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10 秘密の再会

 (うしお)伊藤(いとう)さんを通して、僕と結斗(ゆうと)くんの逢瀬の約束を取り付けてくれてから数日後。今日は久しぶりに結斗くんと会える日だ。

 朝からそわそわして落ち着かず、会えるのは夜だとわかっているのに、何度もスマホを確認してしまっていた。


 夕飯も食べ終わった頃、結斗くんから撮影が順調に進んでいるから、このままいけば夜の十一時には撮影が終わりそうだという連絡が来た。撮影の合間の休憩時間を想定していたけど、どうやら撮影が終わってから会えるらしい。


 僕は嬉しい予想外の出来事に、鏡の前で顔がニヤけるのを抑えきれなかった。高代光(たかしろひかる)が、お忍びでレストランに行くという設定で、僕は変装をしていた。何度も鏡を見て、どこかおかしいところはないかと確認をしてから、足取り軽くレストランに向かった。

 万が一のことを考えて時間差で入るために、僕は先にレストランに入る約束になっていた。ちょうどレストランは営業を終えたところで、店頭の明かりは消え、奥の部屋に光が残っているだけだった。

 潮に言われたように裏口から尋ねると、スラリとした長身の女性が出てきて、レストラン内の個室に案内してくれた。


「ここなら誰も来ないからゆっくりしていてね」

「は……はい、ありがとうございます……」


 家族や結斗くん以外の人とこんなに近くで話すのが久しぶりで、僕は心臓がドキドキしてしまう。ちゃんとお礼を伝えたいと思うのに、言葉が詰まってなかなか出てこない。人気アイドルの高代光が、こんなにオドオドしていたら、怪しまれるんじゃないだろうか。


「あ、あの。……ここ、お借りして……すみません、ありがとう……ございます」

「大丈夫よ、安心して。……私はお店の片付けをしてくるから、何かあったら呼んでね」


 事情を察してくれているのかどうかは分からなかったけど、余計な詮索をしないでくれたので、僕はホッとした。もちろんお客さんとしてお店に来たのなら、詮索なんてしないのが当然だ。ただ今回は、営業時間外にわざわざ場所の提供をしてもらったんだ。多少の世間話くらいはされてもおかしくない。

 けど女性はニコッとやさしく微笑むと、壁にセットしてあるパネルを指さして「このパネルから呼べるから」と言ってから部屋を出ていった。


 伊藤さんの身内の経営するレストランということは、僕たちのように、ひっそりと会うのに利用している人も多いのかもしれない。伊藤さんと同じように詮索することはなく、接触は最小限で対応もスマートだ。もしかしたら、芸能人御用達とか? 僕はドキドキしながら部屋を見渡した。


 どうやって時間を潰そうかなと思っていたら、LIMEに潮からメッセージが届いた。仕事が予定より早く終わったらしい。心配でメッセージを送ってくれたみたいだ。潮とメッセージのやり取りをしていたら、ガチガチに凝り固まった体と心が、少しほぐれたような気がした。


 潮とのやり取りを終えた頃、ちょうど結斗くんからのメッセージが届いた。撮影が終わったからそっちに向かっているというものだった。撮影現場からそんなに離れていないから、間もなくやってくるだろう。

 僕は久しぶりに結斗くんに会えるのが嬉しくて、今か今かと待ちわびていた。


 連絡が来てから15分も経たないくらいだろうか。軽くノックする音がしたので、扉の方へ視線を向けて、静かに様子をうかがった。結斗くん以外だったら、返事をしてはいけない。


「渚?」

「結斗くん?」


 ドキドキしながら待っていると、結斗くんの僕を呼ぶ声が聞こえた。僕はパッと顔を輝かせると、結斗くんの名前を呼び返事をした。お互いに確認し合うと、僕は小走りで扉まで行くと鍵を開けた。


「結斗くん!」


 扉が開き結斗くんが部屋に入ってくるのと同時に、僕は結斗くんに抱きついた。今までは推しが恋人だなんてまだ信じられないって気持ちが強く、恥ずかしくて積極的に抱きつくことはあまりなかった。だから結斗くんはびっくりしたように僕を見た。


「忙しいのに……僕のために、時間を作ってくれて……ありがとう」


 恥ずかしくて、でもちゃんと気持ちを伝えたくて、ボソボソと声を出す僕に、結斗くんはとても嬉しそうに笑って抱きしめ返してくれた。


「渚のためだけど、俺のためでもあるよ。……なかなか渚に会えなくて、渚不足になるところだったから」

「ふふ。結斗くんは大げさだなぁ」

「でも、渚から会いたいって言ってくれて、本当に嬉しいよ」


 潮の言う通り、やっぱり結斗くんはすごく喜んでくれた。いつも誘われるばかりだったけど、今度からは勇気を出して会いたいって誘ってみよう。


「ここのオーナーさんが、屋上のテラス席を用意してくれたんだ。今日は天気もいいから、夜風に当たろう」

「屋上?」

「うん、屋上なら見られる心配もほぼないかなって思って。……でも、万が一のこともあるから、外でイチャイチャできないけどね」

「イチャイチャっ……?」


 僕は急に恥ずかしくなって体を離した。結斗くんは楽しそうに笑うと、「じゃあ、行こうか」と僕の手を取り、二人で屋上へ向かった。

 屋上へ出ると、ちょうど心地良い風が吹き抜けた。うーんと大きく体を伸ばして空を見上げたけど、星はほとんど見えなくて、ちょっとがっかりした。ビルの屋上なら少しは星が見えるかなって期待したけど、眠らない街のネオンの輝きには星も敵わないみたいだ。


 営業時間内は点灯していたライトアップも、今は消灯している。代わりに、テーブルにランタンが置かれていた。一カ所だけだったので、オーナーの気配りなんだと思う。

 僕たちはそのテーブルに、向かい合わせになって座った。手元を照らす優しい灯火は、ネオンが際立つ都会の光の海の中で、僕たち二人だけがそこに存在するかのような、不思議な空間に感じた。


「星、見えないね……」


 少しの間、ゆらゆらと揺れるランタンの明かりを眺めていた僕は、視線はそのままでぼそっと小さくつぶやいた。


「そうだね。この街はほとんど星が見えないから、空を見上げることもしなくなっていたよ。こうやってゆっくり夜空を見上げたのも久し振りかもしれない」

「街の活気があるのはいいけど、ちょっと寂しい……」


 賑やかな都会の一角のこの屋上で、本当なら空いっぱいに広がっているだろう星を思い描くと、その姿が見えないことに寂しさを感じた。


「そうだ! 今度、星空がきれいに見えるところに、旅行に行こうよ」

「旅行?」

「もう少し先になっちゃうけど、数日まとめてお休みもらってさ、ふたりきりで旅行に行くんだ」

「結斗くんと……ふたりきり……」


 僕は結斗くんとの旅行を想像し、幸せだし嬉しくなった。けど同時に『推しとふたりきりで旅行!?』って思ったら、脳内が軽いパニックになる。結斗くんファンの仲間と一緒に、遠くで見守るのがマイルールだったのに、いつの間にか横に並んでふたりきりで歩ける立場になった。こんな変化を誰が想像した!?

 脳内で大会議が行われているのを、結斗くんはいつものことだと微笑んで静かに見守ってくれた。

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