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第6話 ポタ村の静寂とオリンポスの均衡崩壊

毎回読みに来てくださる皆さま、本当にありがとうございます。

はじめましての方も、どうぞゆっくりしていってくださいね。


ミィナの祖父からオリンポスの説明があります。


【編集履歴】

2025/07/04 書式修正

2025/05/20 本話のタイトル変更


村の入口にたどり着いたとき、俺は思わず足を止めた。


木々に囲まれたその集落は、どこか原始的な雰囲気をまとっていた。


地面はむき出しの土。


見渡せば、ほとんどの家が土を掘り下げた竪穴式住居でできており、屋根は枯草や枯葉で覆われている。


唯一、少しだけ立派な木造の建物が中央に構えていた。


茅葺き屋根に、簡素ながら丁寧な細工の施された柱。


ほかの住居と比べて、明らかに格式がある建物だった。


だが、そんな景色よりも気になったのは――


見渡しても、人の姿が見当たらない。


子どもの声も、大人たちの作業音も聞こえてこず、村全体が妙に静まり返っている。


(……やけに静かだな)


その静けさを破るように、すぐ前を歩くミィナが声を弾ませた。


「アマト様、はやく、こっちこっち!」


振り返ったミィナの顔には、森で出会ったときにはなかった明るさが戻っていた。


その笑顔は、村の静寂とあまりに対照的で――


さっきまで緊張していたミィナが、ここに至るまでの道中ではよく喋るようになっていた。


(……だいぶ、心を開いてくれた、のかもな)


「アマト様、こちらです」


ミィナは、中央の木造の建物へと歩みを進めた。


中に通されると、そこは外見以上に簡素だった。


木の床、壁に並ぶいくつかの素朴な道具。囲炉裏の火だけが、室内をぼんやりと照らしている。


奥には、ひとりの老人が座っていた。


背を丸め、どこか疲れきったような雰囲気をまとった男だった。


白髪混じりのひげを撫でながら、やや陰のある目でこちらを見ている。


「……ミィナ。その男は……」


「おじいちゃん。私が森で魔獣に襲われたとき、この方が助けてくれたの」


「……ま、魔獣じゃと……!?」


ゼルミスの顔色がさっと変わった。


目を見開き、体をわずかに震わせながら、俺を凝視する。


「この村の周辺に……魔獣が現れたなど、わしは聞いたこともないぞ……。


本当に、あの森に……?」


その口調には、驚きと混乱、そして不安が混ざっていた。


村の神聖な森に何かが起きている――そんな予感が、ゼルミスを突き動かしているのだろう。


しばらく沈黙が続いたあと、ゼルミスは小さくため息をつき、目を開いた。


そして、ゆっくりと頭を下げた。


「……孫が命を救われた。感謝する。……粗野な態度をとったこと、詫びよう」


「別に気にしてないさ」


俺は短く返した。


ミィナはちらりと俺を見て、やや恥ずかしそうに言った。


「あの……お茶を入れてきます」


そう言うと、ミィナは足音も静かに、奥の戸の向こうへと消えていった。



囲炉裏の火がぱちぱちと音を立て、しばらくの静けさが流れる。


「良い娘じゃろ」


ゼルミスがふと、火を見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「五年前の大戦で、両親を亡くしてな。あの子は、わしが育ててきた。


……まだまだ半人前だが、よくここまで育ってくれたと思っておる」


「あぁ、そうだな」


「今日は祭りの日でな。朝から村の連中は森や川へ、食材の準備に出払っておる」


ゼルミスは囲炉裏の火を見つめ、少しだけ目を細めた。


(なるほど、だから人がいなかったのか)


