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第96話 魂の共鳴が奏でる浄化の一矢

セイラスタンの攻撃に対して、弓が盾代わりになったのは一瞬だけだった。


光の刃は弓を叩きつけ、衝撃がそのままリーファの身体を貫く。


「くはっ!」


吹き飛ばされ、背後の巨木に叩きつけられる。


ずるり、と身体が滑り落ち、地面に崩れ落ちた。


――瀕死。


誰が見ても、そうとしか言えない状態だった。


「ふっ……」


セイラスタンが、勝利を確信した声で鼻を鳴らす。


「ルクゥ……」


ルクピーが力なく目を落とす。


「セイラスタン、やめてくれ!」


そう言ってグラントがリーファへ駆け寄り抱きかかえようとした。


だが、震える腕をグラントへ向けてリーファが制止した。


驚くグラントが思わず止まる。


そして、かすれた声で、リーファが囁くように言った。


「……ルク」


リーファの視線の先には、セイラスタンにつかまれたルクピーがいた。


「……大丈夫よ」


血に濡れた唇が、かすかに動く。


「あなたの力で……私は、死なない」


その言葉に、ルクピーの身体がぴくりと震えた。


リーファは、荒い息を整えるように一度だけ目を閉じる。


身体はボロボロのはずなのに、不思議と焦りがない。


「……これまで私は、ずっと、一人で抱え込もうとしてた」


ミルファの背中。


母ミオルネの姿。


“精霊の守り人”という名前。


全部、自分が背負わなきゃいけないものだと思っていた。


「……でも」


リーファは、ゆっくりと目を開いた。


「今、私、一人じゃない」


魔獣へ向かって駆けていったアマトたちの背中が、脳裏をよぎる。


迷いなく「任せろ」と言ってくれた声。


「信じて、頼っていいんだって……初めて思えた。だから……私の気持ちも、ちゃんと出していいんだって。閉じ込めなくていいんだって……分かったわ」


その瞬間――。


ルクピーの身体が、ふわりと淡い光に包まれた。


それは、命じられて生まれた光じゃない。


奪われた力でもない。


“呼応する”ように、自然に溢れ出た光だった。


ザザザァ――――!


風は、吹いていない。


それなのに、森の樹々が一斉に激しくざわめき始めた。


葉が擦れ、枝が鳴り、森そのものが歓喜に震えて息づくかのように。


「……っ!? なんだ、この音は!」


セイラスタンが、不気味なほどに騒ぎ立てる周囲の変化にたじろぐ。


「森の樹々が……リーファにささやきに答えているのか?」


グラントもまた、周囲の樹々に目を向け、呟いた。


「ほらね……」


リーファは、微かに笑う。


「今なら……あなたのこえが、ちゃんと聞こえる」


そう言って静かに目を閉じるリーファ。


その姿に、グラントはかつての記憶を呼び起こしていた。


ミルファが2年前、別れの際にも残したいつものあの言葉――。


『あいつの実力はあんなもんじゃない。いずれ私や母さんを超える存在になる』


そして、必ず確信に満ちた顔でこう続けたのだ。


『だってあいつは、風の音や樹々のざわめきを通して、精霊と会話ができるからな。あいつにとってペンダントは、本当にただの形見さ』


グラントの喉が、ごくりと鳴った。


これまで「形見」でしかなかったペンダントという枷を外した時、彼女は真の守り人になる。


そんな中、ルクピーを包む光が、爆発的にその強さを増していく。


そして、その光が一条の閃光となって宙を走り、リーファへと達した。


「ルク……来て!」


リーファが優しく手を差し伸べた。


刹那、セイラスタンが掴んでいたはずのルクピーの姿が消え、次の瞬間には、リーファの肩の上で佇んでいた。


「なっ……何をした!? 」


精霊を奪い返された衝撃と、理解不能な事象に、セイラスタンの顔が動揺で歪んだ。


彼はすぐさま、胸に下がるペンダントをひったくるように掴み、リーファの肩に乗るルクピーへと向けた。


「精霊よ、私の命に従え!主の元へ戻ってこい!」


ペンダントが、セイラスタンの焦燥に応えるように、これまでで最も激しい光を放つ。


しかし、その眩い光は空しく宙を掻き回すだけで、ルクピーに届くことはなかった。


ルクピーはリーファの肩で、まるで子猫が甘えるように彼女の頬に鼻先を寄せ、セイラスタンの方を一瞥もしなかった。


「なぜだ……!?なぜペンダントに反応せん!これこそが精霊を縛る絶対の証のはずだぞ!」


必死にペンダントを突き出し、形相を変えて吠え続けるセイラスタン。


その滑稽な姿を、グラントが静かに、そして憐れむような目で見つめた。


「……無駄じゃ、セイラスタンよ」


「なんだと!?」


「これまでは、リーファ自身が自分を信じられず、その心の迷いが『壁』となって精霊との絆を閉ざしておった。じゃが、今のあの子を見ろ」


グラントは、傷だらけになりながらも、森の静寂そのもののような佇まいで立つリーファを指差した。


「あの子は、もう覚醒したんじゃ。仲間を信じ、自分を解放したことで、ペンダントという仲介役すら必要のない領域に達した。今、リーファとルクピーを繋いでいるのは、道具による契約ではない。魂そのものの共鳴じゃ」


