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推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです  作者: 一ノ瀬麻紀


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18 これからのこと

 約一ヶ月間のノヴァリア旅行から帰宅して、結斗(ゆうと)くんは再び忙しい日々に戻った。旅行前は、結斗くんは人気俳優だから、なかなか会えなくても仕方がないと思っていた。でも一ヶ月も一緒に過ごしていたから、欲が出てしまうみたいだ。「会いたいな」と小さくつぶやきながら、ぽつんとソファーの上で身を縮こませて、慰めるように自分の体をぎゅっと抱きしめた。


 相変わらず多忙な結斗くんは、クリスマスも当然のように仕事が入っていた。だから僕がさみしいだろうと気にしてくれて、少しでも会えそうな時間があると結斗くんは連絡をくれた。

 身を隠して僕に会うために、いつも伊藤さんのお世話になっていた。きっともう僕たちの関係には気付いているのだと思う。そりゃそうだよね。撮影の合間を縫って特別に会えるように調整してもらったり、休暇の海外旅行の飛行機などの手配も、伊藤さんに協力してもらったっていうんだもん。それでもプライベートに踏み込まない伊藤さんには感謝しかない。


「もっとゆっくりしたいんだけど、忙しなくてごめんね」

「ううん、少しでも結斗くんに会えて嬉しかったよ」

「クリスマス、一緒に過ごしたかったな……」

「僕も会えないのはさみしいけど、メッセージ送るね。電話で話せたら嬉しいな」

「うん、時間見つけて電話するよ」


 クリスマスに会えない代わりに、今日はレストランの個室で食事をした。久しぶりに会えたのにゆっくりする時間はなく、食事をして話をしたのは二時間のみ。時計をちらりと見て申し訳なさそうに身支度を整えると、「(なぎさ)はもう少しゆっくりしてて」と言いながら急いで部屋を出ていった。

 ゆっくりしていろと言われても……。僕は結斗くんが出ていった扉の方を見ながら、大きくため息をついた。


 結局、クリスマス当日に電話で話すことも叶わなかった。撮影が長引き帰宅したのは朝方だったらしい。僕はゲーム攻略サイトや動画配信の編集のために遅くまで作業をし朝方寝る。すれ違うように結斗くんは帰宅したらしい。


 気が付くと二月に入り、街中はあちこちでハートが飾られ、店頭にはチョコレートが並んでいた。日本の風習では女性から男性にチョコレートを贈ることが多いため、男性陣はバレンタインが近づくと浮足立つ頃だった。


 二月十四日は、バレンタインである他に、結斗くんの誕生日であり、僕たちが恋人になった記念日だ。まるで示し合わせたように大事な日が重なっているので、何が何でもこの日は会いたいと思っていた。


 よし、勇気を出して連絡をするぞ! と気合を入れていた僕だけど、先に結斗くんから連絡が入った。『二月十四日に会いたい』とスマホ画面にメッセージが表示された時は、小躍りするほど嬉しかった。僕は当日渡せるように誕生日プレゼントを考え、バレンタインのチョコも手作りすることにした。ウキウキする僕を見て、(うしお)も嬉しそうに手伝ってくれた。


 それから一週間が過ぎた二月十四日、久しぶりに結斗くんが僕の家にやって来た。何度も来たことがあるのに、まるで初めてのときのようにドキドキソワソワしてしまう。緊張しながら出迎え、部屋に案内した。

 部屋に入りドアがパタンとしまったのを確認すると、結斗くんは僕を強く抱きしめた。


「会いたかった……!」

「僕も、会いたかったよ」


 二人でしばらく抱き合い、お互いのぬくもりをじっくりと堪能すると、ゆっくりと体を離した。そして二人見つめ合うと、空白の時間を埋めるように熱い口づけを交わした。結斗くんの唇が離れ、名残惜しく思いながらそっと目を開けたら、じっと見つめる結斗くんの視線が絡む。急に恥ずかしくなって、僕は頬を熱くしながら視線を少し外した。


