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第21話 二つの道、揺れる想い

『と・こ・ろ・でぇ……』


ティアマトが、ニコニコしながらぬるりと割り込んできた。


『さっき、ミィナちゃんが言ってた“フィリアの聖泉おんせん”ってなぁに? すっごく気になるんだけどぉ~』


アマトはちらりとティアマトを一瞥し、うっすらと眉をひそめた。


(……お前、さっきまでカオスにいたよな。地獄耳か)


「……お前は能天気だな。魔素が思い通りにカオスへ流れて、満足か」


その言葉に、ティアマトの表情がぴたりと止まった。


『な、なによそれっ。私はちゃんとこの世界のバランスを保つために動いてるのよ!?


能天気とか、そういう言い方、ちょっと失礼なんじゃない?』


ぷんすかと怒るティアマト。


だがアマトは、それを一切気にかけることなく視線を落としたまま、静かに言う。


「俺は、赫夜を探す手段すら持っていない。


唯一の手がかりは――お前が繋いだ精神回廊だけだ」


ティアマトは一瞬だけ目を見開き、すぐにむすっとした表情から一転、胸を張ってドヤ顔を浮かべる。


『ふふん。やっぱり私って、偉いでしょ? えっへん♪』


だが、その笑顔は長く続かなかった。


わずかにトーンが落ち、声も静まっていく。


『……でも、赫夜ちゃんからはいまだに反応がないの。


生きてはいる――そう感じるのよ。でも、まるで……遮断されてるみたい』


アマトの目が、わずかに鋭くなる。


「遮断、か……?」


ティアマトはこくりと頷きながら、表情を曇らせる。


『意識を失っているか、記憶が抜け落ちているか……それとも、ものすごく強い“障害物”がある。そんな感じ』


「障害物があると……原初の神であるお前の力でも届かないのか?」


『私にだって、限界はあるの』


ティアマトは肩を落としながら、ぽつりとこぼす。


その声音には、珍しく“神らしからぬ”迷いがにじんでいた。


『そうね……たとえば、


ここしばらく、どうしても“あるエリア”だけは、魔素を転生させることができなかったの』


そして、ふっと表情を引き締める。


『――それが、ようやくはっきりしたの。場所は……ここ。魔族界』


その名を口にした瞬間、精神空間の奥からゼルヴァスの声が響いた。


『それは……俺様が張った結界のせいか?』


『そうよ』


ティアマトは、ためらいのない口調で答えた。


だが、そこでアマトが問いを挟む。


「じゃあ、俺は……どうして“ここ”に転生できた?」


ティアマトは肩をすくめ、悪びれる様子もなく笑う。


『だって、あなた、規格外だったじゃない。


なんか面白そうだったから、ダメもとでやってみたの♪ ……そしたらできちゃった。テヘッ♪』


(……フィリアの森《原生林》に転生したのは、やっぱりお前のせいか)


アマトは、無表情のままティアマトの言葉をスルーする。


ティアマトは


(えぇっ、そこは突っ込むところでは?ぐすん……)


とやや落ち込む。


「となると――少なくとも、赫夜は魔族界には来ていない。そういうことか?」


『うん。おそらくね』


アマトは沈黙した。


そして、しばらくの静寂のあと、低く問いかける。


「……他に、そういう“転生不能領域”はあるのか? 結界のような場所は?」


その問いに、ゼルヴァスが静かに応える。


『となれば……神界か』


「神界?」


アマトが反応する。


『神界は、オリンポスの神々が住む領域だ。


そして、その国全体には、神々が張った強力な結界がある』


「侵入者を拒むためのものか」


『ああ。神々は用心深い。しかも、多種族の出入りを極端に制限している。


神界に入れるのは、オリンポスの神々か、ごく一部の限られた人間だけだ』


ティアマトも、思案顔でつぶやく。


『オリンポスの神だけに許された領域だとしたら……


赫夜ちゃんとの回廊も、うまく通じなくなるかもしれないわね……』


アマトは目を伏せ、静かに可能性を紡ぎだす。


「つまり、赫夜は“人間界にいるが意識を失っている”か、“神界に囚われている”……」


『その可能性がありうるわ』


アマトは、目を閉じたまま、静かに息をついた。


「……人間界、そして神界へ行くには、どうすればいい?」


問いかけに応えるように、ゼルヴァスの声が精神空間に響いた。


『神界は、オリンポス神々の世界。


そして、この地から向かうには、まず人間界を通らねばならん』


『だが――お前のいる場所は、魔族界の中でもとりわけ人間界から遠い。


人間界にたどり着くには、多くの魔物族――そして悪魔族の領域を通らねばならん』


『しかも、魔族たちは異世界人を激しく敵視している。


お前がその身をさらせば、無傷で通してはくれまい』


アマトは、目を閉じたまま、小さくうなずいた。


「それでも、行くしかない。


赫夜を見つけるためには……」


だが、その言葉は途中で自然と途切れる。


視線の先――眠り続けるルノアの姿があった。


(ここでルノアを見放したら、元世界のお偉い連中と同じになっちまうじゃねぇか

…………置いて行けるわけない)


赫夜への想いと、ルノアを見捨てられないという感情。


二つの想いが、アマトの中で静かにせめぎ合う。


『うーん……でもさぁ』


ティアマトがのんびりとした声で口を挟む。


『赫夜ちゃんは、少なくとも“生きてる”とは感じるの。


だったら、まずは目の前の課題から片づけるのがいいんじゃない?』


アマトが眉をひそめたが、ゼルヴァスがさらに言葉を重ねる。


『同感だ。今のお前では、魔素の制御が不十分すぎる。


力を持ちながら、それを扱えないのは、ただの愚か者だ』


『神の国にたどり着くには、遠く、険しい道のりと――それに見合う実力が要る。


今のお前では、万が一にすら備えられん』


アマトは返事をせず、ルノアの寝顔を見続けていた。


その穏やかな寝息が、かえって痛々しい静寂をつくっていた。


(……まずは、目の前のことか……)


そう思った、そのとき――


ふと、ルノアのまぶたがわずかに震えた。


ゆっくりと瞼が開かれ、薄く潤んだ瞳が、静かにアマトをとらえる。


「……アマト様……」


その声はかすれていたが、まるで夢の中から名前を呼ぶような、やわらかさがあった。


微笑が、そっとルノアの唇に浮かぶ。


アマトは、無言のまま優しい目を返す。


やがて、静かに問いかけた。


「……具合はどうだ?」


ルノアは、ごくわずかにうなずく。


窓から差し込む柔らかな陽の光が、


静かに、二人を包み込んでいた――

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