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12 信じるための第一歩

 あの日、トレンドで結斗(ゆうと)くんの名前を見つけてからの記憶が曖昧で、朝までの記憶が飛んでいる。(うしお)がずっとそばにいてくれたことだけは薄っすらと覚えているけど、意識がはっきりしたのはマスコミの常識のない行動のせいだった。

 何度も押されるチャイムの音と、「高代光(たかしろひかる)さん!」と呼ぶ声、どんどんとドアを叩く音。あまりにも非常識な迷惑行為が続いたので、両親は警察を呼び、潮はしばらくホテルへ滞在することに決めた。


 あれから二日ほど過ぎた。逃げるようにホテルに行った潮とはしばらく連絡が取れず、やっと今日落ち着いて話ができた。事務所の指示で、とにかくどこにも連絡せず大人しく待っているようにと指示があったらしい。


「しおにまで迷惑をかけちゃってごめんね……」

『大丈夫! 事務所が対応してくれるから』


 ネットであの記事を見つけた時は、動揺してしまってトラウマも蘇って、どうしようもなく心が乱れた。けど、双子の片割れの潮のおかげで、気持ちの整理が少しずつできるようになっていた。


「仕事にも影響が出ちゃったら……」

『写真見たけどさ、あれでよくもあんなに煽れるよな? 普通に仲良しな親友にしか見えないじゃん? だからなぎは気にするな』


 あの報道内容くらいじゃ、仕事には大きな影響はないよと潮は笑って言うけど、どこで何を言われるかわからない。それは僕自身も身を以て実感している。中学生の頃のいわれのないいじめがそうだ。

 噂の正確性なんかじゃなくて、話題さえあれば皆食いつく。そして面白おかしく騒ぐだけ騒いで、そこに生身の人間がいることなんて気にしないんだ。


『なぎは、俺の心配じゃなくて、結斗のことをちゃんと考えてやれよ? あいつ、なぎのこととなると周りが見えなくなるからな。……ほら、なんせストーカーしてたくらいだからな』


 潮はそう言って、アハハハっと豪快に笑った。

 同じ双子なのに、どうしてこんなにも違うのだろう。これは昔からずっと思っていること。けど今まではそうやって自身の性格を悲観してきたけど、今は違う。結斗くんと恋人になれたことで、下を向いてばかりじゃいられない、隣に並んでも恥ずかしくない人になりたいって思う。


「しお、ありがとね。信じて待つよ」

『そうそう。人の興味なんて簡単に移るからさ。それまでちょっと大人しくしてるよ』


 潮はそう言って再び笑うと、じゃーなと言って電話を切った。


 僕はベッドにゴロンと横になると、気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸をして、そっと目を閉じた。脳裏に浮かんでくるのは、結斗くんの笑顔ばかりだ。

 潮同様、事務所からの指示が出ているのかもしれない。あの報道のあと、まだ結斗くんとは連絡が取れていない。あのスクープのせいで、きっと結斗くんもマスコミに追われている。僕が凹んでたって何にもならないのは分かってるけど、やっぱり申し訳ないって気持ちが先立ってしまう。けどこういう時こそ、僕が励まして結斗くんを元気づけるんだ。


 僕はよしっとベッドから起き上がると、スマホを手に取り、結斗くんへメッセージを送ることにした。電話は無理でも、そろそろメッセージを送っても大丈夫かもしれないと思った。あの日試しに送ってみたけど、既読がつかなかった。結斗くんが既読スルーなんてありえない。きっと事務所からスマホの電源を切るように言われていたんだと思う。


 LIMEを立ち上げると、昨日まで付いていなかった既読マークが付いていた。けどメッセージはなかったから、こっそり電源を入れたのかもしれないと思った。それならまたすぐ読んでくれるかもしれない。

 僕は色々と考え、シンプルに応援の気持ちを伝えることにした。潮に迷惑をかけちゃったことは、結斗くんと潮の間でも話すだろうし、とにかく僕は元気だよ、結斗くんを応援してるよって伝えられたらそれで十分だと思った。


 心を込めて書いたメッセージを、読んでくれますようにと願いを込めて送信ボタンを押した。

 僕が送って間髪入れずに、既読になった。あ! 既読になった! そう思ったのと同時にLIMEの音声通話の通知がなった。


「わっ! びっくりした!」


 この前みたく、またポーンと投げてしまったスマホは、ベッドの足元に着地した。危ない危ない、落ちなくてよかった。僕は慌てて取りに行き、通話ボタンを押した。


「もしもし、結斗くん?」

『渚、メッセージありがとう』

「今大丈夫なの?」

『大丈夫。事務所の対応が決まるまで、ちょっとホテルで待機してる』

「えっ……。大変なことになってるんじゃ」


 僕はなるべく元気を装って話をしていたけど、結斗くんの言葉を聞いて声のトーンが下がってしまった。


『今回の記事も、熱愛報道を出したF出版社なんだ。前の記事もそうだけど、今回もあまりにも強引なこじつけ記事で、事務所はちょっと対応しないとって動いているみたい』

「そうなんだ……」


 僕は更に声のトーンを落としてしまった。だって、潮……高代光だと誤認しているとはいえ、僕たちが付き合っているのは事実。裏取りもせず憶測のこじつけ記事だったとしても、この記事の大部分の内容が合っているということになる。そして僕たちの関係が表に出たら、マスコミの格好の餌食になるのは目に見えている。


『相手は、俺と高代光が恋人同士って記事を出してるんだ。それは全部でたらめだろ? 名誉毀損で訴えられてもおかしくない。ただ、ちょっと今はマスコミがうるさいから、ホテルで待機してる』

「潮も、今ホテルに行ってるよ」

『うん、連絡きたよ。渚も気にしてるから。励ましてやってくれって言われたよ。そんなこと言われなくても、俺は渚のことを第一で考えてるっての』

「そう……だよね。僕も、結斗くんのこと、一番に思ってるよ……」


 結斗くんの揺るぎない言葉に、僕も一生懸命気持ちを伝えた。こういう時だからこそ、ピンチを支え合って乗り越えていきたいって思った。落ち込むのなんてあとからでもできる。今は、現状が改善するように頑張るしかないんだ。


『LIMEにメッセージくれたのに、返事できなくてごめん。事務所から電源を切るように言われてたから、連絡できなかったんだ』

「やっぱりそうだったんだ。結斗くんが既読スルーなんておかしいと思ったんだ」

『ストーカーするくらい、執着してるのにな』


 結斗くんはそう言うと楽しそうに笑った。よかった、元気そうだ。


『……渚』

「……は、はいっ」


 結斗くんの楽しそうな声が急に止んで、少し神妙な声で名前を呼ばれた。僕はなんだかドキッとして、かしこまった返事をしてしまった。さっきの笑い声とのギャップがすごいよ。


『ごめん、渚のことを……事務所に伝えないといけない……』

「え?」

『写真撮られただろう? なんでコソコソ会ってたんだという理由を説明しないと、出版社とのやり取りで問題が生じてしまうんだ』

「そ、そうだよね……。潮にだって、迷惑かかってるし……」


 僕は、そんな話をされるとは思っていなかったから、心臓の鼓動が大きくなった。さっきまでの柔らかい雰囲気とは違って、今度は冷たい空気が流れる。

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