「魂の……共鳴だと?」


「そう。だからこそ、お前の持つペンダントはもうただの飾りにしかならない。真実を知った今のリーファは、かつてのミオルネさんやミルファどころではないぞ。エルシアの森そのものが、あの子の味方をしておるのだからな」


セイラスタンの顔が、これまでにないほど青ざめていく。


彼が必死に握りしめている「力」の象徴が、ただの無機質な重りに見え始めた瞬間だった。


一方、リーファはゆっくりと、折れずに残った弓を持ち上げた。


弦を引く指先からは、先ほどまでの震えが消えていた。


「さあ……精霊の力を『借りる』のは、もう終わりよ」


リーファの呟きと共に、周囲の樹々が一段と大きく、祝福するようにざわめいた。


「いや、まだだ……!まだ終わらんぞ!私には、グラントから奪った人工魔石がある。この膨大な魔素さえあれば、お前など、お前らなど一捻りだ!」


セイラスタンは狂ったように叫ぶと、懐の人工魔石から強引に魔素を絞り出した。


許容量を超えた魔素が全身を駆け巡り、血管が浮き出た彼の肉体が悲鳴を上げる。


しかし、彼は構わずにその禍々しいまでのエネルギーを剣へと注ぎ込んだ。


すると、どす黒い光を放つ剣が、周囲の空気をバチバチと焼き、空間を歪ませた。


一方、リーファはただ静かに、弓を構えていた。


荒い息はすでに消え、その佇まいは鏡のように静まり返った湖面を思わせる。


肩に乗ったルクピーから、温かな光が絶え間なく流れ込んでくる。


その光はリーファの放つ矢を輝かせることはなかったが、彼女の精神統一に呼応するかのように、一点へと凝縮されていく。


やがて、集まった光そのものが実体を持ったかのように、まるで清らかな水がそのまま固まったかのような、透き通った一本の矢へと変貌を遂げた。


それは一切の不純物を含まず、ただそこにあるはずの景色を透かし、混じりけのない純粋な力が封じ込められているようだった。


「塵も残さず消し飛ばしてくれるわ!」


セイラスタンが啖呵を切った。


「なら、その力ごと浄化して見せるわ」


リーファが応える。


森のすべてが、放たれるその一瞬を待って息を潜めている。


そして――


「”穿断”」

「”光矢”」


ほぼ同時にスキルを唱えた二人。


ガキィィィーーーン!


二つの力が衝突した瞬間、森を揺るがすような轟音が響き渡った。


しかし、その均衡は一瞬だった。


セイラスタンの黒い斬撃は、リーファの”光矢”に触れた途端、まるで熱したナイフが薄氷を裂くように、音もなく二つに割られたのだ。


「なにっ!?」


セイラスタンの驚愕をよそに、透き通った矢は黒い奔流を内側から浄化するように突き進む。


一切の不純物を排したその矢は、ぶつかり合うエネルギーさえも自身の糧にするかのように、より一層その透明度を増していった。


そして――。


「ぐあぁぁぁぁーーー!」


セイラスタンの絶叫がこだまする。


分断された黒い魔素が四散し、その後方を貫いた”光矢”は光の粒子となってセイラスタンを包み込んだのだった。


光の粒子は、セイラスタンの肉体を苛んでいたどす黒いマナを洗い流すように、静かに、しかし圧倒的な密度で彼を透過していった。


パリンッ!


乾いた音と共に、セイラスタンの胸元で人工魔石が粉々に砕け散る。


「が、はっ……」


膨れ上がっていたセイラスタンの筋肉が、見る間に萎んでいく。


強引に引き出されていた力は霧散し、後に残されたのは、ただの枯れ木のように痩せこけた男の姿だった。


セイラスタンは糸の切れた人形のようにその場に膝を突き、茫然と、自分の震える手を見つめた。


「……あ、ああ……。私の、至高の力が……」


その口から漏れたのは、力への渇望ではなく、ただの掠れた吐息だった。


彼を支えていた偽りの全能感は、リーファの純粋な一矢によって跡形もなく浄化されたのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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