第7話 アマトのチート、静寂の村に光の雪をもたらす
毎回読みに来てくださる皆さま、本当にありがとうございます。
はじめましての方も、どうぞゆっくりしていってくださいね。
長くなりすぎましたが、アマトの尋常ではない能力の片りんのところまで書きたくて。
【修正履歴】
2025/07/04 書式修正
2025/05/30 すみません。スキルレベルの名称が間違ってました。「ノーマル」ー>「スタンダード」へ修正。あと、ほんの一部の表現を変えました。
2025/05/20 本話タイトルの変更
ミィナが戻ってきたのは、日が傾きはじめた頃だった。
「アマト様、お待たせしました。……さあ、行きましょう」
すっかり元気を取り戻したその笑顔に、俺はほんの少し、面食らった。
まるで以前からの知り合いのような、距離の近さ。
出会った時とは、まるで別人のようだった。
(……まぁ、悪い気はしないが)
ミィナに連れられ、俺は村の中央にある広場へと向かう。
そこは簡素な木の柵で囲まれ、中央には大きな火床が築かれていた。
祭りが行われるというその場所には、すでに村人が三十人ほど集まっていた。
竹や枯れ木で作られた提灯がぶらさがり、どこからか素朴な笛の音が聞こえる。
だが――にぎやか、という印象はなかった。
(……視線が、痛い)
歓迎というよりも、警戒。
中にはあからさまに睨んでくる者もいる。
俺が足を踏み入れるたびに、話していた声がぴたりと止むのがわかる。
それでもミィナだけは屈託なく笑い、俺の腕を引いて進む。
「アマト様はこちらです。こちらが、客人席ですから」
質素な木の台に、わずかな花が飾られていた。
その前には、村で採れたであろう野菜や、よく煮込まれた芋の皿が並んでいる。
(……正直、祭りのごちそうって感じじゃないな)
そんな印象を受けた。だが、飾りつけには気を配った跡がある。
誰かの手で、丁寧に並べられた小皿。器こそ粗末だが、野菜には綺麗な切り目が入っていた。
きっと、精一杯のもてなしなのだろう。
ゼルミスが中央に立ち、村人たちに声をかける。
「本日、村を訪れた客人・アマト殿に、皆の前で礼を述べたいと思う。
ミィナを、森で命の危機から救ってくださった。
……今日はこの場を、ささやかながら歓迎の席とさせていただこう」
その言葉を合図に、笛と太鼓が静かに鳴りはじめる。
褐色の布を巻いた少年たちが、火床のまわりを回りながら舞を披露し、少女たちが花を撒いて小さな円を描く。
静かだが、どこか神聖な雰囲気を漂わせる、土着の祭礼。
ミィナがそっと囁いた。
「これは、フィリア祭りと言って、さっきの森に捧げるお祭りなんです。昔はもっと賑やかだったんですけど……」
(あの森に、か……)
一部の村人は拍手を送ってくれたが、まだ多くは無言だった。
それでも、ミィナの隣で俺を見上げる顔だけは、まっすぐだった。
やがて、メインとなる皿が運ばれてきた。
一人の女が、盆の上に載せた小さな肉の塊を俺の前に差し出す。
その動きにはぎこちなさがあり、目は終始伏せられていた。
「……申し訳ない。これが、今の村の精一杯じゃ」
ゼルミスが、そっと俺に耳打ちする。
俺は、いったん肉を手にとったが、すぐに皿に戻した。
「ありがたいが……気持ちだけ、受け取っておくよ」
その場は静まり返った。だが、ミィナが笑顔で、
「では、あとで部屋に持っていきますね」と言い、空気をやわらげた。
その後も、小さな踊りや笛の演奏が続いていく。
火床の炎が大きくなり、舞い手たちの影が地面を流れるように踊った。
老女が神話らしき昔話を語りはじめ、小さな子どもたちがそれに聴き入る。
どこか懐かしいような、遠い世界に来たような感覚。
だが、それはどこか張り詰めた静けさの中にあった。
そんな空気の中でも、ミィナは始終にこやかだった。
ときに俺の皿に野菜を足してくれたり、隣でそっと声をかけてくれたり。
(……あいつ、もうすっかり馴染んでるな)
そして――
火床が少しずつ小さくなっていく中、祭りはやがて終わった。
祭りの後、俺はミィナの案内で再びあの家に戻っていた。
祭りの空気の重さに、少しだけ体が重い。
「アマト様、お疲れではありませんか? これ……あのときのお肉、持ってきました。
窓際に置いておきますね。ゆっくりおやすみください。」
ミィナは小さな皿を手に、そっと窓際の机の上に肉の塊を置いて、部屋を後にした。
「……ありがとう」
返す言葉はそれだけだった。
(正直、いまは……食べたい気分じゃないな)
俺はそのまま座り込み、窓の外を眺める。
広場の残り火がかすかに揺れている。
――そのときだった。
「……っ!」
風を切るような気配。
窓際にあった肉が、突然ふっと消えた。
(……なんだ!?)