ゼルミスが続けた。


「かつては、収穫を祝う祭りじゃったが……」


わずかに口をつぐみ、肩をすくめて、


「まぁ、よい」


そんなところに、湯気の立つ木の器を手に、ミィナが戻ってきた。


「お待たせしました」


彼女は、ていねいに俺とゼルミスの前へ湯を置いていく。


少し照れくさそうな仕草だが、どこかうれしそうでもあった。


俺が湯に手を伸ばそうとしたとき、ミィナがふと何かを思い出したように顔を上げた。


「あっ、そうだ……おじいちゃん。アマト様を、今夜のお祭りに招待してもいい?」


「ミィナ……」


ゼルミスは少し戸惑うように目を細めた。


「村の皆に、助けてくれたことを知ってほしいの。それに、アマト様を……もっと知ってもらいたい」


しばし沈黙ののち、ゼルミスは目を閉じ、静かにうなずいた。


「……アマト殿。もしよければ、今夜の祭りに客人として参加してもらえないだろうか」


特に断る理由もなかった。


「わかった。参加させてもらうよ」


「……ありがとうございます」


ミィナはうれしそうにほほ笑んだ。


ゼルミスはそれを見て、再び火を見つめ直しながら言った。


「ミィナ。準備があるのだろう。先に行ってきなさい」


「はい。アマト様、少し休んでいてくださいね」


そう言って、ミィナは軽く頭を下げてから、家を出ていった。



残された室内には、再び静けさが戻る。


囲炉裏の火がぱちぱちと音を立てているだけだった。


しばらくの沈黙のあと、俺は言った。


「なあ、ゼルミス……少し、この世界のことを教えてくれないか?」


囲炉裏の火を見つめていたゼルミスが、俺の顔をちらと見やった。


「……なぜ、そんなことを?」


「さっき、この世界に来たばかりなんだ。オリンポスって世界のことを、俺は、何も知らない」


ゼルミスはじっと俺を見つめたまま、短く息を吐いた。


「なるほど……やはり異世界人だったか。


あの子が、連れてくるには、よほどの理由があると思っていたがな。


……ミィナには、何を聞いた?」


「大量の異世界人が転生してきたこと。


魔素学が発展したって話と、“七つの大罪”が現れて、魔王が倒されたってところまでだ」


ゼルミスは軽くうなずいた。


「では、わしからはオリンポスの国々について話そう」


ゼルミスは、火の揺らめきを見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「この世界――オリンポスは、大きく三つの界に分かれておる。


神々が住まう"神界"。人々が生活する"人間界"。そして、魔族たちが暮らす"魔族界"。


もともと、それぞれの界は干渉せず、均衡を保っていた。だが……」


ゼルミスの口調が少しだけ重くなる。


「大量の異世界人たちがこの地に転生してきてから、その均衡が崩れ始めたのじゃ」


そして彼は続けた。


「人間界には、三つの国家がある。封建王政国家ガルドリア、魔素主義国家エルメゼリア、共魔国家ラグナメア。


それぞれが異なる体制をとっておる。


ガルドリアは、表向きは王族が統治する国だが、実際には裏で異世界人が実権を握っておる。


貴族制度と軍事力で統治される封建国家じゃ。


エルメゼリアでは、魔石が通貨のように流通しており、それを持つ者が富と力を得る。


異世界人が技術と知識で魔素学を発展させ、魔素至上主義の社会を築いた。


ラグナメアは、魔石や魔素を国家の財産として管理し、“民に平等に分け与える”という理念を掲げておる。


だが、実態は異世界人の官僚たちが国を動かしており、民は国のために働かされているのが現実じゃ。


人間界のどこの国でも、結局虐げられているのは、もともとこのオリンポスで生まれ育った者たちじゃ。


異世界人の知識と力が、すべてを塗り替えてしまった」


長く語ったあと、ゼルミスは湯を一口すすると、ようやく息をついた。


俺はその話を、黙って聞いていた。


「……“七つの大罪”と呼ばれる異世界勇者たちは、もとは一つの目的を持ち、連携して行動していたと聞いておる。


しかし、ある時を境に袂を分かち、それぞれの国に分かれて拠点を築いたらしい」


ゼルミスはふっと息をついた。


「……だが、均衡など、いつ崩れてもおかしくはない。いずれ、この世界は再び揺らぐであろう」


立ち上がったゼルミスは、静かに言った。


「……すまんが、わしもこれから祭りの準備に出ねばならん。


アマト殿は、ここでしばし体を休めていてくれ。


なに、あの子が迎えに来るじゃろう」


そう言って戸を開け、夜の村へと出ていった。


囲炉裏の火だけが、ゆらゆらと揺れながら、俺の視界に残っていた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


次回、いよいよ、アマトのチートな能力が出てきます。


もしよろしければ、ブックマークや評価などでそっと応援していただけたら、とても励みになります。

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