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前門の虎、後門の狼




「…………」

「…………」


あれから無言の対峙が続いて、もうかれこれ10分は経過しただろうか。

沙夜ちゃんは僕が正直に白状するまでは一歩も引かないつもりだ。


ちなみに現在の気温は約5度。もちろんマイナスだ。しかしその気温以上に身体が冷たく感じるのはきっと僕の気のせいではないだろう……。


「青春だねえ……」


少し離れたバス停近くのベンチで、極老のお婆さんが微笑ましそうにさっきからこっちを見てるけど、もっと近づいて見るといいよ。その杖も投げ出して腕振って逃げたくなるような顔が僕の目の前にあるから。


「おーっす! いやあ、遅れて悪かったわねー……って何してんの、あんたら」


いい加減ゲロして楽になろう思った矢先、白のワンボックスでやって来たのは、僕が敵わない女性パートワンだった。けれど、ここに至っては死中に活あり。目の前の女性が救世主、あるいは女神にも思えた。


「あ、お兄ちゃんだ! お兄ちゃんが帰ってきた!」

「遙香、見たまんまを口にしないの」


そして僕を見つけるなり、ぴょんぴょんと小躍りしながら車を飛び出してきたのは、僕の従妹である星野遙香(ほしのはるか)

栗毛のツインテールに、親族というひいき目を抜きしてもアイドルばりに整った顔立ちの高校二年生。


その隣で呆れたような顔をしているのが、僕の父さんの妹であり、遙香の母親でもある星野恭子(ほしのきょうこ)さん。つまり僕の叔母さんなのだけれど、そう呼んでも返事をしてくれない。

実際、三十路がらみの凄艶な年増、という印象はあまりなく、就職してからもう長いはずなのに、大学の四回生くらいにしか見えない。


しかしこれでも遙香の実母で、そうは見えないとか言おうものなら、子供を産むとはどれくらい大変なことなのか延々と語り出すのでそんな話題を振ってはいけない。


そして、そんな苦労の末に産み落とされた遙香は危なげもなく丸々とよく育ち、特にその胸元は北海道名産夕張マスクメロンのごとく、たわわに実っているのだった。

まだまだ育ち盛りだというのに、胸だけは母親を既に遥かに追い越してる。


「お兄ちゃん! だっこ!」

「げふっ!?」


僕の許可を取るまでもなく胸元にダイブしてくる遙香。

来月から人生の大きな岐路に立つ高校三年生だというのに、幼稚園児のような行動パターンは5年を経てもまったく変化がみられない。


「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!」

「はいはい、お兄ちゃんですよ。遙香も元気してた?」

「うん! 今朝もね、おかーさんとプロレスごっこしてたんだよ!」

「そっか。でも他の人にやったらダメだからね。相手死んじゃうから」


初めて外の世界を見たラプンツェルかと思うくらい、見たもの全てに純粋な反応をする遙香だけど侮ることなかれ。

こう見えて女子の全国大会で何度も優勝しているレスリングの達人である。


「分かった! おかーさんとお兄ちゃんだけにする!」

「…………」


冗談で言ってる。そう思いたかった。


「相変わらず仲がいいわねえ、あんたたちも」

「……恭子さん、遅いですよ」


大型犬をあやしながら僕は苦情を言った。


最初は救世主、女神などと思ったけれど、そもそも恭子さんが待ち合わせに遅れなければ、僕が身も心も凍るような思いをしないで済んだのだ。


「だから謝ったじゃないの。そんなことよりも何で沙夜ちゃんと一緒なん?」

「同じ列車に、偶然乗り合わせたんです」

「あらそう。随分と都合のいい再会をしたのね、沙夜ちゃん?」

「……命拾いしたわね、千明くん」


恭子さんの問いには答えず、沙夜ちゃんは僕の耳元で不穏な一言を残して先に車に乗り込んでしまった。


「恭子さん、どういうことですか?」

「あー、いいのいいの。千明くんは知らなくて」

「そう言われると逆に気になるって、分かって言ってますよね?」

「いいからいいから。ほら、早く乗っちゃって。外は寒いでしょ」

「わたし、お兄ちゃんの隣がいい!」


恭子さんは相変わらず柳に風って感じで、遙香は屈託なく、5年前から何も変わっていないかのような笑顔をくれる。


ほんと、変わらないな。この人たちは。

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