視線を走らせた先、戸口の陰に、ひょいと何かが飛び出していくのが見えた。
小さな影――子供か?
アマトは、反射的に立ち上がり、後を追った。
不思議なことに、その影は飛び跳ねるように去っていき、
薄暗い村の路地を走り抜け、藁葺きの倉庫を過ぎた先の
小さな掘っ立て小屋のような建物に入っていった。
アマトは、その小屋の前に来ると、戸を押して中に入った。
そこには、やせ細った少年と、布団に寝かされた少女の姿があった。
少年は盗んだ肉を手に持ち、俺の姿を見た瞬間、顔を引きつらせた。
「ご、ごめんなさいっ! わかってます……悪いことしたのは……でも、でも……!」
その目は真っ赤に腫れ、手は震えている。
「妹が……もう、何日も食べてなくて……薬もなくて……。
お肉には魔素があるから……」
泣きながら懇願する少年。
その背後では、少女がうわごとのように小さく咳き込んでいる。
(……こんな子どもたちが、いるなんて)
ふと、気配を感じて後ろを振り向くと――
子供の声を聞きつけたのか、数人の村人が集まっていた。
その中には、ゼルミスやミィナの姿もある。
「やっぱり……異世界人なんか、村に入れるから……!」
怒鳴ったのは、年配の男だった。
その言葉に続くように、他の村人たちもざわめき出す。
「子供がこんな思いをするのは、すべて異世界人のせいだ」
「魔素を吸い尽くしたのは、お前たちじゃないのか!?」
矛先は、明らかに俺に向けられていた。
(……理屈じゃないな)
ミィナが一歩、俺の前に出た。
「やめてください! アマト様は、私の命を助けてくれた方です!
この子たちにだって、何も悪いことはしていません!」
だが、叫び声は止まらない。
「助けた? それで終わりか? 魔素がなければ、また誰かが倒れるんだ!」
「魔素があれば、俺たちは……っ!」
その言葉に、俺は静かに声を出した。
「……魔素さえあれば、いいのか?」
ざわめきが、一瞬止む。
「……ああ、当たり前だろう!」
「あるなら、とっとと出せ!」
俺はその声を聞きながら、心の中で思った。
(ティアマトが言っていた。……俺の魔素は尋常じゃない、と。
それを……もし、その子どもに分けることができたら――)
そのときだった。
ずっと黙っていたゼルヴァスの声が、頭の奥に響いた。
『できるぞ』
「……!」
『“恩恵”というスタンダードスキルを、お前は持っている。魔獣を倒したときに手に入れたスキルだ。
スタンダードスキルだから、その子供には充分に効くはずだ』
「……やり方は?」
『片手を天に掲げて、降り注ぐ先をイメージして、“恩恵”と唱えるだけ。あとは、お前の魔素が勝手に流れる』
俺は、ゆっくりと片手を天に向けて掲げた。
イメージするのは、この床に臥せた少女。
「……恩恵」
その言葉と同時に、手のひらに淡いオーラがまとわりつく。
そして、そのオーラが天に向かって一直線に放たれた。
ところが、ある高さのところでそのオーラは”何か”にぶつかったように爆発し、
その後、まるで土砂降りのような“光の雨”となって、この辺り広範に降り注ぎ始めた。
やがて、降りしきる光の雨は、まるで空からふわりと舞い落ちる光の雪になって、振り続けた。
「な……なんだ、これは……」
「空から、光が……!」
村人たちは皆、空を仰ぎ、息を呑んでいた。
その中で、ふと、女の子が体を起こす。
「……おにいちゃん……」
少女の顔には赤みが戻り、咳は止まり、目に力が宿っていた。
「お、起き上がった……!」
少年が妹を抱きしめ、泣きながら言葉にならない声を漏らす。
それを見た村人たちから、歓声が沸き起こった。
「……治ってる……!」
「まさか、本当に……」
光の雪が舞い落ちるなか、ミィナは口元を押さえ、瞳を潤ませながら周囲を見渡す。
誰もが笑顔で、信じられないものを見たような目をしていた。
そして、この状況下で、状況を呑み込めず、一番驚いていたものがいた――。
ゼルヴァスだった。
ぽかんと開いた口。
がくりと落ちた顎。
光の雪をただ見つめ続けていた。
『な、なんだ、この魔素……、スタンダードスキルだぞ……、俺様が張った、け、結界が……』
アマトは、歓喜に沸く村人たちに背を向け、光の雪を肩に受けながら、一人、部屋へ戻っていく。
その姿を見送る者は、誰もいなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ようやく、アマトの尋常ではない能力に触れることができました。
実は、この光の雪によって、この後もさらなる奇跡がおこるのですが、その話を書く前に、
少し場面を変えて、他の界隈の話を書こうと思います。
もしよろしければ、この先が気になると思っていただけたら、評価やブックマークなどの何かしらのご反応をいただければ幸いです。