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第97話 ティル・ナ・ノーグーー永遠という名の檻

「私はあなたを殺さない。でも、ちゃんと裁きを受けてもらうわ」


リーファは、痩せこけ、もはや戦う力すら失ったセイラスタンを一瞥し、静かに告げた。


その瞳に、憎悪はない。


ただ、一人の愚かな男を見つめる憐れみだけがあった。


そう言って背を向けた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、リーファの身体から力が抜けた。


「リーファ!」


駆け寄ったグラントが、崩れ落ちる彼女の身体を寸前で支える。


リーファは意識を失っていた。


精霊の力を引き出し、限界を超えて戦い抜いた反動だろう。


肩の上に乗ったルクピーも、心配そうに彼女の頬を覗き込んでいる。


だが、地を這う敗北者の眼光は、いまだ潰えてはいなかった。


「……ふっ、これで終わりと思うなよ」


セイラスタンは、震える手で懐をまさぐった。


そこから取り出されたのは、予備のマナインジェクター。


彼は笑みを浮かべると、躊躇なくそれを自らの心臓へと打ち込んだ。


すると、人工的な魔素が再びセイラスタンの全身を駆け巡り、枯れ木のようだった四肢が異様な拍動を始める。


「うぅぅぅーーーっ」


元の体へ戻ろうとしている反動か、セイラスタンが苦しそうな声を上げ始めた。


その様子をグラントが気づくと、


「まずいな、回復していくぞ!」


と顔を歪め、リーファを抱えたまま退がった。


「ぐあぁぁーーーっ」


雄叫びに近い声が響き終わると、そこには体力を回復したセイラスタンが立ち上がっていた。


そしてーー


「はっはっはっ! 奥の手は隠しておくものだ。……先ほどほどの力はないが、お前たちを葬るぐらいは容易いぞ」


セイラスタンは傍らに突き刺さっていた剣を力任せに抜き放ち、ぎらついた目でリーファたちを見据えた。


「いくぞ!」


彼が地面を蹴り、死神のような勢いで飛び出した――その時だった。


リーファの肩からルクピーが空へと舞い上がった。


「ルクゥゥゥーーーーッ!」


それは、ルクピーが今までに見せたことのない、空間そのものを震わせるほどの力強い叫びだった。


刹那、セイラスタンの周囲が圧倒的な白光に包まれる。


「なに……っ!?」


眩い輝きに目を焼かれ、セイラスタンはその場に立ち往生した。


やがて光が凪ぐように収まっていくと、彼の目の前には、見たこともない景色が広がっていた。


そこは、緑あふれるオアシスのようでありながら、どこか非現実的なほど優しい光に満ちた場所だった。


(ここは……どこだ?)


警戒し、あたりの様子を見やるセイラスタン。


すると、遠くから何人かの人間が歩いてくるのが見えた。


その者たちは驚くほど容姿端麗でありながら、一糸まとわぬ姿で、微笑みを湛えていた。


その内の一人の女が、セイラスタンの前に歩み寄ると、優雅に一礼した。


「ようこそ、ティル・ナ・ノーグへ。どうぞ、ゆっくりしていってください」


女はにこりと笑うと、再び小さく会釈をして立ち去っていった。


あまりの出来事に、セイラスタンは微動だにできなかった。


(ティル・ナ・ノーグ……なのか!?)


一瞬ためらいを見せるものの、


(は……はっ、はっ、はっ!)


と彼は笑い出した。


(本当に、常若の国に来たのだな!ついに、長年の夢が叶ったのか!)


死の淵を克服し、永遠を手に入れたのだと確信した。


(止め刺さぬまま、来てしまったようだが、まぁ、いいだろう。ここまで追ってくることもあるまい)


そのような思い至ると、


(さて、これからどうするか……まずは、あたりを確認する必要があるな)


と思って、後ろを振り向こうとしたときだった。


(ん?……体が、動かない?)


自分の手足の感覚はあるものの、考えた動きができないでいる自分に気づいた。


(どういうことだ。転移の影響で、まだ体が完全ではないのか?)


そのようなことを考えるも、


(問題ないな。私にはいくらでも時間がある。完全に回復するのを待つとしよう)


と、本来のセイラスタンではあり得ないほど、安易な考えに至っていた。


そして、その状態のまま、数日が過ぎ、数ヶ月が過ぎ、数年が過ぎた。


(おかしい……なぜ、待っても動けるようにならないのだ。何か、必要なことがあるのか?まぁ、私は永遠の命を得たのだ。大した話ではないか)


明らかに導き出す考えに違和感があった。


だが、その違和感に気づくことすら、彼にはできなかった。


疑問は生まれる。


だが、答えに至る前に、必ず同じ結論へと収束してしまう。


まるで、思考そのものに見えない枷がはめられているかのように。


それがマナインジェクターを連続投与した後遺症なのか。


転移に伴う代償なのか。


あるいは――この国そのものの理なのか。


もはや確かめる術はない。


ただひとつ確かなのは、セイラスタンが、何の疑念も抱かぬまま「待つ」という選択へと必ず戻ってしまうという事実だった。


そして、そのまま数十年、数百年。


やがて千年の時が流れたとき、彼の精神にようやく、逃れようのない真実が突きつけられた。


(私は、死ねずに……このまま、ここで生き続けなければならないのか?)


それは死よりも深い絶望だった。


だが、往生際の悪い彼は、それでもなお「何か手はあるはずだ」と足掻き続けた。


そしてとうとう、一万年――絶望の淵にいたセイラスタンは、心からの本音を漏らした。


「元の世界に戻りたい……」


その瞬間、楽園は暗闇に包まれた。


次に明るくなった時、目の前にいたのは、驚愕に目を見開いたグラントの姿だった。


「グラント……なのか!?」


一瞬、彼は再会の喜びに震えた。


だが、次の瞬間、彼の身体は一瞬にして、崩れる砂のように灰となって崩れ落ちた。


その様子を驚いた顔で見届けたグラント。


ルクピーが叫んだ後、セイラスタンは突如としてその場で石像のように固まり、膝を突いた。 わずか二、三秒の沈黙だった。


「ティル・ナ・ノーグ……?」


グラントは呆然とその灰を見届け、呟いた。


隣で浮かんでいるルクピーを見やる。


精霊は、少し悲しげな眼差しで、風に舞い散るセイラスタンの残滓を見つめていた。




その頃――


結界を失った中央広場の方角から、魔獣の咆哮が響いていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ティル・ナ・ノーグ(ケルト神話)を引用させてもらってます。

前にも、書きましたが、この物語は複合神話の世界です。


次回は、ようやく主役たちの戦いです。

本小説の世界観が出てくることになります。

お楽しみに。


「面白かった」、「早く続きが読みたい」などと思っていただけましたら、下の「☆☆☆☆☆」で、応援していただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします!

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