、美味しかったです」
僕と結斗くんは両手を合わせ、食事を作ってくれた人や関わった人や物に感謝した。ノヴァリアに来ても、そういった日本人の心は忘れない。
出された料理は、僕の大好きなものばかりだった。もしかして、結斗くんが事前に伝えてくれたのかな? そう思って結斗くんを見ると、「渚が喜んでくれてよかったよ」と満足そうに微笑んでいた。
「テラスを散歩しようか」
結斗くんが立ち上がり、柔らかい笑顔で手を差し出す。少し歩けばお腹も落ち着きそうだなと思い、僕は「うん」とうなずいてその手を取った。
このテラスは、丘の上にせり出すように作られているせいか、まるで星空に浮かんでいるみたいだ。ガラスの手すり越しに見下ろすと、丘のふもとに広がるノヴァリアの海が月光できらめく。静かな波の音が聞こえ、僕と結斗くんを優しく包んでいた。
しばらく二人で思い出話をしていると、結斗くんの言葉がピタリと止まった。どうしたんだろう? と思って横に立つ結斗くんを見ると、「ちょっと待っててね」と言ってテラスの入口へと戻っていった。結斗くんを視線で追ったら、テーブルのお皿たちがきれいに片付けられているのが目に入った。僕たちの邪魔にならないようにと、音もたてずに片付けてくれたのかな。さすがプロだなと感心していると、結斗くんが戻ってきた。
そして、僕の目の前にさっと跪くと、小さな花束と手紙を差し出した。僕の顔をじっと見つめると、コホンと軽く咳払いをし、意を決したように口を開いた。
「俺のお嫁さんになってください」
おれのおよめさんになってください……?
僕の耳に入ってきた言葉を、心の中で繰り返してみたけれど、全く意味がわからずゆっくりと首を傾げた。けどこのセリフは、小さい時に僕が、『ゆうちゃん』に伝えた言葉。僕はゆうちゃんとずっと一緒にいたくて、結婚したらその夢が叶うと思った。だから小さな花束と折り紙の手紙を渡して、『ぼくのおよめさんになってください!』ってプロポーズをしたんだ。……ということは、もしかしてこれは、結斗くんからのプロポーズなの……?
夢のような可能性を考えた僕は、信じられなくて動きが止まってしまった。目の前で固まってしまった僕を見た結斗くんは、手にした手紙を静かに広げて読み始めた。
「子供の頃の渚からのプロポーズ、本当に嬉しかった。でも、俺達は離れ離れになってしまい、あのときのあの子に会うというのが、俺の人生の支えだった。再会してすぐ名乗り出ることはできなかったけど、ストーカーの日々もとても楽しかった。それから両思いになって、そばで過ごすうちに、もっともっと渚が好きになった」
結斗くんはそこまで一気に言ったあと、ひと呼吸をおき、再びゆっくりと話しだした。
「渚、これからもずっと一緒にいたい。人生のパートナーになってほしい。……俺と、結婚してください」
再び僕の目の前に、小さな花束が差し出された。リボンに小さな星型のチャームが付いていて、ゆらゆらと揺れる。僕はまだ信じられない気持ちで、ゆっくりと花束を受け取った。顔を上げると、期待と不安が入り混じった顔をした結斗くんが、読み終えた手紙をたたみ僕に差し出した。
「日本では、同性の結婚は叶わないから、せめて一緒にいることができればと思っていた。けど、ここノヴァリアでは、結婚することだってできる。もちろん、形に拘らなくても、渚がそばにいてくれるだけで幸せだから、無理強いはしない……」
再会した時から、思いを全力でぶつけてくれた結斗くんが、珍しく弱気になっていると感じた。正直な気持ち、引きこもりの僕は断れず、グイグイ来ることで流されているのかもと思うこともあった。だって僕の推しだよ? その推しと恋人になるなんて、ありえないことだったはずだ。
それでも、僕は僕の意思で結斗くんの手を取った。……そして今も、流されたわけではなく、僕も結斗くんとずっと一緒にいたいと願うから、この手を取るんだ。
差し出された手紙を受け取り、結斗くんの手をぎゅっと握りしめた。
「ありがとう……うれしいよ。よろしくお願……」
「よかった!!」
言い終わらないうちに、僕は結斗くんに力強く抱きしめられた。
「断られたらどうしようかと思った」
「断るわけなんてないよ。びっくりしすぎて、固まっちゃっただけ」
「俺は、ずっとタイミングを考えていたんだ。渚のトラウマのこともあるし、急いじゃいけないって。けどこの前、一歩を踏み出してみるって言う渚の言葉に、俺も決意を固めたんだ」
「うん……」
僕は結斗くんから体を離すと、結斗くんの手を取り、指を絡ませた。
「ゆびきりげんまん~うそついたらはりせんぼん、の~~ます。ゆびきった!」
子供の頃の約束と同じように、結斗くんとゆびきりで約束をした。
「あはは、懐かしいな」
「これで、もう絶対離れられないね」
「拳で叩かれたり、針を千本飲まされるって、すごい約束だよな」
「そんなことしなくても、僕たちの約束は守られるね」
僕たちは、永遠だと信じている。名前も知らなかった僕たちが、再び再会して恋人になって、結婚の約束までしたんだ。きっと、離れられない運命なんだと思う。
「ゆびきりの約束と、結婚の約束が揃えば最強だ」
「うん、僕たちは世界一幸せな二人だよ」
結斗くんとぴたりと肩を寄せ合い、遠くに広がる海と星空を眺め、しばらくの間プロポーズの余韻に浸った。