15 念願の旅行へ
海外旅行に行くのはもう少し先だなって思っていたのに、あれよあれよという間に、当日になった。空港で手続きするのも、飛行機に乗るのも、僕は初めてのことばかりで、ずっとあたりをキョロキョロと見渡していた。あんな大きな鉄の塊が空を飛ぶなんて、大丈夫だって思ってもずっとドキドキして落ち着かなかった。まわりでは異国語が飛び交っていて、結斗くんが大丈夫だよって言うけど、僕の緊張の糸はピーンと張りっぱなしだった。
無事、隣国のアルテリア国際空港に降り立ち、手続きを済ませ、小さなプロペラ機に乗り換えてさらに1時間。やっと念願のノヴァリアへ降り立った時は、ひと仕事終えた気持ちになっていた。これから一ヶ月滞在するのに、今からこれでは先が思いやられるよねとちょっとだけため息をついた。
ノヴァリアの空港はこじんまりとしていて、アルテリアの大きな空港とは全然違う雰囲気だった。ターミナルを出ると、目の前には地元の人たちで賑わう広場が広がっていた。色とりどりの屋台が立ち並び、笑い声や音楽が響き合って、まるでお祭りのようだった。これが日常だなんてとても不思議な気がした。
「渚、長時間のフライトで疲れちゃったか?」
「ううん、大丈夫。初めてのことばかりでドキドキしたけど……。ここ、空気がとっても美味しいね。すごく気持ちいい!」
「そうか、それなら良かった。……もうすぐ迎えが来るはずなんだけど」
僕は、大きく伸びをして深呼吸をした。僕の大きな第一歩だ。でも、結斗くんの後ろにピタッとくっついて離れられないけどね。
「ユウト? ナギサ?」
あたりを見回しながら待っていると、後ろから声をかけられた。
飛行機の到着時間に合わせて、サイト運営者のエリオさんと落ち合う約束をしていた。僕たちの名前を呼んだのだから、間違いなくエリオさんだろうと思って振り返った。
そこには、軽やかなウェーブのかかった肩までの明るいブロンドの髪と、鮮やかなグリーンの瞳が印象的な男性が立っていた。そしてエリオさんの後ろで控えめに佇んでいたのは、僕と同じ黒髪で、動きのあるショートヘア、ダークブラウンの穏やかで温かみのある瞳を持つ男性だった。
「エリオ!」
「ユウト!」
結斗くんが返事をするようにエリオさんの名を呼ぶと、エリオさんも結斗くんの名を呼び、二人はガシッと抱き合った。「あいたかったね!」「会えて嬉しいよ!」そう言いながら嬉しそうに背中をバシバシとたたく。そしてエリオさんは僕の方を見て、「ナギサ!」と言って抱きつこうとした。けど結斗くんが僕の腕を掴むと、さっと僕を後ろに隠した。
「オゥ……」
「ちょっと、結斗くん!」
しょぼんとするエリオさんを見て僕は罪悪感を覚えた。エリオさんは挨拶をしようとしただけなのに、結斗くんはなんでこんな事するんだよ。
そんな僕たちの様子を見ていた、エリオさんの後ろに立っていた男性が「ふふ。キミの彼氏は独占欲が強いみたいだね?」と楽しそうに声をかけながら、右手を差し出してきた。
「結斗くん、渚くん、初めまして。エリオのパートナーの西川蒼汰です」
ああ、この人がエリオさんのパートナーなんだ。僕はあいさつをするつもりで手を取ろうとしたら、さっきと同じように結斗くんが邪魔をしてくる。そして僕の代わりにさっと手を差し出すと、「葛城結斗です。渚と二人お世話になります」そう言ってニッコリと笑った。いや、目が笑ってないよ……。
でも僕はちょっとだけ理由が分かった気がする。ノヴァリアの空港に降り立ち外に出ると、男性同士や女性同士がハグしているのをあちこちで見かけた。再会や別れの挨拶くらいするだろうと思ったけど、よく見ているとどうも違うようなんだ。
道を歩く人達は、手をつなぎ仲睦まじく寄り添ったり、時には人前でもキスをしていた。初めはびっくりしたけど、ここに来る前に見た番組やエリオさんのサイトを見たら、性の多様性はもちろん、個々を尊重する国のようだった。だから皆オープンに自由を満喫しているように見えた。
閉鎖的な考えの国に生まれ育った僕たちに、すぐ馴染めというのは無理なのかもしれない。分かっていても、警戒してしまうだろう。けど、そんな結斗くんの態度に、しょんぼりした様子を見せたのもつかの間、エリオさんはもう楽しげに僕たちに話しかけてきた。
「ヘイ、ユウト! カモン!」
「家に案内しますね。駐車場に車を停めてあるので行きましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「あ、僕のことは蒼汰でいいからね」
「はい、蒼汰さん」
結斗くんの荷物はエリオさんが持って、僕の荷物は結斗くんが持ってくれた。そして、少し前方をスタスタと歩く。少しだけ後ろを歩く僕は、蒼汰さんに小声で話しかけた。
「蒼汰さんごめんなさい。これからお世話になるのに、結斗くんったら……。いつもはあんな感じじゃないのに、どうしちゃったんだろ」
「んー。知らない土地に来たから、渚くんを守ろうとしているのかもしれないね」
「僕を守る?」
「エリオとは事前に連絡を取り合っていたかもしれないけど、はじめましてでしょう? 完全に安全とは言い切れないと思ったんじゃないかな」
そっか、そういう理由なのかもしれないのか。でもそれならわかる気がする。結斗くんは自分の仕事の性質上、とても警戒心が強い。心無いスクープの時も、僕が傷つくのをとても気にかけてくれた。今回は初めての海外だから、警戒がさらに強くなっても不思議ではない。
「渚くん、愛されてるね」
「……はい」
恥ずかしいけど、ここでは隠さなくてもいいんだと思うと、いつもより素直になれた。もしかしたら、僕のトラウマによる引きこもり体質も、この気持ちも、少しずつ変化があるのかもしれないと思った。
車に乗り込むと、家まで二時間ほどかかるから寝ていてもいいよと言われた。初対面の人の前でって思うけど、結斗くんが気にしてくれているだろうし、僕はお言葉に甘えて寝ることにした。行きの飛行機では緊張してゆっくりできなかったし、車に揺られてたらだんだん眠くなってきたんだ。
エリオさんが運転手で、結斗くんはその隣に座った。さっきのやり取りもあったし心配してちらりと見たら、何やら楽しそうに話をしていた。大丈夫みたいで良かった。僕は一番うしろの席で、蒼汰さんは真ん中に座って、「ゆっくり休んでね」と優しく声をかけてくれた。僕は小さくハイと答えると、そのまま目をつぶった。
今回の旅行の滞在は約一ヶ月を予定している。その間はホテルでの宿泊にしようと考えていたけど、エリオさんがホームステイに来ないかと誘ってくれた。飛び込みで旅行に行くよりも、現地の人にお世話になったほうがよりこの国を知ることができるだろうと、お願いすることに決めた。
こちらから準備して持っていったほうが良いものとか、現地で調達で十分なものとか、アドバイスを貰えたのもとても助かった。ノヴァリアの国の言葉も教えてもらったり、準備時間だけでもとてもワクワクした。海外旅行なんて僕にとって大冒険で不安も大きかったけど、楽しい気持ちもたくさんあった。




