第99話 ミィナ、揺るぎなき確信
ルーイン、ジルク、バルナック、ドルムの四人は、未だ意識を取り戻していなかった。
ミィナがルーインの切り取られた腕の治療を終えそうな時、森の奥からリーファを背負ってグラントが姿を現した。
その様子を見て、ホッとするミィナ。
「リーファさんは大丈夫ですか?」
ミィナがグラントへ声をかける。
「あぁ、ひどい疲労じゃが、命に別状はない」
グラントの言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
ドォォォォン!!
爆音が辺りを揺らした。
広場でルダルが放ったスキルが魔獣を直撃する。
だが、その光は魔獣の肌に吸い込まれるように霧散し、何一つ爪痕を残せなかった。
「……馬鹿な。あの技が通用せんのか?」
グラントの顔から血の気が引く。
魔獣がゆっくりと後ろを向く。
「まずい……ッ!」
グラントが叫んだ瞬間、魔獣が腕を振るった。
ルダルたち三人の体が、まるで紙切れのように吹き飛ばされる。
―――
砂煙の中に膝をつくルダルの前に、巨躯が立ち止まっていた。
魔獣の瞳が、苛立ちで赤く明滅している。
「ようやく、私の方を向いたな。……私のスキルは無視できなかったようだが?」
ルダルは血を吐き出しながら立ち上がり、魔獣の足元で不敵に笑ってみせた。
獣じみたその瞳が、ルダルを覗き込む。
「お……ま……え、魔物……なぜ……我……さから…う」
掠れた岩のような声。
ルノアとエメルダも、槍と棍棒を杖代わりに踏ん張って立ち上がった。
「……何度も魔獣が現れて暴れるからだ!」
ルダルがナックルクローを魔獣の方へ突き立てる。
「お前は、ティターンズ神そのものか?」
ルダルの問いかけに、魔獣は前屈みになり、ルダルの鼻先まで顔を近づける。
その熱気がルダルの肌を焼く。
一瞬の静寂の後、それは低く鳴った。
「そう……だ……我……ティターンズ神……クリュング……三世」
重い宣告とともに、神が再び巨躯を伸ばすと、大地が軋むほどの神気があたりに広がる。
ルノアとエメルダは、その威圧に喉を締め付けられ、ただ立ち尽くすことしかできない。
(クリュング……聞かない名だな。だが、神格なのは間違いない……)
ルダルは冷静に思考を巡らせながら、視線の端でアマトが叩き込まれた穴を盗み見た。
(なんでもいい……とにかく今は、アマト様が戻ってくるまでの時間稼ぎだ)
彼は再び魔獣へと視線を戻し、命を賭けた博打の幕を開けた。
「クリュング三世よ。なぜ、この地に降り立っている」
ルダルは、魔獣を刺激しない程度の質問を繰り出した。
しばらく沈黙の後、魔獣が口を開く。
「道……出てきた……我……進んだ」
(こちらの質問の意味は理解しているようだが、反応も知性も弱い感じだな……)
ルダルは、続けて問う。
「タルタロスにいたのだろうが、向こうの様子はどんな感じなんだ」
ルダルが淡々と問いかけた瞬間、魔獣の動きがぴたりと止まった。
それまでルダルを睨みつけていた赤色の瞳が、驚くほど収縮する。
さっきまでの威圧感と打って変わって、巨躯がぶるりと大きく震えた。
「……タル……タロス……」
それは、ただの地名に対する反応ではなかった。
魂に刻まれた根源的な恐怖の震え。
「我……、戻りたく……ない……暗い……冷たい…我……出てきた……、魔獣になって……出てきた……」
(タルタロスという場所に、一体何があるんだ?)
ルダルは目を据えて観察する。
(この神はゼウスへの憎しみで動いていると思っていた。だが違う。こいつは、タルタロスから逃げるために暴れている)
ルダルはそれ以上、踏み込むべきではないと本能で悟った。
今はこれ以上情報を掘り下げるよりも、確実に魔獣の意識をこちらに繋ぎ止めることの方が優先だ。
「……ふん。戻りたくない場所か。地獄ってやつだな」
ルダルが冷笑を浮かべたその時だった。
ゴォォ……ッ。
背後、地面に埋もれた大穴の底から共鳴音が響いた。
まるで空気が軋んでいるかのような、硬質な振動。
(アマト様!?)
( 動き出した!?)
ルノアとエメルダが穴の様子に気づく。
魔獣もその音に気がつくと、ゆっくり後ろを振り向き始めた。
(まずい、このままではアマト様が飛び出してくるところで迎撃される)
ルダルは咄嗟に魔獣が反応するであろう言葉を発した。
「ゼウスはタルタロスにいるのか?」
ルダルの叫びは、魔獣の神経を逆撫でするに十分だった。
魔獣の瞳から恐怖が消え、沸騰したような殺意が再燃する。
グオォォォーーー!
魔獣が吠えると、再びルダルに体を向けた。
そして、両腕を高く振り上げて絶叫した。
「ゼウス、憎し!!」
次の瞬間ーー
ドォォォン!!
大地を叩き割る轟音と共に、広場は視界を奪うほどの真っ白な土煙に包まれる。
ルダル、ルノア、エメルダの三人の姿は、土煙にかき消された。
―――
「今度はなんだ!?」
魔獣のところで、突如、土煙が立ち込めたのをグラントが息を呑んで見ていた。
ルーインの治療を一通り終えたミィナも、その土煙をただ静かに見つめていた。
「ルダル……生きてるのか……?」
グラントが絶望を滲ませ、リーファを背負ったまま膝をつく。
だが、ミィナはその場を動かなかった。
「グラントさん。大丈夫です、アマト様達が負けるはずがありません」
彼女の声は、戦場の喧騒とは無縁のほど、穏やかで透き通っていた。
「私は以前、もっと強大な魔獣に襲われたことがあります。その時アマト様は、足元の小石を一つ投げただけで、その化け物を倒して私を助けてくださったのです。」
ミィナは、確信を持って言い切る。
「私にとって、アマト様が敗北するという選択肢は、この世界には存在しません……だから、絶対に……」
ミィナはゆっくりとグラントを見た。
「大丈夫です。安心してください」
穏やかに笑ってみせるミィナ。
その直後、まるで彼女の言葉が世界を塗り替えたかのように、猛烈な風が吹き抜け、視界が開けたーー
そこにいたのは、静かに空中に浮かぶアマト。
そしてその眼下には、先ほどまで圧倒的な威圧を放っていた魔獣が、頭の半分を地面にめり込ませて倒れていた。