「渚、少し話を聞いてほしいんだ」

「話?」

「うん……、ソファーに座ろうか」


 最近の結斗くんの様子が少し違うと感じていた僕は、どんな話をされるのかと緊張した。

 始めは忙しいからかと思っていたけど、ビデオ通話の時もたまに会った時も、時々なにか考え込むようにしている時があった。そして何かを言いかけ、やめる素振りを見せることもあった。それとなく『どうしたの?』と聞いても、歯切れの悪い答えでなんとなく誤魔化されてしまった。

 そんなことが何回かあったから、自己肯定感の低い僕は、どうしてもよくない方に考えてしまう。それでも結斗くんに沢山の勇気をもらい、前の僕とは違い前を向いて歩いていけるようになったから、自分自身に大丈夫だと言い聞かせていた。


「ノヴァリアに行ってから、ずっと考えていたんだ。俺の俳優としてのこれから、渚とのこれから……」

「う、ん……」


 結斗くんの口から出てきたのは、将来に関することだった。大丈夫と信じているけど、もしかしたらと悪い考えが脳裏をよぎる。僕の心臓はバクバクと大きな音をたて始めた。どうしよう、もしかしたら……。

 僕は怖くなって、ぎゅっと目をつぶった。


「……俺、今の事務所、やめようと思うんだ」

「えっ……?」


 僕が想像してしまった悪い考えではなく、予想外の言葉に、思わず顔を上げた。


「ノヴァリアに行って、海外を拠点に活動してみたいって思うようになった。俳優という仕事が嫌いなわけじゃないし、日本での活動も充実している。……けど、エリオの所属する劇団の舞台を観劇して、参加もさせてもらって、俺もライブ感のある舞台俳優として挑戦してみたいって思ったんだ」

「舞台、俳優……?」

「うん。演者と観客の近さと、空間を共有するあの熱い空気に、体中が痺れるほど感動したんだ。俺も、舞台全部を巻き込むような、そんな演技をしたい!」

「そ、そっか……。びっくりした、僕はてっきり……」

「てっきり……?」

「なにか、悪い知らせかと……」


 しゅんと頭を下げてボソボソという僕に、結斗くんは『ごめん!』と言って抱きしめてくれた。


「渚に心配させちゃうなんて、恋人として失格だ。本当にごめん。ただでさえなかなか会えないのに、余計に不安にさせちゃったよね。……俺は一生渚のそばを離れるつもりはないし、渚が距離を置きたいと言っても、絶対に俺のそばから離さないから」


 結斗くんは僕の言わんとすることを察してくれて、僕の口から出る前に否定してくれた。僕だって離れたくない。ずっと一緒にいたい。


「渚は、僕が演じているのを見て好きになってくれたんだろ? だから、俳優やめたいって言ったら、どういう反応するかなって思って。そう思ったらなかなか言い出せなくなっちゃったんだ」

「推しとして応援するきっかけになったのは、たしかに子役の結斗くんだったけど、僕がゆうちゃんを好きになったのは、子供の頃からだからね? 性別を勘違いしちゃったのは僕だけど、でも再会したゆうちゃんは、やっぱりとても素敵な人だったよ」

「……ありがとう、渚。俺の初恋の人も、やっぱり間違いなく魅力的な人だよ」

「魅力的なんて、恥ずかしいよ、結斗くん」

「本当は、堂々と俺の素敵な恋人を見てくれって、自慢したいんだ」

「ふふふ。前にも言ってたよね?」

「常に思ってることだよ。こんなに可愛い渚を見せびらかしたら、みんな羨ましがって大変なことになるぞ」


 結斗くんが大真面目な顔で言うから、ふざけてるでしょ! って茶化して言えなくなっちゃって、僕は熱くなった顔を手で隠すように覆った。

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