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16 舞台を見て思うこと

 事前にある程度の情報を得てきたとはいえ、やっぱり現地に実際来るのとは全然違った。人権の自由度も高いと思ったけど、芸術やスポーツなど、とにかく国中で色々な催しが行われたり、普段から公園で音楽や絵を楽しんでいる人もいる。自分の育った国との違いに、びっくりすることばかりだった。


「映像で見たり、エリオのサイトで情報を得てから来たつもりだけど、実際に来て肌で感じるのとは大違いですね」


 滞在開始から数日後。僕と結斗(ゆうと)くんは、エリオさんと蒼汰(そうた)さんと食卓を囲んでいた。お互いのプライベートもあるし、食事は毎回一緒でなくても良いし、タイミングの合うときにしようと言ってくれた。なので、こうやって改めてゆっくりと食事をするのは初めてだ。

 結斗くんは両手を合わせ「ご馳走様でした」と言ってから、二人に向かって話しかけた。


「文化の違いを感じるでしょう? ほら、今結斗くんが食事の後に手を合わせて言う行為も、他の国ではあまり見られない習慣なんだよ」

「そうなんですか?」


 蒼汰さんの言葉を聞いて、結斗くんは驚いて聞き返したけど、僕も同じ気持ちだ。料理を作ってくれた人や食材を提供してくれた自然、農家などへの感謝の表現として当たり前のようにやってきた。もちろんやらない人だっているけど、僕はありがとうって心を込めてあいさつをする。言った僕自身も、なんだか満足した気持ちにもなるし。

 驚いている僕たちを見て、エリオさんも大きくうなずいた。


「オレは日本に留学したとき、あいさつ、礼儀におどろいた。街もとてもキレイでびっくりした」

「エリオは、日本に留学してたんですか?」

「そう。そこでソウタとあった」

「へぇ! だから日本語が上手いんですね」


 エリオさんは日本への留学経験があり、大学在学中に蒼汰さんと知り合い、お互いに惹かれあい付き合うようになったらしい。留学は一年と決まっていて、エリオさんは帰国。卒業までの一年間の遠距離恋愛を経て、蒼汰さんはここノヴァリアにやって来たそうだ。


「生まれ故郷が嫌だったというわけじゃないんだ。皆優しかったし、居心地も良かった。けど、エリオにノヴァリアの話を聞けば聞くほど、あこがれが膨らんでいったんだ。……それに……」

「オレのそばを、離れたくなかったんだヨナ」


 エリオさんが蒼汰さんの方をぐっと抱き寄せ、頬にチュッとキスをすると、時々発音がちょっとおかしくなる日本語で言った。


「あはは、まぁそういうことだね。一年間の遠距離は、心を離すどころかますます思いは募ったんだ。離れたくないって思いが強まった」

「ソウタの母から、離れて考えてみナサイと言われた。でも、アイタイ気持ち、ツヨクなるだけ」

「ちゃんと二人の気持ちを伝え、ノヴァリアという国にも強く惹かれると伝えたんだ。それまでは、僕はあまり自己主張をするようなタイプじゃなかったから驚かれたけど、それ以上にとても喜んでくれた」

「ココは、自分らしくいられる。自由だ。でも、責任持たないとダメ」


 自由でいるためには、ルールを守るのは当然だし、他者への敬意を忘れてはいけないと言う。好き勝手やりたい放題して良いのとは意味が違う。そのうえで、自分らしさを最大限に出せるのがここノヴァリアという国だと思っていると、エリオさんと蒼汰さんは言った。

 二人の話とここでの経験は、僕たちの将来への考え方に、大きな影響を受けることになるのは間違いなかった。


 エリオさんの家にお世話になって数日後、蒼汰さんにちょっと一緒に来ないかと誘われついていくことにした。この日はエリオは朝から出かけていて、家にいるのは僕と結斗くんと蒼汰さんだけだった。どこに行くのだろうと思ったら、到着したのは小規模劇場だった。


「ここは……?」

「エリオが所属している劇団の、小劇場だよ」

「エリオさんの?」

「エリオには内緒で来ちゃったけど、彼の姿を見てほしいんだ」


 形は違うけど、結斗くんも日本で俳優をしている。エリオさんの演技に興味があるのだろう。目を輝かせて、蒼汰さんに色々と質問をしていた。

 開演時間も近いからと言われ会場内に入ると、ステージが近くてまるで映画館のような感じだった。蒼汰さんの話だと150席程度あるそうだ。ソワソワしながら開演を待っていると、舞台が暗くなりブザーとともにアナウンスが聞こえてきた。簡単な言葉は聞き取れるけど、細かいニュアンスまではわからない。ちょっと残念に思いながらも、舞台に視線を向けた。


「エリオ、すごいよ! 感動したよ! それに、あんなに演者と観客が近いなんて、ダイレクトに伝わってくるよ! 俺も舞台をやりたい。ライブ感を味わってみたい」


 観劇し終わり楽屋へ顔をだすと、そこには、先ほどまで舞台の上で別人になりきっていたエリオがいた。やりきったという輝く笑顔が最高に素敵だった。


「ワオ! ユウト、ナギサ、来てくれたんだね! ありがとう!」

「エリオさん、すごく感動しました。とても良かったです」

「来てるって知らなかったから、ビックリしたよ」


 結斗くんはエリオさんたちと握手を交わすと、他の劇団員さんにも挨拶をした。僕は知らない人ばかりで緊張したけど、達成感に溢れた顔を見ていたら、胸が熱くなるのを感じた。相変わらず結斗くんの背中に隠れていたけど、劇団員の人たちは僕の様子を見て分かってくれたのか、必要以上に近付こうとはしなかった。代わりに結斗くんがあいさつをしながら僕のことを紹介してくれた。


 帰宅して部屋に戻ってからも、結斗くんは興奮冷めやらぬという様子で、エリオさんの所属するルミエール劇団の話を続けた。


「あの舞台の熱量、本当にすごかったよ! 観客と演者が一体になってる感じ、ノヴァリアの自由な空気がそのまま舞台に詰まってるみたいだった!」


 僕もうなずきながら、劇場で見たエリオさんの輝く姿を思い出した。あの小さい舞台なのに、まるで光が外まで溢れだしているみたいだった。結斗くんは同じく演じるものとして、とても良い刺激になったんだと思う。

 けどここは、愛を自由に表現できる国。日本では叶えられなかった、人目を気にせず外で堂々とデートするというのが可能な場所。せっかく休暇をもらってふたりきりで旅行に来たのに、ちょっとさみしいと思ってしまった僕はわがままなのだろうか。結斗くんが本当に演じることが好きで、キラキラと目を輝かせている姿を見るのは、僕だって嬉しいはずなのに。


「俺が俳優を始めたきっかけは、(なぎさ)にもう一度会いたいと思ったから。けど、中学校からやってきた役者という仕事は、俺の中でとても大切な存在になっていたんだ。ここに来て、エリオさんたちの舞台を見て改めてそう感じたよ。……渚のおかげで、僕は大切なものを手に入れた。ひとつは演じるということ、そして渚という大切な恋人」


 僕はトラウマのせいで、感情を言葉にするのが苦手になってしまい、言いかけて飲み込むクセがついてしまった。そんな僕の様子を逃さず気付いてくれ、僕が欲しい言葉をかけてくれる。だから僕の中に、マイナスの冷たい感情が湧いてしまっても、結斗くんのおかげで一気にプラスになって心が温まっていくんだ。

 結斗くん、ありがとう。こんな僕を好きでいてくれて、本当にありがとう……。

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