14 久しぶりの温もり
結斗くん主演のドラマも無事最終回を迎えた。最終回前は番宣に力を入れていて、あちこちで結斗くんを見かけた。やっぱり主役だと登場回数多いんだなぁと、テレビ番組やネット配信の予約をしながら、僕は嬉しい悲鳴を上げていた。結斗くんのFC内の掲示板はとても盛り上がっていて、誤報により殺伐としていたときの掲示板とは雰囲気は大違いだった。
『朝から推しを眺められる幸せ!』
『眠そうな結斗も可愛くて良い』
『Blu-ray予約したよ! もちろん限定版』
掲示板には楽しい情報ばかりが溢れていた。もちろんまだ不満を持っているファンは居るのだろうけど、とにかく今は大成功に終わったドラマの余韻に浸りたいし、みんなでこの感動を共有したい人が集まってきている。僕が今見ているのは、ネタバレ掲示板だ。ここなら思う存分感想を言い合えると、みんな盛り上がっていた。
『最終回、朔夜が凛音に別れを告げるシーン、めちゃくちゃ泣いた!』
『あのあと、朔夜はどうしたんだろう。……やっぱり……?』
『あんなことをしておいて、ハイ元通りってわけにはいかないよね』
『あれが彼らなりのけじめなんだろうなぁ……』
結斗の演じた『朔夜』というキャラは、表の顔と裏の顔がある。このドラマは復讐劇の末、朔夜は姿を消して終わるんだけど、どう考えても明るい未来ではない。でも、朔夜にとってはおそらく最善の選択なんだと思う。僕も朔夜の苦しい胸の内を感じながら、最終回は大号泣。ハンドタオルを手放せなかった。
『いやマジで、結斗の演技力舐めてた! 今までもすごいと思ってたけど、もう比じゃないよ』
『美しいのに、ゾワッとしたよ』
『目だけで演技するって、すごすぎる』
今回の作品は、今まで結斗くんが演じてきた役とは、大きくイメージがかけ離れている。なので配役が発表された時は、懸念の声も聞こえた。けれど実際放送が開始されたら、作品自体の評価の高さに加え、主役の結斗くんの演技も高く評価された。口コミでも話題になり、マイナスな意見も相乗効果となり、一躍話題の作品となった。最高視聴率も今期最高を叩き出し、春ドラマの中でダントツの一位となった。
放送終了後の反響もすごく、大ヒット御礼として特番が組まれたり企画が行われたりした。撮影終了したらすぐ会えるかと思ってたけど、予想外な仕事も入ったらしく、もう少しだけ会えるのは先になってしまった。
やっと落ち着いてきたのは、ドラマの放送終了後から一ヶ月ほど経った頃だった。久しぶりに会った僕たちは、ひたすら近況報告をしていた。あれだけ電話をしていたのに、まだ話し足りないのかと呆れるほど、話し続けていた。特に僕が、結斗くんの演技について熱く語り、それを結斗くんがニコニコしながら聞いてくれる。本人を前に恥ずかしいと思うんだけど、どうしてもこの高ぶる気持ちを伝えたかった。オタク特有の早口で褒めたいところを並べ立てた。
「ふふふ。本当に渚は俺のファンなんだね」
「もちろん! 中学の時から出演作品は全部チェック済みだし、テレビ番組だってできる限り追ってきたんだよ。僕の最推し、葛城結斗くん! 今までにない新境地を見せ世間を驚かせたんだよ。結斗くんの魅力はこんなもんじゃないって、みんなに知らしめたんだ!」
僕は、本当に嬉しくて仕方がないんだ。今回のドラマで、結斗くんファンがますます増えたに違いない。
「渚の熱い気持ちは十分受け取ったよ。……でもさ、言葉じゃなくて、行動で示してくれると嬉しいな?」
「えっ……」
結斗くんの熱い視線に、勢いよく言葉を発していた口が急に止まった。
「渚、この前電話切る前に、キスしてくれただろ」
「……っ!」
ば、バレてた! 僕がスマホの待ち受けの結斗くんにキスしたこと、気付かれてた! 僕は恥ずかしくなって、目が泳いでしまう。顔は真っ赤だし、言い訳しようにも言葉が出てこない。
「そっか。それが答えだね。渚は可愛いなぁ。……ね、俺の目の前でもう一回やってみてよ」
「も、もういっかいって……!」
「俺の待受にキスしてくれたんだろ?」
「え、なんでわかるの!?」
この態度が全肯定しているということに気付かずに、あわあわと慌てて受け答えをする僕を見て、結斗くんは楽しそうにクスクスと笑った。
「うそ。気付いてなかったよ」
「えっ、気付いてなかっの!?」
「でも本当に、そんな可愛いことしてくれてたんだ」
「もー! 結斗くんいじわる!」
僕は頬をぷーっと膨らませて、結斗くんの胸をぽかぽかと叩いた。そしたら、ぐっとその手を掴まれ、結斗くんの胸の中に閉じ込められた。
「俺は、渚が可愛くて仕方がない。本当は朝起きた時から夜寝るまでずっと一緒にいたい。ひとときも離れたくない」
「結斗くん……」
結斗くんの胸に顔を埋めていると、とくんとくんと脈を打つ音が聞こえてきた。胸の鼓動と結斗くんの言葉が、僕の心にスーッと流れ込みじわりじわりと温めてくれる。このままずっとここにいたい。
「ずっと忙しくてゆっくりできる時間がなかったけど、一ヶ月間はべったりと一緒に過ごせるね。楽しみで仕方がないよ。きっと素敵な休暇になるね」
「僕が独占しちゃって良いのかな」
「渚のためにもぎ取った休暇だよ。誰にも文句は言わせない」
結斗くんは僕の顔を上げると、優しいキスをした。
「これ以上くっついていたら、我慢できなくなりそうだから、一度離れてゆっくり話をしようか」
「っ……!」
意味深な言葉を発する結斗くんに、僕は一気に顔が熱くなって飛び退いた。我慢できないって……。
「さぁ、そろそろ旅行についての話をしようか」
まだ心臓がドキドキしている僕を見ながら、結斗くんはテーブルノートパソコンを持ってきて広げた。そして手際よく小窓をいくつか立ち上げ、そのうちのひとつを見やすいように全画面にした。
「ちょうどね、ノヴァリアについてまとめてくれているページを見つけたんだ」
結斗くんが見せてくれたのは、英語のページだった。僕は簡単な英語の読み書きはできるけど、このページを全部読もうとすると多分無理だろう。困っている僕を見て、結斗くんはわかりやすくまとめられた文書を出してきた。
「このホームページの作成者は、自身も同性愛者なんだそうだ。だから、ノヴァリアの取り組みを世界に発信したいと思い作ったサイトらしい。当事者目線で作成されているから、とてもわかり易くて興味深いんだ。……で、こっちは俺がこのサイトをもとに簡単にまとめたもの。詳しくは現地に行ってからでいいけど、行く前に事前知識として知っておいたほうが良いことをまとめておいたよ」
「結斗くん忙しかったのに、こんなことまでやってくれたの?」
「仕事の合間に作ったから、時間かかっちゃったけどね」
結斗くんは肩をすくめて言うと、ひとつひとつ丁寧に説明してくれた。
引きこもりの僕が、国内旅行だって十分して来なかった僕が、いきなり海外旅行なんて、わからないことばかりで戸惑うし不安もいっぱいだ。けど、少しでも楽しく過ごせるように、僕は結斗くんの説明をひとつも逃さないように、一生懸命耳を傾けた。