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推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです  作者: 一ノ瀬麻紀


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21 最後のメッセージ

 結斗(ゆうと)くんが、ファンクラブ内コンテンツで最後のあいさつをし終えたあと、事務所の周りにはたくさんのファンが集まっていたと言う。想定されたことだから、混乱を避けるために結斗くんは事務所ではなく、見つからないように配慮された場所で配信していた。実はその配信場所というのは、僕の部屋だった。

 結斗くんの熱愛報道が出たときに、結斗くんの事務所に僕の存在を明かしている。そのうえで、今回の退所前の生配信の案が出た時に、配信機材が揃っているし、一般家庭でバレにくいだろうという話になった。あの騒動後、(うしお)は実家を出て一人暮らしをしているし、マスコミもこの家を見張っていることはないだろうと判断したようだ。


 そうなると、両親に説明をし許可をとらないといけない。この案が出たときに、結斗くんは我が家を訪れ、お父さんとお母さんに挨拶をした。そしてそのタイミングで、以前から知っていた潮にも同席してもらい、今までのこと……僕と結斗くんの関係も全て包み隠さず話をした。

 僕が結斗くんを知ったきっかけから、結斗くんに励まされていじめの傷が少しずつ癒やされたこと、驚きの再会と過去の思い出、両思いになり恋人同士となったこと。……そして、海外に活動拠点を移す結斗くんに僕も付いていくということ。


 それまで、小さくうなずきながらも静かに話を聞いていた両親も、さすがにこれには驚いたようで、二人同時に目を大きく開いて僕たちを見た。中学生の頃のいじめが原因で不登校になり、引きこもり生活を送っていた僕が、海外に行くなんて言うと思わなかっただろう。

 でも結斗くんは、両親が納得するまで丁寧に説明してくれたし、僕への思いや自身の今後についての思いを熱く語ってくれた。途中から僕は恥ずかしくなってしまうほどだったけど、結斗くんの気持ちはお父さんにもお母さんにもしっかりと伝わったみたいだ。

 お母さんは帰り際に、泣きながら結斗くんの手を握って、『(なぎさ)をよろしくお願いします』って何度も言っていた。お母さんは、引きこもりの僕の負担にならないように、つとめて明るく振る舞ってくれていたけど、きっとずっと不安だったんだと思う。そう思ったら熱いものが込み上げてきて、僕も一緒になって泣いてしまった。


 結斗くんの日本での最後の仕事、生配信を僕は隣の潮の部屋で見ていた。同じ部屋にいてほしいと結斗くんは言ったけど、そんなことをしたら僕のすすり泣く……ううん、号泣する声が入ってしまう。最後の最後にそんな事になったら大変だ。僕は隣にいるからと説得して、潮の部屋で結斗くんの勇姿を見守った。

 始終気丈に振る舞っていた結斗くんも、最後の方は声をつまらせ、とうとう涙が頬を伝わり落ちた。今までの結斗くんのすべてを物語るような、美しく輝く涙だった。


 配信の終了を確認して自分の部屋に戻ると、僕と同じように目を真っ赤にした結斗くんが出迎えてくれた。なにか言葉をかけたいのに、かける言葉が見つからない。色々な感情が入り乱れて、お互いに黙ってうなずくだけだった。


「終わったな」

「……うん」


 やっと出た言葉も短くて、もっと労う言葉があるだろうと自分に問いかけるのに、胸が一杯で思うように言葉が出てこなかった。

 結斗くんは静かに一歩前に出て、「チャージさせて」そう言って静かに両手を広げた。僕は、黙って結斗くんの胸に飛び込んだ。「お疲れ様」とくぐもった声で伝えると、頭上から安堵の声が聞こえた。


 長い航海を終え、一度陸で休憩を取ろう。そしてまた旅立つ準備をするんだ。第二の人生という航海に向けて。



 4月に入り、結斗くんは所属事務所から卒業し、フリーとなった。日本で個人事務所を立ち上げることも検討したけど、今後は海外に拠点を置くため、しばらくは無職という状態になるみたいだ。その間に、渡航準備を進めていくらしい。色々と手続きは必要だけど、エリオさんがサポートしてくれるので心強いと言っていた。


 僕は、時々ファンクラブの掲示板を覗いていた。当初の予定通り、四月いっぱいはファンクラブを残してくれていたので、ファン同士での交流は続いていた。正直、結斗くんは事務所をやめてしまったのに、掲示板だけ残るというのは複雑な思いを持つファンも居ると思う。それなのになぜ残したのか、それはファン同士の交流だけではなく、最後にもう一度結斗くんからメッセージを送るためだった。


『ファンのみんな、お久しぶりです。葛城(かつらぎ)結斗です』


 ──という出だしから書かれたメッセージに、掲示板はざわついた。『アイコンは結斗だけど、本当に本人なの?』『なりすましじゃないのか?』『事務所が代わりに打ち込んでいるのかな』『結斗のことだから、事務所にメッセージを託していったのかもしれないね』『そっか、リアルタイムでメッセージを本人が書いているわけないよね』

 掲示板のリプ欄はどんどん膨らんでいく。事務所の人が代わりに打っていたとしても、今のファンのみんなには、結斗くんからの言葉はとても嬉しいものだろう。どこかで本人じゃないだろうと思いつつも、画面の向こうに結斗くんがいると信じてリプを返していく。


『こんなにたくさんの反応ありがとうね』


 再び結斗くんのアイコンの人物が書き込みをすると、ざわつきが大きくなる。ファンの書き込みに答えるように書いている、つまりはリアルタイムということだった。

 掲示板と言っても、チャットのように一行ずつ書き込みができる仕様になっている。運営側からの書き込みだけは別枠で表示され、その他の書き込みはすごい勢いで流れていく。


『明日で四月も終わります。最後に、俺から伝えたいことがあって、やって来ました』


『やっぱり結斗本人だよ!』『うそっ、マジすごい! 嬉しくて泣く!』

 書き込み量が増え、流れるスピードは増していく。


『まずは、事務所をやめてもまだなお、ここに来て俺の話をしてくれてありがとう。ファンのみんながいたからこそ、ここまでやってこれました。俺のことを支えてくれたみんなだから、最後のお知らせは自分の口から伝えたいと思って、こうやって書き込みをしています。生配信も考えましたが、今の俺はもう一般人なので、言葉を書き込むという形を取らせてもらいました』


 結斗くんは、ゆっくりと言葉を選んで書き込んでいく。今から伝えることは、きっとショックを受ける人も多いと思うから。僕は今から伝える内容を、事前に聞いている。僕は言わなくてもいいんじゃないかって言ったけど、結斗くんなりのけじめなんだと言うから、僕からはそれ以上何も言うことはできなかった。


『今後は海外で劇団に入って、舞台を中心に活動をしていくつもりです。だから……大切な人と一緒に、来月には渡航する予定になってます。俺のことをすぐそばでずっと支えてくれた、かけがえのない人です。……色々と思うことはあると思いますが、俺も相手も一般人なので、静かに見守っていてくれたら嬉しいです。本当に、今まで応援してくれてありがとうございました。──以上、葛城結斗でした』


 あれだけ速いスピードで流れていた掲示板が、時が止まったかのように静かになっていた。皆言葉を失ったように、少しの間流れが止まっていたけど、徐々に書き込みが増えているようだった。でも僕も結斗くんも、その成り行きを見守ることはなく、そっとパソコンの電源を落とした。

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